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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
序章「魔法少女 ノア・アルシエル」
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序章4


俺は唖然としてそこに立ち尽くしていた。これは本当に、現実なのか?

目の前には、浦安の某テーマパークの城ほどの大きさの建物が聳え立っていた。その城下町の通りを、何人かの兵士が強張った顔つきで歩いている。


ノアが異世界からやってきたことを疑ってたわけじゃない。国ごとこの世界に転移してきたという話も、突拍子はないもの受け入れていた。

だが、いざこうして目の前に事実を突きつけられると言葉が出ない。あの山はどこに消えたんだとか、これほどの質量のものを動かすのにどれだけの力が必要だったんだとか、幾つもの疑問が浮かんでは消えた。


『何をぼうっとしているの』


「あ、いや……すまん。城に向かうんだったな」


ノアは汗を流しながら、『あたしに付いてきて』と歩き出す。その顔色が少し悪くなっていることに気付いた。さっき魔法を使ったみたいだが、まだ体力が戻り切っていないのだ。


「アリル・ヴィナ・ノア・アルシエル!」


兵士の1人が、ノアに敬礼した。ノアは「デア・ブスタ。ジュ・ラディーナ」と返す。

何を言ったのか訊くと、『『帰還御苦労であります!』って言われたから『ありがとう、励みなさい』と答えたまでよ』という。なるほど、「デア・ブスタ」というのが「ありがとう」に相当する言葉なのか。


それにしても、ノアはやはりこの国ではそれなりの地位に就いているらしい。通りを歩く兵士たちが次々と敬礼している。

そして、見かけるのがほぼ兵士ばかりであるのに俺は気付いた。転移したばかりで戒厳令のようなものが敷かれているのだろうか。


「一つ、訊いていいか?ここにいる1000人の内訳はどんなものなんだ」


『大体半分はイルシア近衛兵団よ。メジア大陸でも屈指の精鋭が揃ってる。少数でもモリファス軍の攻勢に耐えられたのは、彼らのおかげよ。

その家族が残りの300人ぐらいを占めてる。あとはあたしたち魔術師団が50人ぐらい、それと王宮付きの侍女と料理人かしら』


「普通の市民はいないのか」


ノアが歩みを止め、辛そうな表情で空を見上げた。


『……連れてこれなかったのよ。御柱様の魔力でも、イルシア中枢部を転移させるのが精一杯だった。あたしと母様、それに魔術師団の力も使ったけど……これが限界だった』


俺は何を言っていいか分からなかった。結果的には、ノアたちは民を見捨てたということになる。

だが、そんなことは彼女たちだってしたくはなかったはずだ。それでも、国の機能を守るため、筆舌に尽くしがたい想いでこの世界に来たのだろう。

俺はただ「……すまなかった」と頭を下げるしかなかった。ノアは涙を拭い、苦笑しながら『いいの』と返す。


『あなたが何を言いたいかは分かるわ。気持ちを汲んでくれただけで十分』


「いつかは、戻りたいのか」


『勿論。……でも、『死病』への備えも、『変異』したモリファス軍への対抗策も、今の所持ち合わせてない。転移した先でそれが見つかればと思っていたけど……あっ』


城の方から、誰かが歩いてくるのが見えた。全身鎧の偉丈夫と、それには及ばないまでも背の高い女性だ。こちらは白のローブを着ている。

男の方は長い赤色の髪に赤銅色の肌をしている。顔には目立つ傷痕が一つついていた。女性の耳は長く、金髪をボブカットにしている。エルフか何かだろうか。


男は俺たちの5mほど前で立ち止まり、険しい表情でノアに呼びかけた。


「ジャルド・グラヴェン・ノア・アルシエル?」


『……帰りが遅くなったのはわざとじゃないわ、ガラルド。どういうつもり?』


『……念話を使っているのか。その男に聞かせるためだな』


急に男の言うことが理解できるようになった。どうも、この男も「念話」を使える数少ない1人であるらしい。


『彼は大切な客人よ。御柱様かゴイル様に会わせないといけないの、そこをどいて』


『俺は、どうして戻りが遅くなったかと聞いている。それに、まさかこの男が大切な客人とでも言うのか?』


『ええ。死にかけてたあたしを救ってくれた恩人よ。悪く言うのは許さないわ』


ガラルドと呼ばれた男は俺をじっと見て『ハッ』と嘲笑った。


『やはり凡骨にしか見えんな。魔力の欠片すら見えん。領主や大商人のような身なりですらない。

ただ自分の恩人だからここに招待したとか言うまいな?貴様らしからぬ甘っちょろい考えだな』


『あなたこそ今の状況を理解できてるの?あたしたちが今いるのは異世界よ。メジアでもエビアでも、ましてやネプルーンでもない。言葉も『念話』を使わないと通じないし、魔素も驚くほど薄い。

そんな中で、彼は私たちを守れる人を知っていると言ってくれたわ。すがれるものがあるなら、何にだってすがらなきゃいけない状況なのよ』


『……異世界??』


男は顔色を変えて絶句した。エルフ風の女は『あり得る話ね』と頷く。


『御柱様ならできなくはない。それに、異世界の存在そのものは貴女も知らないわけじゃなかったでしょ?』


『……ええ。転生者はメジアにもたまに現れていたから。でも、転生者の来た世界とこことは、多分全然違うわ。メジアの転生者の多くは、戦場から送られてきてた』


『同一の世界とは言ってないわよ、ノア。異世界というものは、多分複数存在する。その一つに転移したというのは、可能性としてはなくはないわ。確かに『絶対に安全』な場所であるのは間違いないから』


俺が「彼らは何者なんだ」と訊くと、ノアは『ごめんなさい、説明が遅れたわね』と苦笑した。


『男の方がガラルド・ヒッツカル。龍人で近衛騎士団長をやってる。彼女はシェイダ・シェルフィと言って魔術師団の副団長。あたしの上司に当たるわ』


俺は軽く頭を下げる。


「挨拶が遅れて申し訳ない。俺は町田智弘という。この近くに住んでる」


『マチダというのか。貴様、何をやっている』


ガラルドの質問に、言葉に窮した。そこを訊かれるのが、一番辛い。


俺が言いづらそうにしているのに気付いたノアが『そんなことはどうだっていいでしょう?』と割って入った。


『彼があたしたちを守る手伝いをしてくれるというなら、それを信じるしかないでしょ?』


『惚れたのか?下らん情に左右されて道理を忘れるとは、『大魔導師』ランカ・アルシエルの娘らしからぬ失態だな』


『何ですって!?』


血相を変えるノアを、シェイダが制した。


『貴女がそういう子じゃないってことは私がよく知ってる。でも、この彼を信用するに足るものはあるの?それがないなら、ガラルドを否定できないわね』


『そ、それは……』


重い沈黙が流れる。このままでは、この国の中心人物に会うところすら行けない。


その時、もう2人王宮の方から誰かがやってきた。1人はメイド風の美女、そしてもう1人は青い肌の背の小さい初老の男だ。複雑な文様のローブを着ており、見るからに身分が高そうな人物だ。


『ゴイル様!?』


『ノアの魔力を感じたから戻ってみれば……ガラルド、焦る気持ちは分かるが抑えよ。そしてノア。ここが異世界というのは、真か』


『……はい』


ゴイルと呼ばれた男は静かに頷く。今の会話の内容を聞いていたはずはないのに、内容をほぼ把握できているようだった。

そもそも、いきなり「念話」を使っている。まるで、異世界人たる俺がこの場にいると知っていたかのようだ。


男は『ふふっ』と笑う。


『客人、驚かせてすまぬな。儂ら『ドゥナダン』の五感は他種族より遥かに優れておるのでな。会話が耳に入ってしまったのだ。

時に、我らを守る術があるというのは本当か?もしそうならば、話だけでも聞いておきたい』


俺は唾を飲み込んだ。物腰柔らかだが、その落ち着いた物言いからはガラルドとは比にならないほどの威圧感を感じる。


「あなたが、『御柱様』ですか」


『はは、儂はただの名代に過ぎぬよ。先代に大恩があってな。それ以来70余年ここで仕えておる。

してお主、我らを守る術とは?そもそも、この世界がどういうものか儂らは知らねばならぬ。身分がどうあれ、話は聞かねばなるまい』


『ははっ』とガラルドとシェイダが平伏した。ノアも同様にしているのを見て、俺もとりあえずそれに倣った。それを見てゴイルが笑う。


『お主はいいのだ。さて、ここで立ち話も何だから中に入るとしよう。この場所は暑くてかなわぬ』


ゴイルを先頭に城へと入る。内部は装飾などなく、意外と質素な造りだ。

中央階段は随分と長く、上へと続いている。その向こうに、赤色の巨大な扉が見えた。


「あれは?」とノアに訊くと、少し微妙そうな表情を浮かべた。


『……あの向こうが御柱様の部屋。何人たりとも許可なく立ちいることは禁じられてるわ。あたしは一度も立ち入ったことがない』


「そんな重要人物なのか。まるで神様か何かみたいだな」


『みたい、じゃなくてほぼ神様。さっきも言ったけど、御柱様はクト神の直系であり代行者なの。だから、お目通りすることも簡単じゃない』


ゴイルがそれに同意する。


『その通りだ。本当に信用に足る人物と儂が判断しない限り、お主を御柱様に会わせるわけにはいかぬ。そもそも、『大転移』の反動で御柱様も動けぬ。驚くほどの魔力を使ったらしいからの。どちらにせよ、謁見は後日だ』


「……なるほど」


現人神、といった辺りか。よく分からないが、まずはゴイルに事情説明をするのが先だろう。その人物に会うのは「奴」に話をしてからでも遅くはない。



ゴイルが再び歩き始めたその時、俺は階段の所に誰かの気配を感じた。長い金髪の少年……いや少女?



「おいっ」


呼び止めようと声を出したが、その次の瞬間その少女は消えていた。俺の目の錯覚だったのだろうか。





それが気のせいではないと知ったのは、翌日のことだ。




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