15-13
それは、間違いなく賭けだった。それも、成算の薄い。
俺が大河内議員から電話を貰ったのは10分ほど前だ。俺はその時まだ車での移動中だった。
用件はただ一言、「緊急事態だ、最速で来い!!時間は稼ぐ」。俺はその言葉を聞いた時、極めてマズい事が起きていることを察した。
すぐに車から降り、飛行魔法で全速力で桜田門へと飛ぶ。その気になれば時速60kmは出る。車で30分かかる所を15分で着くことはできる。
問題は、15分も猶予があるかだ。大河内さんは一般人に過ぎない。警察が大勢いると言っても、魔力持ちに対しては然程意味がない。
誰が来たかは凡そ察していた。王だ。
大魔卿はまだ出てこない。李花梨と麒龍は、俺にやられたトラウマがあるから簡単には来ない。
プランBを発動するなら王自身だ。「神の器」であるあの男は、寿命以外の死を迎えた時に魔力の奔流を撒き散らす。いわば奴自身が巨大な爆弾のようなものだ。
霞ヶ関に近い桜田門で自殺でもすれば、魔素の薄いこの世界であっても日本の中枢は消し飛ばせる。それぐらいはやってもおかしくはない。
だが、桜田門に奴が来ているというのは少々妙だ。それをやるなら国会議事堂でやればいい。場所が違う。
……そういうことかっ!!
俺は飛行魔法の出力を上げた。李麟鵬に魔法を使わせるのか!!
奴は魔力の持ち主を「爆弾」に変えられる。魔力を増幅した上で発動されるその威力は、16人乗りのバスでさえ半径100mを消し炭に変える。それは長瀞で実証済みだ。
それが「神の器」を対象にしたものならば……被害は日本全国に及ぶだろう。いや、もっと悲惨なことになってもおかしくはない。西は中国、南はハワイ。北はロシア東部にまで被害が及ぶかもしれない。
そして、それほどの被害が起きれば……地球の気候は数年単位でおかしくなる。明らかに致命的だ。
マズいっ。奴が麟鵬に辿り着くまでに、着かねばならない。
幸い、腰には「滅魔の剣」がある。対「神」特効のそれは、奴に自爆させることなく命を絶つことができる。
問題は、間に合うかどうか。そして、それまでの時間を大河内議員が作れるのかどうかだ。
警視庁が見えてきた。だが、正面から行ったのでは遅すぎる。
最短距離で、一直線に行くなら……これしかない。
屋上のヘリポートに降り立つや否や、俺は「錬金術師の掌」を足元に発動させた。
床面がゼリー状になる。俺は自分の重みで下へと突き抜けた。
次の階、その次の階も同じようにして通過する。職員が驚きのあまり目を見開いていたが、そんなのはお構いなしだ。
留置所は確か3階にあったはずだ。だが、魔力の源はもう少し下……1階か。さらに下に誰かいるが、1階の方が遥かに大きい。
……ここにいたかっ!!
1階に降り立つと、俺は全速力で走る。死体があちらこちらに倒れていたが、屍を気にする余裕などあるはずもない。
「滅魔の剣」を抜くと、そこにはスーツの男と、その向こうに膝から崩れ落ちた大河内議員がいた。彼と目が合うと、彼は「間に合った」と「ニィ」と嗤う。
……そして。
ザンッッッ!!!
背中から王を斬り付ける。驚愕の表情を浮かべた奴の胴に、返す刀でもう一撃を食らわせた。
「你(貴様っ)……!!!」
奴は振り向くと手刀を振るってきた。魔力でコーティングされている。食らうとただじゃ済まないとすぐに察した。
「ちっ」
後方に跳んで避ける。背中と銅の傷はかなり深かったはずだが、もう治っている。
……嫌なことを思い出した。向こうの世界での「ナルア」の依り代同様、やはり「時間遡行」は使えるということか。
『ユウジ・タカマツかっ……!!!』
「覚えてもらっているようでどうも」
俺は同時に自分と奴の足元を「ゼリー」へと変える。ズプン、と身体が落ちた。
そして地下1階でも同じようにする。地下2階もスルーする。……地下3階の駐車場で止めた。
「ここならお互い辺りを気にせず自由にやれるだろ」
『気にするのはお前だけだろう』
興奮しているのか、奴は日本語でも中国語でもない言語——エビア語で喋っている。なるほど、もう「憑依済み」ということか。
なら遠慮は一切要らない。
『だあっ!!』
掛け声とともに左腕の先から刃のようなものが出てきた。魔法の刃だ。
だが、それは俺には悪手だ。汎用反魔法デバイス――「滅魔の剣」で受ければ、それは消失する。
「それは効かねえ……っ!!?」
いや、左腕だけじゃない。右腕からもだ。
左手だけに反応してしまい、対応が遅れたっ!
「ぐっ!?」
バックステップで避けたが、右の二の腕辺りに軽くかすった。
同時に、強烈な虚脱感が襲う。……何だこれは??
王がニヤリと笑う。
『そっちの剣も何かしてあるんだろうが……私のも『特別製』なんだよ』
「……魔法の毒付きか」
『ご名答だ。たかが人間が、私に挑もうなどとは笑わせてくれる』
……いや、こいつにもそう余裕はない。「時間遡行」で傷口は塞いでも、一度漏れ出した魔力は戻らない。それは3年前に確認済みだ。
そして、さっきの2撃のダメージはかなり深い。魔力量が既に2/3ぐらいにまで減っている。
つまり、お互い「食らったらアウト」という攻撃手段を持っている。そして、こっちの虚脱感も簡単には回復しそうもない。
じりじりと間合いを保ったまま旋回する。王は中国の外交官と聞いていたが、なかなかどうして場数を踏んでいる人間の立ち回りだ。少しでも気を抜くと、やられる。
ならば、これはどうだっ。
俺は僅かに隙を作り出した。これ幸いと王がアスファルトを蹴る。
その刹那、奴の足場をゼリー状に変えた。態勢を大きく崩した奴に俺は剣を振り下ろす。
その時、左脇腹に強烈な痛みが走った。
「がああああっ!!!」
すぐに状況を理解した。奴は倒れ込みながら「剣」を俺へと投げたのだ。
突き刺さってはいない。だが、さっきのようにかすり傷でもない。
虚脱感と悪寒に耐え切れず、思わず膝をついた。
『甘いな。そっちの手の内は知ってる』
追撃が来る。だが、避ける体力はない。
俺は咄嗟に足元をゼリーに変えた。ズプンと身体が落ちるのと、「剣」が頭上を通るのがほぼ同時だった。
「ぐあっ」
落ちた先はサーバー室のようだった。……あともう1階地下があることに賭けたが……正解だった。
だが、正直ダメージは深い。すぐに回復できるとも思えない。ここで上に上がられたら……詰みだ。
『下に降りたか?流石しぶといな。だが、もうここまでだな』
奴は俺が落ちた穴から降りようとしたが、もう材質は元に戻っている。「ちっ」という舌打ちが聞こえた。
『まあいい。『毒』もいい感じで回っているだろう。止めを刺し、後顧の憂いがなくなってから上に上がるとしようか』
……助かった。「念には念を」というタイプなら、まだ何とかなる。
俺は重い足を何とか動かし、サーバー室の奥へと向かった。奥まったところに着くと俺は回復魔法をかけながら息を潜めた。
すぐにドンッという激しい音が上から聞こえた。なるほど、魔法の矢か何かで無理矢理穴をこじ開けに来たわけか。
そしてトスッと何者かが降り立つ音が聞こえる。
『隠れても無駄だ、居場所は分かってる』
余裕綽々に王がこちらへと近付いてきた。俺は何とか立ち上がるが、あんな程度の回復魔法じゃ気休めにもならない。
王は両手の剣を振るい、サーバーを壊しながらこちらへとやって来た。……絶望感を与えようということか。趣味の悪い奴だ。
そしてすぐに、俺の目の前3mほどの所に来た。
『『錬金術師の掌』で生き埋めにしようとしても無駄だ』
「……そのようだな」
「滅魔の剣」を構える。同時に、残虐そうな笑みを王が浮かべ、二刀流の構えを取った。
『さあ、ファイナルゲームと行こうか』
俺は瞬時に頭を巡らせた。危地を脱する手段はある。だが、これを使えば俺は多分死ぬ。ミミやリームに会えないまま、この地で死ぬのは真っ平ごめんだ。
だが、それ以外の手段はあるか?可能性があるとすれば……これしかないっ!!
俺は足元をゴム状に代えた。そして超速の踏み込みで斬られる前に斬るっ!!
カウンターは喰らうかもしれない。それは致命傷になるかもしれない。
だが、やらないまま死ぬよりは万一の可能性に賭ける。
それが俺、高松裕二があの男――ハンス・ブッカーから学んだことの一つだ!
跳躍した俺を王は嘲笑った。「それも想定内だ」と言いたげにだ。
だが……俺にとっても想定外のことが、その時起きた。
しっかりと両手で握っていたはずの「滅魔の剣」が、すっぽ抜けた。
いや、もっと言えば「何か強力な力で剣が動かされた」。剣は猛烈な勢いで王に向かい……そして。
グサッッッ
奴の胴体を、一直線に貫いたのだった。




