シナリオ通りにはさせませんわ!!
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『エリーゼ・シュルツ公爵令嬢!お前とは婚約破棄させてもらう!』
ジジジ…と頭の中に映像が流れる
『お前はミリアリアに嫉妬して、きつく当たってたようだな。私の婚約者でありながら、愚かしい行為だ。私に恥をかかせたな、どういうつもりだ?』
『私…そんなことしておりません…!確かに、行きすぎた行為に対しては注意致しました…でもそれは殿下の前でしか…』
『殿下!嘘ですわ!!私…呼び出されて水をかけられたり、教科書を破かれたり…怖かった…』
頭に流れてくる映像の中で、男性、黒髪の女性、ピンクブロンド髪の女性がお互い向き合うようにして立っていた。
先ほど男性に糾弾されていた、エリーゼ公爵令嬢と呼ばれた黒髪の女性は、糾弾され一瞬悲しそうに顔を歪ませたが、しっかりと2人を見据え、堂々とした受け答えをしている。
一方で、ピンクブロンドの女性は子犬のように震えながら、男性の腕にしなだれかかっていた。
『ミリアリア…』
映像の中で、殿下と呼ばれた男性が、ミリアリアと呼ばれたピンクブロンドの女性を抱き寄せた。
そんな2人を見つめながらも、黒髪の女性は気丈に対応する。
『証拠は、あるのでしょうか?』
『いや、証言だけだ。だがそんなものはどうでも良い。私はエリーゼと婚約破棄し、ミリアリアと婚約する。』
男性は変わらずギュッとピンクブロンドの女性の肩を抱く。
『このことは、国王陛下たちは…?』
『言っていない。が、陛下たちも恋愛結婚だ。この意味はわかるな?』
『ですが…』
『くどい!私はミリアリアと婚約する!これはもう決まったことだ!』
『…ッ!』
その言葉に、一生懸命気高く振る舞っていた黒髪の女性も、とうとう顔が俯いてしまう。
ジジジ…と、黒髪の女性の心情が流れ込んでくる…
ーーー幼い頃から、将来の王妃として厳しい教育に耐えてきた。感情を表に出すことも許されず、我慢の日々だったーーー
ーーーそれでも頑張ってこれたのは、殿下を愛するがこそーーー
ーーーでも…このままでは全て水の泡ね…ここで殿下に捨てられるくらいなら、いっそーーー
『…ッわたくし!!!わたくしは!!殿下のことをお慕いしておりました…ッ!』
大粒の涙を流しながら公爵令嬢が叫ぶ。
ーーー愛しているからこそ、なんでもできた。愛しているからこそ、乗り越えられたーーー
ーーーはしたないと思われるかもしれない。こんなに感情を出すなんてーーー
ーーーずっとずっと、感情を隠すように言われてきた。ずっと実践してきた。殿下のために。でもーーー
『決められた婚約だったかもしれない…でも、殿下の空のような瞳も、金に輝く御髪も、誰にでも平等であろうとする姿も…大好きでしたの…』
『愛して…おりました…』
泣きながら顔を覆う公爵令嬢に、殿下が駆け寄る。
『やっと…本音を言ってくれたね?』
頭に流れる映像に大量の花のエフェクトが付き、壮大な音楽が流れる。
『試すようなことしてごめん。でも、こうでもしなければ、君は私に本音を話さないと思ったんだ。君はずっと、我慢を強いられてきた…でも、私の前ではそんなことしなくていいんだよ。私には、思い切り甘えて欲しいんだ』
『私…甘えてもいいの…?感情を出しても…いいの?』
『ああ…もちろんだ。婚約破棄なんてしない…愛してるよ、エリーゼ』
『殿下…!』
映像が切り替わり、ピンクブロンドの女性が映し出される。
『は?どういうこと??殿下は私を愛してるんです!!エリーゼ様、殿下を離してください!!』
ピンクブロンドの女性は男性に近づこうとする
『ミリアリア様、殿下に気安く触れてはなりません!』
黒髪の女性は窘めるが、ピンクブロンドの女性は気にも留めない。
『私と殿下が愛し合ってるからと言って嫉妬しないでください!そうやっていつも意地悪ばかりするのね…ねぇ、殿下ぁ…』
『私から離れろ、ミリアリア男爵令嬢』
『えっ…』
ぴしゃりとした男性の物言いに、ピンクブロンドの女性も狼狽える。
『私が真に愛するのは我が婚約者だけだ。お前とは愛し合っていない。勝手なことを言わないでくれないか』
『えっ…でも、さっき、私と結婚してくれるって...!あっきっとエリーゼ様に騙されてるんだわ!!殿下!!!そんな女に騙されないで!!こっちへきて!!』
『おい、誰かこの女を外に出してくれ』
取り乱し始めるピンクブロンドの女性をよそに、殿下が扉の脇に控えている衛兵に命じた。
衛兵たちは女性を羽交締めにして、扉へ引きずっていく。
『えっ、嘘、なにこれ?!やめて、触らないで!!!私はヒロインよ!!!こんなのおかしいわ!!!悪役令嬢も全然虐めてこないし!!!なんで私がこんな目に遭わなければならないのよー!!!!』
女性の抵抗も虚しく、扉の奥へと叫びがこだまする。
『騒がせてすまなかった。パーティーを再開しよう』
殿下の一言でムーディーな音楽が流れ、まるでめでたしめでたしというように、大衆が踊り始める。
その中で、お互いを熱を持った目で見つめ合いながら、殿下とその婚約者はゆっくりと踊る。
『…もう、強がるのはおしまいだよ、エリーゼ。私の前では、好きなだけ甘えて欲しいんだ』
『殿下…』
『ちゃんと言わせてくれ…エリーゼ、君を愛している。私と、結婚してくれないか?』
『はいっ…!喜んで…!!』
花が綻ぶような公爵令嬢の笑顔がアップになり、幕が引かれる。暗転した映像の中、エンドロールが下から上へと白い文字でゆっくりと流れていくーーーー
**************
「ーーーーっはぁっ、はぁっ…!!!!ゆ、夢????え、これは…どういうこと…????」
ズキズキと痛む頭を押さえ、ベッドから起き上がる。
「お嬢様!お嬢様は強く頭を打たれたのです...!しばらくまだ安静になさりませんと…!」
「わ、私、旦那様を呼んできます!」
侍女たちがバタバタと部屋から出たり、水差しを用意したりとせわしない。
持ってきてもらったコップの水をゆっくりと飲み下しながら、頭の中を整理する。
私は、エリーゼ・シュルツ公爵令嬢。この王国の第一王子の婚約者であり、筆頭公爵家の一人娘である。
なぜ、ベッドから起き上がっただけでこんなに騒がれているのかというと…端的に言えば、家に帰った途端にぶっ倒れて頭を打ったからである。
この国の貴族は皆、首都にある王立学園に通う義務があり、公爵令嬢である私も例外ではない。
もちろん王族も入学する為、私は婚約者である第一王子と同じ学園に通っている。
その学園の裏庭で、今日。自分の婚約者である第一王子と、ピンクブロンドの髪を携えた男爵令嬢が手を取り合って親密にしているのを見てしまった。
噂には聞いていたのだ。殿下が、最近転校してきた可愛らしい男爵令嬢と仲良さげにしている事を。
だが、学校教育に加えて王妃教育が詰め込まれる過密なスケジュールのせいで、なかなか学園内の噂まで気を配ることもできず、殿下にも直接確かめられずに今まで過ごしてきてしまった。
そしたらとうとう、裏庭で肩を寄せ合いイチャイチャする殿下と男爵令嬢を目撃してしまったのだ。
何とか家には帰れたものの、ショックのあまりふらつき、倒れた拍子に頭を打ってしまい、そのまま気を失ってしまって…今に至る。
…精神的ショックに加え、物理的ショックが重なったことが原因なのか。はたまた運命の女神様のイタズラなのか。
痛みで意識が朦朧としている中、遠い昔の記憶が嵐のように蘇ったのだ。
私が前世で、日本という国でOLをしていたこと。
そしてこの世界が、前世でみた「婚約破棄された悪役令嬢、真実の愛を掴む」という物語の世界だということを。
**************
「嘘でしょ…」
今しがた蘇った記憶の映像を思い返してみる。
あの映像は間違いなく、
「婚約破棄された悪役令嬢、真実の愛を掴む」という作品の映像だ。
そして私はその主人公である悪役令嬢、エリーゼ・シュルツに転生している。
…おそらく、あのシーンは今年の終わりに開かれる予定となっている、卒業パーティーでの出来事だろう。
卒業パーティーは春に行われるが、今はまだ秋が始まった頃。
「…ん?つまり、私、これから起こる未来の事がわかるって事じゃない??」
本当なら転んで怪我する前に思い出したかったが、贅沢は言うまい。
ここが本当に「婚約破棄された悪役令嬢、真実の愛を掴む」の世界だったら、ちゃんとストーリーを思い出せれば、これからの私が何をすればいいのか、行動の選択肢がわかるのでは?
「んんーーー…卒業パーティーの一面は今映像で流れてきたけど、全体的にどういうストーリーだったっけ…」
うんうんと唸ってると、次第に頭にぼやーっと、文字列のようなものが浮かび上がってきた。
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〜物語のあらすじ〜
今まで第一王子のために身を粉にして勉強してきた公爵令嬢。
が、その努力も虚しく、ある日、その婚約者の王子は転校してきた愛らしい男爵令嬢に夢中になってしまう。
学園の話題も、王子の寵愛を受ける件の男爵令嬢の話で持ちきりで、学園で公爵令嬢は軽んじられるようになる。
公爵令嬢は男爵令嬢を注意するが、男爵令嬢は言うことをきかず、ついには王子にも「キツく言い過ぎだ」と窘められてしまい…
"公爵令嬢が自分を虐めてる"と王子に吹聴した男爵令嬢の策略通り、王子は卒業パーティーで婚約破棄してしまう…
…と、思いきや、実は王子は公爵令嬢のことが好きで、全ては公爵令嬢の心を開かせるために行ったフェイクだった。
王子を誑かそうとした男爵令嬢は、実は転生者で、自分がヒロインだと思い込み、上手く王子をたらしこめたと思っていた。
が、目論見が外れて大逆転され、いわゆる"逆ザマァ"されてしまう。
邪魔者も居なくなり、お互いの愛を確かめ合った王子と公爵令嬢は、めでたく一緒になったとさ…
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なるほど。これが私の未来か。
つまり、今日学園で見かけた男爵令嬢と王子の裏庭でのイチャイチャや、
最近自分を悩ませていた2人の蜜月な噂、それによりクラスメイトに軽んじられる日々。
それは全て王子の策略で…実は両想いで…?めでたしめでたしになるための伏線で…?
「って、ふざけんのも大概にしろやァアア!!!」
ぼふ!!とクッションを殴る。
今は侍女たちも部屋を出ているので、何をしても咎められない。
前世の記憶が戻る前であれば、殿下と両思いだということに大層喜んだだろう。
殿下の計らいで気持ちを通じ合わせる事ができて…男爵令嬢の噂は嘘で…邪魔者は消えて、めでたしめでたし。のはずだった。
記憶が戻る前であれば。
「いやいやいやいや、ありえないでしょ!!!!いくら愛を確かめるためとはいえ、やり過ぎだろ!!つか、普通に浮気だからそれ!!!!!」
体の関係は明示されてはいないものの、名実ともに公示されている婚約者を蔑ろにして、特定の女生徒とばかり交流する、という行為は、貴族、特に王族の立ち振る舞いとして充分浮気に該当する。
我が国には王族でも妾や側室の制度もない。王に子ができない、もしくは王に相応しくないと貴族院元老院で判断されれば、王の近親者が選ばれるようになっている。かくいう公爵令嬢たる私も、一応王位継承権を持っている。序列はちょっと低いけれども。
つまり、正当な婚約者がいる身で、特定の異性と交流を深める…これは一歩やり方を間違えると「不貞行為による浮気」と見做されても仕方ないのである。
しかも、今日王子、「ミリアリアに似合うと思って…」って何か渡してなかったか…?
宝飾品や花を未婚の異性に贈るのって、いわゆる、「そういう意味」で贈るのが貴族界の通例なのを知ってて…??
うーん、ギルティ!
「てか、男爵令嬢も不憫すぎん…?
いくら転生者で、自分がヒロインだと勘違いして、調子乗って暴走してたとしてもさ…。
王子から粉かけられて、2人きりで会って…勘違いしない方がおかしいでしょ。そんで当て馬だけさせられて、抗議したら衛兵に羽交締めにされて、ポイ??うっわ…かわいそ…」
ついさっきまでは、殿下に近づく非常識な女性として苦々しく思ってた男爵令嬢も、シナリオを思い出した今となっては同情しかない。
殿下についても、前世を思い出す前は、焦がれるほど愛していた…ように思う。
殿下の婚約者として決まった日から、毎日缶詰のように勉強して、息が詰まるような毎日の中、殿下との交流だけが心の拠り所だった。
ただ、前世の記憶を取り戻し、勉強とマナー以外の人生の楽しみ方や、さまざまな価値観を思い出した今ならわかる。私は、ただ殿下に依存していただけなのかもしれない。
辛い毎日が、何かの意味を持つと思わないと、やってられず…それが殿下のため、殿下の愛のため、と思う事で、自分をなんとか納得させていたのではないか…と。
「というか…もしかして、殿下って…結構バカなのでは?」
そもそも、「愛を確かめたいから」という理由で、男爵令嬢と必要以上に交流して、嫉妬させて、当て馬にして…という計画自体が杜撰だ。
愛を確かめたいならそんな回りくどいことせず普通に言えばいい。巻き込まれる男爵令嬢も不憫だ。
「しかも『私には甘えていいんだよ…』って。
お前だけは、私の努力を否定しちゃダメだろ!!」
高等貴族ないし王妃教育では、感情を表に出さない訓練が徹底的に行われる。
感情を出すことが、貴族界では足を掬われることになりかねないからだ。
故に、学園に通っている子女であったとしても、微笑みを携えて、理知的、理性的に対応するのが美徳とされる。
…だからこそ、男爵令嬢の奔放さに惹かれたのかもしれないが…もしかして、王子はこの社交界の女性の常識を知らないのだろうか?
…考えれば考えるほど、殿下は
「ただ甘えてくる女性、感情豊かな女性」が好きなだけな気がする。
つまり…
「自分に冷たい婚約者に嫌気が差して、男爵令嬢にアプローチして勢いで婚約破棄してみた」
「でも、その時に婚約者が自分にベタ惚れだったことを告白され、形勢が悪くなったし婚約者も甘えてきて可愛いし…やっぱり乗り換えるのやーめたっ」
って心変わりしただけ…なのでは?
前世の物語では詳細なところは書かれていないし、概ねキラキラした、いわゆる「悪役令嬢モノ」としてストーリーも絵も綺麗に描かれていた。クライマックスなんて背景に薔薇が咲き乱れるし。
王子に婚約破棄され不安になる悪役令嬢、
からのどんでん返しで王子の告白、
当て馬のヒロインへのザマァ、
そして真実の愛…
だけどここは物語の世界ではない、現実だ。
現実には決まり事や慣習もあるし、私には、心がある。
あれだけ問題を起こしておいて、「全部エリーゼのための嘘でした!」で終わっていいはずがない。
エンディングの後も、人生は続くのだ。この現実世界で。
「つまり、このままいくと、幸せなエンディング後の、真のバッドエンドが待ち受けていると言うことね」
物語の中では、国王陛下は登場していない。が、大衆の前で婚約破棄騒動を行えば何かしらの罰が下るだろうし、
ミリアリアの男爵家も、地位こそ男爵家だが、重要な国との貿易でかなり成功しており、高位貴族とて無視できない勢いがある。
そんな男爵家の一人娘を誑かした挙句、衛兵に摘み出させたとなると…
…最悪の場合、貿易回路を断絶してでも国に抗議をするだろう。そうなった時の国益の毀損は大きく、原因を作った王子や私は処罰を免れない。
…あぶない…物語ではめでたしめでたしでも、現実のことを考えたら、全然めでたしじゃないわ…
よし。ここは、自分の持てる権力と知識を駆使して、このクソみたいな茶番を終わらせてやるわ!!!!
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「エリーゼ!!目が覚めたのか!!」
シュルツ家当主であり、私のお父様であるエドウィン・シュルツが息を切らして部屋に入ってきた。
お祖父様が死んでから若くして公爵家の当主となり、伯爵家の出身のお母様と結婚したお父様。私と同じトパーズ色の瞳を持ち、もうすぐ40代となるのにまだ若々しさを保っている。お母様は私を産んで亡くなってしまったけども、お父様は後妻を取らず、この国の宰相として日々忙しく働いている。
「お父様、そんな心配なさらずとも大丈夫ですわ」
「何を言ってるんだ!家で意識を失ったんだぞ...!もう二度と目を覚さないと思って…私は…!」
「心配おかけしてしまい申し訳ありません…お父様。でも、もう何ともありませんの」
「そうか、そうならいいんだが…」
お父様はお母様の忘れ形見である私をとても大事に思ってくれている。
「お父様…あの…折り入ってご相談がございますの」
「なんだ?エリーゼが相談とは、珍しいじゃないか」
私は深いため息をつきながら、ゆっくりと口を開いた。
「お父様、実は先日、学園で殿下ととある男爵令嬢がとても親密にしているのを目撃しましたの…その男爵令嬢は、殿下と一緒に裏庭で親しげに話していたのです。手をつないでいるわけではありませんが、あまりにも近すぎて、見ていられませんでした」
私の言葉に、お父様は顔をしかめた。
「殿下が、そんなことをしているだと?」
「ええ…」
私はうなずき、目を伏せた。
「噂には聞いていましたが、まさかこんな姿を目の当たりにすることになるとは…。でも、どうしても我慢できなくて…。その場を離れた後、家に帰ったら倒れてしまって…。そのせいで、こんなにご心配をおかけしてしまいました」
お父様はゆっくりと立ち上がり、部屋を歩き回る。普段は冷静で穏やかなお父様だけども、今はその顔に不快な色が浮かんでいるように見える。
「婚約者である殿下が、他の女性と親しくするなんて…。ましてや、男爵令嬢とやらとそんな風に…。これは決して見過ごしてはならない事態だ」
お父様は声を低くして呟いた。
よかった。お父様もこの事態を苦々しく思うということは…やっぱりこの世界の常識的に、あれはやりすぎなのよ。
その後、お父様は私の方を向き、改めて冷静な口調で続けた。
「だが、エリーゼ、どうしたいのだ?」
その質問に、私は少し間を置いた後、深呼吸をして答える。
「…このままではいけません。殿下に対する気持ちは、もう何も残っていません。学園では、殿下とその男爵令嬢の噂で持ちきりです。殿下もそのことは分かっているはず…でも、何もしてくださらないの。むしろ、男爵令嬢との交流を深めるばかりで…もう我慢できません。このまま婚約を続けることはできません…婚約破棄したいのです」
そんなにその男爵令嬢が好きなら、婚約破棄してしまえばいいのだ。
「婚約破棄された悪役令嬢、真実の愛を掴む」ではブラフとして使われていた婚約破棄も、こちらが了承してしまえば現実になる。
私は、あの作品の公爵令嬢みたいに健気に涙なんて流してやらない。そんな価値があの浮気男のどこにある?
その場でコロコロと好きな相手を替える殿下だ…きっと、作品のエンディング後も何かと理由をつけて好きな相手を替えるに違いない。
前世にもいたのだ。自分の意思で2股3股してるくせに、都合が悪くなると「お前が一番だ」「俺は付き纏われていた」などとコロコロ意見を変える輩…きっと殿下もそのような男の1人なのだろう。しかも、あの美貌と王子という身分付きであれば、女なんて掃いて捨てるほど寄ってくる。自分は何をしても許されると勘違いしてもおかしくない。
お父様はしばらく無言で私の言葉を聞いていた。表情は硬く、だがその目は鋭く鋭く、何かを考えているようだった。
「婚約破棄か…」
お父様は一度深く息をついた。
「エリーゼ、お前の気持ちはよく分かる。だが、この状況で婚約破棄をするとなると、王国全体に波紋を広げることになる。それだけの覚悟はできているか?」
私はうなずく。
「覚悟はできています。たとえ王宮や国王陛下がどう言おうと、この決断は変わりません。殿下が私をこんなにもぞんざいに扱っている以上、婚約を続ける意味が見いだせません」
「ふむ…」
お父様は腕を組んで、深く考え込むようにしてから、少しだけ頷いた。
「お前がそう決心したのなら、私もお前を支える。しかし、婚約破棄に関しては慎重に進めなければならない。国王陛下や王子殿下、さらには貴族社会の意向も無視できない」
「それは…分かっています」
私は力強く言った。
「でも、私はもうこのまま黙って耐えるつもりはありません」
お父様は無言で頷く。そして、ゆっくりと歩みを進めると、娘である私の手を優しく握り締めた。
「お前の覚悟を尊重する。だが、この件は簡単ではない。慎重に進めよう」
「はい、お父様」
私はその手をしっかりと握り返し、決意を新たにした。
ーーーシナリオ通りにはさせませんわ。
ハッピーエンドの後のバッドエンド、絶対に回避してみせます!
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「エリーゼ・シュルツ公爵令嬢!お前とは婚約破棄させてもらう!」
待ちに待った学園の卒業パーティ。例によって私は殿下にエスコートされず、1人で会場入りした。
卒業パーティは盛大に開かれていた。会場は華やかな装飾で彩られ、貴族たちが一堂に会して楽しげな雰囲気が漂っていた。
その中で開口一番、殿下が高らかに宣言する。隣にはピンクブロンドの令嬢を侍らせて。
「承知しましたわ」
私はキッパリと、殿下の目を見ながら答える。
殿下は一瞬、私の反応に驚いたような表情を浮かべた。
「…お前は、私が言った通りに婚約破棄を承諾するのか?」
「はい、殿下。おっしゃる通りです」
私の答えは、殿下が期待していた反応とは違うようだ。殿下は一瞬、戸惑いの色を浮かべたが、すぐにその表情を隠し、言葉を続けた。
「本当に、いいんだろうな。婚約破棄してしまえば、君は次期王妃としての権力を失うのだぞ」
「かまいませんわ」
「自分の非を認め、改めれば何かが変わるかもしれんぞ」
「私に非はございませんわ」
静かに述べた私の声は、殿下の耳にはどのように響いただろうか。おそらく、何かおかしいと思った者もいるだろう。だが、私はその反応に構わず、会場を見渡した。
「殿下がそちらの男爵令嬢と懇意にしていらっしゃることは、既に多くの方がご存知のようですわね」
私が視線を投げかけると、何人かの生徒が気まずそうに目を逸らした。きっと、学園であわよくば未来の王妃ーーミリアリアーーとお近づきになりたい一心で、彼女と殿下の仲を煽り、学園中に噂をばら撒いた人たちなのだろう。「エリーゼ公爵令嬢は殿下に軽んじられており、未来がない」とも。
だが、その様子を見た殿下の隣に立つミリアリア男爵令嬢は、得意げに胸を張る。
「そうよ。殿下は私を愛してくださっているの!」
高らかに宣言する彼女に、私は微笑を浮かべる。
周囲からどよめきが起こる中、殿下が口を開こうとした。
おおかた私がしたという“いじめ”について有ること無いこと糾弾するつもりだったのだろう。
だがその機会は訪れず、その瞬間、低く威厳ある声が響いた。
「そこまでだ」
会場全体が静まり返る。声のする方を観衆が振り返ると、入口に、金色の刺繍が施された礼服を身にまとった国王陛下が立っていた。
「国王陛下…!なぜここに…!」
殿下の顔から血の気が引いていく。本来なら、国王陛下がこのような学園の行事に出席されることは稀だった。
「本来ならば、学園の卒業式はお前のような若い世代が王室の代表として任されるのが通例だろうな。だが、ある打診があってな…。お前が婚約者であるエリーゼを蔑ろにして、男爵令嬢と懇意にしているなどと学園で噂が立っているそうじゃないか。ただの噂と本気にしていなかったが…」
国王陛下は落ち着いた声で語りながら、私たちの近くへと足を進める。その背筋の伸びた姿勢と冷静な口調に、場の空気は一層引き締まった。
「先ほどからのやり取り、全て聞かせてもらった。そして、お前が婚約破棄を申し出たという言葉も、間違いないな?」
殿下は目を見開き、言い訳を探すように口を開いた。
「いや、それは…エリーゼには、その、女性としての魅力が足りないから…教育として…」
モゴモゴと殿下は言い訳をする。その言葉を遮るように、国王陛下は鋭い声で叱責する。
「黙れ。王族は一度口にした言葉を撤回することは許されん」
殿下の顔が青ざめる中、国王陛下は私に目を向けた。
「エリーゼ・シュルツ公爵令嬢、私がこの場で、第一王子との婚約を正式に破棄することを宣言しよう」
会場は騒然となる。国王陛下は続けた。
「慰謝料は王子の個人資産から支払わせる。そして、ミリアリア男爵令嬢との関係については、王子が男爵領へ婿入りをする、という形でけじめをつけてもらう」
殿下と男爵令嬢の顔が凍り付く。殿下は震える声でつぶやいた。
「そ、それは…そんなつもりでは…」
私はその言葉を見逃さなかった。
「では、どういうつもりで、婚約者のいる身で他の女性と親しくなさったのですか?」
私の問いに、殿下は答えることができない。
「殿下が、素直で実直な女性が好みであることは存じ上げております。しかし、将来の王妃の立場となれば、素直さや実直さは命取りになります。
それらを、理解していたのですか?
百歩譲って、私が殿下の求める女性像と違ったとして、そこですることがなぜ『他の女性と親しくする』なのですか?
私になぜ直接相談されなかったのですか?ご自身の行動が周りにどのような影響があるか、考えなかったのですか?」
殿下はなおも沈黙する。その場の沈黙が、彼の行いの愚かさを浮き彫りにした。
国王陛下は冷たく告げる。
「王子、そしてミリアリア男爵令嬢、この場を直ちに退場し、然るべき処置を受ける準備を整えろ」
二人は呆然としながらも、国王陛下の命令には逆らえず、静かに退室していった。
二人が退室して場が静まり返ると、国王陛下は改めて私に視線を向けた。その眼差しには、先ほどまでの厳しさではなく、深い思慮と哀れみの色が浮かんでいた。
「エリーゼ・シュルツ公爵令嬢。このたびは、我が息子が多大な迷惑をかけたこと、心よりお詫び申し上げる」
陛下の深い謝意に、会場全体がさらに静まり返った。王である陛下が、このような場で頭を下げることなど滅多にないことだった。
「身内の恥を曝すようで忍びないが、王子の軽率な行動をこれ以上見過ごすことはできなかった。彼の行いにより貴女の名誉を傷つけたこと、父として、王として深く反省している」
私は一礼して応じた。
「陛下、そのようなお言葉をいただけるだけで十分でございます。ですが、私自身も未熟であった部分がございますゆえ、どうかお顔をお上げください」
国王陛下はしばし私を見つめ、静かに頷いた。
「それでも、何らかの形で償いをしなければならぬ。我が国を代表する公爵家の令嬢であり、次期王妃としての教育を受けてきた貴女にとって、このような形で未来を閉ざされることはあまりにも理不尽だ。貴女の望みがあれば、ぜひ聞かせてほしい」
その言葉に、私は一瞬考え込んだが、陛下の真摯な眼差しを前に、私は言葉を選んで返答する。
「私にとって、これ以上の補償は必要ございません。ただ、この場を整え、国の秩序を保つことこそが重要かと存じます」
「そうか……。しかし、それでは王家として君に償いきれぬ。では、こうしてはどうだろうか。私が以前から考えていたことを実現するための助力となってくれるか?」
陛下の視線は、鋭くも優しさを帯びていた。
「現在、次期国王として内定している者はおらぬ。王子が婿入りすることになった以上、次代を担うにふさわしい者を見定める必要がある。そこで、王家と縁続きの令息たちを集め、試練を行うつもりだ。その試練を勝ち抜いた者を、次期王太子として任命しようと思う。そして、その者の婚約者として君を迎えることが適切だと考えたのだが……どうだろう?」
場内がざわめいた。その提案は、表向きには名誉の回復と見せかけた新たな試練とも取れた。私を新たな駒として利用しようという意図も透けて見える。しかし、それでも私は臆することなく答えた。
「その申し出、大変ありがたく存じますが、私はその試練を受ける側として参加したいと存じます」
私の言葉に、会場は一瞬、息を呑むように静まり返った。直後、ざわざわとしたざわめきが広がり、貴族たちが一様に顔を見合わせ始める。
「な、何を申すか、エリーゼ嬢。試練に参加するのは王家と縁続きの令息たち、すなわち男子のみが対象だ。そのような慣例を破るとは、前例がない!」
一人の伯爵が声を上げた。それに同調する声が次々と上がる中、私は毅然とした態度を崩さず、国王陛下に向き直った。
「確かに女王はこの国では異例です。しかしながら、決して前例がないわけではございません。そして私は、王家と縁続きの公爵家の娘として、また王妃教育を受けてまいりました。この国で、最も次期王太子にふさわしい条件を満たしていると自負しております」
その言葉にざわめきはさらに大きくなり、異論と賛同が渦巻く中で、国王陛下は眉間にしわを寄せて私を見つめた。
「エリーゼ嬢、君の言葉には説得力がある。しかし、試練を設けるにあたり、他の者たちにも平等に機会を与える必要がある。仮に君が参加を望むならば、君には男子と同等の条件で挑んでもらうことになる。それでもよいのか?」
「もちろんです、陛下。そのような公平な条件下でこそ、正当な評価がなされるものと考えております」
私ははっきりと答えた。会場にいる者たちの中には、私を見て驚きの表情を浮かべる者もいれば、呆れた様子の者もいる。しかし、私は彼らの反応を気にせず、静かに国王陛下の裁定を待った。
しばしの沈黙の後、国王陛下は深い息をついてから、厳かな声で告げた。
「よかろう。その意志と覚悟を示すというのなら、私としても異論はない。エリーゼ・シュルツ公爵令嬢の参加を正式に認める」
その瞬間、会場は一斉にどよめきに包まれた。誰もが目を見開き、口々に意見を交わす中、私は一礼してその場を辞した。
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そして月日は流れた。
王太子を決定する試練は厳格かつ過酷であった。各地から集まった令息たちは、それぞれの家柄や実績を背負い、プライドを懸けて挑んでいた。しかし、私は一歩も引くことなく、その試練に立ち向かった。
剣術、戦術、政治、外交――すべての分野において私は卓越した成績を収めた。むしろ、男子たちを大きく引き離し、周囲を圧倒するほどの実力を見せつけたのである。
試練の最終日、私は唯一無二の成績をもって試練を終えた。結果発表の場で、国王陛下が私の名を王太子として宣言したとき、会場は驚きと歓声に包まれた。
現在、私は国内外を飛び回り、王太女としての見聞を広めている。その一方で、王配候補となる多くの貴族令息たちからのアプローチが絶えない。
「エリーゼ殿下、ぜひ私とダンスを――」
「エリーゼ殿下、この新作の香水をお試しいただけませんか?」
彼らの中には真剣な者もいれば、単なる名誉を目当てとする者もいるが、そのような日常さえも少し楽しんでいる自分がいることを認めざるを得ない。
この状況は、なんと言ったか…いわゆる逆ハーレムというやつ?
勿論、いずれかは1人選ばなければならない。けれども、今はまだ学ぶことも沢山ある。しばらくはこの逆ハーレム状況を楽しみつつ、政務に励む所存だ。
一方、元婚約者は男爵として、婿入りした男爵令嬢とともに男爵領で暮らしていた。王太子から一転して男爵という地位に落ちた彼は、当初は苦悩の日々を送っていたようだ。しかし、彼を奮い立たせたのは、意外にも男爵令嬢であるミリアリアだったという。彼女の厳しい叱責と実直な支えを受け、どうにか領地経営に専念していると聞く。
未来の王妃になる、という野望は潰えてしまったが、意外にもミリアリアは本当に彼のことを愛していたらしい。「婚約破棄された悪役令嬢、真実の愛を掴む」の中で彼女は、都合のいい当て馬にされた挙句、投獄されてしまうという可哀想なエンドを迎えてしまっていたが、ようやく収まるところに収まったといういうべきか。パーティでやらかしてしまった罰は受けつつも(勿論、彼からも男爵家からも慰謝料はたんまりいただいた。おかげで男爵領はしばらく困窮し、大変だったらしい)、作品とは違い、彼女もこの世界では清貧ながらも幸せを掴み取れているようで、安心する。
そして私は――
国民たちは今や「賢き王太女」と私を呼び、未来の女王として期待を寄せてくれている。この国の舵を取る日が訪れるそのときまで、私は全力を尽くすつもりだ。
歴史の中で、エリーゼ・シュルツの名が賢き女王として刻まれることは間違いないだろう。
すべては、自ら選び取った道の先に続いているのだ。
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