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夏の強い日差しの中、俺たちは一路東に飛んでいた。騒ぎにならないように高度は大体100mぐらいの所を飛んでいる。隠密魔法は使わなくていいのかと聞いたが、綿貫曰く「もうやっても無駄なのでそのままでいい」とのことだった。
大まかな場所は認識している。国道140号線から少し北に外れたところだ。寺が近くにあるらしく、それが目印になるだろうと山下が言っていた。
後ろをちらりと見ると、アムルは俺から離れずついてきている。完調ではないということだったが、足手まといにはならなさそうだ。
元々かなり力のある魔導師とみえた。メジアには珍しい純魔族がどうしてイルシアにいるのかはよく分からないが、本来はジュリの従者であると聞いている。一種のボディーガードのような役割なのかもしれない。
とはいえ、これから相手するのは同じ純魔族、それもかなりの使い手だ。しかも……魔族は下手に殺せない。
魔族を殺すとその身に貯えていた大量の魔力が暴走を始め、周囲を巻き添えにしてしまうという厄介極まりない性質がある。
「元は生物兵器の一種だった」とハンスからは聞いているが、なるほど悪意しか感じない性質だ。魔素が薄いこの世界であっても、それなりの被害は覚悟しなければいけないだろう。
そして、アムルは勿論俺も形式上は魔族だ。相手がもし李花梨とその相方であるならば……互いに殺せないという戦いになる。
「神」を宿す人間も似たようなものだ。何故奴らがクドウを追っておいて深手も与えておきながら殺さないのかという答えがそこにある。殺せば魔族を殺した場合と同等かそれ以上の被害が発生することだろう。
故に、最期の止めは刺せない。もし刺したならば、そこから発生する魔力の奔流で自分たちも危ない。故にじわじわと失血死させていく方法をとった……そんな辺りか。
ハンスがどうやって半沢を殺したのかは分かりやすい。自分と周囲の人間を異空間に飛ばす恩寵——「紅き断罪者」を込めた魔結晶を使い、そこで殺したのだろう。
どちらかの死が異空間からの脱出の条件となっていると聞いている。その性質上、あれは元々対「神」用に準備されていたものだった。あれがあれば、こういうシチュエーションでも遠慮なく力を振るえただろう。
だが、あれはあの1点限りだ。今回は使えない。となると力をセーブしつつ、かつ奴らを撃退しなければいけないが、それは並大抵のミッションではない。
さてどうしたものかと思案しているうちに、目的地近辺に着いた。クドウの居場所を探ろうと意識を集中していると……
ヴォン
急に目の前に魔族の男が現れた。そしてその後ろには少女もいる。
『ここから先は行かせはしない』
「そうかよ」
俺は剣——「滅魔の剣」を抜いた。それを見た少女が険しい表情になる。
『麟鵬、あれには注意して。古代武器の一つよ。斬られれば魔力が抜けていくから』
『俺たちがクドウにやったようなことをしてくるということか』
『回復が困難な分もっと厄介。それにあの男、私たちのことを既に知ってる。迂闊に攻めてこない』
チッ、と俺は舌打ちした。向こうもかなり場数を踏んでいるようだ。この分だと膠着が長引く可能性が大だ。
そして、その間にクドウの命はどんどん失われていく。この膠着は向こうにとっては歓迎だが、こちらにとってはかなりマズい。
汗がダラリと流れる。視線をちらりと後ろのアムルに向けた。彼女をクドウの元に向かわせて俺が2人を足止めするか?
いや、確か目の前にいるこいつらは転移魔法を使う。簡単に阻止されるだろうし、恐らくは深手を与えられてしまうだろう。つまり、普通にやっていてはダメだ。
……試してみるか。
「アムル、地上に降りるぞ」
『どういうことですか』
「いいから降りる」
李花梨と麒龍が怪訝そうな顔をした。地上に降りれば一般人を巻き添えにしかねないし、空中から探した方が圧倒的に早い以上クドウ発見も遅れる。……だが、膠着状態を打開するならこれが最善だ。
高度を下げると、麒龍が追ってきた。そこに花梨が叫ぶ。
「不要追(追うなっ)!!」
『え?』
その言葉と同時に寺の敷地内に降り立つ。そしてアムルに叫んだ。
「山の奥へと行くぞっ!!!」
『でもっ』
「大丈夫だっ、向こうの攻撃は一切効かないっ!!ただし俺から離れるなよっ」
俺はマナキャンセラーを展開する。上空から2人が放つ魔力の矢が雨のように降り注ぐが、それは俺たちに届く前に霧消した。花梨の顔が忌々しそうに歪む。
そう、俺の狙いは二段構えだ。奴らが地上に降りれば俺は「錬金術師の掌」で地面を軟化させ、そこに絡めとる。可能なら生き埋めまでもって行く。
降りて来なければマナキャンセラーを発動し、上空からの攻撃をシャットアウトする。空中にいたままではマナキャンセラーは発動できない。飛行魔法が解除されるためだ。だから、地上に降りる必要があったというわけだ。
俺たちはそのまま寺の奥にある森へと駆けていく。振り返ると、白のアウディが半壊した状態で停まっているのが見えた。
なるほど、カーチェイスの果てにここに逃げ込んだという形か。そして、この近くで痛めつけられた挙句、出血死を待つ形で放置されたようだ。なかなかエゲつないことをしてきやがる。
「アムル、場所は分かるか?」
アムルが感知魔法を使うために少し立ち止まった。
『すごく魔力が微弱ですが……左の方です。距離は200ゼタぐらいです』
ゼタ……確か0.1マイルぐらいだから、360mぐらいか。ただ、道もなく登りも急な森の中だ。魔法の助けなしだと数分はかかる。それまでもつか?いや、妨害なく行けるか?
上空から再び魔力の矢が降って来た。俺たちには効かないというのに、何が狙い……
矢に当たった木の幹が、目の前で折れるのが見えた。……そういうことかよっ!!
ドズンッという地響きと共に、俺たちの横1、2mの所に木が倒れた。魔力の矢はなおも降り注ぎ、木に直撃していく。
「……考えやがったな」
直接ダメージを加えられないなら、こうやってダメージを与えようという肚か。仮に倒木を俺たちが避けたとしても、回避行動で時間をかけさせることはできる。
……そうか、いいだろう。ならこっちにも考えがある。
俺はマナキャンセラーの発動をやめ、地面を弾力性のあるゴムに変えた。そして、アムルを抱きかかえた。
「少し飛ばすぞ」
『えっ』
俺はゴムに変わった地面を蹴った。一瞬のうちに木が目の前に迫る。しかし、それは発泡スチロールのように脆く砕け散った。いや、「ように」ではない。俺の能力で、実際にそうなっているのだ。
頭上からは相変わらず魔力の矢が降り注いでいる。だが、それが地表に到達することはない。奴らの狙いは俺たちではなく森そのものだ。ならば、矢から身を護る必要はない。
魔法を解禁し、一気にクドウの元に向かう。それが最善手だ。
そして、1分もしないうちに木に寄り掛かって倒れている女性が見えた。あれが、シェリー・クドウか。
アムルが彼女の元に駆け寄る。
『まだ何とか生きてますっ!!』
「すぐに治癒魔法をっ!!使えるよな!??」
『はいっ。ただ、かなりの重傷です……とてもじゃないけど、これは』
その言葉通り、クドウの腹部からは大量の出血があった。勿論、意識はない。マトモに治癒魔法を使ったところで間に合うわけがないのは明白だった。
極限状態の中で、俺はあるものの存在を思い出した。
「アムルっ!!綿貫からもらった薬をっ!!!」
『えっ、でもこの状態で飲ませるなんて』
「飲むのはあんただっ!!いいから早くしろっ!!!」
叫ぶと同時に、遠くに2人の人影が見えた。……花梨と麟鵬だ。
アムルは治療で手一杯だ。止めるとしたら、俺しかいない。
事態は重大局面を迎えようとしていた。




