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赤門を入って、すぐに正門の向こう――理学部の方に強い魔力の持ち主が3人いることに気付いた。そのうち2人は以前感じたことのある魔力だ。
1人は池袋で出会った男、そしてもう1人は――兄を騙った男か。
彼らが誰を訪れているかは知っていた。世良主悦教授——魔力研究の第一人者にして、最高神「ゼラズ」を宿す者だ。
アルフィードも王も、最重要人物としてこの男をリストアップしていた。彼が決してイルシアに介入することはない、しかし決して手を出すな――それが2人の言葉だった。
曰く、その気になれば世界を「リセット」できる人物であるらしい。そうなったら、少なくとも私たちに宿る「神」は消えるだろう――そう、アルフィードは言っていた。余程のことがない限りはそうしないだろうとも言っていたが。
アルフィード、そして王の狙いについては黙認するであろうというのが彼らの読みだった。たとえ日本を焦土に変えようとも、最高神で不死たる世良だけは生き残る。保身では彼は決して動かない。
そして彼はその強大に過ぎる力の代償として、自分がどこかの陣営には決して与しないという縛りを課している。私の中の「ノーデ」もそれは認めていた。そこに揺らぎがあるとは思えない。
大方、兄を騙る男——ハンス・ブッカーと池袋で出会った青年は、アルフィードを止めるよう世良に要請しに行ったのだろう。だが、それは無駄だ。
落胆して出てきたところを、私が狩る。力は満ちに満ちている。全く負ける気はしなかった。
私は昨晩のことを思い返していた。
*
『随分派手にやったものだな』
赤坂の「離宮飯店」で、王は少年姿のアルフィードを見るなり苛立ったように匙を置いた。
『まさか半沢と麒龍を囮に使うとは……どういう了見だ』
ハハ、とアルフィードは笑って王の向かいに座った。私から見るとはす向かいになる。
『ビックリしただろ?宣戦布告としては効率的だったんじゃないかな。もっと被害が出てくれるとよかったけど』
『……私と貴方がつるんでいると表沙汰になったら、日中間で戦争は待ったなしだぞ。私だって白紙委任状を成国家主席から貰っているわけじゃないんだ』
『君が彼の隠し子であっても、かい?』
『ああ。父に私の言うことは聞かせられるが、反主流派はそうじゃない。どうするつもりだ』
ニマァ、と気持ちの悪い笑みをアルフィードは浮かべた。
『なあに、一瞬でこのニホンという国を焦土にすればいいだけのことさ。国家がなくなれば戦争も何もなくなる』
『……そんなことが、できるわけが』
怪訝そうな王に、アルフィードは笑みを更に深くする。
『できるんだよな、これが。既に弾は仕込んでる。あとは、勝手に『起動』するのを待つだけさ』
『……起動?』
『まあすぐに分かるよ。『爆発』されると少々都合が悪いけどね。日本は『破壊スル者』に蹂躙され、滅びる。そしてそれを制したチュウゴクが世界の新たな主導者になる。君も父上も大満足だ』
『イルシアはどうなる??異世界への道は??』
『そこは君たちがどれだけ早くジュリ・オ・イルシアを拉致れるかにかかってるんじゃないかな。まあ、その前に『起動』してしまったらやむなしだ。
僕の目的は異世界とこちらの世界とを繋げることじゃない。もうあの世界はおしまいだからね、一切の興味がない。イルシアがどうなろうが、僕の関心外だ』
「ちょっと待ってくれ」と私は口を挟んだ。
「日本を滅ぼすのか」
『君もそれを望んでるだろう?願い通りじゃないか』
「確かにそうだ。だが、日本国民全員を殺せとまでは……」
『あれほど『国』に憎悪を持っていた君にしては生温いねえ。ワンからは話を聞かされてなかったのかい?』
「この国をリセットし、新たな秩序を作るとは聞いてた。だが、こんなやり方とは……」
アルフィードが肩をすくめ、こちらに寄って来た。
『ならいいんだよ?君の妻子を殺された恨みは君自身で晴らしてくれ。ただ、いかに『ノーデ』の力があるとはいえ君一人でどうにかなるとは思えないがねえ。
それと僕たちの敵に回るつもりならこの場で処するけど、それでいいかい?』
体温が一気に下がった。この男に歯向かうことなど、考えたくもない。
「い、いや……それは」
『ならいいんだよ。僕たちの計画に加担するなら、君の『覚醒』をさらに早めてあげよう』
一瞬躊躇った。この国を焦土にするまでは望んでいない。そして、「覚醒」は私が私でなくなることを意味する。
だが、この男を敵に回して生きている心地などしない。何なら、今こうして私が生きていられるのはアルフィードの気まぐれにすぎない。
「……分かった、頼む」
アルフィードはニコリと笑った。
『よろしい』
*
そして、私はその場で「覚醒」を促された。これまでぼんやりとしていた「ノーデ」の声も、今やはっきり聞こえるようになった。未来を予知し、捻じ曲げることしかできなかった私の「魔法」も、かなり幅広に使えるようになっている。
この力を以てすれば、王の計画を遂行することなど容易い。ジュリ・オ・イルシアを拉致し、イルシアを占領し、その上で安全な場所に転移する。そのための作戦を、これから遂行するのだ。
それに必要なのは、魔力の原動力となる人間だ。東京ドームの「フェスタ15」のライブに来ている観衆を操り、転移に必要な魔力源とするというのが、私たちのプランだった。
彼らはアルフィードがやったような「人間爆弾」にもなり得る。イルシアを守る自衛隊には抜群の効果を見せるだろう。無論、ジュリ・オ・イルシアの確保にも。
私がここに来たのは、全く別の理由だ。あの男——ハンス・ブッカーが何故私の兄の名を騙ったのか。世良主悦なら、それを知っている可能性があると思ったからだ。
しかしまさか彼もここに来ていたとは。まあいい。本人から真相を聞くことにしよう。
無論、本当に兄であっても結論は変わらない。父さんと母さんが死ななければいけなかったのは、あの男が無力だったからだ。この手で殺せるなら、それに越したことはない。
『逃げるぞ』
頭の中で「ノーデ」の声が響く。私は魔力のレーザーを宙に向けて放った。その向かう先に、米粒のように小さく空を飛ぶ人影がある。
レーザーはその男に直撃した。……しかし、墜落せずにどこかに飛び去っていく。
『出力が小さい。本気で殺そうというなら、全力を出せ』
呆れたように「ノーデ」が言う。私は舌打ちをした。
「少しは黙っていろ」
力は与えられたが、経験不足ということか。私自身、交渉事では勝ち続けてきたが物理的な闘争の経験はないに等しい。こればかりは慣れるより他ないということか。
正門の方からこちらに誰かが歩いてくる。それが飯能山中で出会った男であることに、私はすぐに気付いた。
攻撃を仕掛けようと思えばすぐにできる。私の「未来予測」でも、そうすれば恐らくは奴は倒れると分かってはいた。
だが、この男が兄——半沢秀一であることは確認したかった。間合いが5mほどに詰まった時、私たちはどちらからともなく立ち止まった。
「……誠二ですね」
「……何故兄を騙る」
ブッカーは苦笑した。
「騙るも何も、本人ですからね。私はあのテロで死に、異世界に転生した。それから30年、外見年齢としてはこんなものでしょう」
「転生者だ」と脳内のノーデが囁いた。この世界で死んだ人間のうち、強い思いを残して死んだ人間は異世界のアザト神によって転生——というよりは異世界の人間に受肉させられるとノーデの知識から知っていた。この男も、そういうことなのか。
「……ふざけるな」
「信じるか否かはご随意に。……貴方は、道を踏み外してしまったようですね」
発作的に魔力の光線をブッカーに放った。「未来予測」でコントロールされていないそれを、奴はあっさりと交わす。
「……お前に、何が分かる」
「……そうですね。だから、私は貴方を止める」
「そうか、ならば死……!!?」
一瞬のうちにして景色が変わる。見渡す限り、何もない一面の白い世界だ。
目の前にいるブッカーはいつの間にか水晶のようなものを持っている。
「……何をした」
「夏休み中の大学と言えど、私たちが戦えば巻き添えが出ます。建物も壊しかねない。そのための配慮ですよ。
亡き友人から拝借した『恩寵』を使わせてもらいました。ここから出る条件はどちらかです。2人のうち1人が死ぬか、それとも私が外に出る許可を与えるか」
そう言うや否や、ブッカーは大きく距離を取る。時間を操る魔法を使うと聞いていたが、今のもそれなのか。
まあいい。「目覚めた」今の私の敵ではない。
今度こそ、お前を――半沢秀一を、この手で殺してみせる。




