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サマーズ??何故彼がここにいる。俺の混乱をよそに、サマーズは阪上に右手を向ける。そして、流暢な日本語で話しかけた。
「最後通告だ。投降するなら命までは取らない」
「投降、だと??結果は同じだろ!??この場で死ぬか、国が俺を死刑にするかだっ!!」
阪上が再び魔力を高め始めた。同時に、奴の蟲のような頭が弾ける。サマーズが何かの魔法を使ったのだと、すぐに分かった。
だが、その表情は怪訝なものへと変わる。……阪上の身体は、まだ宙に浮いたままだ。
「この程度で『俺』が死ぬと思うかっ!!!」
腹の辺りに、人間だった時の阪上の顔が浮かび上がった。一体、何だこれは。
「これが……調査報告にあった『変異体』か。ここまでしぶといとは……ならばっ」
サマーズが俺と猪狩に目配せをした。「時間を稼げ」と言っているのだ。
俺は飛行魔法で浮上し、溜めが少なくても撃てる「魔力の矢」を立て続けに放つ。効くとは思っていない。注意をそらすだけだ。
「うざってぇなぁっ!!!」
阪上がそれに反応し、右腕を薙ぐ。それは俺に全く届かない。しかも動きは緩慢だ。
そして、ドンッ、という音が下から聞こえた。阪上の顔が僅かに苦痛に歪む。
「世界王者が一般人に手を上げるかぁっ!!」
猪狩が魔法の拳を叩きこんだのだ。大きなダメージではないが、注意をサマーズからそらすには十分だった。……そして。
「サカガミ、僕に従い堕ちよっ!!!」
サマーズの叫びと同時に、腹の辺りにあった阪上の目が白目を剥いた。怪物じみた巨体は急激に萎み始め、グラウンドへと落下していく。
そして、「ズドン」とも「グシャリ」ともつかない音と共に、全裸の阪上龍一郎はグランドに墜落した。静まり返っていた観客席からざわめきが戻り始める。
「魅惑の声を使ったのか」
俺の問いに、サマーズは小さく頷く。
「自死を強制した。僕のβでなくなっても力を使い続けられたということは、王のβにもなったということだ。意思に反することを強いるのは相当魔力を使うけど……選択肢はこれぐらいしかなかった」
阪上は大体10数メートルほどの高さから落ちたはずだ。口から血も吐いている。多分死んだのだろう。
近くにいた猪狩が視線を後方へと向ける。そこには魔族の男が怯えた様子で立ち竦んでいた。
「まだやるか?もう、お前だけだ」
男はチッと舌打ちする。サマーズがハッとした様子で男に叫んだ。
「站住(動くな)!!」
何かをしようとしていた男の動きが止まった。これも「魅惑の声」だ。
「転移魔法で逃げようとしても無駄だ。君らのことは調査で分かっている。『黒鬼子』……中国共産党の暗殺者にして切り札。転移魔法の使い手であるのも知ってるさ」
『……それは弟だ。俺は、さらに上……だぜ』
「弟?」
その刹那、猪狩が男の元に一気に詰めた。そして、催眠効果があるハンスのグローブを口元に押し当てる。すぐに男は昏倒した。サマーズが怪訝そうな表情になる。
「それは?」
「異世界から来たハンスさんから借りたものです。とりあえず、これでドームに侵入した連中は全員倒せたと思います」
観客席のざわめきはさらに大きくなり、どよめきと悲鳴と怒号が入り混じったものになり始めていた。様子を見ていた機動隊がグラウンドに雪崩れ込み、倒れていた魔族の男とエオラと思われる女を確保する。
そして、機動隊の一人が阪上の死体に近づいた、その時だ。
「え?」
阪上の死体が……青く光り始めた。
そしてむくりと起き上がり、憎悪に満ちた目で俺たちを見る。
……死んでなかったのか??サマーズを見ると、「Unbelievable……」と絶句している。こいつにとっても、相当想定外の事態のようだ。
「……クソがっ」
そう吐き捨てると、阪上は異常な勢いでドームの天井に空いた穴へと向かう。追うか追うまいか逡巡しているうちに、奴は姿を消してしまった。
「……あれは、どういうことだ??」
サマーズは険しい様子で考えている。少しして、口を開いた。
「……僕にも分からない。まさか、王のβであるため奴の力も使えたのか??」
「王の力?」
「僕もちゃんとは分かってない。ただ、人を生き返らせたりするとは聞いてる。チチブでの事件の時も、それに近いことをしてたんじゃないか?」
そうだ。奴はまるで「時間を巻き戻した」かのように怪物と化していた阪上の秘書を元の姿に戻した。まさか、奴は同じように、瀕死だった「自分自身の時間を巻き戻した」のか?
だとしたらとんでもない怪物を俺たちは野に放ってしまったことになる。しくじってしまった。
……いや、そうでもないのか?
阪上は、王たちに対する叛意も見せていた。つまり、俺たちの味方では断じてないが、王にとっても不穏分子ということになる。今の局面では、泳がせた方が案外いいのかもしれない。
とにかく、ようやく収拾がついた。身体から力が抜ける。
観客席のどよめきが、一部歓声に変わった。「猪狩チャンプだっ!!」「瞬様がいるぅ!!」との声が聞こえてくる。どうも猪狩の存在が一部で気付かれてしまったらしい。
猪狩は苦笑しつつ、「ここから一度出ましょうか」と促す。だが、サマーズが首を振った。
「その前に、ディール(取引)だ。僕が君たちと協力するには、まずそこだ」
「助けに来たんじゃないのか?」
「僕は、自分が生み出してしまった怪物を始末しに来ただけだ。……取り逃したけどね。
トモヒロ・マチダ、シェリーから君の話は聞いてる。君もシェリーがイルシアに向かったことは聞いているはずだ」
……その情報は聞いていない。少なくとも、それらしき人物がイルシアに来たという報告は綿貫からは来ていなかった。
そのことを告げると、サマーズの顔がさっと青くなった。
「まさか……道中で大魔卿に捕まった??」
「あり得る話だと思う。少なくとも、トラブルにはなってるはずだ。彼女がそう簡単にやられるとは思ってないが……」
「そんな、馬鹿なっ……」
サマーズが愕然とした様子になった。昨日会った時にも思ったが、この男を実質的にコントロールしているのはシェリー・クドウだ。少なくとも、ただの部下ではない。恋人か、それに近い存在なのかもしれない。
「頼むっ、彼女を……助けてくれっ!!」
「それが取引ということか?」
「いやっ、イルシアからの権益を貰うつもりだった……だがこの際そんなことはどうでもいいっ!!!頼む、シェリーをっ……助けて!!」
女性と見まがうかのような上目遣いでサマーズが懇願する。俺は目を閉じ、少し考えた。
誘拐されているならどこかにいるはずだ。既に殺されている可能性もなくはない。
ただ、どちらにせよその際にはクドウの魔力量からして相当抵抗しているだろう。そもそもそういう大きめの騒ぎがあったという報告は、今のところ綿貫からも岩倉警視正からもない。
つまり、シェリーは逃走中である可能性が高い。そして、逃げながらイルシアに向かっていると俺は読んだ。
とすれば、どこかに潜伏しているのだろう。そして、援護が来るのを待っている。じゃあ、どうすれば潜伏場所を見つけられるのか?
……一つ、手段がある。
「一度、イルシアに連絡を取ってみる」
「……えっ?」
「イルシアには魔力を探知する能力者がいる。彼女なら、すぐにシェリー・クドウの場所が分かるはずだ。そして、その上でそこに向かう」




