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「変異体」となった阪上を前に、俺は脳をフル回転させていた。マズいことになった。それはもう間違いない。だが、嘆いていても何も始まらない。俺が今すべきことは、こいつをどう止めるかだ。
べギルの時には、高松から貸してもらった「滅魔の剣」があった。それで傷付ければ、魔力が傷口から流れ出すという代物だ。魔力が一時的にオーバーフローしている状態が「変異体」だとするのであれば、その魔力を強制的に喪わせる「滅魔の剣」は特効と言える。
だが、今それは手元にない。対大魔卿の切り札ともなる以上、イルシアが襲撃された時のために向こうに残している。有効打は現状、ない。
異形の姿となった阪上の口に魔力が集まるのが分かった。……こいつ、俺たち全員を消し飛ばすつもりか??
「危ないっ!!!」
猪狩は叫ぶと、右拳を奴に向けて振るう。魔力の塊が足に直撃し、態勢を大きく崩した。
ボウッ
同時に口から極太のレーザーが放たれる。バランスを崩し狙いが外れたそれは、ドームの天井を突き破って大きな穴を空けた。
「邪魔だな」
阪上はすぐに態勢を立て直し、尻尾を猪狩に向け振るう。紙一重で避けたが、そこには魔族の男が待ち構えていた。
『ようやく捕まえたぞ』
ニイと嗤うと同時に、左フックが放たれる。それもダッキングで何とか避けたように見えたが、どういうわけか猪狩の頬の辺りはざっくりと裂け、血が流れ出していた。
「ぐっ!?」
「猪狩チャンプっ!?」
バックステップで後退したが、傷は見るからに深い。そこに追い討ちとばかりに阪上が蹴りを繰り出す。これも何とか避けたが、反応は鈍くなっていた。流石の猪狩であっても、致命打を受けるのは時間の問題に見えた。
彼に託されたハンスの手袋は、あまり機能していないように見えた。あれは口元に1秒ほど当てないと効果を発揮しないと聞いている。超スピードで相手の懐に入ることができるハンスであればともかく、それ以外の人間では使いこなせない代物なのだろうか。
いや、多分あの魔族の男の力量がそれを許さないのだろう。もしあの男を気絶させるなら、何かしらのトラブルが必要だ。少なくとも、今の2対2の状況はこちらが圧倒的に不利だ。数の上では五分でも、戦力にあまりに差がある。
……打開する手段はないのか。力任せに蹴りや尻尾を振り回す阪上からは、逃げるのが精一杯だ。俺の攻撃も恐らく大して効きはしない。唯一効きそうな切り札の「魔光条」を撃つにしても、数秒の溜めがいる。どうすればいい。
その時、視界の端に女が現れたのが見えた。日本人ではない。……まさか、エオラか??
ただでさえ厳しい局面なのに、さらに状況は悪化した。彼女が来たということは、ここで「爆弾化」を実現させてしまおうということだ。
……万事休す、か。
しかし、彼女は怯えたように立ち止まりこちらに来ようとはしない。魔族の男も何故か険しい表情になっている。
『お前の出番は一旦なしだっ!!!音響も何もかも、こいつがぶち壊したっ』
バサッ、と阪上が羽ばたく。口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。
「お前らは『俺』のサポートだけしてりゃいい。こいつらを殺したら、今いる観客を国会議事堂に雪崩れ込ませる。そして俺は、大魔卿と王を殺し新たな世界に君臨するっ!!!」
魔族の男が『は?』と口を開けた。
『何を言っているっ!!?できるはずがないだろ??それに、一度変異体になれば、後は時間経過で死ぬだけ……』
「それがそうじゃないんだなあ……力の使い方、だよ。今の俺は、自在に姿を変えられる。お前らのような凡骨とは違うんだよっ!!」
カカカという嗤い声がドームに響く。
確かに、阪上の言っていることは嘘ではないのかもしれない。あのべギルが「変態」した時、べルディアは最初ある程度想定通りだというような反応をしていた。「変態」をコントロールできるということなのだろう。
阪上も、どういう理屈かは知らないがそういうことができると思っているのかもしれない。だとしたら……
ちらりと魔族の男を見やる。共闘できないか?……いや、話し合いの時間はない。それに、どっちにせよ俺たちは両方を止めないといけない。だとしたら……
俺は猪狩と視線を交わす。
「行けっ!!!」
猪狩がエオラに向けて走り始めた。虚を突かれた魔族の男に、俺は短い溜めで「魔光条」を放つ。右肩の辺りが削り取られたのがすぐに分かった。
「ぐっ!!?」
魔族の男の呻きに、阪上は反応しない。ニヤニヤと上空から見ているだけだ。奴にとっても戦うべき頭数が減るのは歓迎なのだ。
そして、肉体強化魔法で速度が大幅に増した猪狩はあっという間にエオラの元に辿り着く。そして軽くフェイントを入れた後、右掌を彼女の口に当てた。
「……うっ」
崩れ落ちるエオラに、魔族の男が「うおおおっ!!!」と左拳を薙ぐ。それを猪狩は態勢を低くして交わす。ザンッ、とフェンスが横一文字に大きく斬られたのがすぐに分かった。
「そろそろ仕上げと行くか」
その時、宙に浮いた阪上が少し高度を上げた。口に再び魔力が集まっていく。
こいつ、グラウンドごと俺たちを吹き飛ばすつもりかっ!!!
さっきと違い、多少バランスを崩しただけでは狙いは逸れそうもなかった。どうやってもエネルギー砲は俺たちに当たる。
マズいっ……しかし対処する時間は完全にない。ここまでかっ……
「STOP!!!」
その時、グラウンドに声が響いた。声の主は後方にいる。スーツを着た金髪の男性……いや女性か?
そしてすぐに、その声に魔力が込められているのに気付いた。これは……「魅惑の声」だ。
阪上の動きがその時止まった。その表情からは笑みが抜け落ち、凍り付いているように見える。
「お前から『β』の権限を剝奪するっ!!そして僕に従えっ、リュウイチロウ・サカガミっ!!!」
β??何を言っている??
しかし阪上の動きは止まったままだ。人外と化したその顔は、何かに怯えているかのようにも見える。
魔族の男に視線を移すと、彼の表情も凍り付いている。何か全く想定外のことが起きたのだ。
『お前……まさかっ』
金髪のスーツの人物は男に告げる。
「ニコラ・サマーズだ。僕がやらかした不始末は、僕自身がケリをつける」




