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第一章4 シートン夫妻

 固い石畳を歩けば、怯えの帯びた視線がエレナを襲った。心なしか、衛兵が増えたような気がして、居心地が悪い。道中に寄ったケーキ屋の店主も、どこか腫れ物に触るような対応だった。

 まあ理由は分かる。背負っている戦斧だ。


収納魔法(ストレイジ)』 が存在している現代に、堂々と武器を背負っている人間など怖いに決まっている。魔物との戦闘で身なりは綺麗とは言えず、それが異邦人となればなおさらだ。傍から見れば、強さを誇示する危険な女である。


 ――ほんと、魔法が使えたらあたしだってしまいたいと思ってる。本当に思ってるの。やらないんじゃないの、出来ないんだってごめんってば。


 しかし蓋を開けば、中々に喧しい思考をしている。今まで他国に来訪する際は、フィデスに武器を預かってもらっていた。故に、武器で怯えられる。なんて経験は初めてだ。

 肩身の狭い思いをしながら、エレナは足早にその場から移動する。


 ◇


 こんな思いをしてまで、なぜこの国に来たのか。それは十年前、エレナに与えられた口約束。


 エレナたちがカトシュを出て初めて訪れたのは、魔法使い()()()と騎士()()()()()夫妻のもと。


 カレンは宮廷魔術師。フォルテムは宮廷騎士団長という身分が与えられ、どちらも指導者としては申し分ない実力者。

 魔王討伐の命を受けた彼女たちは魔法をカレンに。武器の扱いをフォルテムに学ぶことになる。だが、何時(いつ)まで経っても魔力を使えないエレナにカレンが指導することは滅多になかった。


「あんた、全く魔力が使えんままだったね」


 夫妻のでの修業期間は約一年。出国の前日、カレンはエレナに対し声をかけた。


「これから苦労するだろうよ。どうするつもりだ」

「どうするって……。私にだって分かんないよ。すでに困ってるんだから」


 仏頂面で答えるエレナに、カレンはくつくつと笑う。それにまた、エレナは顔を顰めた。

 魔法使い(フィデス)のように、莫大な魔力などはいらない。ただ、人が成長と共に歩けるように、話せるように。

 皆と同じように、魔力が使えたらいいのに。あるのは、ささやかな欲だけ。魔法使いとして名を上げるカレンの指導があれば。

 そんな期待も、この一年で打ち砕かれたのである。


ルカ(勇者)には使命がある。同行すると決めたお前たちにもだ。まだ子どもなんてのは考慮に入らん」

「そんなことは……分かってるよ」

「だから今はお前だけに使える時間などない。が……、全てを終えてそれでも魔力が使えん。そうなった時にはまたウチを訪ねると良い」


 エレナの境遇が不遇に思ったのか、ただの気まぐれか。魔法使いの師は、テーブルに置かれた茶菓子を齧りながら、言い加えた。


「そん時には、付きっきりで見てやるよ。そんで、とびきりに良い魔法使いにしてやる」


 ◇


 この歳になって、そんな口約束を縋ろうことになるとは。並ぶ住宅を見渡しながら、エレナは過去に耽ける。

「魔法を教わる」のはもちろん、懐かしい顔ぶれに会えるのも楽しみだ。特に、エレナに合う武器を見繕い、戦斧を譲ってくれたフォルテムには、この成長を見せたい。


 きっと、朗らかな表情で笑い、大きすぎる手で頭を撫でてくれるはずだ。そして、エレナが「もう子どもじゃないのに……」と、困惑顔をするのだろう。容易に想像がつく。


「ケーキ、喜んで貰えたらいいけど」


 記憶上の夫妻は大の甘党。甘いものが苦手なエレナとは違い、洋菓子を好んで食べていた。恐らく喜ばれるはずだ。

 石畳を鳴らしながら歩けば、徐々に見覚えのある邸宅が見えてきた。

 煉瓦造りの戸建ては庭付きで、壁には蔦が沿い伸びている。暖かくなったおかげか、開花しそうな蕾がいくつか色付いて綺麗だ。


 エレナは黒褐色の扉に付けられたドアノッカーを手に取り、控えめに数回鳴らした。すると、等間隔の足音がこちらへ近づき、少しすると古めかしい扉の音が響く。

 中から出てきたのは、長身でシルバーの髪を持つ女性。気だるげに伏せられた瞼から、髪を同色の瞳がエレナを見た。――カレンだ。


「随分遅かったじゃないか、クソガキ」

「久しぶり、カレンさん。歳取った割には元気そうだね?」


 憎まれ口には同じように返す。すると、カレンは片唇を吊り上げ笑った。扉を右腕で押さえ、顎だけで「入れ」と合図。エレナは軽く会釈して、促されるままに部屋に入った。


「お前、そんな武器ぶら下げて来たのか?」


 そんな指摘に思わずムッとする。


「だってどうしようもないじゃない」

「はっ。そうだったな」


 購入したケーキをテーブルの角に置き、壁を傷つけぬよう戦斧を立てかけた。すると、どこから現れたのか黒色の何かがケーキの箱近くに飛び乗る。

 ソレは何度かすんすんと鼻を鳴らし、訴えるように「なあぁぁぁん」と長く鳴く。どう見ても猫だ。


「カレンさん、猫飼ってたっけ?」

「いいや。最近ここに住み着いてる野良猫だ」

「名前は?」

「知らん」

「ふうん」


 エレナはゆっくりと黒猫の首元に手を忍ばせる。人慣れしているのか接触に抵抗がないようで、黒猫は気持ちがよさそうに淡黄色の瞳を細めた。喉から猫独特の音を鳴らし、せがむように腹を見せる。


「人慣れしてるね、この子。あ、そうだ。カレンさん、今はフォルテムさんは仕事? お城に居るの?」


 会いたかった人物の姿が見えず、カレンに尋ねた。斜陽が差し込む暖かさそうな窓際で、紅茶を啜っていたカレンはその問いかけに返事をせぬまま硬直する。

 

「え、何々? どうしたの」


 ただ事ではないことを察したエレナが疑問をぶつける。すると、カレンはティーカップを置き立ち上がった。


「ついといで」


 そう淡泊に言い残して、自宅を出ていく。

 意味も分からないまま「え? あぁ、うん」と、曖昧な返事をし、慌ててその後を追った。庭に出たカレンは迷うことなく、草木を掻き分け突き進む。広すぎる庭には、沈みかけた陽が注ぎ、暖かな熱が包んでいた。

 カレンは忙しなく進んでいたかと思えば、突然脚を止める。振り返った瞳は揺れていて、先ほど感じられた気丈さなどない。


「フォルだ。顔見せてやんな」


 そう言って見せられたのは、角が丸く大きな石。それには文字が小さく掘られ、カレンのいたいけな表情の答えが分かる。


「……冗談キツイよ、カレンさん」

「仕事で魔物討伐に出た日だ。部隊を率いていたはずのコイツは、帰ってこなかった」


 淡々と語りながら、カレンは開きかけの蕾を一つ千切り、墓に手向ける。


「魔物討伐ぐらいで?」

「魔物を舐めるな。奴らは人間の理解できる範疇を超えている。フォルですら死んじまうバケモノどもだ。お前もよく知ってるはずだろ」


 そうは言うが、国周辺で出る魔物なんてたかが知れているはず。エレナが時間をかけて倒した大蛙(グランフロッグ)も、毒に触れぬように攻撃が出来る魔法があれば、結果は違った。武も魔も扱えるフォルテムが、そう簡単に殺されるなんて。


「仕方ない。もとより命を張る仕事だ。エレナ、ちゃんと話しかけてやれ」

「……うん」


 エレナが、墓石の文字が良く見える位置にしゃがみこむ。吸われるよう刻印に指で触れると、逃避したい現実が不意に襲ってきた。

 冷たい。これを、フォルテムと呼ぶにはあまりにも酷すぎる。しかし現実は非情。


 シートン・フォルテム。シートン・ステラ。安らかに眠れ。


「ステラ」

「息子の名前だ。そういえば、会ったことなかったか?」

「……ほとんどない。お邪魔してる間はずっと保母さんが見てたから」


 エレナの言葉に、カレンは短く「そうか」と答えた。墓を一撫でして、


「話して満足したら戻ってこい。それから茶でも淹れてくれ。その時に詳しく話そう」


 と、言う。淹れてやる。ではないのが、カレンらしい。エレナは首を縦に振り、墓に向き直った。革靴の音が遠のいていく。


「フォルテムさん。――ちゃんとあたしたち、果たしたよ。魔王、倒したよ。ほんと……今も皆元気で、カトシュで仕事探ししててさ。……あたしはあたしで、出来なかったことやってやろーって、今日カレンさんに会いに来たんだ」


 墓に触れる手に力が篭もり、発声が上手くいかなくなってきた。自然と震えてしまう。


「フォルテムさんが、くれた武器……。ずっと、大事に……して、まだ使えるんだ……。見せたかったなあ。あたし、フォルテムさんのおかげで、強く……なったのにっ……」


 思わず声で紡ぐことをやめた。これ以上思いを吐けば、泣き出してしまいそうだ。細く息を吐いて、エレナは乱れそうな呼吸を必死に整えた。

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