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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第14章 「汎調」委員長 ハンス・ブッカー
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14-20


「随分と気持ちの悪い場所だね」


「繭の間」に入るなり、サマーズと名乗る女性が顔をしかめた。クドウさんと親しげだし男の人なのかなと思ったけど、よく見ると喉仏はない。多様性の世の中だから、そういうこともあるのだろうか。

彼らは「クト」と「ニグラ」の器であるらしい。さっきノアさんを抑えつけたクドウさんは、さっきから頭を押さえていて辛そうだ。「『クト』の声が大きくなっている」という。


『それはそうじゃろ。ここは人の身が入るべきところじゃないからの』


僕の中で声が響く。……「アザト」だ。さっきジュリが「広範囲反魔法結界ディアマ・オ・ルラシーブ」を使った反動で、こいつの声が大きくなっている。多分、もう少しジュリが魔法を使い続けていたら、僕はこいつに乗っ取られていただろう。


僕は目を閉じ『どういうことなんだ』と心の中で問い返した。


『『繭の間』の魔素密度はこの世界のそれより遥かに濃いのじゃ。器を育て、クトの記憶と力を保持するために、この部屋の素材は超高純度の魔石でできておる。魔素の薄いこの世界ですら、一般人が入れば数時間はもたぬよ』


そんな部屋に何故僕らが入っているのか。それはこの「繭の間」にあるコンピューターのような何かを操作できるのがジュリだけだからだ。

ここにはジュリの母親——先代御柱の記憶がある。何故彼女がノアさんに魔紋を刻むことになったのか、そして何故大魔卿と協力関係にあったのかを調べるには、ここに来るのが一番手っ取り早い方法なのだ。


部屋には僕とジュリ、クドウさんとサマーズさん、そして町田さんが入った。ノアさんは魔術師団のベッドで寝ている。厳密に言えば睡眠魔法で強制的に「寝かしつけられている」が正しい。

ジュリが彼女をここに連れてこなかったのは、真実を知ることによる精神の動揺を避けるためだけではなく、ここの濃過ぎる魔素が暴走の引き金を引くことを恐れたからでもあるのだろう。


ジュリが中央の水晶玉に手を伸ばした。


「起動するね」


ヴォン、という音と共に周囲の壁が青白く光る。


「正確に母様が何を考えていたかを知るには、僕が『クト』をこの身に受け入れなければいけない。だけど、それだけは絶対にできないから、一つ一つ調べるしかない。そこは分かって欲しい」


クドウさんが手を挙げた。日系らしく、日本語はネイティブ並みに上手だ。


「一つ、いいかしら。その『クト』は、私の中にいる奴と同一の存在なの?」


町田さんが首を振った。


「いや、世良教授——ゼラズの器が言うには違うらしい。ノアたちの世界は一度3年前に崩壊したと聞いている。俺も完全には理解できなかったが、誰かがそこで時を巻き戻した結果、世界が『崩壊した世界』と『崩壊しなかった世界』に分かれたと聞いた。

『崩壊した世界』はゼラズが再構築したのだが、その際に世界をコントロールする存在である8柱の『神』は変質してしまったと聞いている。だから基本的な能力は同じでも、似て非なるものらしい」


「……そう。私の中の『クト』が支配せよだのなんだのうるさいのは、そういうことね」


それを聞いた「アザト」が『言うほど変わっとらんがのお』と言った。僕はそれを無視することにした。


ジュリはクドウさんに小さく頷く。


「『神』を除去する方法は後で調べます。彼らのせいで、僕らの行動には制限がかかってる。大体、『神』が支配する世の中なんて不健全でしかないですから」


町田さんが「ひょっとしたら」とジュリの方を向いた。


「ノアの件も含め、全ては大魔卿の掌の上……ということもあるのか?」


「ないとは言えません。とりあえず、母様の記憶を辿りましょう」


僕の中の「アザト」が『少し儂に身体を貸せ』とうるさい。さっきので「覚醒」が進んでしまったのは間違いなさそうだけど、何か引っかかる。


『どうしてだよ』


『儂だけが正気だからじゃ。この世界と元々繋がりがあったからというのもあるがの。いいから貸せ、ちゃんと戻してやる』


いつも以上にしつこい。本当に貸していいものか迷っていると、町田さんが「その前に伝えなきゃいけないことがある」と僕ら全員に呼びかけた。


「大魔卿の目的だ。世良教授が言うには、この世界のテラフォーミングと、その上でモリファスからの大量移住が狙いらしい」


「テラフォーミング?」


「要は環境を住みやすいものへと変える、ということだ。この世界はあまりに魔素が薄い。だからイルシア人には色々負担がかかってるし、不自由なく生きるには無茶なことをしないといけない。

ジュリと市川君が『同化の儀』を行わねばいけなくなったのもそのためだし、俺とノアについても似たようなことが言える。綿貫が命がけでアムルに魔力供給をしないといけないのもそういう理由だ。さもなくば、『静脈中心栄養』でカテーテルを刺し、一日数時間の拘束をしないといけない。

それでも回っているのは、イルシアにいる人間が1000人弱と限られているからだ。これが数万、数十万……あるいは数百万という単位になったらどうにもならなくなる」


「だから、この世界の魔素を増やさないといけないわけですか?」


僕の問いに、町田さんは頷いた。


「ノアに魔紋を付けたのは、彼女の暴走で日本あるいは東アジアを更地にすることが目的だとさっき言った。それはテラフォーミングを促進するためだろうというのが世良教授の見立てだ。

暴走したノアは、日本や東アジアを悉く焦土に変えるだろう。そしてそこから撒き散らされた魔力が空気中に定着して魔素となり、テラフォーミングに繋がる……そういうことなのだと俺は理解した。

正直、暴走したての状態でアレだ。本格的に暴走したら……恐怖しかない」


クドウさんも「全く同感ね」と視線を落とした。


「あれは……私たちの手に負えるものじゃない。大魔卿だって手に負えないかもしれない。世界自体をぶち壊す自爆前提の『兵器』……そういうことなのかしら」


『いいから貸せ』と「アザト」がさらにうるさくなった。一瞬、気が遠のきかける。


『言うことを聞かんのなら本当に乗っ取るぞ?儂でなければ伝えられぬことがある、貸せと言ったら貸せっ』


『あんたじゃなきゃ言えないこと?』


『そうじゃ。そもそも、『神』の封じ方は知っておるじゃろ?』


一瞬考え、思わず「ああっ!!」と声が出た。そうだ。確かにこいつなら……


視線が僕に集まる。僕は「すみません」と前置きしつつ、口を開いた。


「『アザト』に今から代わります。彼の言うことを信じるなら、身体を貸すだけです。どうしても伝えたいことがある……」


そこで僕の意識は暗転した。



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