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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第3章「開城高校3年生 市川朝人」
32/176

3-1


「やあ」


玄関を開けると、ニコニコとしながらジュリが立っていた。僕は唖然として彼女の顔を見る。


「……は?」


「遊びに来たよ。お邪魔させてもらうね」


家に入ろうとするジュリを僕は押しとどめようとした。台所から祖母がやってくる。


「あらジュリちゃんいらっしゃい」


「おはようございます、お祖母様。お邪魔してよろしいですか?」


「いいよいいよ、ジュリちゃんなら。どうぞおあがり」


「お邪魔します」と彼女は靴を脱いだ。二階へと上がる彼女を、僕は呆気に取られながら見るだけだ。これは、どういうことなんだ??


「ばあちゃん、これはどういう……」


「どうもこうもないよ。ジュリちゃんは朝人の一番の友達じゃないか。家に上げない理由なんてないってもんだよ」


「……は??」


認識を書き換えたんだ、と僕は直感した。ジュリは神に等しい力を持っているらしい。出会った人間に彼女が僕の親友であると思い込ませることなど容易いということか。

それにしてもジュリはいつの間に日本語を覚えたのだろう。少なくともあの「念話」というヤツは使っていなかった気がする。神だからこっちの言語を覚えるのも楽勝なのだろうか。改めて、背筋に寒いものを感じた。


僕は仕方なく2階の自室へと上がる。ベッドには相変わらず笑顔のジュリが座っていた。


「一体何しに来たんだよ」


「ん?アサトとお喋り。あと魔力補給かな。今日は色々人がこっちに来るらしくてさ。『認識変更』って、結構魔力使うんだよね」


「『認識変更』って……ばあちゃんにやったのと、同じようなことをやるつもりなのか」


「ゴイルがそうしろって言うから。イルシアを守るためだから、仕方ないよね」


僕は一昨日町田さんの家で伝えられた計画を思い出した。そう言えば、食糧供給の際にトラック運転手の記憶を消すとか書き換えるとか、そんなことを言っていた気がする。


「だから朝から僕の所に来たってわけか。血ならあげるから」


すぐに出て行ってくれないかと言おうとしたら、「違う違う」とジュリは首を振った。


「ボクがここに来たのは、アサトと仲良くなるためだよ。魔力供給は二の次。何して遊ぼっか」


「……本当に??」


「うん!!アサトのこと、もっと知りたいんだよね」


ニコニコ笑顔のジュリに、僕は呆気に取られた。僕にはそこまで好かれる理由なんてどこにもないと思うのだが。


魔力とやらの相性がいいとか、魔力量が凄いだとか言ってたけど、僕にはそんな自覚なんてない。母親似の女顔だからか、たまに年上の女性からかわいいと言われたりはするけど、女性からはっきりと好意を向けられたこともない。中高一貫の男子校だから、恋愛の機会も乏しいのだけど。

性格だってそんなにいいわけじゃない。漫画やアニメが趣味の陰キャ寄りだと自覚はしてる。うちの高校はそんなのばかりではあるから目立ちはしないけど、友達もそんなに多くはない。我ながら、なかなかつまらない人間だと自覚してるぐらいだ。


そんな僕に、何故ジュリは執着するのだろう。こんなかわいい子に好かれているのは悪い気はしないけど、正直不気味で怖い。何より、彼女が異世界であるイルシアの「神」であり、しかもイルシアの存在が日本をも揺るがすとか言われたらなおのことだ。


僕は「うーん」と唸った。遊ぶといっても、ここには勉強のために来ている。Switchは当然東京の自宅に置いてきた。スマホにはゲームが2、3入っているけど一人用で、しかもキャラを知らない彼女が楽しめるようなものじゃない。


「……この世界の案内でもできればいいんだけど」


思わず口にしたその一言に、ジュリが「それそれ!」と手を打った。


「ボクもそれがいいと思ってたんだ!じゃ、一緒に外に出よ!!」


「いや、外に出ても徒歩圏内にはほんっとに何もないよ。車でも使えるなら話は別だけど、勿論僕は免許なんて持ってないし。ばあちゃんに運転させるの?」


ばあちゃんは一応免許持ちだけど、正直運転は危なっかしい。72歳なのだからそれも当然なのだけど。

ジュリは「くるま?」と首をかしげている。ああ、そもそも車という概念が彼女にないのか。


「この世界ではごく当たり前の乗り物だよ。ただ、免許なしでは運転はできないよ」


「そっかあ。じゃあ、一緒に空飛ぼうか。それならいいでしょ?」


「……は??いや、ジュリは飛べるかもだけど僕にはとても……そもそも、人間が空飛んでたら滅茶苦茶目立つよ??」


「ああ、それは大丈夫。『認識阻害』かけるし、それに飛び方ならボクが教えるから」


「いや、教えるって……むぐっ」


いきなりジュリの顔が目の前にあって、唇を重ねられた。舌まで入ってくる。


「んんっ!!?」


「ちゅっ……れろっ……ふぅっ……」


ジュリの潤んだ瞳が目の前にある。僕は生まれて初めての女の子とのキスに、強烈な快感を覚えていた。こんなに、キスって気持ちいいものなのか?

そう思った次の瞬間、脳内に異常な量の情報が入り込んできた。……これは、一体……。


「ぷはっ」


満面の笑みのジュリがそこにいた。僕は、今起きたことを整理できずただ戸惑っている。何だったんだ、今のは。


「これで飛び方、分かったでしょ?」


確かに、魔力の使い方が少し分かった気がする。自分の中に眠っていた才能が引き出されたとか、そんな感じだ。「飛行」のやり方も、何となくだが分かった。


「う、うん……しかし、これって」


「ああ、魔力供給。ボクからアサトにしてみたよ。後でアサトからボクにもしてくれると嬉しいな」


「いや、これが何を意味してるのか本当に知ってるの??」


「ただの魔力供給なんだけどなあ」


ジュリは小首を傾げる。どうやら、キスが恋人や夫婦の間で主に行われる行為だと知らないらしい。キスの最中に舌を入れるのが、セックスの前戯ということもだ。


「……いやいや、こっちの世界では特別な相手にしか基本やらないことなんだけど」


「じゃあいいじゃん。ボクにとって、アサトは特別な相手なんだし。じゃ、いこっか」


ジュリは窓に手をかけ、僕に右手を差し出す。


「今日はボクが手を握っててあげるね。認識阻害のためにも必要だし」


遠慮がちに手を握る。するとふわっと自分の身体が浮いた気がした。……いや、実際に浮いている??


「しっかりついてきてね」


一気に加速度が身体にかかる。ジュリから与えられた知識通り自分の中にある魔力を使っているけど、これはほぼ彼女に引っ張られているだけだ。


そして、地上から100mほどの高さまで達すると、彼女は止まった。近くには滝沢ダム、そしてはるか遠くには長瀞が見えた。

イルシアがあるはずの辺りは、ごく普通の山があるだけだ。結界とか何とかで表面を誤魔化していると聞いてはいたけど、これなら確かにドローンを飛ばされても見抜くことはできないだろう。


「本当に空飛んでるよ……」


「ね?できたでしょ」


ニッと白い歯を見せてジュリが笑う。その表情に、僕は思わずドキリとした。会ってまだ4日しか経ってないのに、これが女性免疫のない男子高生の悲しき性なのか。


「……で、どこ行くんだよ」


「そうだなあ……アサトの好きなとこでいいよ。あまり遠くなければ」


「好きな所ってなあ……」


そう言えば、この近くに名勝があった記憶がある。子供の頃には祖父や祖母に連れて行ってもらったはずだ。あそこなら、少しは喜んでもらえるかもしれない。

荒川沿いを見てみると、果たしてそれはあった。この時間帯なら、まだ人もそう多くはないはずだ。


「こっちに来て」


今度は僕がジュリを引っ張る形で空を飛ぶ。明らかに目立つはずだけど、高度が高いのとジュリの魔法のおかげなのか誰も気にしていない様子だ。

10分もしないうちに目的地に到着する。ジュリが「うわあ……!!」と感嘆の声をあげた。


「結構すごいでしょ。中津狭っていう所だよ」


眼下には高さ100mにもなる断崖絶壁が続き、その上を木々の葉が覆っている。何でもこの峡谷は滝沢ダムまで10kmも続いているらしい。


「すごくきれい……メジアには、こういう自然があまりないから」


「そうなの?」


「砂漠が多いんだ。山は大陸南部にあるけど、魔獣が多くてとても近寄れないし。色々な意味で、この国の豊かさが羨ましいよ」


「豊か、なのかな」


ジュリは頷くと、遠い目で峡谷をじっと見ている。僕にはどうにも実感がない。この国はダメだとか衰退しているとかマスコミは言っているけど、ジュリがいた世界はずっと過酷な世界のようだった。

そもそも、彼女たちは戦争と災害から逃れる形でこっちに避難してきたらしい。この世界の平和さを羨むのは当然なのかもしれない。


「ジュリがいた世界のことを、教えてくれないか」


「ボクの世界?」


質問すると、ジュリが少し黙った。ノアさんから簡単には話を聞いたけど、あまり言いたくないのだろうか。


「……実は、知識として知ってるだけなんだよね」


「知識として?」


「うん。ボクは生まれてから、ずっとあの王宮の中にいたんだ。万が一の危険があってはならないということで、ね。そして、成人したら母様の器になるはずだった」


その言葉を聞いて、僕はぞっとした。まさか、ジュリはあの王宮に幽閉されていたのか。

そして、外の世界に出たがっていた理由も何となく分かった。彼女にとって、外の世界に出ることは長年の夢だったんだ。


そして、僕はイルシアの闇の部分に触れてしまった気がした。器って、まさか……


「それってどういう意味」


「『御柱』は、その人格や記憶全てを先代から受け継ぐんだ。その力もね。でも、ボクは『降臨の儀』をせずにここまで来ちゃった。本当はしなければいけないんだけど、器として未熟ってことで延ばしてもらってるんだ」


寂しそうな目で、彼女は作り笑いを浮かべた。僕は「降臨の儀」がどういうものかを直感して身震いした。それはつまり……彼女が彼女でなくなる、ということだ。


「いつかは、やらなきゃいけないの?」


「いつかは、ね。もしモリファスの襲撃と『死病』の蔓延がなかったら、今年中にもするはずだったんだ。

イルシアのためにはしなければいけないことなのは分かってる。そして、多分元の世界に戻るには儀式なしじゃできないと思う。この世界の魔素は、あまりに薄いから」


「元の世界に戻る……でも、そんなあては」


「今の所ない。ずっとこの世界にいた方が安全な気はしてる。でも、どうもそう簡単にはいかないみたい」


「……え?」


ジュリの表情から、笑みが消えた。


「モリファスから追っ手が来てるんだ。多分、ボクを捕まえに来てる」


「えっ……!?どうして」


「ボクの力が『死病』に対抗するには必要だからだと思うんだ。あと、『穴』の拡大阻止のためにも」


「『死病』とか『穴』とかってよく分からないんだけど」


「説明するとちょっと長くなるけど……とにかく、それでモリファスは危機に瀕してる。そこで、それを何とかできるかもしれないボクを確保しようとしたんだ。イルシアを攻撃し、何の罪もない人たちを殺して、ね」


僕は言葉に詰まった。やっとこの一件の流れが見えてきた気がする。町田さんが「彼らは災害の避難民みたいなものだ」とか言ってた記憶があるけど、そういう意味だったのか。


「もちろん、彼らに協力するつもりはないんでしょ」


「うん。モリファスは、あまりにイルシアの人たちを殺し過ぎた。『死病』による変異があったにせよ。

それに……もし協力するとなったら、多分『降臨の儀』が必要になる。それは、正直嫌なんだ」


「自分が自分でなくなるから?」


コクン、とジュリが首を縦に振る。


「アサトに会って……その想いは強くなった。君がボクととても相性がいい魔力の持ち主というだけじゃない。上手く言えないけど……君はボクにとって、特別なんだと思う」


熱っぽい瞳で彼女は僕を見つめている。こんなご都合主義みたいなことが自分にあるはずがないと思うけど……これはひょっとして、恋なのではないだろうか。


僕は頭を振った。それこそ男子高生特有の、童貞の思考じゃないか。それでも、彼女を愛おしく思う気持ちが溢れてくる。


ジュリが目を閉じた。僕はその唇に自分のそれを近づけようとする。触れかかったその瞬間、彼女が目を見開いた。


「……ちょっと待って」


「え」


「大気が、歪んでる。まさか……追っ手の第二陣??」


何を言ってるのかさっぱり分からない。ただ、青ざめたジュリの表情から何かが起きているのを僕は察した。


「追っ手って……もう来てるんじゃないの?」


「それとは違う。次元転移直前の挙動だ……多分、今日か明日には、向こうから誰かが『来る』」


「……もしそうだとしたら」


「急ぎ、対策を練らないと」


ジュリが僕の手を引き猛スピードでイルシアがある方面へと向かう。あまりのことに僕の頭は混乱しっぱなしだ。一体僕らは……そしてこの国は、どうなってしまうのだろうか。



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