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幕間1 結成

カレンの過去編です

 早朝。木漏れ日に揺れる観葉植物に水をやるのが日課だった。夜通し見漁った魔導書を整えて、焼いただけのトーストにかぶり付きながら今日の業務に就く。

 そんな暮らしにも嫌気はない。天職とも言える宮廷魔術師である間は、どんな多忙も受け入れられる。そんな生活に亀裂を入れたのは部下による通達。――国王様が、直々にお呼びです。

 手をつけようとしていた書類をデスクに放り投げた。国直属組織を示す外套を羽織り、無造作な髪に手櫛を通す。やりたいことをしていただけだ。魔法を使って、指導して、研究をして。それがいつしか、お偉いさんに呼び出される立場になるとは。

 私は伸びきった髪を軽く一纏めにして、古びた重苦しい扉のドアノブを回した。


△ ▼ △ ▼

 

「我が国に勇者が現れた」


 告げたのは、ウディルネの国王。謁見の間に直々に呼び出されたのは私と――宮廷騎士の役職を持つ大柄な男。朗らかな表情に似合わない筋骨隆々な身体は私の肩幅を優に超えていた。……デカ過ぎないか。


「優秀な成績を持つ君たちには――勇者との同行を命じる」


 赤のカーペットに片膝をついたまま、私の睫毛が瞬く。音が言葉として認識できないまま、私はただ首を垂れる。国命に対し発せられる言葉など決まりきっていた。


「仰せの通りに」


 私の声に腹から出たような、低く張り上げた声が重なる。私たちの返事に満足したのか、国王は満足気に頷くと「この後、勇者との顔合わせをしてもらう」と告げた。謁見の間でのやり取りは終わりらしい。

 兵に促され、私と男がカーペットをなぞり書斎の何十倍もの大きさの扉をくぐった。

 男との間に会話はない。横目で彼の顔を見上げれば、蜂蜜色の瞳をゆるゆると泳がせ口元の開閉を繰り返していた。何か会話を探して都度、諦めているような動作に思わずため息が出る。


「私の名前はカレン・ルーシュ。……聞いてもいいか?」


 ふ、と足を止める。見上げるようにして男と目を合わせ、私は名を問うた。瞬間、瞳を覆う瞼が丸く見開かれる。私から声をかけられることは、想定していなかったらしい。


「うぇ!? あ……!? 僕!? 僕だよね!? 僕の名前はフォルテム。フォルテム・シートンです!」


 砕けた言葉遣いと敬語が入り交じる。わたわたと動く両腕が、冷静さを欠いていることを表していた。何よりも図体と同じくらいに声がデカイ。


「……うるさ」

「ごめん!? 見た時からすごく綺麗だと思っていたから……!」

「はぁ?」

 

 眉間が自然と寄る。初対面で人を口説くのはどういう了見だ。……とは思ったものの、未だにオロオロとしているフォルテムを見るに素で零れた言葉なのだろう。狼狽具合に呆れつつ、私は言葉を続けた。


「じゃあフォルテム、行こうか。あと……今後の業務のことと……書斎の所有権についてと……あぁ……面倒くさい……」

「僕も騎士団の指導とか……どーしよー……。後任見つけなきゃだ」


 とにかく全ての通達が急なのだ。今日行おうとしていた新人の能力査定だって、既に予定の時間を押している。とりあえず内線で時間を貰って――


「……カレンちゃん」

「なに」

「着いたよ?」


 フォルテムが一室の扉を指さしていた。考え事をしている間に目的だった場所へ着いたらしい。私が顎に手を当ててブツブツ言っていたものだから、開けるのを待ってくれていたようだ。


「悪い。入ろう」


 この部屋の中に勇者がいる。私もフォルテムも無意識に息を飲んだ気がした。勇者については聞きかじりの知識しかないのだ。

 勇者の剣が選んだ人物が勇者と呼ばれ、魔王と対峙する運命を背負うらしい。正直、突然剣に選ばれて「今日から勇者です」なんて溜まったものじゃないと、少々同情してしまう。


「失礼します」


 ノックの後、私とフォルテムの声が重なった。室内に入れば、ミルクティーをこぼしたような短髪の男が窓の外を眺めていた。線の細い横顔と、薄い唇。

 長い睫毛に覆われた漆黒の瞳が音に反応してこちらへと向いた。


「おーっ!?」


 途端、ひりつくような爆音が放たれる。端正な顔立ちからは似合わない声量に、私は思わず耳を掌で覆った。大声を上げた男は、一目散に此方へ駆けると私とフォルテムの肩を肘を置く。が、体格差のせいでアシンメトリーな体勢だ。

 不自然な背伸びのせいで、勢いの割に苦し気な冷や汗をかいている。そもそもこの三人の中で背丈が一番低いのは、肩を組んできているこの男だった。


「これからよろしくなあっ……!!」

「頼むから先に名乗ってくれ……」


 げんなりとした態度を隠さぬまま、私は肩に置かれた手を払う。そのまま視線をフォルテムに向ければ、驚嘆を示す表情のまま固まっていた。

 良くも悪くも素直なのだろう。本当に騎士団を指導する立場なのかと、少々疑ってしまう。部下にコロッと騙されないのだろうか。


「あー、わりィ! 名乗りな、忘れてた! おれン名前はキース。キース・フォンスってんだ!」


 そう名乗った男は、上機嫌な様子で自身の胸元をとん、と叩く。薄い唇の皮膚が犬歯で伸ばされ、いびつに歪む。はつらつな笑顔は、不思議と端正な顔立ちに似合っていた。


「あんたら、おれと一緒に魔王倒してくれンだろう? よろしくな!」

「あ、あぁ。じゃあ君――キースくんが勇者なんだね」


 やっとフォルテムが動いた。中央にある円卓の椅子を一つ引き、キースに目線を向けながらも私を誘導する。三人が同時に腰掛けて、私は頬杖をついた。

 キースは掌をテーブルの上で忙しなく動かしており、フォルテムはそんなキースを観察するように見つめている。


「ん? んー? なんだ?」

「あぁ、ごめんね。僕はフォルテム。こちらの女性はカレンちゃん。君の言う通り、僕らは君と同行するように言われているよ」

「おぉー。フォル、強そうだもんな!」

「うん、ありがとう。でね、少し気になることがあるんだけど……キースくん、剣とか持ったこと……ある?」


 瞬間、キースの動きが静止する。犬歯を見せたまま、口元を丸く開いていた。


「すっげー……なんでわかんの? やっぱ騎士団ってすげーんだなぁ……」

「え?」

「おれ、昨日までただの平民だぜ? 剣なんか握ったこともねェし、魔法だって道具を使うときくらいだよ。現状、肩書きだけってとこだな!」


 ふざけるな。私たちに任せられたのは、同行だけじゃない。剣の握り方も知らない男に戦闘のいろはを仕込め、ということじゃないか。

 私はその場で頭を抱えたくなった。人目もはばからずため息をついて、書斎へと帰りたい。それをしてしまえば国賊だと言う事実に目を背けながらも、私はフォルテムへと言葉を投げた。


「私は宮廷魔術師だ。主は研究、指導。魔族どころか、魔物との戦闘経験すら浅いぞ。――フォルテム、そちらはどうだ?」

「定期的に魔物討伐に出ることはあっても騎士団を率いるし、三人――少数精鋭で動くことはほとんどないね。危険だから僕の団では禁止しているし」

「……なるほど。なるほどなぁ……、うん……」


 フォルテムとは初対面だ。だが、今この時だけは感情が一致した気がした。過去一番に面倒かつ、過酷な案件になる。まず私たちですら、魔王討伐に足りうる能力を持っているのか甚だ疑問なわけで。


「キース。出発の日時は聞いているのか?」


 せめて一年。それだけあれば自身の能力底上げやキースへの修行もつけられる。祈るように問いかける私に、キースはケロッと答えた。


「一週間後だってよ」


 空いた口が閉じられないとはこの事なのだろう。それを決めたのはどこのどいつだ。今すぐ業火で焼き消してやる。そんな怒りを抱きつつも、目の前のキースは被害者なのだと自身を律した。

 しかし、先に限界を迎えたのは私ではなくフォルテムの方。


「誰。誰、誰。それ言ったの、誰?」

「こ、怖ェって……!!」


 キースが椅子に座ったまま、不自然に後退った。フォルテムがテーブル越しに大きな身体でキースに迫ったからだ。どれだけ今までの印象が温和だったとはいえ、この男に迫られては圧が凄いのだろう。キースはしどろもどろになりつつも、


「誰っつっても……剣をくれたお偉いさんとしか知らねェよ。『貴方には魔王を倒す使命がある』とかなんだかんだ言って押し付けられたんだぜ?」

「結局いつもそうなんだ! 無茶な仕事を振るのはいつも現場の人間じゃなくて外部なんだよ! 勇者とはいえ一般市民を巻き込むなんて冗談じゃない」


 フォルテムの主張はもっともだ。私だって「明日までにこの魔法薬の成分を調べて再現しろ」なんて言われたときには、その顔面に魔法薬をぶちまけてやろうと思った。結局一睡もせずに試作に試作を作り近しいものを用意したが、後々他国から持ち込まれた危険物だと聞いて腸が煮えくり返ったのは記憶に新しい。

 お上の人間とはそう言うものなのだ。


「まぁ、フォルテム。この一週間で出来ることを考えよう。私は過去の勇者について書いてある文献を調べるから」

「僕はキースくんに剣技を教える。厳しくなるけど……こればっかりは仕方ないね」


 限られた期間で出来ることなど、些細だ。とはいえ、魔王の情報も不透明な現在。きっと数年、いや数十年の期間をかけて行うのだろう。ならば、キースの修行は徐々に進めていけばいい。自身の能力向上も、同様だろう。

 私とフォルテムは、出立までの時間のやりくりについて作戦を立てはじめる。フォルテムの表情は、先ほどの頼りないものとは変わって影が落ち真剣に思考を巡らせているもの。

 そんな中、キースだけが何もわかっていない顔で首を傾げていた。

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