第二章6 ロマンとは言いますが、
二人分の足音が土道を削る。新緑に囲まれる中、靴を持たない獣人の少年、ステラはエレナの肩へ器用に上り微睡みに浸っていた。猫の姿になれば? という案は、対話出来ない不便さから却下された。汗に濡れた皮膚の接地面が暑い。
「んー……ねみぃ〜……」
「寝たら?」
「いや……一緒に生活する以上……合わせる……」
言うも、獣人特有の耳はふわふわと宙を泳いでいる。昼夜逆転した身体と痛い程の陽射しはまるで迎合出来ないらしい。
「カレンさまのお家ではほとんど寝てましたもんね?」
「夜中に書斎で籠ってたんだよ……。怠け者みたいに言うんじゃねぇ……」
「今のステラくんはどう見ても怠け者ですよ?」
「靴が! ねぇの!」
ステラが拗ねた口調で、素足をネージュへと見せつける。足の指を靱やかに動かして「仕方ねぇだろ!?」と、唇を尖らせる。
対してネージュは口元を抑え、控えめながら確かに笑みを浮かべていた。
――子ども同士だからだろうか。エレナと話している時のネージュとは、一風違って見える。敬語は外れないものの、遠慮なく揶揄う物言いは紛れもなく対等に接している証。
和やかな空気の中、話題を切り替えたのはステラだった。
「そういえばさぁ、エレナって必殺技とかねぇの?」
「必殺技あ? どうして?」
「あった方がかっけぇじゃん!?」
突拍子のない質問に、エレナの眉間にシワが刻まれる。表情は困惑に近い。ステラの発言にはどうも、覚えがあった。
「男の子ってそういうの好きだよね」
「他にもそんなことを言う人が?」
ネージュが問う。「うちの勇者と魔法使いがね」と、返すと同時、思わず苦笑が零れた。彼らも幼少の頃は結託して"必殺技"とやらをよく考えていたし、なによりルカの剣技にフィデスの魔法が備われば、確かに強力。
だがどうにも見ている側は気恥ずかしくて堪らない。サナティオに至っては「二度としないで」と釘を刺していた。それでも治らなかったのは、やはりエレナたちには理解出来ないロマンとやらがあるからだ。
「というかあたし"必殺技"なんて呼べるようなもの持ってないからなあ……」
「マジかよ!? なんで!?」
「だってほら、結局あたしの戦い方って戦斧を振り回してるだけだからさ。特別な動きなんてないんだもん。武器が大きいから派手には見えるけどね?」
戦斧は片手剣と比べれば、汎用性に欠ける。基本大振りで敵に対し、勢い任せで押し斬る。
刃が広い分盾の代わりになることはあっても、両手を塞ぐ前提の大きさ、重量ではやはり応用は効かない武器だろう。
「えー!? 嘘だろ!? 回転斬りは!? 連続斬りとか……刺突刺しとか……! 色々あるだろ!?」
「それ全部"必殺技"というより、技術の名称では無いですか?」
ネージュの指摘が槍の如くステラへと刺さる。黒皮膚の喉が鳴り反論へ構えるが、ネージュは発言権を譲らない。
「そもそもエレナさまは元よりお強いんです。過剰に飾り立てなくとも恰好良いじゃないですか」
「おいおい、ネージュ。エレナ全肯定もいいが、もう少し考えてみろって」
「考えてますし、この目でも見てますから……!」
「いーや! 視野狭窄だね!」
気付けば、喧嘩と言えるほどに白熱している。
(――どうしてこの子たちは、あたしについて言い合っているのだろう。しかもステラはあたしに乗ったまま)
そう考えてしまったが最後、溢れ出るは呆れ交じりの溜息。
ネージュによるエレナ信仰も、ステラに言うロマンも、ましてや格好良さなんてものはエレナにとっては取るに足らない話題である。
「二人とも落ち着い――」
「だって想像してみろ? エレナは今炎魔法が使えるんだぞ。戦斧に炎を纏えるんだぜ? 必殺技叫びながら敵を薙ぎ倒して行く姿!! 見てぇだろーが!!」
「それは見たいですが……!!」
「そうだろ!?」
「は……⁉」
意気投合している。いつ? どこで? 訳が分からない。これが子どもの柔軟性か。温度差についていけないでいるエレナを置き去りに、子どもたちの”必殺技”談義は進んでいく。
「衝撃波で吹き飛ぶ魔物!! 抉れる地面!! でけぇ武器持って暴れるエレナ!!」
「魔力の斬撃を飛ばして、炎を纏うエレナさま……ってことですか⁉」
「ッ……なんだよ、良く分かってんじゃねーか!!」
子供たちの掌が重なり合い、小気味の良い音を立てた。どうやら互いの思想が合致したらしい。ステラに至っては、エレナから落ちてしまいそうなほど高揚している。二人の会話に当事者の意思など、一切介入していない。だからこそ飛躍した結論が、突如エレナを襲う。
「やっぱり作ろうぜ!! ”必殺技”!!」
「見てみたいです、エレナさま。だ、駄目ですか……?」
深紅と蜂蜜色の瞳がエレナへ一斉に集束。期待。切望。憧憬。全てが溶けあう熱意に、頬が引き攣る。エレナは知っている。自身の弱点を。押しへの弱さ。守るべき者からの期待への弱さ。口先はどれほど否定しても、結局見えるのは敗北してしまう未来。
「し、仕方ないなあ……!!」
この子たちの脳内にあるエレナは、どれほどの偶像にまみれているのだろう。想像しかけて、やめた。代償として熱を持った頬を擦りながらも、収納魔法で戦斧を取り出す。
「言っておくけど魔法については大の初心者なんだからね。期待するような大技は出ないんだから」
「わーかってるって! なぁ、ネージュ。どんなんなら出来ると思う!?」
エレナの肩に居座ったまま、ステラが問いを投げる。ネージュは顎先に指を当て、神妙な面持ちのまま唇を動かした。
「森の中で炎魔法を使うのは憚られますし、攻撃に合わせて魔力の斬撃を放つのはどうでしょう」
「なら『身体強化魔法』で勢いも付けたいよな。それくらいの魔法なら即席でも使えるんじゃねぇか!?」
「使用感さえ分かれば可能かもしれません。ステラくん、分かりそうですか?」
「任せろって。伊達に書物漁ってねーぜ、オレは。よし、エレナ。今から新しい魔法を教えるぞ」
凄まじいスピード感である。目まぐるしいほどの作戦会議の末、"必殺技"は決まったらしい。後はエレナが上手く扱えるかどうか。
サナティオから『身体強化魔法』の恩恵を受けたこと自体はあるが、自身にかけるのは当然初めてである。
「『身体強化魔法』は結局、白魔法に分類される。オレらみたいな平々凡々の人間には一瞬しか使えないが、その一瞬が上手くいけば爆発的な身体能力を生み出すことが出来る……っつーことだ!」
「え。もしかして勉強が始まってる……!?」
「良い機会じゃねぇか。《戦斧の魔法使い》へ近付く一歩だぜ」
猫の姿で過ごして来た彼は、伊達にエレナたちと居たわけでは無いらしい。どう誘導すればエレナが頷きたくなるのか良く理解している。その隣で手持ち無沙汰となったネージュは"必殺技"の命名権をステラから得ていた。
「さーて。こればっかりは反復練習だぞ、エレナ。かっけぇ"必殺技"見せてくれよな?」
言うと、ステラは土道へ飛び降りる。素足で着地する様は痛々しいが、今は興奮が勝るらしい。エレナの手の甲へ掌を添え、
「さぁ、やるぞ!」
なんて嬉々として張り切っている。数分前まで眼下に纏わり付いていたはずの眠気など、どこか遠くへ行ってしまったようだ。




