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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第3章「開城高校3年生 市川朝人」
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3-6


霞ヶ関を出たのは夕方だった。警察の組織に協力するという関係上、面倒な手続きや面談を経なければならなかったのだ。


俺とノアの立場は、ひとまず大河内議員の私設秘書ということになった。大河内議員も一瞬だけ警察庁に顔を出したが、多忙らしくすぐに出て行った。

彼曰く、西部開発への根回しが難航しているという。水だけは明日開通するらしいが、現地視察をさせろとうるさいのだそうだ。そっちの対応は、大河内議員と睦月でやることになるらしい。

俺としても何かできないかと思ったが、こっちはこっちでそれどころではない。ペルジュードの連中の発見と確保が、今の俺に課せられたミッションだ。そして、それはあまりに重いミッションでもある。


帰りの車で、俺は黙り込んでいた。ペルジュードを追うのはいい。しかし、どう捕まえるべきなのか。皆目見当もつかない。

ノアは「念話」を使い過ぎたためか、疲れ切って助手席で寝てしまっていた。昼はコンビニで買った菓子パンぐらいしか食べていない。ノアは4個ぐらい食べていたが、あの程度ではたかが知れているということなんだろう。


首都高から外環道、そして関越へと入る。三芳PAで晩飯でも食べようと思っていたその時、俺のスマホが震えた。……綿貫からだ。

ハンズフリーのスイッチを入れると「少し、話せるか」と綿貫が切り出した。


「今運転中だが、少しだけなら」


「それで構わない。今から、僕の家に来てくれないか」


「……お前の家?」


「ああ。相談事がある。結構、マジな話だ」


綿貫には警察庁での出来事をLINEで連絡済みだ。ただ、どうもその件ではないようだ。しかも、電話ではなく実際に会って話したいというのは妙だ。

スマホの向こうから聞こえる綿貫の声にも、いつもの張りがない。何か重大なことが起きたのだと俺は直感した。


「イルシアに、何かあったのか?誰かがイルシアの存在をリークしたとか」


「それはない。ただ、僕の命に関わる話だ。君たちじゃなければ答えられないと思う」


「命に関わる?」


「ああ。さらに言えば、イルシアとの共存可能性についての話でもある。あとどのぐらいで来れる」


「これから三芳PAに入ろうと思っていた。お前の家は、確か川越だったな」


「だったらそこから川越ICに向かってくれ。LINEで住所を送るから、ナビに従って行ってもらえればいい。飯もこっちで用意しておく」


そう言うと、一方的に通話は切られた。どういうことだ?命に関わるというと、イルシアに不穏分子がいて、そいつから狙われているということなのだろうか。

いや、少なくともそんな連中はあそこにはいない。ガラルドはやや俺たちに対して懐疑的だが、敵対しているというほどでもない。となると、何だろうか。


そう思いながら川越ICを降り、信号待ちでナビを入れた。目的地として記されたのは、やたらだだっ広い邸宅だ。

それは川越の町はずれの森の中にあった。周辺は田畑ばかりで、そこに突如として現れる森はどこか不気味な感じすらする。


入口には大きな門があり、車を降りて呼び鈴を鳴らす。すると、60代ぐらいの男がやって来て「お待ちしておりました」と門を開けた。その向こうにあったのは木造建築の屋敷だ。古いが、どこか威圧感を感じさせる大きさと造りだ。

ノアを揺すり起こすと『ここ、どこ……』と寝ぼけている様子だ。空腹もあり頭が回っていないのかもしれない。


「綿貫の家だ。呼ばれたんでこっちに来た」


『ワタヌキの……?』


車を降りると、綿貫が厳しい表情で待っていた。顔には疲労の色も見える。


「悪かったな、疲れているところ」


「それはそっちもだろう?食糧の補給は、上手く行ったんだよな」


「そこは問題ない。ただ、ずっと大きな問題が起きるかもしれない」


「何だよそれは」


「魔力補給の問題だ。イルシアにいる何人か……いやもっとか。彼らが魔力不足に陥る可能性が高いと踏んでいる。少なくとも、あの『御柱』って子はそうなった」


『何ですって!?』とノアが叫ぶ。綿貫が小さく頷いた。


「あの子は市川君が何とか対応しました。ただ、その様子を見るに魔力を与える側の負担はかなり大きい。あの市川君って子の魔力は、一般人に比べると遥かに多いということでいいんですよね」


『……ええ。それこそ、あたしに匹敵するぐらいには。でも、そんなに『御柱様』が消耗するなんて……』


「魔法を使ったら急に高熱を出して倒れました。ここから先は家で。込み入った話になるので」


綿貫に従い、俺たちは屋敷に入る。随分年季の入った家だ。綿貫家は川越の豪農が祖だと聞いてはいたが、江戸時代とかからあった家なのだろうか。

こんな家にたった一人で住んでいるのかと気になって聞いてみると、一階部分は公設秘書の郷原夫妻が使っているらしい。日常の食事も、郷原夫人が作っているのだそうだ。


「座ってくれ」


居間には一枚板の長い和テーブルが置かれている。その上には刺身の盛り合わせと寿司があった。流石に店屋物だろうが、相当いい寿司なのはネタから見て取れた。

ノアは一瞬目を輝かせたが、そんな状況ではないと気付いたのかすぐに険しい表情に戻る。綿貫が俺たちを交互に見た。


「酒は……運転しなければいけないから、町田はダメだったな。ノアさんは」


『あたしもいいわ。あと、敬語は結構よ。そっちも疲れるでしょ』


「なら、そうさせてもらうか」


郷原夫人が急須と湯呑を持ってきた。綿貫の所には、日本酒と思われるグラスが置かれる。

それをちびりとやって、綿貫が話を切り出した。


「まず、状況を順番に説明させてくれ。こっちに元々いる異世界から来た人間の目星がついた」


「本当なのか!?」


興奮するでもなく、小さく綿貫が頷く。


「親父の日記で分かった。親父も会っていた人物で、『田園調布の魔女』と呼ばれる女だ。どうも、この国のVIP以外には存在が秘匿された人間らしい。随分昔から生きているともあった」


『随分昔?』


「ああ。少なくとも20年前、恐らくはもっともっと前だ。だから、イルシアの件とは関係なく、何かしらの理由で異世界からこっちに来た人間みたいだ。魔法を使ってこの国の政策に影響を与えてきた人物、らしい」


ノアが『嘘……』と絶句した。俺も正直驚きだ。異世界側の人間が政府にいることまでは分かっていたが、そんな昔からとは。


綿貫はもう一度酒を口にした。


「大河内さんも、恐らく彼女と会っている。勿論僕が所属する浅尾派の首魁、浅尾肇もだ。ただ、その正体は依然不明だ。僕らやイルシアに好意的なのかどうかすら分からない」


「居場所の見当は」


「ついてる。彼女をこちら側に付けるために、明日の夜か明後日には行こうかと思ってる。ただ、相手が話の通じる人物なのかは分からない。魔法を使えるなら、僕ごとき簡単に消せても全く驚かない」


「一人で行くつもりなのか?」


綿貫が一気にグラスの日本酒を飲み干し、首を横に振った。


「いや。イルシアから1人、僕に同行してもらうことになった。……あの、アムルという女だ。条件付きだが」


「条件付き?」


少しだけ綿貫が黙った。そして、深い溜め息をつく。


「……僕と『番』になることだ。ただ、それが何を意味しているか……ノア君なら分かるな」


ノアの顔色が、さっと変わった。


『やめた方がいいわ』


「やはり。君は彼女が何をしようとしているのか、知っているな」


『……あの子は、魔力の『燃費』がとても悪いの。だから、元の世界にいた時から誰かから魔力供給を受けなければいけなかった。そして、その度に……『餌』となった人たちは死んでいった。

……やっとあなたがあたしたちを呼んだ意味が分かったわ。アムルのような魔術師に対し、こっちの人を捧げなければいけないんじゃないかって思ってるわけね』


「……そういうことだ。ジュリって子は市川君が何とかしてくれる、かもしれない。だが、その他の人たちはそうもいかない。少なくとも、僕は狙われている。

これは、イルシアの今後を考える上でも重大なことだ。君たちが平和に生きるためにこっちの人間の命を差し出すなんてことは、絶対に認められない」


『分かってる。……正直、あたしたちにとってもここの魔素の薄さは計算外だった。それでも、ほんの少し魔法を使うだけで『御柱様』が消耗するなんて……。

アムルの気持ちも、少し分かるの。このまま行けばじり貧だから、魔力供給の相手としてあなたを求めた。イチカワほどではないにしても、あなたも多少の魔力は持ってるから』


「ははっ」と綿貫が乾いた笑いを浮かべた。


「だから僕を狙ったということか。冗談じゃない」


『魔力は量より相性という所もあるわ。多分、あなたの魔力はアムルにとっては『美味しそう』に見えたんだと思う。

ただ、過去にもあの子はそれで何人も殺してる。あなたも例外じゃない』


「じゃあどうしろと!?彼女から逃れる術を、君は知ってるのか!!?」


酒のせいなのか興奮気味の綿貫を、俺は「落ち着け」と諫める。ノアに「何かないのか」と聞いたが、しばらく黙ってから首を横に振られた。


『逃げるのは多分無理。アムルは『御柱様』に加えて『先代様』への魔力供給も担ってた。それだけ、あの子の魔力は膨大なのよ。純粋な魔力量だけで言えば、あたしやシェイダよりずっと上。戦闘に限れば、母様にも匹敵するわ。

だから、何とかして誤魔化すしかない。あるいは、あなたに代わる誰かを差し出すか……』


「そんなことをしたら僕の政治生命は終わりだ。というか、それ以前に殺人幇助で捕まるだけだぞ??」


綿貫の視線が俺に向いた。


「そこで君の見方を聞きたい。君はこの子と、数日間一緒に過ごしてきた。魔力供給は、どうやってたんだ」


俺はこれまでのことを思い返していた。……そんなことは、した記憶がない。


「すまん、魔力供給ってそもそもどうやるものなんだ」


「体液――血や唾液を、相手に与えるらしい。市川君はキスでやっていたが、酷く疲れ切ってた。そして多分、セックスが一番効率がいいんだろう。だからアムルは『番』という言葉を使った。

ただ、君らの関係がそういうものじゃないのは、何となく分かる。つまり、別の手段があるんじゃないかと踏んだ」


俺たちはセックスは勿論キスすらしたことがない。そもそも、そうする理由が今の所ないからだ。

ただ、確かにノアはあれだけ日常的に「念話」を使っているのにそこまで極端には消耗していない。飯を多く食っているからだろうか。


俺はノアに「どういうことなんだ」と訊く。ノアは少しぼーっとした様子だったが、慌てて俺の方を向いた。


『……言われてみれば、確かにそうかも……。口吸いやまぐわいによって、相手から魔力を得られるとは母様に聞いたことはあるわ。そりゃ、トモとしたくないことは……』


ノアはハッとなって手で口を押える。


『ごめん、今のは忘れて。でも、どうしてだろう……ご飯のせい?』


「食べ物の中に魔素が微量に含まれているとか、そういう話だと思ってたが」


『どうだろう……『エリクシア』を飲んでいるわけでもないし』


「『エリクシア』?」


『魔力供給のための霊薬。貴重品だし、イルシアにある分も限られてる。ただ、気付かないうちにトモに近い物を食べたり飲まされているなんてことは……』


俺はノアにこれまで食べさせたものを思い返してみた。ただ、そのほとんどがありふれたものだ。敢えて言うならば……


「あ」


「何か分かったのか?」


「あ、いや。ひょっとしたらと思っただけだ。ノアが俺の畑に倒れていた時、何を食わせたり飲ませたりしたかを思い出してみたんだが……ロキソニンとビタミン剤を飲ませた記憶がある。それで代用になるんじゃないか?」


「ロキソニンとビタミン剤、か……」


綿貫は何か納得が行っていない様子だ。しばらく唸った後「考えても仕方ないか」と顔を上げる。


「ノア君、明日またイルシアに行くが、その時その『エリクシア』のサンプルを貰いたい。話を通してもらえるか」


『それでどうするの?』


「伝手を辿って分析にかけてもらう。似たものをこちらで作れるなら作りたい。ただ、できるのには時間がかかるな……そもそも、ロキソニンとビタミン剤を飲んだのは1回だけか?」


ノアが俺の方を見る。確か、そのはずだ。


「ああ。それっきりだ。確かにその後ノアは回復したが……」


「何か、別の要素がある気がするな……とりあえず、やるだけやってみようか」


綿貫は郷原夫人を呼び、日本酒の追加を伝えた。俺もノアも、大概に腹は減っている。せっかくだから、綿貫の好意に甘えるとしようか。



結論から言えば、この時俺たちは「正解」に辿り着けていなかった。

ただそれがダメだったとも、一概に言えないように思えるのだが。



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