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第一章7 瞞し

 夜の帳が完全に降りた夜半頃。陽があるうちにはあった雑踏は消え失せ、閑散とした街並みだけが取り残されている。そんな中響くのは、たどたどしく響かせる石畳。

 周囲の様子を伺うよう首を動かし、怯えるように歩く少女と、伸ばし放題の白髭を絡ませている老爺。大きく見開かれた瞼の中に、血走った眼球が覗いている。


「お爺さん、どこ行くの?」


 少女が尋ねるも、老爺は前を見据えるだけ。繋がれた右手だけは、絶対に離さないとばかりに力を込められている。子どもの力では決して抗えず、引き摺られるようにして老爺の後を追っていた。

 定期的に姿の見せる衛兵もこちらに少し視線を向けるだけで、目の前の光景を公認する。少女は老爺に対しての追及を諦めた。

 穴の開いた布の靴。骨の浮いた細い四肢。薄汚れ角質の噴く皮膚を、時折掻き毟っている。路上生活者の様相に少女は肩を竦めた。

 迷うことなく細い路地を伝い、歩くこと約二十分。その間、少女は常に従順であった。

 訪れたのは、石材の建物が多いウディルネでは珍しい荒ら家。木材で造られたこじんまり建物には、玄関灯もなく暗々としている。


「おい、持ってきた」


 一つも声を発してこなかった老爺が、投げ槍に怒鳴る。すると、耳障りな音と共に戸が開き中から随分と痩けた男が出てきた。少女を舐めまわすように見ると、衣服を漁り銀貨を一枚老爺に投げた。


「随分大人しいガキ連れて来たな」

「ここに来るまでも暴れなかったさ。良い商品になるんじゃないか」

「どちらにも需要はあるってもんだ。しっかし、随分集まったな。そろそろこの国にもお暇するかね」


 男の言葉に老爺が眉をよせる。そして、血割れた唇をゆっくりと動かした。


「気を付けた方が良い。今日の夕方聞き込みに来た。ありゃ、こちら側じゃない奴らだろ」

「どんな奴だ?」

「宮廷術師の女だ。あれは俺らを見下してたな。今思い返しても腹立たしいが」

「へぇ。なら尚更急がねぇと」


 それらの言葉に、少女はひくりと身体をひくつかせる。目ざとく気が付いた男は下卑た笑みを浮かべ、少女の頭を鷲づかんだ。


「そろそろ帰んな。足がついても困る」

「誰が匿ってるから足がついてないんだ?」

「その対価がそれだろ」


 老爺の手には、銀貨が握られている。それ以上は何も言えないらしく、老爺は踵を返していってしまった。


「おいガキ、入んな」


 頭を掴まれたまま、少女は男を凝視する。怯えているようでもないが、冷静でもない。底の見えない表情に、男が顔を顰めた。


「気味悪ぃな。入れっつってんだろ!」


 堪らず叫び声をあげ、少女を乱暴に部屋の中へ投げ入れる。衝撃で玄関近くにあった長机へと背中を打ちつけ、小さく呻いた。


「なんだ、声出んじゃねぇか」

「おいヴィト、売る前に殺すなよ」

「死なねぇよ、この程度。なぁ?」


 奥の部屋から出てきたのは、細身の男――ヴィトとは対照的に恰幅のいい男。目元に傷を携え、黒々とした三白眼が少女を見下ろす。


「それに、多少傷もんな方が興奮する好色家もいるだろ。カルウみてぇに」

()()なんざを買う奴なんてそんなんばっかだろ」

「ひひ、違いねぇ」


 三白眼の男――カルウは手元にある酒を勢いよく煽ると、少女の細腕を麻縄で縛りあげた。近くの椅子へ引き摺り座らせると、正面の席に勢いよく腰かける。


「災難だがな、お前は今から()()だ。全ての行動を主人に委ね、どんな小さな反抗でも許されない。そんな地獄を味わってもらうぜ」


 鼻を膨らませ得意げに話すが、少女は特別表情を変えずにいた。その様子は退屈とでも言いたげだ。その双眸は、カルウの汚らしい身なりを見下すかのよう。


「おい、聞いてんのかクソガキ」

「今日は特に酔ってんなぁ。コイツで()()か? カルウ好きだろ? こういう生意気なガキがさぁ泣き叫ぶのを――」


 到底、聞くに堪えない。まるでヒトではないかのような扱いに、声が耳に触れるだけで反吐が出そうだ。

 背中側で縛られた腕を身体を捩らせながら、解けないかと試行錯誤する。


「あ? そんな簡単に解けるわけねぇだろ」

「まさか今になって怖くなったか?」


 男たちは、二人して耳障りな笑い声をあげた。獲物にやっと動揺が見られたことが、そんなにも嬉しいのか。唇を醜く歪ませ、こちらへ腕を伸ばす。

 ――その瞬間。少女は膝で長机を蹴り上げた。間髪入れず足裏で押し蹴り、正面のカルウに対し押し付ける。

 腹に衝撃を受けたカルウは、呑んだ酒を口の端から零し喚いた。


「なんだこのガキ‼」


 激昂したカルウだが、大柄な体躯が邪魔をしてすぐには動けない。次に、長机に乗り上げた少女はヴィトを見据え、情けなく悲鳴を上げた男に飛び掛かる。骨ばった顎に膝を入れば、簡単に背後へ倒れ込んだ。


「あがっ⁉」


 背中から勢いよく地面に接地したヴィトの腹部に少女は跨る。未だ腕は縛られていたままだが、まるで弊害ではないかのよな身体能力。ヴィトは恐怖から、喉を締めるような音を鳴らした。


「ハッ、ハッ……な、なんで……!?」

「――魔法って本当に凄い。こんなにも綺麗に騙されるんだね」


 冷えた声に、ヴィトは蒼褪める。吐き出された声には、少女のようなたとたどしさなどない。明瞭な声は立派な女性のものだ。

 

「誰だ、誰なんだよお前!」

「お前の敵だよ、この下衆」

「ふっざけんなよ……‼」


 がなるヴィトに反応し、カルウが手足を不格好に動かしながら隣室へ繋がる扉に駆け込む。それを少女の姿をした女性は冷静に目で追った。


「ヴィトって言ったね。動かないで」


 有無を言わさぬ強い語気に、ヴィトは息を呑む。だが、直ぐに抵抗に移そうとした身体を少女は見逃さない。痩せこけた脚の関節を踏みつけ、一息に体重を掛ける。


 鈍く何かが砕けるような音が響き、ヴィトの脚が不自然に曲がった。痛みから口の端から泡を吹く男はショックから気絶したようだ。


「動かないでって言ったのに」

「お、おい! クソガキ! テメェ、それ以上動くんじゃねぇ!!」


 突然の怒号。逃げたと思われた男が、部屋から出て来ていた。その腕の中には、無抵抗で震える子どもの姿。

 石灰のような色の髪が吊るように掴まれ、赤い瞳は涙で濡れている。露出した足や腕には生傷が見え、地につかない足が力なく揺らいだ。


「お前、『変身魔法(メタフィアス)』か『幻惑魔法(ヴァルリスム)』で姿を変えてんだろ。どーりで俺らにビビらねぇわけだ。なら、こうするしかねぇなぁ?」


 こちらを嘲るように笑うと、ダガーナイフを子どもの首元に宛がう。どこまで腐っているのだろう。カルウの上体を持ち上げ、負けじと睨んだ。


「人質はこっちにもいるけど」

「ハッ、間抜けだな」

「ちっ」


 仲間意識、なんてものは持ち合わせていないらしい。舌を打ち、次の策に転じる。カルウを床に捨て置き、辺りを見渡した。

 部屋は簡素な作りで、あるのは長机と椅子が二つ。そして、窓際に飾られたチェストと花瓶。適当に動けば、人質が危ないが、現状維持していても仕方がない。

 その場で素早く左足の靴を脱ぎ、花瓶に足で投擲。打ち砕かれた音にヴィトが動揺した隙を狙い、少女は高らかに飛躍する。空中で身体を捩り、大柄な男の頭部を踵で踏み付けた。


「きゃっ」


 ヴィトの手から離れ、悲鳴を上げた子どもの前に立ち塞がる。しかし、男は混乱からか滅茶苦茶にナイフを薙いだ。


「こ、殺してやるッ!」


 視界が揺れているのか、狙いは曖昧。だが、その切っ先は確かに少女の肩に沈みこんだ。瞬間、裂かれる痛みと共に鮮血が舞う。だが同時に、頭に受けた衝撃で脳震盪を起こしたのか、三白眼の黒目を瞼の裏に隠し横転した。

 肩に受けた傷口から、生暖かな液が滴る。木製の地面に染みを残し、鉄の香りを放った。

 闇夜に相応しい静寂が取り戻される。勝利を確信し、怯えきった人質の子どもに振り返った。


「大丈夫? 掴まれてたところ、怪我してない?」


 落ち着いた声色で尋ねる。身体を大きく震わせた子どもに、圧をかけぬよう優し気に続けた。


「怖がらせたよね、ごめんね」


 しかし、子どもぎこちなく頭を振るだけ。小さな口をゆっくりと動かすが、掠れた吐息しか吐き出せず赤い目から大粒の涙を溢し始めた。静音の空間に、嗚咽が混ざる。

 対応に困り果てた頃、屋外から複数の人物による雑踏が近づいてきていた。


「ああ、やっと来た」


 安堵交じりに呟く。玄関の戸が勢いよく開け放たれたかと思うと、二人の目に飛び込んだのは国直属組織を示す外套を身に纏う女性。その背後には、数人の衛兵や騎士が揃っていた。


「お手柄じゃないか、エレナ」

「カレンさん、遅い。早くこの魔法解いてよ、動きづらい」


 ムッとしてぼやけば、カレンが革靴を鳴らしこちらへ寄る。そして、少女の頬に軽く触れれば外皮が溶け、中から赤髪の女性――エレナが現れた。

 その現象を見ていた白髪の子どもが慄き、後退る。


「驚かせてごめんね」


 眉を下げ謝るエレナはすぐにカレンに向き直り、隣室に繋がる扉を指さした。


「カレンさん、あの部屋」

「あぁ、子どもの保護を優先する。エレナ、こいつら殺してないだろうな」

「子供の脚力じゃ死なないよ」

「どーだか」


 カレンは、床で伸びているヴィトとカルウの頭を掴み上げる。そして、息を確認すると『拘束魔法(バインドライズ)』で強固な拘束。

 周囲では、被害にあった子どもたちの救助活動が行われていた。


「一度城に行って、白魔法使い交えた診察に入る。エレナも、一度その傷を治してもらえ」

「え、あぁ。分かった」


 カレンの目線には、エレナの肩。庇うため無抵抗に刺されたせいで、深い傷になっていた。未だ乾くことなく、軽い動作で血潮が溢れてしまう。


「遅くなって悪かった。ありがとう」


 愛嬌のない声色から吐き出された言葉と共に、頭に熱が乗る。エレナを労うように、頭に手を置いたのだった。それに対し、エレナが可愛げなく言い放つ。


「魔法を教えて貰うためだからね」

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