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李花梨と李麟鳳との距離はざっくり10m程度だ。……かなり間合いが近い。
俺は「滅魔の剣」をもう一度抜いて構える。麟鳳が銃を抜き、銃口をこちらへと向けた。
『そこまでだ』
俺はチラリと後ろにいるアムルとクドウを見た。クドウの身体のあちこちから血が流れている。なるほど、傷は銃によるものか。
ギリギリで殺さず、失血死で済むように狙っているのが分かった。どうやら、銃の腕もそれなりに自信があるらしい。
『大人しくなさい。回復魔法を止めたら命だけは助けてあげる』
「初めからそのつもりはないだろ」
パンッ、と銃声が山に響く。右肩のあたりに、軽い痛みを感じた。出血はない。
『……何』
「お前馬鹿なのか?俺の能力――『錬金術師の掌』は知ってるだろ?無機物による俺への攻撃は基本的に無駄だ」
俺は「錬金術師の掌」を展開し、俺から5mの圏内に入ったタイミングで銃弾を柔らかいマシュマロへと変えていた。着弾すれば多少の痛みはあるが、しかし何の問題もない。
そして、連中が地上に降り立ったということは、俺の間合いに入ってくるということでもある。俺は一瞬だけ意識を集中し、射程を10mへと伸ばす。ぐにょん、と連中が大きくバランスを崩すのが分かった。
「そのまま沈んでけよ」
『うおっ!!?』
奴らの足元の地面をゼリーに変えたことで、魔族の男——李麟鵬が蟻地獄のようにズルズルと沈んでいく。だが、李花梨は間一髪宙に浮いて逃れていた。
『甘いのはそっちよっ!!』
転移魔法を使ったのか、瞬時にその姿が消えた。振り返ると、奴はアムルとクドウに肉薄していた。
『邪魔はさせないっ』
その時、アムルの背中から触手のようなものが数本生えてきた。それらは鞭のように花梨へと向かう。再び転移魔法を使ったのか、花梨は俺の後方10mほどの所にいた。丁度、俺たちが挟み撃ちに遭っている格好か。
『クソ、がっ……』
呪詛を吐きながら麟鵬が穴から這い出てくる。……「錬金術師の掌」を使う時間が短かったか。
さてどうする。多分、麟鵬を倒すことはそれほど難しくはない。もう一度「錬金術師の掌」を使って足元を崩し、そこで距離を詰めればいい。
「滅魔の剣」はかすり傷でも重大なトラブルを引き起こす。対魔族や「変異体」には特効とも言える武器だ。即死させずに徐々に弱らせるなら、これ以上の物はない。
問題は花梨の方だ。向こうの世界にいる彼女の旧知から、彼女が元々向こうの世界における「神の器」として用意されていたことは聞いていた。実際に「神」は中にいないものの、その魔力は膨大だ。年齢も見た目と違って80超の化け物と聞いている。
彼女の存在を把握した時点で、俺たちは彼女を最も警戒すべき人物としてリストアップしていた。実際、こうして向かい合うとかなりのプレッシャーだ。
肉体的にはさほどでもないが、戦闘経験は豊富なように見える。少なくとも、俺の張った罠に簡単には引っかかってくれない。
俺は呼吸を整えた。さっきと違い、膠着状態が長引いて困るのは向こうだ。クドウの意識が戻れば、数的には不利になる。完調ではなかったアムルも、さっきの薬を飲んだからかかなり調子が良いようだった。
個の力の総計では多少こちらが劣っているにしても、向こうからも迂闊に踏み込めない。そういう状況のはずだ。
花梨はいつの間にか取り出したのかドスのようなものを取り出している。本来ならこちらが麟鵬を処理し彼女は無視できる位置関係なのだが、何せどちらも転移魔法が使えると来ている。両方に注意を払わねばならない。
そして、転移魔法を封じるためにマナキャンセラーを発動しようとすれば、今度は銃で狙われる。マナキャンセラーの発動自体はかなり気付かれにくいが、転移魔法が使えないと分かったら連中は攻撃手段を即座に銃撃に切り替えてくるだろう。
クドウの回復までにはまだ時間がかかりそうだった。……時間をどう稼ぐ。
俺は視線を花梨に向けて口を開いた。
「……あんたのことは知ってるぜ。恐らく孫か曾孫から話は聞いてる」
『……鳳翔か。私がどうして向こうの世界に送り出したのか忘れている『出来損ない』ね』
「薄情だな。一応肉親だろうよ」
花梨の表情が険しいものへと変わった。
『全ては私の、そして一族の悲願のため。エネフの再興のためには、この世界を魔素で満たし、エネフを作り変えるだけのエネルギーを作り出す必要がある。『ガワ』だけ同じ種族の、あなたに分かるはずもないわ』
「分かりたくもねえな。一応、俺はこの世界出身なんだぜ?」
ニチャァ、と花梨が嗤った。
『この世界に愛着があるの?私はないわ』
「は?当たり前だろ、お前は昔向こうの世界からこちらに……」
ハハハハハ!!!と花梨が狂ったように笑い始め、魔力の矢を俺に向けて放った。
同時に強烈な痛みが右肩に走る。……反応が遅れたっ。
「ぐあっっっ!!?」
『タカマツさんっ!??』
なおも花梨は笑っている。そして、指先を今度はアムルへと向けた。
痛みに耐え、何とかマナキャンセラーを発動する。魔力の矢は届かなかったが、今度は麟鵬が銃を彼女に向けている。
パンッ
『ああっ!!』
アムルの脇腹から血が滲んでいる。致命傷ではない、が恐らく軽くもない。
麟鵬も薄く笑っている。
『形勢再逆転、詰みだな』
痛みが激しくマトモに魔力が練れない。マナキャンセラーを解除すれば、今度は花梨からの攻撃が飛んでくる。……これは、かなりマズい。
花梨が歪んだ笑みを浮かべながら話し始める。
『どうせ死ぬだろうから教えておいてあげるわ。私も転生者なのよ。1929年の中国福建省生まれで、この名前も本名。私を『殺した』共産党の連中が牛耳るこの世界なんて、消えてなくなればいい』
「……何?」
『私と大魔卿、そして王成明の目先の目的は一緒なのよ。その後に何をするかということが異なるだけでね。……麟鵬』
麟鵬は俺に銃口を向ける。……まずい。
俺はマナキャンセラーを解除した。そうしないとこれから身を守ることはできないからだ。だが、すぐに花梨はそれに気付くだろう。間違いなく転移魔法で奴が来る。手負いの今の状況では、白兵戦で勝てる自信もない。
麟鵬の言う通り、詰みなのか。
……その刹那。
『何っ??』
『がはっ……』
急に花梨と麟鵬が苦しみだした。「Thank you」との声と共に、クドウが立ち上がる。
「ありがとう……本当に感謝するわ。何とか、間に合った」
アムルが『あなたっ……』と目を潤ませている。ポンポン、とクドウが彼女の頭を撫でた。
「酷い傷ね、後で治してあげるわ」
花梨が『麟鵬、離れなさいっ』と叫ぶ。クドウの目が鋭くなった。
「もう感付いたか」
『……『クト神』は『魔を封じる力』を持つ。それを応用すれば、特定の相手から魔力を吸収することだってできる……しかもこの一瞬で、かなり持っていかれた』
「だから射程外から銃撃で私を襲った。今度もそうする気?」
麟鵬は銃を構えたまま大分後方へと下がっている。パンッ、という音が聞こえた。
刹那、俺は再び「錬金術師の掌」を発動する。マシュマロに変えられた銃弾は失速し、クドウに届かずに落ちた。
「……お前、マジで学習能力ねえな……銃は無意味だつったろ」
花梨はさらに後方に下がっている。そして、魔力の矢を立て続けに放った。しかし、それはまるでマナキャンセラーが発動しているかのように届かない。……どういうことだ?
「あなた、私を甘く見てるんじゃない?私は『意識した相手の魔法をかき消せる』。強度に限界はあるけど、その程度なら造作もないわ」
クドウという女、「神の器」らしく相当な手練れだ。彼女が味方で心底よかったと思えた。相手に回したら勝てる気がしない。
花梨が『撤走!!』と叫んだ。麟鵬の姿が同時に消える。
残った花梨が怒気を隠そうともせずにクドウに向けて吐き捨てた。
『……この屈辱は必ず晴らすわ』
「晴らせるといいわね」
チッという舌打ちと共に、李花梨はその場から消えた。




