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第一章2 幼馴染②


「もぉ。姉ちゃん、こんな暗い部屋でなにしてんの?」


 エレナにとって()()の妹、サナティオが呆れたように声をかける。間接照明すらつけられず、ベッドで横たわるエレナにかけられた一言だ。


「だって、サナ買い物行ってたから」

「普通に声かけてくれたら付けてから行くのに。ビックリしたなぁ」


 サナティオは、部屋全体を灯す魔道具に触れれば、青白い月明かりが照明によって掻き消える。真っ暗な状態に慣れてしまったエレナの目には、鋭い。宿では同室になることが多く、サナティオには魔力絡みで助けてもらうことが多かった。


「ごめんね、ありがとう」

「謝んないでよ、姉ちゃん」


 困ったように眉を下げる妹に、思わずこちらも困り顔になってしまった。誰も悪くないのは分かっている。では、この胸に募る不安感は誰にぶつければいいのだろうか。


 ◇


 チュンチュンと小鳥の鳴き声に瞼を開く。すでにカーテンは開け放たれており、サナティオはもう目覚めていることが分かる。恐らく眠りすぎたのだろう。

 少し昔の夢を見た。たわいのない日常の一ページだが、鮮明に覚えている記憶の一部。

 洒落気のないヘアゴムで髪を纏めてから、大きな欠伸をした。


 フィデスに話したように、ウディルネに行くことを決めたことを話したのは宴の翌日。幼なじみや家族にも、存外普通に受け入れてもらえて拍子抜けしたことは記憶に新しい。

 その出来事からとうに、一ヶ月近くが経っていた。

 小さなころから育ったこの村と家族。離れていた十年を埋めるには短すぎる時間だが、それでも出来る限りの時間を共有できたはず。

 ――そして今日こそが、このカトシュ村を出てウディルネへ向かう日である。


 エレナは、右耳だけ空いた穴に深紫の揺れるピアスを通し、立てかけた戦斧に手を触れた。


「えっと『収納魔法(ストレイジ)』!」


 なんて、真似事の詠唱をしてみたが、戦斧は変わらずそこにある。収納されるどころか、光を帯びることすらない。エレナは深く溜息をついて、結局戦斧は背負うことにした。

 そこで、刺すような視線に気が付く。


「サナ、何時(いつ)からみてたの?」

「ん? 『収納魔法(ストレイジ)』使おうとしてた辺り?」


 よりにもよって、一番見られたくないところだ。エレナは肩を落とし項垂れる。そりゃあもう、一朝一夕で出来るものではないことも分かっているけれど、試したくもなるじゃないか。


「別に、そんなに落ち込まなくてもいいじゃん。そのために行くんでしょ?」

「それは……そうだけど」


 サナティオの言葉に、歯切れ悪く答えた。

 部屋を出るとすぐにダイニングがあり、両親がテーブルを囲んでいる。


「あら、もう出るの?」


 母の顔がパッと上がってこちらを見つめた。その声に反応して、父もこちらを見る。


「その武器、いつ見てもでっかいなあ。本当にエレナが使ってるのかい」

「父ちゃん、持ち上げられなかったもんね」


 父が興味深そうにエレナの戦斧を鑑賞しながら、クルクル周囲を回った。サナティオが揶揄えば、情けなく眉を下げて頭を搔く。昔から父の威厳のようなものは感じられない人だが、優しい人だ。


「若くないのに無理するからよ。はい、エレナ」


 母の指摘に、父が悔しそうに唸る。手渡された包みの中には丸いパン。エレナのために用意されたものらしい。


「ありがとう、お母さん」

「ちゃんと向こうへ行ったらご挨拶するのよ? お世話になったとはいえ、何年も経ってるんだから。お土産は向こうで用意するの? 失礼のないようにね」


 エレナは、素直に包みを受け取り、短く「分かってるよ」と応える。

 そう。エレナの向かう先は、一度世話になったことがある場所。エレナたちは、勇者一行としての責務を命じられたときから強かったわけではない。

 そんな彼女たちに指導をつけてくれた人物がウディルネにはいるのだ。


「そろそろ行ってくる」

「あら、もう出るの?」

「うん。多分、フィデスたちが見送りに出てくれると思うから」


 そこまで言えば「なら、待たせたらいけないわね」と話の早い母。対して父は「もう少し居たらいいのに」と眉を下げる。


「シャキッとしなさいよ。アナタがそんなのでどうするの」

「厳しいなあ、君は」


 夫婦漫才を見せられ、居た堪れない気持ちになりつつも、エレナは両親に向き直った。


「じゃ、行ってきます」


 戦斧を背負い直し、エレナはさっぱりと言い放つ。しばしの別れだがそれほど長くなる予定はないし、あまり暗い雰囲気にもしたくない。その意図を汲み取ったのか両親は、


「行ってらっしゃい」


 と、返事をした。ダイニングと玄関は一体化しており、これ以上引き伸ばしようもない。エレナは、見送る両親に背を向けて自宅を出た。


「サナはもうちょっと見送るよっ!」

「はいはい、ありがとね」


 ◇


「あー! ルカくん!」


 一際存在感のある男性が視界に入った時、真っ先にサナティオが大声を上げた。見上げるほどに大きな背丈と、恵まれた体格は嫌でも目につく。


「おはよう、二人とも。よく眠れた?」


 見た目にはそぐわない朗らかな物言いも聞きなれたものである。もはや寝巻きのままのルカは、豪快な欠伸をしてから挨拶をした。


「あれ、フィデスくんは?」

「さぁ。寝坊じゃないの?」


 姿の見えない黒髪の男についてサナティオが尋ねれば、まるで他人事のような返事が返ってくる。寝起きの悪さは、この村に帰ってきてからも変わらない。


「寝坊なら仕方ないね。あたしのために起こすのも違う気がするし」

「え。エレナはそれでいいの?」


 寂しくない。と言えば嘘になるが、何よりも優先してほしいというのは、エレナの我儘だ。だからこそ、ルカの問いにエレナは小さく頷く。


「なんかむっかつくなぁ。こういう時くらい、無理して起きればいいのにさ」


 なぜか、サナティオの方が憤っており、華奢な腕を組んで「ふん」と唇を尖らせていた。そんな彼女を軽く窘めながらぽつぽつと歩く。

 空を見上げれば、雲一つない晴天で悠々と大きな鳥が飛んでいた。カトシュに帰ってきた時よりも暖かくなっていて、春の訪れを感じ始める時期。冒険に出るのに丁度いい気温が、エレナの背中を押すようだ。

 やはり、三人に見送られたかったな。という言い難い感情に襲われている時、背後から待ち望んだ声がエレナたちのもとに届く。


「――い、おいっ! 待てって」

「あー‼ 寝坊助! 来たー‼」


 なんて、咎めるような大声をあげたサナティオに、寝坊助が渋い顔を見せる。どう見ても寝起きの服装と寝ぐせに、先ほどの不満が溶けていくようだ。

 彼は膝に手をつきながら呼吸を整えている。その動きに合わせ、エレナと揃いのピアスが左耳で揺れていた。


「フィデス、寝ぐせ凄いね」


 跳ねた毛先を指摘すれば、慌てた様子で髪を押さえ疲労の滲む顔をこちらへ向ける。


「焦って家出たんだよ……」

「間に合ってよかったね。エレナってば、待たずに行くつもりだったよ」

「マジ……?」


 わざわざ伝えなくたっていいのに。ルカに対し視線で訴えるが、彼はなぜエレナが睨むのか分からないという様子。

 そんな会話をしながら歩いているうちに、とうとう周囲の建物は無くなっていた。草木は増え、人の過ごせる環境ではない。

 いつの間にか、長い距離を歩いていたようだ。


「ありがとね。ここまで」


 赤い髪を揺らし、彼らに振り返る。


「姉ちゃん。めーっちゃキツイだろうから、頑張ってね!」


 悪戯っ子のような笑みで、サナティオが言った。その隣でルカが身震いをする。気候は暖かいというのに。


「僕にはもう絶対無理だから……」

「ルカのトラウマじゃん」

「そうだよ」


 きっぱりと言い切ったルカは、エレナを鼓舞するように肩を叩く。


「いつでも逃げ帰って良いからね」

「絶対やだよ」


 なんて軽口を叩き、最後に未だ疲れていそうなフィデスに目を向ける。


「フィデスはないの? なんかお見送りの言葉」

「俺にそんなん期待すんな」

「えー。いいじゃん、別に。今日くらい」


 普段から口数も少なく、愛想もない彼だ。こういった場面でも、気の利いた言葉なんてものを言える質じゃない。が、それでも期待してしまう。催促をすれば、彼は掌で額を押さえ溜息をついた。


「――無理は、すんなよ」

「えぇっ、フィデスくんそんだけー?」

「いいのいいの。満足した!」


 サナティオが先に不平を漏らすが、エレナが制す。そして、晴れ晴れとした面持ちで彼らを見つめた。


「あたし、行ってくる。頑張ってくるね」

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― 新着の感想 ―
親子水入らず。 父親は色々と割食いますよね。 でもこういうほのぼのした雰囲気良いですね。 読んでいて癒やされました。
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