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「俺」に家族はいない。……表向きは。
10歳の時、両親が離婚した。親父は陰気な銀行員で、お袋はビッチだった。親父はずっと男遊びの激しいお袋のATMに過ぎなかった。
親父はそれを知っていながら耐え続けていたが、遂に限界が来た。……精神ではなく、肉体の。ストレスで親父の身体は蝕まれ、働けなくなると見るや否やお袋は親父を捨てた。
そして、離婚からすぐに親父は死んだ。
親父をかわいそうとは思わなかった。いつもヘラヘラ笑っている親父は、子供の目から見てもクソだった。
金もなければ力もない。メガバンクの窓際に追いやられた親父の姿は、ただの反面教師でしかなかった。ああは絶対にならない。「俺」はそう心に決めた。
「俺」は親父の弟――叔父夫婦に引き取られた。だが、叔父夫婦は俺に無関心だった。金は出すが、それ以上はしない。
彼らにとっても親父はどうでもいい存在であったらしく、「俺」もそういうカテゴリーだった。
それが変わり始めたのは、中学2年の頃だった。
思春期に入った「俺」は、自分の外見が女受けすることに気付き始めていた。自分の容姿は、昔大学のミスコンにもなったらしい母親によく似ていた。
「俺」はそこまで勉強ができたわけじゃない。だが、親父にはない「武器」を持っていた。女受けするような言葉遣いも、自然と覚えた。一人称も「僕」へと変えた。
そうして、俺は大学へと入った。高校生から始めたモデルの仕事は、まあまあ稼げた。そして、お袋の血なのか俺の女遊びはますます激しくなっていった。
女を食うためにホストのバイトも始め、これも軌道に乗った。歌舞伎町でナンバーワンホストになるのも悪くないか、と思い始めていた時……
俺はお袋の方に行った、弟——阪上虎次郎と再会したのだった。
*
「兄貴、正気か?」
「俺」の目の前には、髪をオールバックにした目つきの鋭い男がいる。自分に良く似ているな、とふと思った。
まあ似ているのも肉親なのだから当然だ。「俺」はコーヒーを口にして「勿論だ」と告げる。
「このまま行けばこの国は終わりだ。だから『俺』がそれを止める」
「いやいやいや、昨日も説明受けたけどよ?異世界から来た侵略者殺して、兄貴がそれに成り代わるって話だろ??
でも兄貴、あんた昨日ドームで滅茶苦茶やったんだぜ?ガキ3人も殺したテロリストに協力なんて、幾ら俺たちがヤクザでも無理な相談だ。というか、兄貴じゃなかったら速攻で追い返してた」
虎次郎は首を横に振る。こいつはヤクザだが、押しの弱い性格は親父に少し似てしまったらしい。
母親に引き取られた虎次郎は、母親の情夫のヤクザにかわいがられて育った。母親を軽蔑してたからか、そいつと母親が別れた時にはヤクザの方に行き苗字も阪上を名乗るようになったらしい。
そしてすっかり一端のチンピラになり、組が運営に参画しているホストクラブで働き始めたところで「俺」と再会したというわけだ。
虎次郎には人に可愛がられる才覚があったのか、あるいは枕営業なのか、とにかく組の出世ルートに乗った。今では36で幹部候補の若頭補佐にまでになっている。住菱会の下部組織として、自分の組までもっているらしい。
そして、「俺」はその繋がりを隠しながらNPOを立ち上げた。ヤクザの世界と極左の世界はかなり近い。そのコネは、俺が名を挙げるのにかなり役立った。
その筋のインフルエンサーや半分反社の自称「起業家」とも、そこで繋がった。そして俺は立政党に入り、中央に出る足掛かりとして故郷の秩父で市長になった。全ては思惑通りだった。
それがまさか、こんな形で崩れるとは思わなかったわけだが。
……まあいい。代わりに「俺」は人外の力を手に入れた。サマーズによって与えられた、相手を思うように操る力。そして、自分の姿を怪物へと変える力。
これさえあれば、警察は勿論大魔卿らも怖くはない。そして、さらに「俺」には「兵隊」もいる。住菱会の連中を「ディア・カイルペリア」を使って操れば……数の上では相当なものになるはずだ。
「俺」はコーヒーを口にし、虎次郎の目を見た。
「だが、上手くいけば俺たちは英雄だ。昨日の件だってどうにでもなる」
既にディア・カイルペリアは発動している。弟ではあるが、こいつも「駒」に過ぎない。確かにこれまでの恩はあるが、やはりこいつの性格は親父に少し似過ぎている。利用されやすい性格なのだ。
虎次郎は少し間を置いて、どこか呆けたように「……分かった」と答えた。「俺」は満足げに笑う。
「住菱会の主だった連中を集めてくれ。100人ぐらいならホールに入るだろ?そこで『俺』が指示する。住菱会史上最大の戦争だ」
そこまで言って、「俺」は違和感をおぼえた。
……この部屋に、誰かの気配がする。
それも「魔法」の気配だ。どういうことだ。
ノックの音が部屋に飛び込んだ。パンチパーマの若衆が、焦った様子で「すみませんっ!!」と叫ぶ。
「どうしたっ、何の用だ??」
「サツが集まってきてます!!まさか、気付かれたんじゃ……」
血の気が一気に引いたのが自分でも分かった。
馬鹿な。昨日の逃走は完璧だったはずだ。
魔法で気配も消していたし、誰からも見られずにここに辿り着いたはずだ。「俺」がここにいることに気付ける人間なんて、いるはずがない。
……裏切りか??いや、虎次郎にはここに来た当初からディア・カイルペリアで行動をコントロールしている。こいつがリークなどあり得ない。
「俺」に会った人間に対しても同じことをやっている。情報が洩れる可能性なんて、万が一にもないのだ。
……考えても仕方ない。本当は大魔卿や王に対して「戦争」を仕掛けるはずだった。
だが、その前哨戦にはサツ相手に暴れるのも悪くはない。何より、「俺」がフルパワーを出せば、勝てる存在などいるはずもないのだ。
「警察が、こっちに入ってくる気配は」
「今の所ないっす。ただ、取り囲むようにわらわらと集まってて……やな感じっす」
なるほど。疑ってはいるが確証は持てないのか。令状なしに立ち入り捜査はできない。その証拠固め中なのか。
あるいは、「俺」が出てきたところを叩くつもりなのかもしれない。それならそれでいいだろう。そこで殲滅してやる。
俺はニィと口の端を上げた。
「分かった。とりあえず、予定通り人を集めてくれ。まずは本番前の肩慣らしだ」




