第二章 プロローグ
部屋中に充満する花々の香り。特に梔子や百合は嗅ぎ分けることが出来るほどに芳醇だ。大きすぎるベッドは一人で眠るには贅沢で、オレが六歳になる頃には拒否したけれど父と母は変わらず二人で眠る。
仲が良すぎて気持ち悪いなんて思ったこともあるけれど、今となれば些細な事。
あの人の涙を見るくらいなら、一生ベタベタとしていてくれ。と今頃になって願ってしまう。
オレが九歳の頃。「今日は魔物の間引きがあるから」と仕事へ出ていったきり、父が姿を見せない日があった。代わりに扉を叩いたのは、泣き腫らし落ち窪んだ眼窩の騎士。
「フォルテム・シートンは魔物討伐の任において、剣を棄てずその身を盾とし――戦死いたしました」
心ない定型文。だがそれを口にした騎士は、耐え切れず泣き崩れた。玄関先だというのに人目を憚らず、頭を下げてしゃくりあげる。額を地面につけて爪が地面を抉り立てている。嗚咽交じりに吐き出された「僕のせいで」という言葉は、定型と違う彼の言葉。
「僕を庇って……フォルテムさん……死んじゃった……ッ……ごべんな、ざいっ……」
言って、這いつくばるように母の脚に縋る。泥塗れた指が母のふくらはぎを汚して離さない。結局、我を忘れた男は同僚らしき人物に引き摺られていった。「ご冥福をお祈りいたします」と言い残して。
その間、母は何も言わなかった。痕が付くほどに掴まれたことにも意に介さず、ただ放心していた。いつもはすぐに動く口が戦慄く。それから少しして――母は静かに泣いた。オレの手が背に触れても、「かぁ」と呼んでも母は振り向かない。ただ譫言のように父の名を呼んでいた。
泣いて、泣いて――体力が無くなるまで泣き尽くして母は眠った。歳に似合わず、オレが見たことのないあどけない顔で。
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オレは心の底から馬鹿で、無謀で、くだらない発想をした。父を殺した魔物を。母を泣かせた魔物を殺さなければと。内臓から吹き出て留めることの出来ない怒りは、殺意と変わり思考全てを支配した。眠る母にタオルケットをかけて、再三入るなと忠告を受けた武器庫へと忍び込む。
扱いも適正も分からないまま収納魔法で武器を溜め込んで、邸宅を飛び出した。重い身体も、荒い息もどうでもいい。どんな敵かも分からないまま駆け出したオレは、ただただ国の外を目指して。――未踏の結界外へと。強いと誇り続けた父が死んだことの意味も理解せず。
オレの愚かな決断は、結局母から家族を二人も奪ったのだ。――母は、オレが帰宅せぬことを泣いてくれただろうか。
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。




