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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第15章 中華人民共和国日本大使館第一書記官 王成明
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15-1


朝食の中華粥を啜りながら、私はこの苛立ちをどう収めるべきなのかを考えていた。


目の前に映るテレビは、昨日の東京ドームの騒動を報じている。品のない女性アナウンサーが、突如現れた「怪物」と、それを撃退した2人の人物について興奮気味にまくしたてていた。

コメンテーターは難しそうな顔をして、イルシアとの関係性について物知り顔で話している。何も知らない癖にいい気なものだ。日本ではこんなので金がもらえるのか。


「怪物」による被害は死者3人、重軽傷者38人。あれだけ派手にやったのにしては少なく済んだ方なのだろう。

……いや、私の立場からすれば決して喜べる結果ではない。死者の桁が6桁、いや7桁は違うはずだったからだ。大失敗もいい所だ。しかも、「怪物」の正体が阪上龍一郎と判明してしまい、かつ奴が裏切って逃走中というのは……笑う気にもなれない。


私は乱暴に揚げパンを中華粥に突っ込み、それを食い千切った。粥は少し冷めていた。朝食の前におこなった、叱責のせいだ。


そう、我々にとっての失敗はそれだけではない。シェリー・クドウの殺害にも失敗した。


彼女の「能力」を甘く見ていただけではない。……やはり、向こうの世界から遣わされたあの魔族の男――ユウジ・タカマツは危険だった。戦いの場数が、李花梨や李麒龍に比べても多すぎる。

政府で幾度となく暗殺をやってきたあの2人の力量に疑いはない。しかし、慢心はあったはずだ。

次はない、と私は電話越しに言葉を荒げた。彼らからすれば、私の存在も煙たいだろう。ただ利害が一致しているから行動を共にしているだけに過ぎない。上司面をされるのも我慢ならないはずだ。……特に李花梨は。


私はふうと息をつき、鉄観音茶を啜る。状況は極めて良くない。


「神」の一柱であった「ノーデ」とその依り代である半沢誠二は行方不明だ。あの男の性格上、生きていたら連絡は必ず寄越す。つまり、既にこの世にいない可能性が高い。

「神」を殺せば魔力の暴走が起きる。その意味であの男もまた、東京を焦土にするための「駒」であった。

だが、それすら起きていない。どうやったかは分からないが、何者かが半沢を無害化しつつ殺したのだ。恐らくは……ハンス・ブッカーがやったのだろう。そんな芸当ができるとすれば、奴しかいない。


私はスマホを手に取り、半沢が用意した六本木の部屋にいるはずのギルファス・アルフィードに電話をかけた。あの男は戸籍を持っていないが、電話を持たせることぐらいは半沢によっては造作もないことだ。


『もしもし』


メジア語で返事が返ってきた。私の苛立ちはさらに増した。私からの電話なのだから、中国語で返すべきだろう。


『王だ。少し話せるか』


渋々使い慣れていないメジア語で会話をすることにした。「私」の記憶から、メジア語の知識は大分薄れている。人格が融合したとはいえ、私の中の「王成明」の成分はまだなかなかに色濃いらしい。


『ああいいよ。というかなかなか大変だねえ。事が思うように進まないから電話してきた、そういうことだろ?』


『他人事のようによく言えるな。作戦立案にはお前も絡んでいるだろう?お前の責任でもあるんだが?』


『うーん、まあそうなんだけどね。にしてもここまで『爆弾』が不発というのは想定外だねえ。ノアもまだ暴走してないし。なかなか向こうの抵抗も激しいようだね』


『暢気に言っている場合か?麟鳳とエオラは捕まり、阪上は逃走中だ。そしてシェリー・クドウを殺しそこなったということは、アメリカもイルシアについたということだぞ?

私たちが一連のテロの首謀者として挙げられるのも時間の問題だ、どうするつもりなんだ??』


はあ、と溜め息が聞こえた。少しは責任を感じているのかと思ったが、そうではなかったらしい。


『いやね、もう少し落ち着いたらどうかな』


『は??何をふざけたことを……』


『僕がその気になれば、イルシアを落とすことなんて他愛もないんだよ。そして、そこでノアを『起動』して、このニホンという国を焼き払う。実に簡単なことさ。

なのにどうしてわざわざ回りくどい計画を君と立てたか。その意図が分からない君じゃないだろう?『ナルア』君」


分かるわけがない、という言葉を私は飲み込んだ。いや、これには意図がある。十分すぎる意図が。



ギルファス・アルフィードは、万全ではない。



それはムルディオス・べルディアに一度「殺された」からではない。

この世界に来た時点で、既に相当に魔力を消耗していたと麟鳳からは聞いていた。どうしてかという理由は知らない。だが、万全に戻るためには時間が必要だった。

時間と共に、急激に彼の魔力は戻っている。あと2日もすれば戻るだろう、と昨日の時点で言っていた。


それに元々あの男は人間ではない。「魔力生命体」と言うべき存在だ。魔素がある場所なら身体が細切れになっても復活することができる。

魔素の乏しいこの世界においてもそれは同様だ。回復のために「贄」は必要だが、それでも数日あれば万全に戻る。


逆に言えば、それまでの時間稼ぎが必要なのだ。

本人が自ら手を下したくないというのもあるのかもしれないが、一連の計画はアルフィードの回復のためという側面があったことは否めない。


私はもう一度鉄観音を啜る。気持ちは少し落ち着いた。


『……分かった。お前が完全に回復するまでは、あと1日だったか』


『さっすが『ナルア』君。神の一柱だけあるねえ。話が分かって助かるよ』


『だがその1日の間凌ぎ切らないといけない。こちらが使えるのは李花梨と麒龍のみ、あいつらではユウジ・タカマツには少々厳しいぞ?』


『うーん……まあほっとけばノアが勝手に暴走する気もするけど、どうも引っかかるんだよねえ。

『クト』と『ニグラ』が向こうについたならなおのこと簡単には手が出せない。まあ、今日はこちらから攻めるというより、向こうの戦力を削ることの方が大事かもしれないねえ』


『戦力を削る?』


『実の所、今の状況ってそう悪いことばかりでもないんだよ。サカガミが愚かにも僕らを狙っているなら、じきに僕らを攻めてくるはずだ。アジトは割れちゃってるからね。

それを奇貨としてこちらも隠し玉をぶつけるのさ』


『隠し玉?そんなのがいた……あっ』


……いる。アルフィードの回復のために、魔力を供給していた女だ。一足早くこちらの世界に送り込まれていたのを思い出した。


『思い出したようだね』


『……だが、彼女は廃人だぞ。それに、お前に魔力を吸われ抜け殻になっているんじゃないのか』


『だからこそだよ。もうちょっとすれば、魔力欠乏症から派生する『変異』が発生する。そこに僕の魔力をちょこっと加えれば、どうなるかは分かるよね?』


その通りだ。恐らくは怪獣同士の大乱闘になる。その巻き添えで東京都心の被害は甚大なものになるだろう。

それを止めようと、イルシアの連中は動く。……そこで戦力を削ろうという肚か。


『……外道だな。しかし合理的だ』


『ふふ、分かってくれて助かるよ。じゃあ、準備ができたら僕の所に来てくれ。『起動』の準備をするから』


そう言って電話は切れた。相変わらず余裕綽々な男だ。事によると、これすら彼にとってはただのお遊びなのかもしれない。


私は「彼女」の素性のことを思い出した。わざわざこちらに連れて来られて、愛する者にも会えずに使われて死んでいくのか。それを悪いとは思わないが、少しだけ同情はした。


まあ、その愛する者もこの世にはいないのだが。そのことを彼女は知っているのだろうか。



彼女の名前は、エリー・べルディア。ムルディオス・べルディアの妻だ。




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