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「全員揃ったかな」
僕は会議室の面々を見渡した。事態が深刻になるなか、これまでのように関係者全員で協議するわけにもいかなくなっている。ここにいるのは、全員がイルシア、そして日本を防衛するために重要なキーマンだ。
イルシアからはジュリ・オ・イルシア、そしてイルシアの最高戦力であるノア・アルシエル。大府集落はその恋人でもある町田智弘が代表として出ている。
そこに異世界の「汎大陸調査委員会」なる団体のリーダー、ハンス・ブッカー、自衛隊第一師団師団長の関口健司陸将が加わる。そして一応の議長として僕——綿貫恭平がいるというわけだ。
勿論、僕は所詮一年生議員に過ぎない。実質的なヘッドクオーターはリモート参加している大河内尊議員だ。
「大河内先生、よろしいでしょうか」
「構わない。ではブッカーさん、作戦の素案を」
彼は頷くとプロジェクターでパワーポイントを壁に映し出した。元はこちらの人間と聞いているが、それにしても順応が早い。
「恐縮ですが、私が素案を作成させていただきました。対魔力におけるノウハウは一応持っておりますので。
まず肝要なことは、相手の出方は完全には読めないということです。そして、近代兵器が通じる相手であるとも思わない方がいい。特に『大魔卿』ギルファス・アルフィードは」
関口陸将が少し不機嫌そうに手を挙げた。
「しかし、それ以外の相手には通じるのだろう?それに、君からの情報によれば日本人も向こうにいるというじゃないか。君の身内とも聞いたぞ」
「それについては後程ご説明します。一つ言いたいのは、我々異世界人とこちらの人類との肉体的スペックはそこまでの差はないということです。肉体強化魔法を使っていたとしても、銃で撃たれれば基本死にます。故に、貴方たち自衛隊の役割は小さくはない。
とはいえ、向こうからの攻撃手段——魔法に対抗する術も持ち合わせていません。周囲を消滅させ、しかも貫通するレーザー砲を一個人が連発し得るのです。そこにいる彼女のように」
ハンスの視線がノアに向いた。確かにその通りだ。彼女は「一応の対応手段はあります」と流暢な日本語で返した。
「魔法には魔法で対抗するしかありません。しかし、防護壁を張れる人員はイルシアにおいても限られています。そして、ここが重要ですが——防護壁は銃弾にも効く」
「はあ?さっきこの男が言っていたことと違うじゃないか」
「間違いではないです。あたしも銃弾の直撃を受ければ死にます。死病の変異体ならともかく、そうでない限りは異世界もこちらの人も変わりないんです。ただ、銃弾を魔法で防ぐことはできなくはない。魔法使いに対抗するには、魔法しかない」
ハンスが「その通りです」と同意してパワポを次のページへと進めた。
「故に、重要なのは戦力把握になります。幸い、向こうは『まだ』組織だった攻撃をしていない。頭数が少なすぎるのです。我々が相手しているのは国家というよりはむしろテロリストというべきでしょう。ただ、一人で数百人、いやそれ以上の戦力を持つテロリストですが。
現状、把握しているのは以下のメンバーです。首謀者のギルファス・アルフィード、中国一等書記官の王成明。ノダ・キャピタルの半沢誠二もこの一員と見做していいでしょう。そこに正体不明の魔族2人、恐らくは異世界出身者の少女、ペルジュード副隊長のエオラ・フェルティアが加わります」
「たった7人か、大したことがないじゃないか」
鼻で笑う関口陸将に、ハンスは首を横に振る。
「昨日のバス爆発の事例を見たでしょう?その気になれば東京を焦土に変えることもできる連中です。人数で侮るべきではありません。向こうから連れて来た手勢があの程度であるとも思えない。
それに、ここには入っていませんが未だ行方不明の阪上龍一郎市長、その秘書の川上渚も恐らくは向こうにいる。そして、阪上の能力が不特定多数の集団催眠のようなものであることを考えると状況は相当切迫しています」
彼はさらに次のページに進む。
「それぞれの特徴は御覧の通りです。正直、全貌は読めませんが確実にここまでのことが分かっています」
僕もそれを読む。……想像以上に危険なことが分かった。
ハンスが無言になった僕らを見渡して言う。
「整理しましょう。大魔卿は不死かそれに近く、どう倒すかは現状見えません。肉体を滅ぼしてもすぐに復活します。とはいえ、まだ完調というほどでもない。彼が直接こちらに乗り込んでくるのはあまり考えにくいと言っていいでしょう。
問題は彼らです。この少女の身元は不明ですが、恐らく70数年前にこちらに転移してきた元異世界人、リ・カリンと思われます。情報が正しければ、転移魔法の達人と言っていいでしょう。2人の魔族はその親族かと思います。
極めて厄介なのはこの2点です。まず彼らは防衛線を無視してこちらに侵入することができる。そして、彼らを殺した場合極めて甚大な被害が生じかねないということです」
「……は??ちょ、ちょっと待ってくれ。転移ってまさかここに現れるとかそういうことか??それに、殺した場合甚大な被害って……」
「対応策はあります。まず、多分彼らが襲撃してこないのは転移した際にこちらが迎撃の準備を整えていることを恐れているからでしょう。少なくとも、私の存在は抑止力足り得る。今はユウもいますし、そう簡単には手は出してこないでしょう。
厄介なのは魔族特有の『血の呪い』ですが……これを封じれる存在もいます。そうですよね、ジュリ・オ・イルシア陛下」
ジュリが小さく頷いた。
「ボクの『魔を封じる力』なら、あるいは。ただ、ボクは戦闘には向きません。アサトも同様です。処刑の際に、ボクの力を使うということですか」
「ええ。勿論、貴女が『アザト』を目覚めさせないため力を十全に使える状態でないのは知っています。ですが、そこにも光明は見えている。貴女と同じ『クト神』を宿す、シェリー・クドウの存在です」
「彼女の話は聞きました。トモが言うには、多分協力してくれるだろうと。ボクと彼女が協力して事に当たる、ということですね」
「実際にそこはクドウ女史が来てからの話でしょうか。そこにニコラ・サマーズが加わるなら戦力としては申し分ないですが、ここではひとまず頭数からは外しておきましょう」
そう言うとハンスは次のページに進む。誰がどこを受け持つかということであるらしい。
「現時点で一番恐れるべきは阪上、そしてエオラによる扇動です。昨日は未遂?に終わりましたが、今度はもっと動員してくるかもしれない。そして、操られた人間が『爆弾』に変えられたなら完全にどうにもならなくなる。
そして今日、東京ドームでアイドルグループ『フェスタ15』のライブがあります。私は詳しくありませんが、現代における大人気アイドルのようですね」
「まさかっ!!」と町田が声を上げた。ハンスが重々しく頷く。
「阪上とエオラの力を以てすれば、乗っ取りは容易いでしょうな。そして、会場にいる5万人以上が『爆弾』となれば……日本は終わりです。故に、ここの制圧を目下の最重要事項とさせてもらいます」
パワポに「東京ドーム ハンス・ブッカー」の文字が浮かび上がる。
「最高戦力であるあなたが行くというわけね。ただ、あなた一人で大丈夫なの?」
ノアの言葉にハンスが「流石にそれは厳しいですね」と苦笑した。
「恐らく、向こうも多少の抵抗は覚悟するはずです。故に、阪上とエオラの護衛のために何人か加えているでしょう。そこで、この2人を加えます」
壁に新たに2人の名前が浮かび上がった。……これは。少し意表を突かれたように町田が口にする。
「俺、ですか。それに、猪狩チャンプも」
「ええ。君については純粋に実力を買いました。猪狩選手を連れて行くのは、意表を突くためです。彼がイルシアの一件に噛んでいると知っている人はほぼいない。
そして、舞台に乱入したとしてもサプライズゲストに思わせる効果もある。肉弾戦であれば、彼は十分に対応できると判断しました」
「となると、ここの守りは」
イルシア王城の画像の下に、名前が次々と出てきた。ノア、高松がメインの迎撃を担うとある。
「今のノア・アルシエル嬢とユウなら、十分迎撃は可能と判断しました。それに、恐らく彼らはこちらの侵攻を優先しない。ファーストオプションが『爆弾』の確保だからです。
それが成らないと分かったタイミングでこちらに奇襲をかけることを想定しています。彼らにとって最大の脅威である私が不在であれば、行けると判断するかもしれない。
ですが、ノア君の魔力が増強されたことも彼らは知らない。山下君の存在も知らないはずです。返り討ちにすることは十二分に可能です」
なるほど、筋は通っている。ハンスの視線が関口陸将に向いた。
「自衛隊にはサポートを。重火器ではなく、催涙弾やグレネードでの側面支援の方が望ましいですな」
「……わ、分かった。しかし、あんた……本当に異世界から来たのか?日本語も上手過ぎるし、知識が……」
「元はこちらの人間でしたからね。まあ、私の素性については後程。……とりあえず、もう一度『彼』に会わねばなりませんし」
「彼」が誰を指すかには見当がついていた。半沢誠二。ハンスの弟に当たるというが……どうして大魔卿に協力しているのかは謎が多い。彼もそのことが気がかりなのかもしれない。
ハンスが僕のPCに繋がれたスピーカーに呼びかけた。
「大河内議員、このようなプランでよろしいですか」
「概ね了解だ。東京ドームには公安含め何人か配置しておく。警備体制は強化しておいた方がいいか?」
「いえ、軽く泳がせます。すぐに『プランB』に移行されるのは都合が悪いですから」
「分かった。では、一度昼に落ち合おう」
軽く頭を下げると、大河内議員は退出した。
*
この時の僕は、ハンスの真意をまだ知らない。そして、イルシアに「本当の脅威」が既に存在していることも。




