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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第1章「衆議院議員 綿貫恭平」
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町田の家がある大府集落から横浜までの道のりは長い。国道140号線から関越に乗り、そこから圏央道、東名道と行かねばならない。夏のこの時期だと渋滞することも多い。3時間で目的地のみなとみらいに着ければ奇跡というものだ。

ゴイルという男からもう少しじっくりとイルシアの現状などについて話を聞きたかったが、先約があるからと僕だけ少し早めに切り上げた。そうでもしないと約束の時間に間に合わないからだ。


腕時計をちらりと見る。やっと保土ヶ谷バイパスに入ったところで20時半か。相当にギリギリだな。

政治家に必要な資質として重要なのは、時間に決して遅れないことだ。社会人ならば当然のふるまいだが、政治家なら猶更だ。政治家という多忙な職業においては、1分1秒すら無駄にはできないのだ。


スマホがチロンと鳴る。川越商工会議所の山崎会頭からのLINEだ。無理を言って市内の数件の卸売業者から食料をかき集めてほしいと依頼したのだが、米の調達はどうしてもできないらしい。

この米不足のご時世ではやむを得ないか。仕方がないのでパンとパスタなど麺類で誤魔化すことにする。コスト的にもそちらの方が今は安いらしい。

県内のJAにも連絡を取った結果、野菜についてはひとまず明後日には調達できそうとのことだった。随分訝しがられたが、相場よりも高く買うと告げたところ何とか話がまとまった。ある程度金があるとはいえ、上乗せ分込みで400万円近くの出費は流石に堪える。


「これも先行投資、だな」


僕は自分に言い聞かせるように呟いた。リターンを得るにはある程度のコストを払わないといけない。ノーリスクでリターンを得ようなどという虫の良い話はないのだ。


スマホを操作し、ツイッターとニュースのチェックを高速で行う。休日だからか、それほど突拍子もない話はない。お騒がせの米大統領も、流石に今日は静かなようだ。これでニュース対応などに追われたら、頭がパンクしてしまう。

敢えて言うなら、目立つニュースは福島のキャンプ場にいたはずの若者5人が行方不明になったぐらいか。車だけ残してどこかに消えたとあるが、妙なこともあるもんだな。


町田からも連絡が来た。「大河内議員がうちに来るなら歓迎する」とのことだ。そこで山下とも面会させることになるのだろうか。明日、僕は食料の輸送の準備で手が離せない。面会の状況は、町田経由で知るしかないだろう。


そうしているうちにみなとみらいの「コンチネンタルホテル」に着いた。時刻は20時55分。何とか滑り込めた。


横浜港の夜景を望むこのホテルは、横浜でも屈指の格と人気を誇る。その最上階近くに大河内議員のいる「スイートクラブアクセス」がある。確か、一泊10万円近くするはずだ。

大方、そこに愛人を呼んでしっぽりやるつもりだったのだろう。恐らくは、昼とは別の愛人だ。50歳近いにもかかわらず、その絶倫っぷりには頭が下がる。


チャイムを鳴らすと、不機嫌そうな大河内議員がドアを開けた。スラックスにサスペンダーというラフな格好だ。


「来たか、入ってくれ」


「失礼します」と一礼をし、部屋に入る。テーブルにはワインボトルが氷で冷やされた状態で置かれていた。


「一杯やるか」


「お言葉に甘えて」


ワインはアメリカを代表する「オーパス・ワン」か。これも5万円以上はするはずだ。政治家の金遣いに厳しい目が向けられている昨今だが、大河内議員は特に荒い。


大河内議員のグラスにワインを注ぐと、今度は僕がそれを受けた。花のような甘い香りが辺りに広がる。


「で、早速聞こうか。君の言っていた『超特大の権益』とは、何だ」


僕は頷き、スマホを彼の前に差し出す。そこには、夕方にイルシアで撮った動画が映し出されていた。


「何だこれは。どこかのテーマパークにでも行ってきたとか言わないだろうな」


顔をしかめる大河内議員に「よく見て下さい」と呼びかける。額の皺が、さらに増えた。


「……日本ではないのか?それに、耳が尖っていたり、肌が青かったりしている人間が随分と多いな。ここは、どこだ」


「秩父市、それも奥秩父ですよ。そして、これはテーマパークなんかじゃない。『本物』です」


「本物??馬鹿も休み休み言えよ。そもそもディープフェイクなんて、簡単に作れ……」


画面に僕が映った。ゴイルからイルシア城の概要を聞いている場面を、町田に撮ってもらっていたのだ。大河内議員の表情が、怒りと疑念から戸惑いへと変わる。


「……これは、君か?」


「ええ。夕方までここにいました。そもそも、こんなものを捏造して何の意味があります?」


僕はイルシア王城が奥秩父に現れたこと、彼らが保護を求めてきていることなどを伝えた。そして、異世界の存在は極力秘匿すべきものであり、かつそこから生まれ得る権益はとてつもないものである可能性があることも告げた。

一通り話し終わると、大河内議員が「なるほどね」と横浜の夜景を見ながら呟く。


「確かに日本がひっくり返り得る話だな。魔法とやらがどれほどのものかは分からないが、それを独占できるのなら確かに旨い話だ。

そして、異世界という新たなるフロンティアのアクセス権まで手に入れられるのであれば、これは俺たちだけじゃなく日本にとっても極めて有益な話になる。ただ……さっき君が言ったやり方で、存在の秘匿はできるのか?」


「ずっとは無理でしょう。ただ、時間を稼ぐことはできる。そして、あなたにもそれに協力していただきたいのです」


大河内議員がニヤリと笑った。


「君一人で独占するのではなく、俺にも分け前をということだな。だが、全て俺が独占するかもしれないぞ?」


「あなたはそういう人じゃないですよ。美味しい所は持って行くが、食べられる部分はちゃんと残しておく。そして、一番美味しい所は上に与える」


「『親父』に、だな。確かにこれがもし本当なら、君は勿論俺の手にも余る。実物を見た上で、『親父』にも話しておこう」


親父といっても彼の実父である大河内武は既に故人だ。ここでいう親父とは、派閥領袖の浅尾肇のことを指す。既に一線を退きかけている彼ではあるが、民自党には依然隠然たる影響力がある。現総理の石川を動かせるなら、彼しかいないだろう。

といっても、彼の所にイルシアの件を早く持って行ってしまうと、僕のイニシアチブは失われてしまう。それをするなら、ある程度イルシアに関する情報なり人なりを動かせるようになってからだ。


黙っている僕に気付いたのか、大河内議員は苦笑しながら「分かってるさ」と返す。


「親父は強欲な、昔ながらの政治家だ。話がこちらで煮詰まってからの話さ。それまでは俺と君との間で、この件は進めよう。いいな」


「勿論です。それで、大河内議員に会って頂きたい方が2名。先ほどお話しした魔法使いのノア・アルシエルという少女。もう一名は、秩父市役所職員の山下睦月という女性です」


「ほう、どちらも女性か」


やはり乗ってきた。僕は動画に映っている2人を紹介しながら説明する。


「差し当たり、水の供給が喫緊の課題です。幸い、ここにはプレハブの廃事務所がまだ残っています。既にお蔵入りになった案件ですが、テーマパーク建設に備えたものだったそうです。ここの水道を再開通する必要があります」


「所有者は」


「西部開発という会社です。西部鉄道系らしいですが、詳しくは。多分、正面から手続きすると間に合わないかと思います」


「なるほど……見えてきたぞ。土地収用法によりそのイルシアとやらがある一帯を国が取得する。勿論そのための手続きには相当な時間がかかるが、西部開発との交渉前に『既に収用は内定済み』として水道の開通だけしてもらう。

さっきの説明だと周辺一帯は災害対策基本法に基づく隔離地域にするわけだから、国が結局収用することになるという結果は変わらない。その場では嘘であっても、結果は本当になるわけか」


流石に自治体行政に慣れているだけあって飲み込みが早い。内心舌を巻きながら僕は話を続ける。


「ということです。ただ、直接大河内議員が乗り込むと角が立ちますから、山下さんに間に入ってもらいます。『当地で希少鉱物の発見が確認されたため、一時的に水道を開通したいとの要請を受けた』とか何とか言ってもらえれば、それで十分かと」


「それでその山下君に、イルシア関連については窓口になってもらおうということだな。ふむ……悪くない」


この「悪くない」は僕のアイデアに対するものだけじゃないとすぐに察した。山下を口説こうと考えているらしい。これもまた、狙い通りだ。


「ありがとうございます。それで、明日は」


「……朝からゴルフだな。ただ、霞ヶ関カンツリーだから秩父まではそこまで遠くはないか。予定はあったが、キャンセルしておこう」


「女性ですか」


大河内議員は苦笑する。


「野暮なことを聞くな。今日もこの後会う予定があったが、そっちもキャンセルだ。面白くなってきた」


スマホをタップして断りの連絡を入れているらしい。目が輝いている辺り、この人も生粋の政治家なのだと思った。のし上がれるネタを手に入れたら、そっちに専念したがるのが政治家という生き物だ。勿論、それは僕も変わりはしない。


「では、夕方前に指定の住所に来ていただければ。さっき話した僕の友人、町田が案内するはずです」


「分かった。僕の方も考えておこう。それと、イルシアの権益を得た後どう立ち回るかも考えておかねばな」


「得た後、ですか」


「ああ。アメリカは勿論、中国もロシアも手を出してくるぞ。今のうちから国家安全保障に関わる問題と考えた方がいい」


国家安全保障か。確かに、魔法を使える軍隊がいたらそれはとてつもない価値を持つだろう。あのノアにしても、ただの威嚇でコップを粉々にできるのだ。

そう考えると、興奮より寒気の方が先に立ってきた。準備ができていないうちにイルシアの存在が知られれば、連中はすぐにあそこを狙ってくるだろう。この件は、やはりできるだけ秘匿しなければいけない。この数日が勝負だ。




イルシアに既に危機が迫っていることを僕が知るのは、それからしばらくしてのことだ。

そして、僕と大河内議員はそれに巻き込まれていくことになる。そのことを、ワインを暢気に傾けているこの時の僕らは知る由もなかった。




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