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『トモ、どういうことか説明して』
イルシアに戻っていた俺を待っていたのは、険しい表情のノアだった。隣にいる綿貫が「すまん、簡単に事情は説明した」と少しすまなそうに言う。俺は小さく首を横に振る。
「いや、そうしてくれて助かった。ここから先は俺が話す。まだ、高松たちは戻っていないのだったな」
「……ああ。何とかクドウの救出には成功したが、全員手傷を負ってると聞いた。治癒魔法で応急措置はしたらしいが、軽く病院で診てもらってからこっちに向かうと」
綿貫が軽く息をついた。寄居近辺での戦闘の話は所沢から秩父に向かう車中で聞いた。彼にとっては恋人であるアムルの負傷は気が気でなかっただろう。
俺は小さく頷き、「ここからは俺とノアで話す。少し、2人にしてくれないか」と告げる。綿貫は無言で城内に入るよう促した。
2階の小部屋に入り、ノアと向かい合って座る。彼女は怒りと不安と悲しみが入り混じった表情を浮かべていた。俺は少しの間目をつぶり、意を決して口を開く。
「綿貫から話は聞いていると思う。ノアを前線に出せない事情があった。……ここを出てから分かったことだ」
『何なの』
短く、しかし鋭くノアが返してくる。下手な隠し立ては彼女の逆鱗に触れるだけだ。俺はこれまでの経緯を一つ一つ説明することにする。
「……君も会った、東大の世良教授が教えてくれた。君の身体に刻まれた魔紋は……魔力を増幅するために付けられたものじゃない。過度の増幅による暴走を意図して付けられたものだと、彼は言っていた」
『……え?』
何を言っているのか分からない、という顔をしている。頭の回転が速い彼女でも、どういうことかすぐには理解できないようだった。
「……つまり、君が誰かと結ばれることで……それは発動する性質のものだったんだ。そして魔紋を付けたのは……先代御柱と、君の遺伝学上の父親……ギルファス・アルフィードだ」
『何のために』
「そこまでは分からない。ただ、暴走によってこの日本、あるいは東アジア一帯を更地にすることが目的なのではないかと言っていた……モリファスからこの世界に、人々を移住するための環境整備のために」
努めて冷静に話そうとしているが、声が震えているのが自分でも分かった。ノアは凍り付いた表情のまま『嘘よ……』と繰り返している。
「……俺たちは、ハメられたんだ。大魔卿は、向こうの世界の連中を救うためならこっちの世界はどうなってもいいと思っている……そして俺とノアは……そのためにまんまと利用された」
『嘘よっ!!!それに何で、先代様が大魔卿なんかと!!!母様だって、そのことを知らなかったはずがないじゃない!!!』
「君のお母さんのことはよく分からない。先代御柱の狙いもだ。ただ……世良教授は向こうの世界のことを誰よりも知っている『最高神ゼラズ』本人だ。多分……相当な確信があって言ってるのだと思う」
『じゃあどうしろっていうの!!!!』
その時、ヴォン、と軽い衝撃波のようなものが俺を襲った。そして、ノアの魔力が猛烈な勢いで膨れ上がっていく。
しまったっ……!!魔力の暴走は、単純に大量の魔力を使おうとした時だけ発生するものではないのだった。感情が昂った時も、暴走のリスクは高まると言われたじゃないか!!
「落ち着けっ!!!」
そう言われて落ち着く人間などいない。ただ、このままだと取り返しがつかない事態になるのは明白だった。
バリィッ、と何かが裂ける音がした。ノアの背中から黒い天使の羽根のようなものが生えている。すぐに取り返しのつかない何かが起きてしまう、と俺は直感した。
考えている暇などなかった。俺が咄嗟にとった行動は……彼女を抱きしめることだった。
「大丈夫だ、俺がいる!!!俺がノアを全力で守るっ!!!だから、俺の話を聞いてくれっ!!!」
そう叫びながら、俺は彼女の有り余る魔力を自分の中に取り入れていった。「魔紋持ち」と結ばれた人間は、その魔力と生命力を共有できる。であるなら、彼女の暴走を抑えるために膨れ上がった魔力の幾許かを自分のものとできるはずだ。
しかし、実際にやってみるとこれが下策であることがすぐに分かった。ただの一般人、しかも本来魔力など持ち得ないこちらの世界の人間が持つには……ノアの魔力はあまりに膨大に過ぎる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!!!」
全身が裂かれるような激しい痛みで、俺は絶叫した。これは死に直結する痛みだとすぐに悟った。そもそも、魔紋によって暴走するのはノアだけじゃない。ノアが暴走すれば、それは俺自身が「爆弾」と化す。そのことを、ようやく思い出した。
「町田さんっっ!!?」
遠くで誰かの声がする。それが市川の声だと、しばらくして分かった。
そして、「ディアマ・オ・ルラシーブッッッ!!!」と誰かが叫ぶ。急激に痛みが引いていくのが分かった。振り向くと、ジュリが右手をこちらに向けている。
「町田さんっ、ノアから離れてっ!!!」
「何をするつもりだっ!?」
「ボクが魔力を抑えますっ!!!このまま封じ込めるっ!!!」
その時、市川が苦しみ始めたのが見えた。そうか、彼らも俺たち同様、魔力と生命力共有しているのだった。そして、やはり俺たち同様にそれを使い過ぎることはできない。……市川の内にいる「アザト」が目覚めてしまうからだ。
そのことにジュリが気付いたのか、「アサトっっ!!!」と叫ぶ。市川は「僕に構わないでっ……」と言うが、見るからに苦しそうだ。
目の前のノアはというと、魔力の膨張は止まっている。しかし収まってはいない。背中の黒い羽根も、少しずつ大きくなっているように見えた。……このままでは。
誰かが部屋に駆け入る。眼鏡をかけた、ボブカットの女性だ。
「Counter Spell!!!」
その言葉と同時に、ノアが白目を剥いて倒れる。背中の羽根が、急速に小さくなり、消えていくのが見えた。
「……あなたは……シェリー・クドウ」
「こっちに着くなり異常な魔力があったから……来てみたらこれって、どういうことなの?」
クドウの後ろから、剣を持った高松も現れる。あの剣は、確か……
「よかったぜ、こいつで攻撃しなきゃいけない所だった……正直、そうなると命の保証がないからな。少なくとも、寿命は大幅に縮んでた」
高松がふう、と汗を拭う。あれは確か「滅魔の剣」、か。傷口から魔力を延々と垂れ流しにするというものだ。べギルに使った時の効力は、俺もよく覚えている。
「助かりましたが……何をしたんですか」
「読んで字の通り。『クト』の力を使って魔力を打ち消したの。しかし……相当キツイわね。私も、そこまで魔法をガンガン使える立場にはないから……」
よろめくクドウを、俺と一緒にイルシアに来たサマーズが「Are you OK?」と心配そうに支えた。彼女は小さく頷く。
「問題ないわ……ただ、それにしてもどういうことなの。説明して頂戴」
俺はこれまでの経緯を説明する。母親が絡んでいたと知ったジュリの表情が、たちまち凍った。
「……そんな、馬鹿なことが……」
「世良教授が嘘をついていなければ、多分本当です。……もう夜になりますが、一度ちゃんと話しませんか。ノアの処遇と、今後の方針について」




