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「緊急の会議、ですか?」
町田との電話が終わった後、僕はすぐに魔術師団の訓練所に向かった。山下をはじめとしたその場の面々の表情が、一気に硬くなる。
『トモに何かあったの』
特に表情が険しかったのはノアだ。町田に危険な役割を背負わせていた以上、心配するのはよく分かる。僕は内心を悟られぬよう、努めて冷静に首を横に振った。
「そういう悪い話じゃない。今の所いい話でもないが、局面の打開に繋がる話だ。とりあえず、ここにいる面子は来てくれ。会議にはジュリにも来てもらうよう、市川に声をかけた」
『まさか、こちらから攻めるとか、そういう話?』
「半分合ってる。詳しくは会議室で話す」
踵を返すと後ろから「綿貫の旦那」と高松から声をかけられた。
「……どうかしたのか」
「ちと、気になってることがあってな。ノアのことだ」
ギクリとした。高松はその様子を見て、声の音量を大きく落とす。ノアはこちらにまだ気づいていない。
「……その様子、何か聞かされたな」
「何か気になったことがあったのか」
高松は小さく頷き、少し離れた場所に移った。ここならノアに話を聞かれることもない。
「その分だと、あんたも知ってるだろうから単刀直入に言う。もしどこかを攻めに行くなら、あいつをメンバーに入れるのはやめろ。あまりにリスクがデカすぎる」
「……!!そうか、ハンスさん経由で聞いていたのか」
「ああ。うちの嫁も昔あれに近い状態になったことがある。膨大過ぎる魔力を持て余している感じだ。ノアも顔には出さなかったが、コントロールに苦心しているのが少し見えた。
少しの刺激、あるいは感情の変化で暴走しかねないのがあの状態だ。うちの嫁の場合、ある事情で魔力を大幅に制限された状況でも一瞬で十数人殺したらしい。人里離れた状況だったからまだよかったが、本来なら街一つ消し飛ぶぐらいの被害だったそうだ」
ゴクリ、と僕は唾を飲み込んだ。街が消し飛ぶ??
高松はなおも話を続ける。
「今も嫁は強力な魔道具を使って魔力を大幅に制限しないといけない状態にある。あいつは平穏な主婦になりたがってたからそれでいいが、ノアは違う。
というか、はっきり言っちまえば『生まれた時から爆弾を仕込まれてた』。大魔卿と、先代の御柱によってな。どういう目的かは分からないが、極めて質の悪い話だ。愛する男と結ばれたが最後、自分が爆弾に変えられちまうわけだからな。
……いや、爆弾ならまだいい。もっとマズい何かを考えている気がする」
「もっとマズい何か?」
「そこまでは分からねえ。多分、知り得るのは……先代の御柱だ。ジュリを会議に呼んだのはその意味で正解だったな。彼女なら、何かしら処方箋を持ってるかもしれない」
「ノアにこのことを言うつもりなのか」
「いや、俺は知らないことにしておく。あんたも言わないつもりなんだろう?」
その通りだ。この話は、町田がすべきだ。僕から告げる話じゃない。
少し遅れて会議室に入る。既に面々は揃っていた。
「急ぎ集まってもらってすまない。まず、現状を説明する。ドームでのテロは、何とか抑止できた。そこは岩倉さんに説明してもらう」
PCを操作し、スクリーンにオンライン参加している岩倉警視正を映した。彼は軽く一礼する。
「既にニュースでも報じられ始めているが、『変異体』と化した阪上龍一郎によるテロがドームで発生した。観客にも被害が出ている。ディスプレー破壊に伴う落下物で3人が心肺停止、21人が重傷を負ったとの報告が入っている。しかも、主犯格である阪上は逃亡した。全力で行方を追っているが、現状見つかってない。
とはいえ、数万規模の死者を出すことは一応防げた。町田君、猪狩君の尽力の結果だ。そして、この抑止にアメリカのニコラ・サマーズ氏が協力している」
会議室の面々の表情が驚きに変わった。岩倉警視正はなおも話を続ける。
「シェリー・クドウ氏の捜索と保護が、今後継続的な協力の条件とのことだ。恐らく大魔卿の一派に追われていると推測されている。そこで、あなたたちにその任をお願いしたい」
僕は頷くと、山下に視線を向けた。
「まずは居場所の特定だ。君ならそれはそれほど問題ないんじゃないか?一度、彼女を見つけているというのもある」
「できると思います。少し、時間を」
そう言うと彼女は目を閉じた。1分ほどして、その表情が厳しいものに変わった。
「……見つかりました。が……魔力が微弱です。怪我を負っているのかもしれない」
「怪我?」
「程度は分からないですけど……急いだ方がいいと思います。場所はここから東……地図でいうと、この辺りです」
山下はノートPCを見せた。寄居近辺の山中……関越で花園ICを降りた後に何かあったのだろうか。ここからだと車で1時間はかかりそうだ。
「飛行魔法使った方がいいな……」
高松が呟く。ノアが『あたしが行くわ』と僕の方を見た。……やはり来たか。
「すまない。ノアにはここに残って欲しい。守りを手薄にするわけにはいかない」
『でも飛行魔法を使えて、しかもこの世界のことをある程度分かってるイルシア人はあたししかいないわ。そして、『神』を宿しているクドウを追い詰めてる時点で相手も相当な手練れよ?あたしが行かなくてどうするというのよ』
それは正論だ。だが、今回ばかりは無理だ。僕はできるだけ感情を抑えつつ彼女の目を見た。
「気持ちは分かるし、言っていることも正しい。だが、今回はここに残って欲しい。町田の要望だ」
『トモの??どういうことなの??』
「それは町田から話す。僕も軽く事情を聞いたが、直接話した方がいい話だ。そして、これについてはジュリさん、貴女にも同席してもらいたい」
「ボクが、ですか」と少し驚いたようにジュリが返す。
「非常に重大な案件です。そして、だからこそ町田から直接話をしなければいけない。幸い、彼は左腕に骨折の疑いがある程度で無事です。今ヘリで所沢に向かっているそうですから、そう遅くないうちにこちらに着くと思います」
ノアが『……どうして』と絞り出すように声を出して俯いた。目は潤んでいる。感情を整理するのに精一杯なのだろう。だが、ここで僕から話をするわけにはいかない。敢えて彼女を無視し、話を先に進める。
「救出メンバーは高松君にお願いしたい。君ならば数も踏んでいるし、適任だと思う」
「まあ、そう来るとは思ってたけどな。ただ、俺一人じゃ流石に荷が重いぜ?多分、王と一緒にいたあの2人だろ。ハンスがいれば余裕だが……そもそもそのハンスは」
「重傷を負い入院中と聞いてる。命に別状はないが、今日は無理だ。半沢誠二を倒したとは聞いてるが」
「……なるほどな。『100倍速』でも使ったか……数日はハンスを頼れないとなると、流石に厳しいな」
「100倍速?」
「ハンスの切り札だよ。使えば肉体のある相手ならほぼ無条件で殺せる。ただ、反動も馬鹿でかいから滅多に使わない。俺の知る限り、使ったのは3年ぶりだな……
まあとにかく状況は理解した。向こうも特記戦力の1人を削られて尻に火がついてる。ちとキツいが、俺だけで何とか……」
その時、会議室の扉が開いた。僕はその姿を見て絶句する。
……なぜ、彼女がここに。
「……アムル?」
『皆さんが集まられているのを見て、いてもたってもいられなくなりました。私にもできることがあるはずです』
「いや、君はまだ病み上がりだろう?まだベストじゃ……」
『少し、部屋の外から話を聞きました。頭数が足りないなら、私も是非に。大丈夫、無理は絶対にしません』
確かに彼女の体調は戻りつつあった。僕が血を分け与えているというのもあって、完調一歩手前ぐらいまでは来ていた。
ただ、正直言っていきなり修羅場に送るのは厳しいように思えた。ただでさえ、相手は彼女が一度手酷くやられた相手だ。何より……僕が彼女を喪うことに耐えられそうもない。
「それでもダメだ。あまりにリスキーに……」
『私を喪うことが怖いのでしたら大丈夫です。そこまで私は、弱い人間ではありませんから』
アムルの目には覚悟があった。……これは言っても聞きそうもない。
「……分かった。ただ、その代わりにこれを」
僕は胸元からガラスのアンプルを取り出す。
『……これは?』
「開発中の薬だ。勿論治験も何も通ってない。『エリクシア』の効能分析をベースに、暫定的に造ってみた模造品だ。元のより有効成分は多くなっている、と思う。
ただ、使って何が起こるかは分からない。あくまで、もしもの時のためのものだ。それでいいなら、受け取ってくれ」
アムルが『分かりましたわ』とそれを手に取った。僕は小さく頷く。
「それでは、これより直ちにシェリー・クドウの保護に動く。2人はよろしく頼む」




