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「……行方不明?そもそも『御柱様』って、この国のトップなんだよな」
青ざめた表情のままノアが頷く。
『ええ。『大転移』の反動で動けない状態にあるとは聞いてた。ただ、いなくなるって……あり得ない。まさか、3年前みたいなことが……』
「3年前?」
『3年前に、先代の『御柱様』が急死されたの。何の前触れもなく、急に倒れられたと聞いてる。原因は今でも分かってない。
その直後からモリファスの様子がおかしくなったから、連中が何かしたんじゃないかって話はあるけど……』
王城の方からガラルドが部下を引き連れて走ってきた。俺の姿を見ると、開口一番『頼みがある』と告げる。
『貴様に王城外の捜索を願いたい。俺たちが外界に出て探したいところだが、ゴイル様に止められている。頼りにできそうなのは、貴様ぐらいしかいない』
「捜索って……その『御柱様』の特徴も知らないのにどうにもできないだろ」
『長い金髪をお持ちで、神々しいほどの美しき御方だ。……『御柱の間』を抜けることなど、できないはずなのだが』
「自分の意思で出て行ったんじゃないのか?」
『それはないと思う』とノアが言った。どういうことだろう。
『御柱様は先代様からその座を継がれてまだ3年しか経ってないの。『御柱』としての継承は、実はまだ済んでない。そして、それが終わるまではご自身の意思でも『御柱の間』を出られないようになっているわ。
あの間の『錠』を持っているのは、アムルだけ。でも、彼女が勝手に鍵を開けるなんて……』
王城の方から今度はゴイルがやってきた。この前のメイドも一緒だ。
『アムル!!あなた、本当に鍵は開けてないのよね??』
ノアがメイドに向かって言う。このメイド、実は国の重要人物だったりするのか。
アムルと呼ばれたメイドは、無表情のまま小さく頷いた。
『私が鍵を開けるなどということはないですわ。先代様から、きつく仰せつかったことを私が破るなど、決してあり得ませんわ』
『ならどうして御柱様がいなくなってるのよ!?』
ゴイルが『落ち着け、ノアよ』と静かに諭す。
『アムルが嘘をついていないことは、儂が保証する。恐らくは、この世界の魔素の薄さ故『御柱の間』の『鍵』が緩んだ。その可能性は高いと思っている。
もっとも、御柱様がイルシアを抜けられる理由は全く分からぬ。3年前のように、突如お隠れになった可能性は無きにしも非ずだが……それにしても、御遺体は残るはず。解せぬ』
『御柱様ご自身に異変は?』
ノアの視線は再びアムルに向かっている。彼女は少し思案した後、その無表情を僅かに歪めた。
『『大転移』の後、『とても疲れた』とは仰ってましたわ。ただ……メジアにいた時とは僅かに身に纏う空気が変わっていたかもしれません。その時は、私の気のせいだろうと思っていましたが』
『空気が、変わった?』
『上手く説明はできませんわ。ただ、あの近づきがたい神性が、僅かに薄れたような……』
俺は昨日王城で出会った金髪の少年……いや少女のことを思い出していた。まさか、あれが「御柱様」というのか。
ということは、昨日の時点で既に部屋から抜け出していたことになる。そうなると、イルシアから脱走して1日近く経っている計算だ。そうなると、ノアのようにどこかで行き倒れていても不思議ではない。
あの少女の服装は、キリスト教の教皇が着るような白をベースとした法衣のようなものだった。ノアほどではないにせよ、確実に目立つ。そんな人間がどこかに倒れていたら、確実に騒ぎになっていたはずだ。
……つまり、誰かが俺のように彼女を既に保護している可能性が高い。しかし、大府集落に余所者を受け入れる文化なんてない。不審者がいたら真っ先に警察に通報するのが普通だ。
そうなると、大府集落以外の所に行っているのか?徒歩だとその隣の集落までは相当かかるはずだが……
『トモ、何か心当たりがあるの』
俺が考え込んでいるのに気付いたのか、ノアが訊いてきた。
「いや、心当たりがあるわけじゃない。ただ、多分そう遠くまでは行っていないと思う。そして、ノアにおける俺のように、その御柱様って子を匿ってる奴が大府集落にいる可能性が高いと思う」
『えっ!?』
俺はゴイルの方に向き直る。
「この件、俺に預けてもらえますか」
『貴公にそれができるとでも?』
「多分。とりあえず、夕方に客人2人をここに連れてきます。一人は昨日話した綿貫議員、もう一人はこのイルシアが転移した市の職員です。それまでには、御柱様の居場所を突き止めておきます。できたら、連れてくるつもりです」
ゴイルはふうと息をつく。
『貴公しか頼みはないか。頼みましたぞ。あの方なしでイルシアは成り立たぬのだ』
「分かりました。しかし、国が成り立たないというのは……」
『イルシアはクト神の庇護の下で成立し、発展した国だ。この国の安寧は、その代理たるあの方の魔力によって支えられている。それはここが異世界であっても同じこと。一刻も早く、戻ってもらわねばならぬのだ』
ゴイルの表情は険しい。相当に切羽詰まっているようだ。ノアもガラルドも彼の言葉に頷いている。
俺は空を仰いだ。やるべきことがまた一つ増えてしまった。本当に全てをカバーできるのだろうか。ただ、やれる人間が俺しかいないのもまた確かなのだ。
「やれるだけやりましょう」
*
『あんなことを言ってたけど、本当に大丈夫なの』
車へと向かう道中、ノアが不安そうに訊いてくる。俺は「うーん」と唸った。
大府集落の人間は基本善人だが閉鎖的だ。行き倒れを見たらとりあえずその場では助けはするだろうが、その後即警察に通報するだろう。日常を乱す厄介事を何よりも嫌うのが彼らだからだ。
まして、倒れているのが若者とすればなおさらだろう。老人ばかりのこの集落において、若者というのはそれだけで異物なのだ。だから、未だに集落が平穏を保っているのはかなり妙と言える。
匿われていないとすれば山で遭難か?しかし、自殺願望がないならまず集落に向かうはずだ。その可能性はひとまず除外した方がいいだろう。
スマホで時間を確認する。大体11時半か。綿貫と睦月が来るまで3時間半というのは、なかなか微妙なタイムリミットだ。
捜索範囲を大府集落に絞るならできなくはない。ただ、そこから先まで広げたら完全に時間が足らない。この隣の集落は、大府集落より大分大きいし土地勘もないからだ。とりあえず、御柱様が大府集落にいるのを信じてやるしかないか。
『随分悩んでるのね』
車の助手席に乗ったノアが心配そうに訊いてくる。俺はフィットのエンジンを付けたまま、アクセルを踏めないでいた。どこにまず向かうべきか、決められないからだ。
大府集落の人口はざっと100人。世帯数に直すと40世帯弱だ。そのほとんどが農家で高齢者だけの世帯だ。俺は寄り合いに顔を出さないのでよく知らないが、俺の次に若いのが確か30代後半と聞いている。独身男性で嫁の貰い手がないとのことだった。
家庭持ちはここにはいないはずだ。小学校や中学校に通うには自転車でもほぼ不可能な場所にあるからだ。かつては分校があったらしいが、俺が生まれる前に廃校になったらしい。
俺もここには小さい頃にしか来ていなかった。俺が生まれ育ったのは所沢だ。電車一本で秩父までは来れたのだが、あまりに便が悪いためか祖父が住むこの家にはそんなに来た記憶がない。まさかこうして自分が住むことになるとは、子供の頃の俺に言っても信じはしないだろう。
そんな大府集落の中で、もし万一彼女を匿うとすれば誰だ。町内会長の大熊か?あの男は頑固で保守的だからあり得ない。
じゃあ若い女に飢えた独身の男が囲っている可能性はないか?ノアは『御柱様の魔力はあたしの比じゃない』と言っていた。そうなると、襲われたなら多分普通に返り討ちにしているだろう。
「……参ったな。ノアは魔力感知とか、そういうのはできないのか?」
『この世界だと魔素があまりに薄くて無理だと思う。余程近付けば別だけど……』
「まあそうだよな……とりあえず、一度家に戻るか。『腹が減っては戦ができぬ』とともいうし」
車をUターンさせ、家に戻る。家庭菜園から家までの道のりの間にある家はたった3軒だ。どれも70以上の高齢者が住んでいるはずだ。それだけは町内会名簿で知っていた。
近所づきあいは親父が生きていた頃から希薄だった。だからどんな人間が住んでいるのか、こっちに来て2年も経つのに未だに詳しくは知らない。いきなりチャイムを鳴らしても怪しまれるだけだろう。
その時、向かいから誰かが歩いてくるのが見えた。……若い男だ。
背はやや低く、眼鏡をかけている。手には何かタッパーのようなものを持っていた。あんな人物がこの近所に住んでいるとは、聞いたことがない。
車を停めて、どこに向かうのかを観察する。彼は3軒のうちの1軒、市村家へと入っていった。
『トモ、どうしたの?』
「ひょっとしたら、手掛かりが見つかったかもしれない」
「御柱様」の外見は、高校生ぐらいの少女だった。あるいは少年なのかもしれないが、とにかく見た目上は若い。
もし、彼女を匿うとすれば、見た目が近い年齢の人物の方が可能性が高いはずだ。決めつけるわけにはいかないが、試してみる価値はある。
俺は車を路肩に停め、「行こう」とノアに告げた。
*
これが日本とイルシアの命運を握る男——市村朝人との出会いとなることを、この時の俺はまだ知らない。




