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イルシア王城は存外に広い。ちょっとしたホテルぐらいの部屋数はある。無論そこに住む兵士や従者たちの住居を兼ねているというのもあるが、メジアにおける一種の宗教国家であったイルシアは要人たちを頻繁に受け入れる国家でもあった。
文明レベルが低く混沌とした国際情勢であったメジア大陸において、中立かつ「クト神」の代行者である「御柱」がいるイルシアは数少ない各国が信を置ける国家でもあった。故に国際会議を開くならイルシアで、というのが慣例であったらしい。
故に使節団をもてなすための部屋がざっと30、いや40部屋ほどはある。その手入れだけでも大変だろうが、快適に過ごしてもらうために室温を一定に保つ魔道具が各部屋に設置されているのには少々驚いた。魔素の薄いこの世界でも機能しているところを見ると、この城自体が魔石か何かで構成されているのかもしれない。
私——ハンス・ブッカーもその部屋の一つをあてがわれた。電気こそ通っていないが、自衛隊から与えられたモバイルバッテリーのお蔭でPCでの作業はできる。
PCは私が生きていた90年代前半と違い、随分反応も速く使いやすくなっている。ユウに簡単に使い方を教えてもらったが、すぐに慣れた。
時計を見るともう7時を過ぎている。ジュリ・オ・イルシアや綿貫といった責任者や、私など重要戦力数人で開かれる予定の「イルシア防衛対策会議」まではそう間もない。私は小会議室に向かうため、ノートPCを畳み部屋の外に出た。
「あ」
「おっと……早いですね。おはようございます」
「お、おはようございます……」
ばったりと町田とノアに出会った。互いに手を握っている。町田が気まずそうに一礼した。
「すみません、ぶつかりそうになって」
「いえいえ。それにしてもまだ会議までは大分早いですが……」
「え、ええ。ジュリ・オ・イルシア様に報告をと」
「報告?」
町田がノアの顔を見て、互いに頷いた。
「あなたにも伝えた方がいいですね。俺とノアの……『魂の結合』が強まったことを」
「あ、なるほど」と私は口にした。確かに、2人の魔力量は跳ね上がっている。幸せそうな顔を見て、どういうことが昨晩あったのかもすぐに察した。
「おめでとう、と言えばいいですかね。確かに、これからの会議でも重要事項にはなります。ジュリ・オ・イルシア様に伝えに行くというのは、つまりは」
ノアが恥ずかしそうに顔を赤くした。
『え、ええ。落ち着いたら……一緒になるというのをご連絡しようかと。浮かれた話をするような状況ではないと分かってはいるのですけど』
「貴女はこの国の重臣ですからね。まあ、貴方がたなら大丈夫かと思いますが」
『恐れ入ります。では、また後程』
そう言うとジュリ・オ・イルシアがいるらしい大階段の先に彼らは向かっていった。自分はあまりベタベタした恋愛はしなかった身だが、ああいう初々しいカップルの姿は微笑ましいものがある。
……いや、本当にそうか?
すぐに強烈な違和感が襲った。彼らの方を見ると、丁度大階段の先へと消えていくところだった。……何だ、あれは。
「ふああ、あ……くそ眠いな」
向こうから伸びをしながらユウが現れた。1階には兵士用の食堂がある。会議に呼ばれていない彼は、そこに向かおうというのだろう。ユウはすぐに私に気付いた。
「お、ハンス。相変わらず朝早いな……てかどうしたんだ、そんな深刻な顔して。大魔卿が動いたとか、そういう情報が入ったのか」
「……いえ。気のせいならいいのですが」
「気のせい?」
「ノア・アルシエルですよ。……魔力の増幅量が、明らかにおかしい」
「魔力の増幅量?なんだそら」
「貴方も経験があるでしょう?ミミと最初に結ばれた時ですよ」
「あ、ああ」とユウが手を叩いた。
「魔力の相性がいい同士がセックスすると、魂の共鳴とか結合とかが起きて魔力が跳ね上がる現象だろ?確かに俺にもあったな、そういうことが。
ミミは転生者としては特殊だったのもあってそうなったと理解してるが……あいつらにも同じ現象が起きたってわけか。目出度い話じゃねえのか」
「本来ならば。そもそも『魔紋』は一種の制約を設けることで対象者の魔力を引き出す禁術の一つです。そしてそれを見たり、あるいは魔紋を刻まれた人間と性交渉を行うと、貴方とミミの間に起きたような現象が強制的に発生する……そういうものです。
こうすることで、強力な魔術師を簡単に増やせるというのがあの禁術の骨子です。故に、彼女たちに起きたことはごく当たり前の帰結なわけですが……おかしいとは思いませんでしたか?」
ユウが少し考えた後で口を開く。
「……おかしいって、何が」
「何故魔紋が禁術扱いなのか、ですよ。勿論、魂を強制的に共有することで生じるデメリットはそれなりにあります。どちらが一人が死ねば強制的にもう一人も死ぬのですからね。
ただ、それだけならもっと使う人間がいてもいいはずです。考えてみてください。簡単に強力な魔術師を大量生産できるんですよ?それも、この程度のリスクで」
「言われてみれば、そうだな……俺とミミの間に起きたような急激なレベルアップが人為的に起こせるなら、封印される理由はないか」
「そういうことです。何故魔紋が普及せず、逆に禁術として封じられてきたのか。そして、それが何故ノア・アルシエルに刻まれていたのか……
彼女を見て、ようやくその答えらしきものが見えました。あの魔力の跳ね上がり方は、貴方の場合より遥かに大きい。……危険なほどに」
「危険なほどに?魔力が高まるなら、それはいいこと……あ、ああっ!!?」
ユウもようやく気付いたようだ。私は「そういうことです」と頷く。
「強すぎる魔力の持ち主がどういうことになるのか、貴方はよく知っているはずです。魔力が大きければ大きいほど、その制御は困難になる。そして、暴走した場合……」
ユウがゴクリと唾を飲んだ。
「……世界を滅ぼしかねない『爆弾』になる、ってか。かつてのミミがそうだったように」
「そういうことです。つまり、魔紋とは……人為的に大量殺戮兵器を簡単に作り出せるが故に禁術として封じられていた。そして、元より魔力に恵まれていたノア・アルシエルにそれが刻まれていたということは……」
ユウの血の気が引いたのがすぐに分かった。
「いつ爆発するか分からない核爆弾を、身内に抱えているようなもんじゃねえか……!?」
「ええ。そして、それを刻んだ人物は最初からそれが目的だった」
「んなことをする奴は一人しかいねえよな……父親のギルファス・アルフィードかっ!!」
「……彼女からは先代の御柱からと聞いています。ただ、彼が一枚噛んでいるのも疑いない」
「どうするんだよ、そのことをあいつらに言うのか?」
私は目を閉じてしばし考えた。恐らく、いつかこうなることを見込んであの男はこの仕込みをしたのだろう。となると、母親のランカ・アルシエルもそういう意図なのか?そして、直接魔紋を付けたという先代の御柱の狙いは何なのか?
「爆弾」の解除は恐らくは無理だ。「滅魔の剣」による魔力の強制排除は暴走のリスクが高すぎる。マナキャンセラーの許容レベルも超えている。だが、何かしらのヒントをランカ・アルシエルは持っていたはずだ。……それは何なのか。
ふう、と息をついた。現状は考えても始まらない。
「……とりあえず、彼女に言うのは現状やめておきます。町田君に、遠回しに注意する程度ですね」
「これからの会議でか。ただ、ノアもあれには出るだろ?気付かれるんじゃないか。それに、あいつら俺とミミのようにテレパシーで情報共有できるかもしれねえぞ」
「そこは考えがあります。私に任せて下さい」
城の入口から自衛隊の責任者がやってきた。色黒で精悍な顔つきをした、初老の男だ。確か、関口師団長といったはずだ。
時計を見ると予定の時間まであと15分ほどか。そろそろ会議室に向かった方がいいかもしれない。
「とりあえず、私はここで。会議内容は、後程共有しましょう」
「分かった。あんたに任せる」
私はノートPCを小脇に抱え、会議室に向けて歩を進めた。




