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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第4章「『汎調』准委員長 ユウジ・タカマツ」
44/201

4-3


「今、お時間大丈夫ですか」


緊張したような岩倉警視正の声がスマホの向こうから響いた。只事ならぬ事態が起きたと、俺は直感した。


「ええ、少しだけなら」


目の前では食糧の搬送が行われている。立ち合いに来ていた綿貫が、訝し気に俺を見る。


「誰からだ」


「警察庁からだ。少し外す」


誰からも聞かれないような場所に移動する。昨日認識改変されたとかいうトラックドライバー3人が、荷下ろしの手伝いをしていたからだった。

ノアは別件で王城の方に行っている。「御柱様」とやらの今後について話し合いがあるとのことだ。昨日、食糧搬送後に倒れて市川の家に運ばれたとは聞いている。綿貫も言っていたが、魔力補給をどうするかという話らしい。


「今話せます」


「失礼しました。緊急事態です。新たな犠牲者が出たと思われます」


「……何ですって!?」


体温が恐怖から一気に下がるのが分かった。どういうことだ。

岩倉警視正は一拍間を置いて口を開く。


「正式に捜索願は出てませんが、豊島区と板橋区を中心に活動する不法移民グループ『イスマイル』の幹部たちが行方不明になったという情報が入りました。

単純な拉致監禁にしては、状況があまりに不自然なのです。ついさっきまで酒盛りをしていたらしい場所から、人だけがいなくなったという。争った形跡もほぼありません」


「猪苗代の事件と、酷似しているというわけですね」


「そういうことです。ですが、異世界から来た人間が普通に考えて不法移民グループに手を出すはずがない。

あなたが昨日推測したように、ヤクザに匿われていたその人物が、依頼を受けて殺したと考えるのが妥当な線でしょう。匿うのと引き換えの依頼といったあたりでしょうか」


緊張がさらに高まった。殺人に一切の躊躇をしない相手なのか。そんなのを相手にするなんて、考えたこともない。


「……手掛かりは」


「……現場から少し離れた場所に、少しだけ不審車が止まっていたかもしれないというぐらいの情報しか。ただ、『イスマイル』と対立している勢力から洗い出すことは可能です。

池袋の辺りだと、木村会か宝陳会か……その辺りは警視庁のマル暴と提携しながら探っているところですが」


「……このままでは、一般人にも被害が拡大しかねないと考えているわけですね」


「そういうことです。急ぎ身柄を拘束しないとマズい状況です。ただ、下手に触ると暴発しかねない懸念もある。一度、池袋まで来ていただいてあなたとノアさんに状況説明をしたいのですが……お時間大丈夫ですか」


「霞ヶ関ではなくて?」


「ええ。私たちに感じ取れないことを、ノアさんは感じ取れるかもしれない。もちろん、深入りはさせません。それは警察の仕事ですから」


俺は少し考えた。確かにこのままではらちが明かない。ペルジュードに対しては、こちら側が積極的に仕掛けて動く前に止める必要もある。

ただ、ノアの存在がかえって向こうを刺激してしまうこともあるのではないか。あのシェイダとかいうエルフの女は、魔法でどこに誰がいるかを知ることができるらしい。似たような能力を持っている奴がいないとも限らない。


考えた結果、俺は「深入りは絶対にしないという条件なら」と答えた。やはり、向こうの動向を少しでも知れた方がいいという判断だった。


「ありがとうございます。居場所が特定できたら、最大限の警戒を以て監視に入ります。確保は、安全性が絶対的に担保された状況下でなければ行いません。それでいいですか」


「ええ、問題ないかと」


「それでは本日夕刻ぐらいに池袋署に来ていただければ。よろしくお願いいたします」


通話が切れると、俺は真夏の蒼天を仰いだ。全く、息つく暇も与えてはくれない。


綿貫の所に戻ると、こっちもこっちで何やら険しい表情を浮かべている。


「用件は終わったか」


「ああ。とても面倒な状況になってる。追っ手の連中が、また殺人を犯したらしいと警察庁から連絡があった」


「……マジか」


「その件でこれが終わったら即池袋だ。捜査協力ってことらしい」


「……今の所、厄介事しかもたらしてないな」


綿貫は王城の方を見やった。確かに、奴が望んでいた権益とかは今の所一切入っていない。負担ばかりがのしかかっている。

それでも、俺が動いているのはノアやここの人たちの平穏のためだ。それをつくり、守ることが今の俺の仕事であり、役割なのだ。そこを放棄してしまっては、生きている意味がない。


だが、綿貫はどうだろうか。奴は徹底した利己主義者であり、合理主義者だ。「綺麗事じみたイデオロギーなどクソ喰らえだ」というのは、商社時代からの口癖でもある。理想のためではなく、あくまで自分の利益のために動く。それが綿貫恭平という男だ。

それだけに、利益が得られないと見たらこいつは躊躇わずイルシアを売るだろう。その我慢の限界がいつ来るのか、俺は不安を感じ始めていた。


「今が踏ん張りどころだぞ。ここで俺たちが折れてしまっちゃ、話にならない」


「……分かってるさ。だが、限界も近付いてる。君なら分かってるはずだ」


俺は溜め息をついた。綿貫の言わんとしていることは分かる。

厳しい状況にあるのは綿貫だけじゃない。昨日「御柱」に魔力供給をした市川も、相当疲弊しているらしい。誰かの助けを借りなければ、そのうちこのプロジェクトは瓦解する。その予感があった。


ノアがシェイダ、アムルと3人でこちらにやってきた。こちらも表情はあまり冴えない。


「そっちの話し合いはどうだった」


『……正直、あまり良くない。水と食糧は来たけど、消費が思ったより激しいのよ。できるだけ早く、ニホンの全面支援が要る。あの量だと、1週間はもたないと思う。

それと、もう一つ深刻なのが『エリクシア』の枯渇。こっちは残り数日ってとこ。もちろん、食べ物とかである程度補えるけど……結界の解除まで視野に入れなきゃいけなくなったわ』


結界はこのイルシアの存在をカムフラージュしている。つまり、その解除はイルシアの存在を晒すことに他ならない。

もちろん、大府集落の一帯に気付かれてもある程度は何とかなる。だがあの王城の高さからして、滝沢ダム辺りに観光に来た人が異変に気付くことがないとは言い切れない。まして今は行楽シーズンだ。


「……この辺りは睦月に相談かもしれないな。地元住民への説明は、あいつにしてもらった方がいいだろうし」


『そうね……ただ、あの人だけで大丈夫かしら』


睦月はこれまでよくやってくれていると思う。水道の開通や西部開発への説明など、裏方役をしっかりこなしてくれている。母親の介護があるらしいとは聞いていたが、そういったしんどさを表に出すこともない。

元々のスペックからして、こんな田舎で市役所職員をやっていい奴ではないのだ。あいつがいなかったら、とっくに破綻している。

ただ、ノアの心配ももっともだった。これからが本格的に厳しい局面だ。俺や綿貫がぶち当たっているのとはまた質の違う難局を、あいつ一人で乗り切れるだろうか。


綿貫がふうと息をついた。


「そこは大河内さんに任せるしかないか」


「大河内議員か。……しかし、信用しきるのは危ないのだよな。彼は『田園調布の魔女』と繋がっているらしいし」


「まあな。ただ、あの人が山下さんを気に入っているのは多分本当だ。頭の回転が速い女を、あの人は好むから」


綿貫が「それと、ちょっといいですか」とノアに呼びかけた。


「『エリクシア』のサンプルを貰えますか。解析にかけたいと思ってます」


『解析?』


「ええ。その中の成分を分析すれば、こちらで人工的にエリクシアに近いものが作れるかもしれない。

栄養ドリンクが多少効いたという話もあります。その情報と照らし合わせれば、魔力不足は多少改善されるかも」


『そんなこともこの世界の人たちはできるのね……お願いしていいかしら。もし、『エリクシア』をこっちでも作れるならそれに越したことはないし』


「ありがとうございます。それと、そもそも『エリクシア』という薬はどうやって作っているんですか」


シェイダが『イルシアと同じやり方で作るのは多分無理ね』と首を振った。


『『エリクシア』は薬草『イルシオーネ』をカパル酒に漬け、寝かせて成分を抽出してから熱して濃縮させたものなの。イルシオーネがここで手に入るとは、全く思えない』


「成分分析で、近いものが作れるならいいんですが」


『そうね。そこは貴方に任せるわ。アムルもそれでいい?』


アムルは『ええ』とどこか不満げに頷いた。彼女は魔力の供給源として綿貫を狙っているらしいが、「エリクシア」ができると都合が悪いのだろうか。それを奇妙に思いながら、俺はノアを連れて一旦帰路についた。



『……いよいよ本格的にマズいわね』


池袋署に向かう一件を告げると、ノアが深刻そうな表情になった。それも当然だ。べルディアという男の暴走から、全てが壊れてしまっても不思議ではないからだ。


俺は麦茶を口にして、彼女の目を見た。


「すまないが、来てくれるか。ノアを危険には晒さないという条件は飲ませてる」


『もちろん。ただ、あたしよりあなたの方が心配。あたしは身を守れるけど、あなたはそうじゃないから』


「まあそこは言っても仕方ないさ。人間には何事もできることとできないことがある。こういった折衝は、俺の仕事だ」


『ありがと』と弱々しい笑顔をノアが浮かべた。


『……ただ、居場所を特定したからどうするって話なの。昨日もイワクラって人には伝えたけど、ここの世界の軍隊がどれほど優秀な武器を持っていようがあいつらには敵わない。少なくとも、べルディアには』


「無理して攻めれば、多数の犠牲が出るということか」


『そういうこと。その辺りもちゃんと話さないといけない。この世界の人々は、あいつらを甘く見てる』


「……『田園調布の魔女』とやらが、力を貸してくれればいいんだが」


『どうかしらね。ワタヌキがそっちに回るみたいだけど、あたしはそれほど期待できないと思う。というか、力を貸すつもりならとっくにあたしたちに接触してると思うし』


ノアは天井を見上げ、何か考えている様子だ。誰か、この難局に対する協力者が出ないものか。だが、そんな都合のいい人物がいないだろうことも、俺は悟っていた。



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