15-2
真っ暗闇の中を、あたしは歩いていた。どのぐらいの間、どうしてここにいるのだろう。
ただ酷く寂しくて、苦しくて、辛い。少しでも気を抜いたら、その場に倒れ込んで動けなくなりそうだった。
よろよろと、足を運ぶ。その先に、白い光と一人の人物がいた。
あたしと同じぐらいの背丈の、背中から黒い翼を生やしている子だ。
『いい加減諦めてくれた?お母様』
満面の笑みのその子を見て、あたしはなぜ歩いているのかを思い出した。……あたしはこの子から、逃げ続けているのだ。
『諦めるなんてこと、あるわけが……』
『もう限界みたいだよ?私に身を委ねれば、楽になれるよ?』
『あたしは……あんたなんかを産んだ覚えはない。何回、言わせるの』
ヒャハハ、と黒い翼の少女が嗤った。
『またまたあ、いい加減認めなよ。私はノア・アルシエルとトモヒロ・マチダの子供だよ?それも幻覚でも夢でもない、間違いなくあなたたちの子供』
『あたしは子供ができにくいって、母様が言ってた。それに、仮にあの1回でできてたとしても……母親を殺そうなんて子が、あたしとトモの子であるはずがないわ』
黒い翼の少女が、またヒャハハッと嗤う。酷く気に障る笑い方だ。
『でも私はここにこうしている。それに、誰が『生物としての』子供だって言ったかしら?』
『……は?』
あたしは気を失う前のことを思い出していた。「魔紋」があたしの魔力の暴走を意図して、大魔卿と先代の御柱様が付けたという話だ。
ただ、その起動の切欠になるのが誰かと結ばれることだというのは、どうにも合点がいってなかった。
……まさか。
黒い翼の少女が笑みを深めた。
『やっと理解できたようね、お母様。そう、私はあなたとトモヒロ・マチダの魔力が混ざり合って生まれた『子供』なの。
そして、早く外の世界に出たいと思ってる。こんな暗くて狭くて陰気な場所、一刻も早く抜け出したいもの』
『……そのためにあたしを殺そうとするの』
『だってお母様弱いじゃない?だから私がその身体を使ってあげるの。そうすれば、こんな弱い連中しかいない世界なんて、簡単に支配できる』
違う。
……こんな子が、あたしたちの子供であるはずがない。
力を持っているかいないかでしか価値を判断できない子が、あたしたちの子供であっていいはずがない。
『……やはり、あなたは、ここから出すわけにはいかない』
『どうやって?もう精神が壊れかけてるのに?
それにお母様が私に勝つなんてことなんて、絶対にあり得ないわ。魔力の絶対量も違うし、精神力も違う』
この子の言う通りだ。あたしはだからずっと逃げてきた。だけど、それも限界に近い。
『……助けて、トモ』
顔を上げて呟く。その時、あたしは確かにその声を聞いたのだった。
「起きろ、ノアッ!!!!!」
意識が急激に遠のく。黒い翼の少女が『チッ』と舌打ちしたのと、あたしの目が覚めるのは、ほぼ同時だった。
*
「よかった、目覚めてくれた……」
そこには目を真っ赤にして泣いているトモがいた。ふう、とシェイダが息をついている。
『魔力がまた膨張してたから、一か八か睡眠魔法を解除してみたのよ。賭けは成功だったわ』
『……賭け』
シェイダの横には御柱様もいる。……少し見ないうちに随分大人びたようにも見えるけど、気のせいだろうか。
『仮説を立てたんだ。魔紋を介して、『神』みたいな存在がノアの中にできてしまってたんじゃないかって。
だとしたら、このまま寝させておくのは危ない。そいつがノアを食い潰しかねないからね。
まだ覚醒させてた方がいいという判断だったけど、当たってくれてよかった』
頭が割れるように痛む。気を抜くと意識を失いそうだ。
ただ、耐えられないほどじゃない。起きてた方がいいというのは、こういうことなのか。
『……トモ』
「……何とかなるメドは立った。クドウのお蔭だ」
『クドウの?』
トモはコクンと頷くと、御柱様の方を見た。彼女が『詳しくは後で話すけど』と切り出す。
『クドウの中にいた『クト』がボクの中に入ったんだ。決して楽ではなかったし、クドウも無傷じゃすまなかったけど……
一応、『御柱』としての能力——『魔を封じる力』は跳ね上がったと思う。それと、アサトの『魂を制御する力』を合わせれば……ひょっとしたら、ノアの中にいる『何か』を封じられるかもしれない』
『封じる?』
『ボクとアサトが、イシカワの中にいる『イーリス』に対してやったようなことさ。彼女に対しては不完全な封印だったけど……今ならもう少しうまくやれるかもしれない。
ただ、今すぐに、というわけにもいかない。ノアの消耗が、あまりに激しいから』
トモも「そういうことだ」と同意する。
「ある程度体力と精神力が戻ってからじゃないと、ノアが逆に『喰われる』可能性がある。実際、さっきはそうなりかけてたんじゃないか?
ジュリの方も『クト』を取り込んだばかりでまだ万全じゃない。クドウのケアも必要な状況だ。『封印』作業は、様子を見て行うと思う」
『トモは、どうするの』
「俺も作業には参加するつもりだ。というか、多分俺がいないと成功しないし……何より、ノアが心安らかでいられないだろ?」
トモがあたしの手をぎゅっと握った。確かにそうだ。
こうしてもらうことで、何とかあたしは元気づけられている。いなくなったら寂しさと不安でどうなるか分かったものじゃない。
あたしは『ありがと』と微笑んだ。
ただ、トモはイルシアにとっても日本にとっても貴重な戦力だ。彼なしで、大魔卿たちからこの地を守れるのだろうか?
その嫌な予感は、的中することになる。




