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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第14章 「汎調」委員長 ハンス・ブッカー
204/221

14-7


これが、自分の力なのか。急速に近づく「兄」の姿に、私は高揚とともに慄きを感じた。


「兄」は逃げを打つことにしたらしい。あれが本当の兄なのかは未だに確信が持てないが、少なくとも見た目の年齢は30前後とまだ若い。鍛えているとはいえ私は50半ばだ。魔力量に差があるとはいえ、純粋な肉体での勝負ではこちらに分が悪そうではある。

持久戦を取ることにしたのは、そういう読みによるものだろうか。だが、考えが甘い。持っている地力にはかなりの差がある。


『もっと力を貸そうか?』


『いや、いい』


脳内で「ノーデ」の声が響く。魔法の使い方は彼からの知識によるものだ。私との「同化」が進めば、もっと色々なことができるようになるらしい。

ただ、「同化」が何を意味するのかは見当がついていた。私という自我の喪失だ。実際、王にはほぼ「王成明」の自我が残っていないとは聞いている。彼に出会った2年前に、その辺りの恐怖をバーで吐露されたこともあった。

私が私でなくなるのは、真っ平御免だ。私の中にあるこの国への怒りだけは、決して忘れたくはなかった。


そう、怒りだ。私はずっと怒りを胸にこの30数年を生きてきた。両親を奪ったのも、玲子と香澄が死なねばならなかったのも、この国があまりに未熟で歪んでいたからだ。

……そして、兄さんが死んだのも。


兄さん——半沢秀一は私にとって壁であった。その偽善は決して相容れないものだったが、しかし兄さんが非常に優秀な人間であることは疑いようもなかった。

彼が警察官僚となったのも、父さんや母さんを騙し巨額の負債を背負わせた連中を蔓延らせないようにするためというのは知っていた。彼も彼なりに負い目を感じていたのは理解していた。嫌いな兄だったが、どこかで尊敬もしていた。


しかし……彼はあのテロで命を落とした。救助活動に手を貸した際に、あのガスにやられてしまったということだった。彼らしい最期だと思うと共に、テロリストを野放しにしていた日本という国家に対する怒りは一段と募った。

私が「売国ファンド」をやる決定打は玲子と香澄の死だったが、兄さんの死も動機の一つだったと言われればそれはそうだ。兄さんもまた、国に殺されたのだ。公僕として人を救うという職務さえなければ、兄さんが死ぬことはなかった。


……だから、兄さんは「死んでいなければいけない」のだ。異世界に転生して救世主を気取っていることなど許されない。兄さんが死んでから30年にもわたる怒りが、全て無駄だったことになる。


魔光条ディ・ジャスディ」の射程圏に「兄」が入った。未来視は、「兄」が右に5mほど移動して避けると教えた。魔力のレーザーの軌道を変えれば直撃できる。そういう「未来」にするのだ。


「はっ!!!」


右掌から魔法を放つ。事前の読み通りその軌道を変えた。



……が、次の瞬間。



ドスンッ


「ガハッッ……!!?」


腹部に強烈な痛みが走った。目の前には、右に避けたと思った「兄」の姿がある。……どうしてだ。未来視が機能しないことなど……


『途中で時間の『速度』を変えたのだ』


「ノーデ」が囁く。ハンス・ブッカーという男が時間を操る魔法を使うという話は聞いていた。あの異常な移動速度はそれによるものだとは認識していたが……一度発動してから「加速」することもできるとは。


『お前が未来視通り放った魔法の軌道を目視してから、一瞬だけ速度を上げたのだ。そして、その勢いのまま当身を放ったということだ』


『なっ……?』


『踏んでいる場数が違い過ぎる。私に代われ。そうすれば、どうとでもしてやる』


私は跪き、ノーデの「声」に首を振った。それだけはダメだ。自我が消えるなど、到底許されることではない。


「兄」は一撃を加えた後僅かに距離を取った。殺そうと思えば殺せたのに、どういうつもりだ。


「……先ほども言いましたが、この空間から出る手段は2つあります。どちらかが死ぬか、私が許可を出すか。機会を与えましょう」


「機会だと……上から目線で何を言う」


「兄」はどこか辛そうな視線で私を見る。腹部には激痛が走っていた。間違いなくあばらは折れている。治癒魔法を使えば多少は軽くなるが、不利なのは疑いがない。


『いいから代われ。お前には荷が重い』


「ノーデ」の誘惑を私は無視した。多分、そうすれば私はこいつに勝てるのだろう。だが、それは承服しがたい話だ。


「兄」は静かに口を開いた。


「正直に言って、私は貴方を殺したくはない。貴方に何が起きたかを、私は知っている」


「知っているだと!?私の怒りなど、お前には決して分かるまいっ!!」


「兄」は首を横に振った。


「……分かりますよ。私も復讐に身を焦がしたことがあった。そして、その復讐はなされた。それが無意味なものであったとも言わない。

ただ、私の復讐を生み出したのは特定の個人によるものだった。だからその男を討てばそれでよかった。復讐に巻き込まれた罪なき人々がいなかったとは言いませんしそこに負い目がないわけでもない。しかし、自ら進んで罪なき人を巻き添えにしたことなどありません。……貴方とは違う」


「ふ……ふざけるなっ!!この国は、一度リセットされるべきなのだっ!!だから私はっ……」


「その後どうするつもりですか?大魔卿によって更地となった世界に、穢れなき人による理想郷でも作るつもりですか?

大方そのように言いくるめられたのでしょうが、罪なき人々を犠牲にしてまで作るのなら……そんなものはない方がいい」


「五月蠅いっ!!!お前に……何が分かるっ!!!」


私は魔力を高め、大きく距離を取った。つくづく説教臭い男だ。

……本当に、兄さんの話し方によく似ている。だからこそ許しがたい。


『力、少し借りるぞ』


『少しとは言わず、もっと使え』


頭がぐわんと揺れ、視界が一瞬遠のいた。……マズい。「ノーデ」は、このまま私を乗っ取るつもりだ。唇を噛み、自我を何とか繋ぎ止めた。


『……強情な男だな。だが、これでもうすぐだ』


私はその「声」を無視し、両拳に魔力を集中させた。

もう分かった。何をどうやっても避けられないほどの、超高火力・広範囲のレーザーを放てばいいのだ。今なら、一瞬であの「兄」を消し炭に変えられる。


溜めは要らない。決着まで1秒もかかるまい。念のため未来視を使うことにする。1秒先の未来には、「兄」の姿はなくなっているはずだ。



「……え」



未来視が、発動しない。見えるのは、ただ漆黒の闇のみだ。



「……残念です」



その時、「兄」の姿が消えた。そして……



ドゴッッッ



激しい衝撃と共に、私の意識は消し飛んだ。




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