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私は大きく誠二から距離を取った。刹那、「魔力の矢」が私に向けて放たれる。さっき町田に向けられたものとは比較にならない出力だ。
「2倍速」を使って横に避けようとしたその時、「矢」が追尾してきた。……避けきれないっ。
「ぐおっ!?」
瞬時に左手に込めた魔力でそれを弾いた。猛烈な痛みと共に「矢」は宙へと消えていく。軽い戸惑いと恐怖、そして違和感を私は感じ始めていた。
「矢」の起動を目視で曲げることはできなくはない。ただ、肉体強化魔法で身体能力を上げた私の移動速度は常人の目に追えるものではない。まして「2倍速」を使っている。
いかに誠二に「ノーデ」が憑いているとはいえ、私の挙動を見た上で「矢」を曲げたというのは考えにくい話だ。
「逃げられると思うなっ!」
歪んだ笑みを浮かべながら、誠二が「矢」を連射してくる。今度は「5倍速」を使うことにした。魔力消費は激しいが、四の五の言っていられる状況ではない。
時間を遅延させられた5本の「矢」は、ゆっくりとこちらに向かって来る。一度大きく右に飛ぶと、それらのうちの4本が急旋回しこちらに向かってきた。そこでもう一度左にステップを切る。……最後に放たれた1本だけが、真っすぐに私に向かってきていた。
……そういうことか。
私は再び魔力で強化した左手でパリングを試みる。相当な出力の「矢」の勢いに飲み込まれそうになりながら、何とかその軌道をそらした。……肘から先が猛烈に痛む。骨をやられたか。
「ぐっ……」
体勢を立て直す間もなく次の攻撃の気配を察した。私は恥も外聞もなく大きく後方に駆ける。
「勝てないと思えば逃げか??異世界に転生してつくづく見下げ果てた男になったな。兄の名を騙っている方がまだマシだ」
嘲笑いながらも、こちらを追って来てはいない。すぐに倒せるとの余裕なのか?
……いや、恐らくそうではない。「神」の力に目覚めたばかりの誠二は、やはりまだ十分にその魔力を魔法として出力できていない。
「知識」はあるのだろう。「ノーデ」が中にいる以上、その基本的な使い方ぐらいは把握しているはずだ。だが、知っているのと実際に使うのとでは随分と差がある。小鳥は空の飛び方は知っていても、実際にすぐに飛べるようになるわけではない。それと同じだ。
つまり、しばらく時間は稼げる。こちらを追うだけの手段が彼にはないからだ。だが、「ノーデ」が誠二に馴染むか、あるいは「乗っ取る」までそこまで時間はかからないだろう。そうなれば、勝負に出るしかない。
「5倍速」を使い続け、誠二の姿がほとんど見えなくなった辺りで私は自らの能力——「時を統べる者」を解除した。左手に魔力を集中し、回復に努める。
魔力量で言えば全くお話にならないほど向こうが上だ。時間稼ぎはできても、持久戦は明らかにこちらに不利と言えた。
この空間は私の旧友、アルバが使っていた恩寵をベースに造られたものだ。彼の死後に恩寵を解析し、妻のジャニスが使い勝手をよくするためのマイナーチェンジを施して魔法をストックする水晶「魔結晶」に封じた。それを発動させているのが現状だ。
本来の恩寵と違う点は2つある。ここでの時間経過がその外の時間経過とリンクするようにしていることと、同意での解除ができるようにしたことだ。半面、解除後の魔力全回復の効果はなくなっている。その意味で「改良」とは言いきれない。
魔結晶にこの魔法を封じたのは幾つかの理由がある。その一つが「大魔卿」対策だ。あの男を確実に屠る手段を、私は持っている。故に、本当にどうしようもなくなった場合奴をこの空間に呼び寄せ、「奥の手」を使って殺すつもりだった。
普通に使えば世界が一瞬にして破滅するほどの威力があるが、ここならば問題はない。私も死ぬが、刺し違えるなら上等だ。まあ、自分の命を捨てることは本当の最終手段であり、やるつもりはさらさらないのだが。
もう一つの理由は、「時間稼ぎ」だ。私の恩寵「時を統べる者」は超高速での移動を可能にする。相手の射程圏から逃れ続けることはそれほど無理のある話ではない。そして、ここならば私の魔力と体力が持つ限り逃げ続けることができる。誠二をここに呼びこんだのも、それが目的だ。
勿論、解除にはどちらかの死か双方の合意が必要だ。死ぬつもりはさらさらない。できれば誠二を説得し、その上でここから出るつもりではある。
ただ、正直それができるのかはかなり疑問ではあった。肉親として20数年間付き合ってきた経験上、あいつの精神が捻じれているのは分かっている。元からそういう性質だったのだろうが、両親の死、そして私の「死」、さらに彼の妻子の死と精神を打ちのめすには十分すぎる出来事が彼にはあった。
……特に最後のものが決定的だったのかもしれない。
私は誠二が「大魔卿」に手を貸したと知った時、すぐに彼の過去を調べた。私が死んでから一体何をやってきたのか、どんな人生を歩んだのか。それを知りたかった。
彼はアーコン・コンサルティングを退社後、すぐに野田商事の令嬢と結婚し「ノダ・ファンダメンタル・ファンド」を共同で組成した。当初は日本の成長に資する企業に投資し、共に伸ばしていこうとする友好的アクティビストファンドであったらしい。
しかし、旧態然とした日本の伝統的企業(JTC)は、彼らの存在を良しとしなかった。2000年代前半という時期も良くなかったのだろう。誠二のファンドはアメリカのハゲタカファンドや日本の程度の低い新興企業経営者と同一視され、メディアや世論から激しいバッシングを受けた。
それでも何とかやっていこうとしたようではあった。特に彼の妻であった野田玲子は、かなり出来た女性であったらしい。「新時代の旗手」としてメディアに取り上げられたことも少なくなかったようだ。
彼らの運命は、2008年9月11日に暗転する。米大手金融機関の破綻だ。
ファンドの資金は焦げ付き、好調だった運用成績も一気に追い込まれた。バッシングしていたメディアや世論だけでなく、彼らの数少ない支援者も掌を返したように責め立てた。
当時の運用状況を見ると、そこまで悪手は打っていなかったようには見えた。1995年に私は死んだが、こちらの世界の状況は転生者たちからのヒアリングで常にアップデートしている。そんな私から事後的に見れば、そのまま1年耐えていれば誠二のファンドは蘇ったと見えた。
しかし、彼らは――いや、妻にして共同経営者の野田玲子は耐えられなかった。幼い一人娘と共に、ホテルから身を投げたのだった。そして、独り誠二だけが遺された。
そこから先の誠二は、何かに憑り付かれたかのように金に執着するようになった。そして、日本企業を恨むかの如く海外企業側に付いた案件ばかり手掛けるようになった。「売国商人」という別名もむべなるかなだろう。
町田や綿貫が煮え湯を飲まされたというのも頷ける。JTCの権化たる菱井商事など、誠二からすれば不俱戴天の仇みたいなものだろう。
……日本に対する恨みが、世界に対する恨みに変わったとでもいうのだろうか。だとしたら、説得は難しいかもしれない。
米粒のようになっていた誠二の姿が、徐々に大きくなってきた。……「飛行魔法」に慣れ、高速移動ができるようになったか。
私は呼吸を整え、魔力を練った。できれば、殺したくはない。だが、恐らくそうしないといけないのだろう。
苦しまず、一瞬のうちに屠る。その手段を、私は持っている。




