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第一章17 侮蔑と憎悪

 当てもなく、国中を駆け回る。馬車の目撃情報も絶え絶え。総動員しているはずの衛兵も、数が少ないのか中々見当たらないでいた。


「路地が多いんだよ……!!」


 行き場のない怒りを抑えきれず、人目を憚らないまま怒鳴る。石畳の地面に額から流れた汗が模様を作った。もう随分と長い間、走り回ったような気がする。

 ネージュどころか、レナトゥスの乗る馬車すら見つからず「もう手遅れではないか」という不安ばかりが渦巻いていく。

 握りしめた紙切れはもう、汗とシワで柔らかくなっていた。


 ――なにが助けてあげる、だ。肝心な時に、あたしはなんの役にも立ってない。


 自責の念は、どんどんとエレナを蝕む。次は何処を探せばいいのかも分からないまま、苦しげに息を吐いた。


「――なに? あれ」


 近くに居た通行人が、国を囲う外壁を指さす。明確には、外壁の向こう側。ふ、と目を向けると、氷の塊が勢いよく空高くまで上っていく光景があった。


 耳を刺すパリパリと鳴る音。陽射しが当たり強く反射させ、細氷が降り始める。

 その現象は、ウディルネを突如として非日常へ導く。美しくも、恐ろしい氷塔に目を釘付けにされてしまった。


「うわ、なんか寒ッ……」

「何? 魔物? でもあそこ、結界の中よね?」

「やだ、怖いわ」


 目の前で起こり広がる異常に、国民たちは喧騒を深めていく。魔物の害を得ないはずの結界内で、大規模の魔法現象が起こったのだがら当然だ。露出した手足がヒヤリと冷える。


「……ネージュ?」


 彼女の魔法など、見たことがない。属性魔法を使うための魔法石を持っているのかすらも、エレナは知らない。だが、あの魔法はネージュのものだと、脳から来る直感が告げていた。


 自然と目が、最短距離を追う。近くの住宅の屋根を伝えば、外壁の上へ飛び移れそうだ。

 そう考えるや否や、エレナは強く地面を蹴りつけ駆け出していた。


 ◇


 外壁に登ったエレナは、迷いなく国外へと飛躍する。軽々と宙に浮いた身体は、氷塔に向けて投げ出されていた。

 氷の膜を張った地面に着地。力強い音が響き渡り、深い陥没跡が出来上がる。

 視線の先には、目を背けたくなるほど血に塗れながらも、必死に魔力を放出し続ける少女の姿――ネージュがいた。


「やっと、見っけた……!」


 少女を囲うようにして、男が三人。一度捕らえたはずのカルウとヴィト。そして、ネージュを保護すると言って彼らに引き渡した道化、レナトゥスが居た。心中にドス黒いものが湧き、満たす。

 涙とどこから溢れたのかも分からない鮮血で白肌と白髪を汚す少女が、力なくこちらへ顔を見せた。エレナの姿を瞳で捉えた瞬間、薄い唇がゆっくりと笑みを作り出す。


 ネージュは魔力の放出を止め、微かに言葉を紡いだ。


「……助けて」


 切望するように救済を望んだ音は、風に溶けるより前にエレナの鼓膜に届いた。


 ・


「分かんなかったんだよね」

「え」

()()()の言い方が」


 ・


 過去にしたやり取りが鮮明に思い起こされる。人の頼り方など知らなかった彼女が、救いの手を求めている。エレナが返事するよりも早く、少女の白い睫毛が落とされた。


 ――メモに気付くのが、遅れすぎた。


 悔しさから下唇に歯を立て、奥歯を強く噛み締める。


「――エレナちゃん、良いところに! 僕も今駆け付けたところなんだよ。ネージュちゃんの保護を優先したいんだ!」


 そんなエレナに、レナトゥスが白々しく話しかける。しかし、彼の拳からは返り血が伝い、地面に垂れていた。取り繕う事に必死で、隠すことを失念しているのだろうか。

 レナトゥスの言葉に反応したのは、大柄な男――カウルだ。

 

「あ⁉ テメェ何言ってやがる」

「黙れ、罪人。また牢に入れてやるからな」


 心底くだらない茶番。エレナは攻撃的で、侮蔑的な視線をレナトゥスへ刺す。


「……もういいよ、レナトゥスさん」


 呆れの含んだ声が、レナトゥスを責めた。この期に及んでまだ騙そうなんて、どれほど馬鹿にされているのだろう。


「手、血塗れじゃんか。さっさと自首しなよ」


 男の胡散臭い表情が抜け落ちる。そうして、ゆっくりと唇の端を吊り上げ「はは」と、乾いた笑い声を上げた。すでに、温厚で人当たりのよさそうな彼は存在しない。


「もう騙されてはくれないか」


 言うと、木を背に意識を失うネージュを見下ろしながら嘲笑を浮かべる。


「困るんだよ。せっかくこの地位に着くまで上り詰めたのにさ。この件が公になると、全部がパアじゃない」

「じゃあ、認めないってこと?」


 元より、簡単に自白するとは思っていない。だが、レナトゥスはあろうことか『収納魔法(ストレイジ)』によって片手剣を取り出す。切っ先をこちらに向けていることから、到底話し合いは通じそうになかった。


「君と罪人の奴隷は抵抗の上戦死。僕は、尽力するも二人を逃がしてしまった。どうだい? 完璧だろ?」


 名案だとばかりに腕を大きく広げる。黒々とした瞳が、生き生きと見開かれた。反してエレナは、目を細め軽蔑を浮かべる。そうして、愚かな人間へ言葉を吐き捨てた。


「何もかもが粗だらけだ」

「君を殺せば、その粗もなくなるさ」


 全身に巡り続ける魔力を捉え、唇が詠唱をなぞる。


「『収納魔法(ストレイジ)』」


 全身にかかっていた重みから解放され、戦斧が出現。この感覚にも随分慣れた気がする。重心を地面に寄せ、刃先をレナトゥスへと見据えた。


「あんたはあたしには勝てないよ」


 強い確信。先に間合いを詰めたのは――レナトゥスだ。滑るはずの足元はしっかりと地面を掴み、剣先は確実に喉元を狙う。


「ここで、死んでくれ」


 そんな言葉と共に放たれた斬撃は、虚しくも空を裂いた。隙の出来た胴体に対し、エレナは回し蹴りを入れる。男は呻きながら一歩、二歩と後退するが、追撃として戦斧の柄が鳩尾を突いた。


「あ゙ぁっ‼」


 男の身体は衝撃に耐える間もなく、目を剥きながら吹き飛んだ。背後の木は容易く破壊され、背中で着地。エレナはそれらに気を向けず、傍観する二人の男のもとへ疾走する。


「ひっ」


 ヴィトが情けなく悲鳴を上げる。カルウも頬を引き攣らせるが、武器をしまったエレナは問答無用で互いの後頭部を掴んだ。


「や、やめッ――」

「やめない」


 淡々と告げ、額同士を力強くぶつける。いとも簡単に気絶した二人を地面に捨て置き、再度戦斧を手にする。その時、レナトゥスの「痛いなあ」という呑気な声が聞こえた。

 『防御魔法(リュセリオード)』を使った形跡もないのに、タフだ。エレナは一瞬苦い顔をしたものの、取り乱すことなく攻撃の体勢へ。だが、男は剣を構えることなく空へと掲げた。


「思った以上に戦えるんだね。でもこれならどうだろう?」


 余裕ぶった口調に続いて、レナトゥスは流暢に言葉を連ねる。


「『奔流魔法(ラピダフルード)』」


 片手剣を装飾する魔法石が、青い輝きを帯び始める。――この詠唱には覚えがあった。過去、魔物の大群と対峙した際に、フィデスが使っていた()()()に広がる魔法。

 レナトゥスの頭上では、巨大な水球がキュルキュルと音を立て生成し始めている。


 エレナはハッと踵を返し、眠るネージュを乱暴に抱きかかえた。高さのある樹へと飛び移る。と、同時に生成した球体が大きく弾け、濁流のように周辺へ流れ出す。足元を簡単にとられてしまう奔流は、気絶する男たちをも押し流した。


 ――ネージュだけではなく、味方まで巻き込みやがった。


「……ッ、サイッテー」

「はは。避けられちゃったな」


 苦し気に顔を歪めたネージュが、弱々しくせき込む。思わず名を呼ぶが、瞼は固く閉じられたまま。少女を離れた場所で横たわらせ、エレナは地上へと降りる。

 レナトゥス――この男は、まるで周囲の被害など考えていない。


「ラピダ――」


 同じ詠唱。エレナは軽やかな足遣いで距離を詰め、言い切るより刃を手首に入り込んだ。骨が(つか)える感覚を強引に切断。

 ゴトンという鈍い音と金属の高い音が交錯し、剣を握る掌が無残にも転がった。断面から、勢いよく鮮血が噴き出し始める。


「……あ?」


 男は失った腕の先を、茫然と眺めていた。間髪入れず身体を屈め、腹部にありったけの打撃を蹴りで入れる。


「ぐあっ……‼」


 汚い悲鳴。共に、男が木々をなぎ倒しながら吹っ飛んでいく。激しい音が消えたのは、とうに姿が見えなくなったころだった。土煙が視界を汚している。

 エレナは歩きやすくなった轍を伝うように歩を進める。先には、血溜まりの中で気絶しているレナトゥスがいた。時折、手足を痙攣させて呻いている。

 だらしなく開いた口元に、ゆっくりと指先を寄せた。


「……息は、あるな」


 生暖かい呼吸が、生を示す。だが、これ以上の出血は危険だ。どんな手を使ってでも、コイツが死ぬことは止めなくてはならない。男のズボンの裾を剥ぎ取り、前腕を縛った。

 


炎魔法(フレィミナ)


 カレンに教わった詠唱を口に出す。刃が炎を纏い、鉄をどんどんと熱し上げる。触れられないほどの温度になったとき、エレナは容赦なく手首の切断面に押し当てた。


「ぐあっ! うあああああっ!」


 周囲に、焼いた肉に近い香りと音が遍く。

 レナトゥスは突然襲った激痛に、手足をバタつかせながら喚いた。

 傷口を焼いて血を止める。応急処置ではあるが、現状での最善だのはず。殺すわけにはいかないのだ。

 重ねた罪を吐かせなくてはならない。償わせなくてはならない。死なんて安い贖罪では済まさせない。


「……助けて、くれ。頼む、辛いんだ……。僕は、望んでこんなことをしたわけじゃ――」


 決死の命乞いが、まるで響かない。黙々と処置を続けるばかりで、レナトゥスの言葉に耳を傾ける気は一切起きなかった。


「やめて……ください、もう……」


 自身はここまで冷徹になれるのかと、驚かされる。まるで助けたいとは思えず、ただひたすら汚い人間に対し憎悪を向けていた。

 とにかく、この怪我と痛みでは自由に動けないはず。魔法石を手放しては、属性魔法も使えない。エレナの圧勝だ。

 

「早くネージュのとこ、行かないと……」


 国内からでも見える氷の塔。きっと、カレンたちにも異常は伝わっているはずだ。罪人たちは、彼女たちに回収させる。今は何よりも、一人にしてしまった少女のことだ。

 エレナは立ちあがり、レナトゥスに背を向ける。


「――おい、一体どういう状況なんだ?」


 ふと、エレナにかけられた声。外套で包んだネージュを抱き、険しい表情でこちらを見つめるカレンが、そこにはいた。


「ネージュは、平気?」

()()()()()()を起こしかけてるが、生きてる。出血量の方が問題だな。運んでくれないか」

「……治る?」

「治す」


 この人の断言は安心できる。エレナは「分かった」と返事をして、ネージュを預かり受ける。


「検問所近くに馬車を置いてある。馬車内で白魔法使いを待機させてあるから」

「カレンさんは?」

「愚か者の後始末さ」


 カレンは、気絶と覚醒を繰り返すレナトゥスを見下ろした。これ以上は、入り込むことのできないカレンの領分。抱くネージュに刺激を与えないよう、エレナはゆっくりと歩み始めた。

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