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「だ、か、ら!!これマジでダイヤモンドなんだって!!!」
俺は手に持った透明の石を手に力説した。質屋の店員は「うーん」と唸りながら上司と何か話している。
「確かにダイヤっぽいんですけどねえ……成分分析装置にかけてもそうなってますし。でも、こんな大きなダイヤの原石、どうやって手に入れたんですか」
「し……知り合いに譲ってもらったんだよ。信じてくれねえのか?」
奥から別の店員がやってきて首を振る。「盗難届は確かにないみたいです」との声が聞こえた。
上司らしき40代ぐらいの男が困り果てた様子で溜め息をついた。
「いや、これがダイヤなのは分かりましたよ。人工ダイヤでもない。確かに天然ものです。
でも、こんな100カラットもある巨大ダイヤなんて、こっちも買い取りようがないんですよ。しかも出元不明な品と来てる。いくらうちでも怖くて買えませんって」
「でも、金が必要なんだが?」
「1時間も粘られてるんでそのお気持ちは分かります。お引き取りを」
「……分かったよ。これでどうだ」
俺はポケットから小粒のダイヤ3粒をテーブルに置いた。店員が顔を見合わせる。
「これも、原石ですか」
「調べてみろよ。それも間違いなく、本物だから」
*
決着がついたのは、そこからさらに1時間先だった。何とか本物ということになり、原石1カラットの値段をベースに7万5000円を受け取ることになった。多分相当ぼったくられているのだろうが、それはやむを得ない。
身分証明書の提示も求められたが、そこは何とか突っぱねた。大手の質屋ではなく、昔知ったグレーなブツも取り扱う質屋だ。そこはある程度融通が利くのだ。
「まあ、7万5000円もあれば、どうとでもなるか……」
俺は独りごちた。いざとなりゃ、あそこの質屋にまたダイヤを売ればいい。何せ元手はタダだ。ただの石ころをダイヤに変えることなど、俺の能力を以てすれば実に簡単なことだ。
俺の能力——「恩寵」は近くにある物質を俺が望む別の物質に変えられるというものだ。例えば足元をゴムのように柔らかくして跳躍したり、逆にゼリーを鋼鉄のように固くしたりできる。
ただの石を握ってダイヤになれと念じれば、手を開いた時にはダイヤの原石が誕生するというわけだ。シンプルだが汎用性がある能力で、俺はそこそこ気に入っている。
にしても、かなり疲れた。この世界の魔素が薄いのは分かり切ってはいたが、「恩寵」をちょこっと使うだけでこれほど消耗するとは。
「奴」のアドバイス通り、俺はドラッグストアで1本3000円の栄養ドリンクを3本買う。立て続けに飲んだら、少しはマシになった。やはり、応急措置程度の効果ぐらいはあるということらしい。
ただ、「恩寵」の使い過ぎには注意した方がよさそうだった。魔力欠乏症になると、いかに俺でも危ない。
メジアで流行している「死病」の原因が、魔力欠乏症の帰結であることは調べがついていた。俺の種族と出自を考えると比較的そのリスクは小さいとはいえ、なってしまえばおしまいだ。気を付けるに越したことはない。
質屋を出た後、俺は池袋の雑踏を歩いて泊まる場所を探した。理想は適当なビジホなのだが、真夏だからかどこも一杯と来ている。しかもたかがビジホなのにやたらと高い。2万円近く払わないと泊まれないとかどうなってるんだ。
どうも3年も経つと世の中随分変わってしまうものらしい。コロナの流行もほぼ終息し、街には元のような人が溢れている。そのせいで物価が上がってるのかもしれないが、これは少々面倒なことになったな。
そう、俺にとって池袋は初めてじゃない。むしろ「庭」だ。
俺は転生者だ。3年とちょっと前に死に、向こうの世界で生まれ変わった。そして、何やかんやあって今再びこの町に舞い戻っている。容姿は完全に別人になっちまったが。
まさかこうやって池袋の街を歩くことになるなんて全く思いもしなかった。別に向こうの世界が嫌だったわけじゃねえんだが、因果なもんだ。
*
結局、俺は漫画喫茶で寝ることにした。個室の漫喫はちょっとしたベッドにもなるシートがあり、そこまで悪くはない。既に着替えはウニクロとコンビニで確保済みだ。汚れ気味の向こうの服はここで処分した方が目立たずに済むだろう。
問題は帽子だ。多少カットしたとはいえ、角はどうやっても目立つ。この夏にニット帽は変だが、角を丸出しにするよりはマシか。
シャワーを浴び、個室にあったゲーミングPCを起動させる。勿論ゲームなどするつもりはない。やるべきことは、情報収集だ。
「まだ見つかってないのか」
俺は少し驚いた。イルシアがメジアから姿を消したのは3カ月ぐらい前のことだ。あれほどの範囲を転移させたのだから、時間がかかるのは分かっている。だが、それにしてもイルシアの存在がまだ世に知られていないのは予想外だった。
こっちにまだ転移してない可能性も少し考えた。だが、あのランカとかいう女の言うことを信じるのだとすれば、イルシアは確実にこっちに転移している。場所も埼玉西部と当たりはついている。
直接向かわなかったのは、こちらにも色々準備があるからだった。極力静かに、騒ぎを起こさないように目的を達成するには相応の仕込みが要る。予想と違いイルシアの存在は明るみになっていなかったが、やるべきことは変わらない。
俺がすべきこと、それは「御柱」とやらをメジアに連れ帰ることだ。
メジアの状況は滅茶苦茶だ。死病の蔓延に加え、イルシア周辺に新しくできた「穴」も広がりつつあるらしい。「エネフの大穴」と一緒になったなら、メジアに人が住める場所はほぼなくなる。カルディナ共和国に張られた「結界」も、どこまでもつか分からない有様だ。
何とかできるとすれば、イルシア王国の「御柱」でありクト神の直系でもあるジュリ・オ・イルシアしかいない。連れ帰ってどうするんだという話はあるが、ひとまず可能性があるとすれば彼女しかいないのが現状だ。
引き続きツイッターで情報を収集する。国民的人気女優が不倫しただの何だのどうでもいい情報ばかりだが、その中であるニュースが目に留まった。「猪苗代湖の神隠し」事件だ。
「これは怪しいな……」
車とキャンプ用具だけ残して、20代の男女5人が行方不明になったという事件らしい。血痕があったから何らかの事件に巻き込まれたという推測があったが、俺にはどうにも引っかかった。
キャンプ場でトラブルがあって攫ったなら、車での逃走情報があってしかるべきだ。そして警察はそれをマスコミにリークするだろう。だがそんな話は見る限りない。
現場でどこかに埋めたにしても、発生から2日経っているのに死体が見つかっていないのはちょっと変だ。つまり死体は「消されている」可能性が高い。
……死体を「消す」か。
そういうことができる人間を、俺は1人知っている。ムルディオス・べルディアだ。
モリファス帝国特務部隊「ペルジュード」の長にして、メジア……いや、向こうの世界でも最強格の男だ。奴なら死体を「消す」ことなど実に容易い。
そして、モリファスからこっちの世界に誰か送り込まれたという情報も聞いていた。これはいよいよべルディアの手によるものか。
俺も奴とは1回だけ対峙したことがある。正直に言って、全く勝てる気がしない相手だった。
奴も転生者と聞いていたが、その戦闘力は桁違いだ。「恩寵」そのものの力もさることながら、基本的な能力が違い過ぎる。まず間違いなく、「前世」では格闘技を収めていたはずだ。それも、相当な使い手とみえた。
結局、俺にできたのは尻尾を巻いて逃げることだけだった。それなりに修羅場はくぐっていたと思っていたのだが、自信がなくなった。あの男に勝つなら「奴」が初見殺しで一撃をかますぐらいしか思いつかない。それほどの男だ。
べルディアは「前世」の記憶を辿って、どこかに身を潜めているに違いなかった。俺は奴らより先に、ジュリ・オ・イルシアを確保しないといけない。
明日の予定を考える。いきなり埼玉に向かうことも考えたが、場所も特定できていない以上それは時間の浪費に終わりそうだった。
となると……イルシアの存在と場所が明るみになるまで、しばらくここを拠点に待つしかないか。幸い、「前世」の伝手で情報に詳しい奴は知っている。そいつに接触してみるかな。
そんなことを考えていると、腹が「ぐう」と鳴った。やはりというか、この世界において俺の燃費は悪い。
もう夜も遅いが、飯でも食うか。この辺りなら、夜遅くにやってるラーメン屋がそこそこある。果たして、東口から少し北池袋方面に向かったところに博多ラーメン屋があった。豚骨ラーメンは「前世」で食った以来3年ぶりだな。
「らっしゃい」
俺は食券を購入し、カウンター席に座る。ライトではあるが、豚骨臭が実に懐かしい感じだ。
着丼を心躍らせながら待っていた、その時だ。
ピキン
強い魔力を、外から感じた。俺は感知魔法がそれほど得意じゃない。それでも、近くに高い魔力を持つ人間が来ればある程度察することぐらいはできる。
……そして、この魔力は、以前にも感じたことのあるものだ。それが誰かを思い出し、俺は戦慄する。
「べルディア……!!?」
間違いない。あのザラザラした、どこか気味の悪い魔力。そんな魔力を感じたことは、あの1回きりだ。忘れるはずもない。
魔力はすぐに小さくなり、感じ取れなくなった。車か何かで移動しているのだろうか。それが意味することに気付いて、俺は困惑する。
「……奴も池袋にいるのか」
いや、少し考えれば当たり前のことかもしれない。埼玉に向かう拠点としては、池袋は最適な地だ。向こうも同じ発想で動いている、ということか。
「お待ち」
豚骨ラーメンがカウンターに置かれた。バリカタの麺を啜りながら、俺はこれは幸運なのか不幸なのか判断しかねていた。
確かに俺と奴らは向こうでは敵同士だった。だが、ここでの目的は同じのはずだ。
「御柱」ジュリ・オ・イルシアを連れ帰る。そして「死病」に対応する。組めない相手ではない。
「……さて、どう立ち回ったものかな」
俺——ユウジ・タカマツは、スープだけになった丼を見ながら思案し始めていた。
第3話 完




