第二章14 激闘過ぎた村
ノアの依頼受け入れたエレナは、今後の立ち回りについて思案していた。元来の目的はレウラベットであったが、それもまた、ネージュの故郷へ向かう為の経由に過ぎない。この村もレウラベットの国土にあるようだし、滞在することに抵抗はなかった。
当然ノアに任された村の護衛は熟す。しかし、多勢で襲ってきた魔物をこの手で一掃したのだ。近いうちに新たな襲撃が来ることはないだろう――エレナはそう読んでいた。何より、魔物たちが混乱するほどの森林破壊など、二度も起こり得ないはず。
座って指示を待つだけというのは性に合わない。迷いを挟みながらも、エレナは動き出すことを決めた。
「ここでずっと居ても仕方ないし、あたしは外に出るよ。ほら、村の人に顔も覚えて貰わないとだし」
ソファから腰を上げながら告げた。談笑していたノアとトレルが会話をやめ、エレナへと注目する。
ノアはフライドエッグを乗せたトーストをわざわざナイフとフォークで食しており、慇懃な動作を止めた。
「エレナ。僕が食べ終わるまで待ってくれない? ほら、村の案内もしたいし」
ナプキンで唇を拭いながら、ノアは蛾眉を歪めた。とはいえ、彼が朝食を取り始めて充分経っている。加えて、現在のトーストは二枚目であり、ソレを半分食した辺りでトレルに三枚目のリクエスト。
にも関わらず、まだ待てと言うらしい。
上品なのか図々しいのか判断のつかない彼の行動に、エレナは「えー……」と肩を落とした。
ならばどうしたものかと、再度革ソファへ腰かける。窓辺から差し込む陽射しがじんわりと皮膚を焼き、滲む汗が不快感を運んだ。襟元を摘み通風するも、室内ではあまり効果が無い。窓越しに木々が涼風に任せているさまを見るに、外の方が涼しそうである。
『収納魔法』で魔導書を取り出したエレナは、頁に折り目をつけた昨晩の続き――『状態維持魔法』の説明欄へ視線を落とした。記憶した内容と一文字違わない文言をなぞり、息を吐く。生憎読書の気分ではないらしい。
「ねぇ、そろそろ――」
痺れを切らしたエレナが苦情を零そうとした、その時。
ちりん、ちりん、とベルの音が響いた。瞬間、爽やかな夏の風がエントランス内に入り込み、エレナたちの頬を撫でる。
同時に、楽しげに奏でる足音が複数。短躯な子らが、静音を壊すようにエントランスへ入り込んできた。男の子が二人、女の子が一人。
「ノア兄、ノア兄!! オレちゃんと持ってきたよ!! 見てー!」
真っ先に快活な声を上げた少年に、ノアが顔を上げ「テオ」と反応を示す。テオと言えば、この村で最も魔物被害を受けた少年だった。手には沢山の果実が入った籠。名前の知らない子どもらも、花や果実を溢れんばかりに抱えていた。
「ノアお兄ちゃん。ちゃんと約束守ってくれた?」
「これ、サプライズだから! テオくん助けてくれてありがとう、のサプライズ!」
少女と少年が次々にまくし立てる。どうやらエレナたちの姿は目に入っていないらしい。ノアは微笑を浮かべたあと、
「僕はちゃんと引き止め係を真っ当したんだから、後は君たちがお礼を言いな?」
と、エレナたちを指さす。テオを含めた三人がこちらへ振り返り、瞠目した。
「えーっ! なんで起きてるの!? 母ちゃん、大怪我だから何日も寝てるかもって言ってたよ!?」
「ど、どうしよう……寝てる間に置いて帰ろうって話してたのに!」
「か、帰る!? どうしよう!? でもこれ、ママにお願いしていっぱい果物貰っちゃったよ!?」
「僕もー! お庭からお花、沢山貰ったのに」
口々に焦りだす子どもたち。どうやらノアの陳腐なほどわざとらしい引き留めは、意味を持っていたらしい。先程まで丁寧に扱っていたカトラリーを置き、ノアはトーストにかぶりついている。ツメが甘く、愛らしいサプライズの参加者だったらしい。
ネージュも寝耳に水だったようで、白い睫毛を何度も瞬かせていた。
「おっほん!」
慌ただしい空気を変えるべく、テオがワザとらしい咳払いをする。流れに任せたままエレナとネージュの前に立ち、籠に入った果実をこちらの腹部へと押し付けた。
「二人とも! おれのこと、助けてくれてありがとう!」
桃。葡萄。ベリーに、梨。色んな種類の果実がところ狭しと詰められている。どれも今の時期に採れるものばかり。顔を汗で濡らすテオを見るに、大慌てで集めたようにも見えた。
「わたしも。お姉さんたち。凄く格好良かったから」
「ぼ、僕はテオとリリーみたいに果物は育ててないから……お花」
「リンドラのお家はお花屋さんなの! 時々王都からお客さんが来るのよ!」
花々で彩り豊かに飾られたバスケットを受け取る。ひとたび揺れると、甘い花特有の香りが鼻腔に触れた。手一杯になったサプライズの品に目を白黒とさせていると、視界端に移ったノアがウインクをしてみせる。
ふと落ち着き出した脳裏に、口にすべき言葉が浮かぶ。
「とっても嬉しい。ありがとう」
小柄な子どもたちと視線が合うよう膝を曲げ、瞳を弓形に細める。ネージュはというと、真正面から向けられた謝意に頬を赤らめていた。
「ありがとうございます」
しずしずと頭を下げたネージュは、果実に興味があるようで「まるまると育ってて、美味しそう」と呟く。食に目がない彼女のことだ。人目がなければ、もっとはしゃいでいただろうと思う。
「良かったな、お前ら。サプライズ成功じゃねぇか」
カウンター奥から渋声がして、トレルが三枚目のトーストを持ってきた。
「トレルおじちゃん、おはよう! 成功!? 成功だった!? ノア兄も成功と思う?」
「おうおう、相手が喜んでりゃそれは成功よ」
「そうだね。大成功さ」
大人二人の肯定に、テオが両手を広げはしゃぐ。リリー、リンドラもその場で大きく跳ね「やったあ!」「大成功だあ!」と、勢い任せなハグをしていた。
「流石に今すぐは食べれねぇだろ? ここに置いといたらどうだ?」
トレルが言いながら、カウンターを指先でコンコンと叩く。言葉に甘え、エレナは果実と花々が入った籠をカウンターの隅に置いた。
「トレルおじちゃんのミックスジュースは絶品なんだぞ。おれ、三杯は飲めるもん」
「はははっ、そりゃテオん家の果物が最高に美味いからだろうな」
「わたしのお家の果物も美味しいもん!」
室内に笑声が響く。ネージュは「ウディルネで食べた氷菓食べたいですよね」とエレナに耳打ちする。が、リンドラには聞こえていたらしく、
「氷菓って何? 美味しい?」
と、瞳を輝かせる。伝播するように子供たちも氷菓に興味を示すものだから、ネージュが一つ桃を右手に取る。左手に杖を出現させると、
「『冷凍魔法』」
の詠唱。パキパキと氷結していく桃をネージュは一瞥し、顔を綻ばせる。
「これを細かく削ったものが、氷菓と呼ばれていました。甘くて、冷たくて、美味しいです」
「なら、俺が削ろうか。ネージュちゃん、ソレ貰っていいかい?」
「トレルさん、お願いします。みんなで食べたいです」
桃がネージュからトレルの手へと渡る。「こりゃ冷てぇや」とカウンター奥へ入っていく彼を見送り、エレナは残された果物へ目を向けた。
「ならこっちはこの魔法で!」
昨晩、何度もなぞった魔導書を頭に浮かべる。艶々と輝く果実も、常に空気に晒されていては長持ちなど出来ない。つまり、だ。
「『状態維持魔法』」
意気揚々と詠唱を行う。試しにベリーを摘み上げ、指先に力を入れてみるも柔くなく崩れない。劣化も型崩れも防げる素敵な魔法。
「今、何したのー!?」
「それも魔法!? でも何も変わってないよ!?」
「あれあれ? カチコチだよ!? ベリーってすぐ潰れちゃうのに」
子どもの好奇心は凄まじく巡る。氷菓の次は、崩れない果実に興味を示していた。




