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「ふぁーあ……眠っむ」
俺は目をこすりながら漫喫を出た。昔に比べりゃ過ごしやすくなったとはいえ満喫は満喫だ。ベッドに比べるとどうしても眠りが浅くなる。どうすればゆっくり寝れる場所を確保できるか、俺は考え始めていた。
何より魔力不足からの回復には休養が一番なのだ。「エリクシア」を持ち合わせていない以上、魔法や「恩寵」は極力使わないことに越したことはない。使うなら「ここぞ」という時だ。イルシア到達までは、あまり無駄遣いしたくはなかった。
それにしても俺一人だけこっちの世界に送り込むというのは、流石に無理があったんじゃないか。俺は正直自信を失い始めていた。
「奴」の言い分は分かる。「異世界」の存在をこの世界の連中に悟られることなく、その上で「御柱」に接触して説得・帰還させるという無茶ぶりを実現するには、送り込む人間は極力少ない方がいい。
それに、大勢を送り込むとそれだけ向こうの環境に負担がかかる。魔素を多く使う「次元転移」は、向こうの魔素総量の減少とそれに伴う「穴」の発生リスクを高める危険な魔法だ。だからこそ、「奴」は一番信頼の置ける俺にジュリ・オ・イルシアの連行という任務を託したのだ。
ただ、「ペルジュード」の連中がすぐ近くにいるとなると話は別だ。特にムルディオス・べルディアは、俺じゃ全くどうにもならない相手だ。もし敵に回ったなら、俺は逃げることしかできない。
ジュリ・オ・イルシアの連行で共同戦線を張ることも考えた。多分、奴らも俺と目的は同じだ。彼女を連れ戻し、その力をもって「穴」と「死病」に対抗する。その意味においては、組めない相手じゃない。
だが、目的を達成した後はどうなる?あの暗愚なモリファス王にイニシアチブを握られるのだけは、何としてでも避けたい。そもそもモリファスには「大魔卿」ギルファス・アルフィードがいる。あの男は全く信用ならない。
あいつが何を仕掛けようとしているのかが見えない以上、単純に共同戦線を張るのは悪手だ。もし同盟を結ぶにしても、何かしらの条件を課す必要がある。
俺はふらふらと吉田家に入り、朝定食を頼む。実に3年以上ぶりの白米だ。向こうではパンとかピタパンばかりだったから、白米に味噌汁というのは実に懐かしく感じられた。
飯を食っているうちに、頭が段々と冴えてきた。まずやるべきなのは情報収集だ。べルディアの居場所ぐらいは、大まかにつかんでおいた方がいい。奴が動き始めた兆候を見せた時が、俺が動くべきタイミングだ。
奴は恐らく誰かの庇護の下にある。イルシアにも、そいつらの力を借りて向かうはずだ。それが誰かを知っておくだけでも、十分な意味はある。
「ごっそさん」
吉田家を出た俺はサンシャイン通りへと向かう。今日は随分と中東っぽい連中が街にいるな。何かのイベントがあるのだろうか。
とにかくそこから横道に外れ、ラブホが立ち並ぶ一角の雑居ビルに入った。その2階に目的地である「アクセサリーショップ アマンダラ」がある。
呼び鈴を鳴らすと、気だるげなピアスを付けに付けた男が現れた。首筋にはタトゥーが入っている。俺の顔を見るなり、露骨に警戒した様子になった。
「誰だてめーは」
「久しぶりっすね、春日さん」
タトゥーの男、春日翔はさらに怪訝そうな顔になった。まあ無理もない。奴からしてみたら俺は完全なる赤の他人なのだから。
「俺におめーみてえな知り合いはいねーぞ」
「でしょうね。俺が高松裕二であるといっても、信じるわきゃないっすよね」
「……高松??って死んだはずだろ??てめー馬鹿にしてんのか???」
「ええ。俺は渋谷の『カーバンクル』との抗争で死にました。あれからこっちも色々大変だったらしいっすね。今池袋で顔利かせてるのはクルドの連中らしいですけど、まだ『美男州』は残ってるんすか」
「てめーには関係ねえだろ。裕二の名前騙ってただで済むと思ってんのか、あ??」
春日が凄んできた。俺は「まあそうでしょうね」と肩をすくめる。
「俺が高松裕二である証明は難しいです。でも、あんたのことはよく知ってる。俺が『死ぬ前』、あんたは妹のマキさんを『カーバンクル』に拉致られてた。幹部だった三宅さんと一緒にです。
あんたがマキさんを失って半狂乱になったのはよく覚えてる。だから俺は自分から動いたんです。あんたのことは嫌いじゃなかったから」
「……そうだ。そして裕二は死んだ。三宅を庇って」
春日の声のトーンが落ちた。やはり、俺の死は結構なトラウマになってたのか。少し悪い気がした。
「三宅さんは、今」
「……知らねえよ。てか、何でてめーが裕二や三宅のこと知ってんだよ」
「だから俺が高松裕二だからですよ。一度死んで、異世界に転生したんす。んで、何やかんやあって今ここに戻ってきた」
「ふざけてんじゃねえっ!!!」
激昂する春日に、俺は懐からダイヤを差し出した。昨日売れなかった方のだ。
「正真正銘、20カラットのダイヤの原石です。これあげますから、ひとまず俺の話を聞いてもらえますか」
「……は??」
「アクセサリーショップやってるあんたなら分かるはずです。正真正銘の本物っす。もちろん、どこかから盗んできたわけじゃない」
春日はそれを手に取り、ゴクンと唾を飲んだ。
「……マジモンじゃねえかよ。それもグレードが高い……数億、いや桁がもう一つ違うかもしれねえ……どこで手に入れたんだ!?」
「それは後で説明します。ただし、今から言う話は絶対に誰にも言わないこと。言ったら、俺はあんたを殺さなきゃいけなくなるかもしれないんで」
春日はショップの奥の方に目を向けた。商談用のソファーがそこにある。
「……ちと座れ」
「あざっす」
インスタントコーヒーを春日が俺に差し出す。俺はそれを一口飲んで、話を切り出した。
「三宅さんのこと、知ってるんすよね。まだ元気にしてるんすか」
「……消えたよ。『美男州』ごとな」
「……え」
「1年前にクルドの連中といざこざがあってな。そこで多分攫われた。今どこにどうしているかも分からねえ。マキはガキを食わせるためにソープだ。……全くやってられねえよ。裕二の死が無駄になっちまった。
というか、てめー本当に裕二なのか?見た目は全く違うが」
「一応そうっす。さっきも言いましたけど、いわゆる『異世界転生』というやつっすね。厳密にはちょっと違うんすけど」
「……マジで異世界なんて存在するのかよ」
俺はコーヒーを飲み、小さく頷く。
「マジです。ただ、そっちが危機に瀕しているんで助けを求めるために俺はここに戻ってきた。その第一歩ということで、あんたのとこに来たわけっす」
「世界の危機?んで俺に助け??馬鹿言ってんじゃねえっ!!」
「まあ、そりゃ信じるわけないっすよね。ただ、俺がここに来た理由はちゃんとある。ここ数日、池袋で変な動きはありませんでしたか?たとえば、木村会が変な動きしているとかそういう」
春日が目を丸くした。
「なっ……!??」
「やっぱりそうすか。この辺りで誰かを匿うなら、どこかしらの勢力が動いているはずだと思ってました。
『美男州』がなくなったなら、日系で動けるのは多分その辺りしかない。外国人の所に助け求めるはずがないっすからね」
「……てめー、何を考えてる。何をやらせようとしてる」
「木村会が匿っている人間がどこにいるか知りたいんすよ。そいつも『異世界』からやって来てる。んで、多分既に数人殺してます。
俺は連中を止めなきゃいけない。少なくとも、これ以上の無茶をしないよう説得しなきゃいけない。連中に暴れられたら、日本だけじゃなく世界中が混乱しかねないっすからね」
「……本当に、お前は裕二なのかよ」
「だからそう言ってるわけっす。春日さんは情報を俺にくれるだけでいい。迷惑料はさっきのダイヤの原石っす。これでマキさんはソープ嬢なんてやらずに済む」
春日は大きな溜め息をつく。何か、嫌な予感がした。
「もう手遅れかもしれねえな」
「というと」
「今朝から池袋中が騒ぎになってる。クルドの『イスマイル』の幹部連中が一斉に消えた。連中は不法移民だから、警察には多分届け出てねえ。ただ、完全にパニック状態だ」
ここに来るまでに血相を変えた中東系の男が目立ったのはそういうことなのか。俺の中の警戒レベルが跳ね上がった。
「消えた?」
「そういう話が入って来てる。んで、木村会がヒットマン雇ったんじゃねえかってもっぱらの噂だ。今も『美男洲』の残党連中から、情報提供のLINEが入ってる。
ほとんどの連中は堅気に戻ったけど、ここで商売やってる連中も少なくねえんだ。本格抗争なんてことになったら、こっちの商売にも響く。もちろん、俺にもな」
これは恐らく、べルディアの仕業だ。木村会の庇護に入って、連中の依頼を受けて動いたのだろう。
べルディアの「前世」と木村会にどういった繋がりがあるのかは知らない。だが、この状況が決して良くないということだけは間違いなさそうだった。
春日がコーヒーを一気飲みして、俺の目を見た。
「てめー、犯人が誰か知ってるのか」
「多分。ただ、普通の人間の手には負えない奴です。警察でも無理かもしれない。俺が止めないと」
「……てめーが止めるって?」
俺は頷いた。「ペルジュード」と共同戦線を張るより前に、これ以上目立つことをしないよう説得しないといけない。
もちろん、べルディアがそれに応じるか自信はない。彼は話がある程度通じる人間だと「奴」は言っていたが、交渉が不調に終わったなら「逃げ」を打つ覚悟だけはしておいた方がよさそうだった。
「とりあえず、木村会が匿うのに使っていそうなビルを教えてください。後は、俺がやります」




