15-10
翼の女性を追っていく阪上を見た時、最初に感じたのは戸惑いだった。……何をしようとしているんだ?
彼は僕らと敵対している。と同時に王たちとも敵対関係にある。だからどっちかを倒そうと動くのは自然なことだ。
ただ、僕は重傷を負っている。エオラさんは五体無事だけど、正直対抗できる力があるとは思えない。簡単に片づけられる方から動くのが自然じゃないのか。
僕は傷口を押さえながら上空を見た。どう考えても、このまま行けば僕らは全滅だ。
だったら自分が身を挺して彼女を抑えようということなのだろうか?
『シュンッ!!』
攻撃が阪上に集中している隙を縫って、エオラさんが僕の元に来た。
彼女は右手に黄色い光を纏わせ、僕の脇腹へと当てる。少しだけ、痛みと出血が和らいだ気がした。
王がチラリとこちらを見たが、フンと嘲笑っただけだった。「どうせお前らはここで全滅する」とでも言いたげだ。
上空では異形の怪物と化した阪上が、翼の女性からの攻撃を喰らっていた。その手数たるや異常と言えるほどのものだ。
阪上は魔法でも使っているのか喰らうそばから次々と再生しているが、そんなのがいつまでも続くはずがないことも明らかだった。
……まさか、あいつは。
僕はエオラさんの方を向く。
「……行くよ」
『えっ』
「彼は時間稼ぎをしてる。無駄にはできない」
そう告げて僕は上昇した。そうだ。全力の一撃なら、多分彼女にも届く。
さっきの一撃だって効かなかったわけじゃない。僕が甘いことを考えていたから仕留められなかっただけだ。
そのことを、阪上も理解しているのだ。その上で、自分を犠牲にして僕に託した。
……ならば、やるしかないじゃないか。
阪上は彼女の腕と触手を掴んでいる。腕と翅が次々と斬られていくけど、お構いなしだ。
僕は痛みに耐えて左拳に魔力を乗せる。チャンスは一回、多分次はない。
「今だ、やれえっっっ!!!!!」
阪上の咆哮が聞こえた。僕は僅かな隙を縫って、翼の女性の脇腹にリバーブローの要領で拳を叩き込む。
『あ……ああっ……』
女性が苦痛の声をあげた。魔力が急速に萎んでいく。
阪上も縮んでいき、人の姿に戻った。そして、老人のように骨と皮だけになった彼は、そのまま地面へと落ちていく。
僕は反撃を警戒して距離を取った。翼の女性もまた、羽根が抜け落ち小さくなっていく。
このまま消えてしまうのではと思ったその時、背後から気配がした。ブンと振り下ろされる何かを寸前で避けてさらに距離を取ると、そこには鬼のような形相の王がいた。右手には刀のようなものが握られている。
「……やってくれたな。だが、これで終わったと思うな」
ニイと嗤うと、王は左手を翼の女性へと向ける。すると……
ギュニィッ
まるで動画が巻き戻されたかのように、彼女の身体が元に戻っていく。……こんな、馬鹿なことが……
数秒後、彼女の姿は僕が一撃を食らわせる前に戻っていた。
王は「カカカッ」と嗤うと僕を指さす。
「残念だったなぁ、日本の英雄様。お前がべルディアの『消失の恩寵』を使えるとは全く思わなかったよ。
だが、生憎それを使いこなすには時間不足だったらしいがな。『巻き戻し』の余裕を与えたのは大失敗だったなぁ」
奴はさらに高笑いする。
……さっき感じた絶望よりも、遥かに深く、そして遥かに重い感情が込み上げてくるのが分かった。
全ては……無駄だったのか。
その感情は、僕らが耳にした言葉で打ち消された。
『ムルディオス、殺して……私たちを、殺して……』
「は」と王が口を開けた。次の瞬間。
ザンッ
彼の胴体は、翼の女性から生えた触手で両断された。
「あがっ」
王が大きく体勢を崩す。だが、どういう理屈か分からないが両断されたはずの上半身と下半身はすぐに元通りになった。
王は彼女から距離を取ると「我简直不敢相信」と呟く。何を言っているか分からないが、その表情から何となく意味は分かった。
『ムルディオス……いるのよね?そこにいるなら……私たちを殺して……もう、耐えられないの』
エオラさんが『まさか』と口にした。僕も彼女の言おうとしていることが分かる。
翼の女性——エリーさんは、僕の魔力から兄さんだと勘違いしているのだ。
「……分かりました」
僕は再び彼女へと向かっていく。反撃はない。
代わりに、王が魔法の武器を持って僕へと突進してきた。
「させるかっ!!!」
その攻撃は大振りで、僕にとっては容易く避けられるものだった。
左拳でカウンターを取ろうとすると、奴はビクっとした様子で再び距離を取る。こいつを喰らえば、奴でもただじゃ済まないのだ。
そして再びエリーさんの懐に入る。左拳を、さらに強く握り込んだ。
「……いいんですね」
異形の姿となった彼女が、どこか微笑んだ気がした。
『……最期は、あなたの手で』
再び拳を叩きこむ。エリーさんの身体が、また小さくなっていった。僕はそれを抱き止める。
王を見ると、失敗を悟ったのかどこかへ逃げようとしていた。追おうとするエオラさんを僕は制する。
ここから先は、恐らくこれから来るであろう高松さんに任せた方がいい。命がけの戦闘なら、彼の方がずっと場数を踏んでいる。
僕はすっかり小柄な女性のサイズになったエリーさんと共に地表へと降り立つ。機動隊と思われる人たちが駆け寄ってくるのが分かった。
僕はエリーさんをビルの影がある場所に横たえた。
……少し動いている。意識はまだ残っているのか。
「……気が付きましたか」
『あなた……ムルディオスじゃない……』
「弟です。……兄は、もう」
フッと彼女が笑った気がした。
『……そんな気は……してた。だから、私は……』
僕は彼女の手を握る。多分、このまま行けば文字通り消えてしまうのだろうと直感した。
『エリーさんっ!!!』
エオラさんも僕の側に来た。エリーさんが少しだけ顔を彼女に向けた。
『エオラ……さん?』
『ごめんなさい……隊長を、守れなかった……』
『いいの……あの人も、覚悟してたはず……私が、テオを守れていれば……』
エリーさんの姿が薄くなっていく。残された時間は、もうほとんどない。
僕は彼女の手を強く握る。
「……僕は、兄さんができなかったことをやります。ですから……どうか、安らかに」
小さく彼女が頷いた気がした。……そして。
『オルプ・マーレ(ありがとう)』
そう言い残して、エリー・べルディアさんは8月の風に溶けて消えていった。




