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東大理学部4号館。前に来たのはつい4日前だったが、随分前のことのように思える。
アポは取っていない。ただ、世良教授がそこにいることは駐車場を降りた瞬間にハッキリと分かった。ノアと魂の結びつきが強くなったことで、魔力に対する感度も上がっているようだった。
「……いますね」
「助かる。案内は君がしてくれ。30数年ぶりともなると、大分ここも変わっているな」
ハンスもここの出身であるらしい。俺の大先輩というわけか。
4号館の世良研究室の前に来ると「入り給え」と甲高い声がした。向こうもこちらの来訪を気付いていたようだった。
「失礼します」
「来る頃だと思ってたぜ」
ソファーに座るよう促される。世良教授は秘書の女性を呼び、「冷たい茶を」と言うと俺たちの向かいに座った。
「面倒なことになったな」
「大魔卿のことですよね」
俺の問いに教授は頷く。
「無論だ。『プレイヤー』の一人、王が呼び寄せた——まあそんなところだろう。で、そこの背の高い眼鏡は……異世界人だな」
「ハンス・ブッカーといいます。お初にお目にかかります」
表情の硬いハンスに、教授が苦笑いした。
「堅っ苦しい奴だな。てか、お前が向こうの世界を『壊した』転生者か。ゼラズの記憶がそう言ってる」
「……やむを得ない状況でした。ああせねば、エビアは……」
「分かってるよ。全て更地になり、そこでゼラズが『リセット』した。その結果、訳の分からんことが起きているが……まあお前の責任じゃない。不可抗力だったのは『ゼラズ』も分かってる。
ただ、お前の行為が大魔卿が介入してきた切欠でもある。だから自分のケツを拭きに来た……そんなところか」
「概ね。ただ、大魔卿の狙いが分かりません。『穴』の浸食に耐えられなくなったメジアを見捨てて大規模移民をするのかと思いましたが、こちらにテロの意思を見せる理由が分からない」
秘書が麦茶を俺たちの前に置いた。そして教授はそれを半分ぐらい一気に飲む。
「俺も今の向こうの状況までは観測できてない。俺が知ってるのは『3年前』までだ。ただ、何となくの推測は付く。ずばり、『乗っ取り』だ」
「移民ではなく?」
教授が「その通り」と頷く。
「結果的には移民になるかもしれんが、この世界は彼らが生きるにはあまりに魔素が薄すぎる。だから、『テラフォーミング』するのだよ」
「……テラフォーミング」
ハンスが絶句した。俺もその意味する所を即座に理解した。
「この世界に、向こうの世界並みの魔素を作る、ということですか」
「察しが良くて助かるな。要はこの国を更地にして、イルシアにいるジュリ・オ・イルシアに『クト』を下天させた上で世界を魔素が豊富になるように造り変える。まあ、最初はユーラシア大陸東部から進める考えかもしれんな。
その上で、メジアにいる連中をこちらに移す。まあ、勿論『選ばれし民』だろうが」
俺は戦慄した。そんなことを考えている相手だったのか。これは冗談抜きで、国家の……いや、世界の存亡に関わる事態じゃないか。しかも、問題はそれだけじゃない。
「……モリファスって国は『死病』患者がうじゃうじゃいるらしいじゃないですか。まさか、そいつらも連れて来るっていうんですか?」
「お前、『死病』が何か分かってないな」
「……え」
呆れたように世良教授が言う。「魔力欠乏症によるものとばかり……」と返すと、「ハハッ」と笑われた。
「それは答えの半分でしかない。魔力欠乏症になった人間が何故『死病』になるのか、それは足りない魔力を作り出すために無意識下で『魂を燃やし』、結果として過剰な魔力を体内で生み出してしまうからだ。
その際に身体もそれに合った形に作り替えられ、最適化される。それが『第二形態』だ。そして、それでも収まりきらなくなった魔力は肉体全てを冒し、周囲に致命性の魔力毒をばらまく形で終結する。それが『第三形態』だな」
教授の視線がハンスに向いた。ハンスは小さく頷く。
「つまり、外的要因で魔力が過剰に体内に吸収された場合も同じようになり得るということなのです。この治療のためには、魔力が薄い場所に人々を移さねばならない。『移民』には、そういう意味もあるわけですね?」
「向こうの住民だけあって詳しいな。その通りだ。勿論、魔素をある程度世界に満たさないと今度は魔力欠乏症になる奴が続出するから意味がないわけだがな。
大魔卿のやろうとしていることがこれで合ってるかは知らん。ただ、だとすると何の考えもなしにやってるわけじゃない。少なくともメジア、あるいはモリファスの住民にとっては意味のある話だ。まあ、俺たち日本人にとっては絶対に受け入れられんが」
「なるほど……そうなると、少々解せませんね」
「解せないとは」
ハンスはノアの話をかいつまんで説明した。教授は「ああ、あの娘か」と呟き、麦茶に口を付ける。
「……俺にはよく分からんな。ただ、コントロールしきれない膨大な魔力を持った人間の末路は、理屈の上では大体どちらかだ。『短期間に暴走して巨大な爆弾となる』か、『緩やかに制御不能となり『死病』患者として覚醒するか』だ。
どちらにせよ、日本を更地にするには最適ではある。そう考えれば妥当だろう?」
「仰ることはよく分かります。ただ、彼がそこまで計算に入れているでしょうか。そもそも、ノア君とここにいる町田君が結ばれることなど読めなかったでしょうし」
確かにその通りだ。ノアの勝気な性格からして、簡単に男に惚れるとは考えにくい。それに、ノアは自分の意思でここに来ている。大魔卿がそこまでコントロールしているだろうか?
「ふむ」と世良教授が紙巻きタバコを口にし、ジッポーのライターで火をつけた。
「今の説明だと、魔紋をつけたのはイルシアの先代御柱となるな。そして、そこに『大魔卿』ギルファス・アルフィードも関与していると。……きな臭いな」
「きな臭いとは」
「イルシアの御柱は、俺の中にあるゼラズの記憶からすればほぼクトと同一だ。クトのコピー体を下天することで代行者となっていたわけだからな。
そして、十全たる神の力は人智を超える。ある程度精度の高い未来予知ぐらいはできるというものだ」
「……つまり、先代の御柱はここまで読んだうえでノア君に魔紋を仕込んでいた、と?」
「という仮説だ。基本、アレには感情がない。ただ合理的に、イルシア、あるいはメジアの存続のみを考えて動いている。まあ、どっかの誰かさんのせいで死んだわけだが」
教授の視線がハンスに向いた。苦笑する彼を見て、どうもそれもこの男のせいであるらしいことに気付いた。
「ハンスさん……」
「やむを得ないことでした。私たちの世界を救うには、一度世界を『滅ぼす』必要があった。結果として、残った方の世界は存続し今に至りますが……詳しい説明は省きますが、滅びた世界が分岐してしまった。
そこで御柱の中にいたコピー体としてのクトが、何らかの理由で消滅した……ということでいいのですよね」
教授は「まあそういうことだな」と頷く。
「繰り返すが、その行動については俺は責めない。そうしなければ、完全に世界は破綻していたし、ゼラズが『巻き戻す』ことすらできなかっただろうからな。
とはいえ、先代の御柱はそれで死んだ。そして、死んだ後のことまで読み切った上で大魔卿に後のことを託した......ってところだろう」
「ちょっといいですか」と俺は手を挙げる。
「それだと、先代の御柱と大魔卿が近い関係にないとおかしくないですか?」
「そうなるな。……結論から言えば、あれは世界秩序を維持するためにクトとニグラにより作られた魔法生命体だ。故に、器が死んでも核となる別の器さえあれば簡単に復活する。クトと親しいのもむべなるかな、だ」
俺はゾッとする想像をしてしまった。まさか……
「ノアの母親が大魔卿との子供——ノアを生んだのも」
「先代御柱の指示、だろうな。ただ、その真意までは母親は知るまい。故にこちらに逃がしたと推測する。まあ、それすら大魔卿の掌の上だった可能性が高いが」
「じゃあどうすればノアは助かるんですかっ!?」
教授が煙を吐き出し、タバコを灰皿に押し付けた。
「……魔法を使わせなければいい、というお前らの判断は多分間違ってない。ただ、不安定な状態だからいつ暴走するかは分からない。あるいは、徐々に制御不能になり『第二形態』に移行するのかもしれない。
とはいえ、お先真っ暗というわけでもない。鍵を握るのは、お前だよ」
教授の鋭い視線が俺に向いた。
「俺、ですか」
「そうだ。お前らの魔力的な相性が頗るいいのは、この前2人で来た時に大体分かってた。つまり、お前なら暴走をコントロールすることができる、かもしれない」
「それは、どういう……」
「方法は分からん。ただ、それぐらいしか打開策は見当たらん……ん?」
教授が怪訝な表情になった。ハンスの顔にも緊張が走った。
俺にも分かる。誰か、強力な魔力の持ち主が一人……こちらに近付いてくる。
ハンスが俺の方を向いた。
「町田君、君は窓から逃げなさい」
「ま、窓から??」
「ええ。あれは今の君ではなお厳しい。そして、私が向き合わねばならない人物でもある」
「……!!?まさか……」
ハンスが小さく頷く。
「半沢誠二……どういう理由かは知りませんが、彼も世良教授に用があるらしい。私が、ここは引き受けます。君は東京ドームへ」




