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第一章14 見つけて

 澄み渡る青空の下。春を思わせる花々が揺れる庭で、エレナとカレンがいた。理由は単純。魔力の扱いを心得たエレナが次の段階へと進むため。

 穏やかな春風を纏う庭の中で、魔法石を携えた戦斧を握りしめたエレナが、教えられた詠唱をする。


「『炎魔法(フレィミナ)』」


 瞬間、火傷しそうなほどの熱が腕を駆け巡り、魔法石が輝きを帯びる。未体験の感覚に、目を見張りながらも起こり得る現象を期待し、待った。

 数回瞳を瞬いた時、突然刃を纏うような炎が出現する。風に合わせて揺らぐ魔法に、エレナは興奮した声を上げた。


「お、おお〜! 出来た!」


 子どものようなキラキラとした目で、カレンを見つめる。しかし、彼女は変わらぬ仏頂面で手に杖を取り出し杖先をくるりと回した。散りばめられた魔法石が碧色に煌めく。エレナを中心に小さな竜巻を起こし、折角生み出した炎を掻き消してしまった。


「えっ⁉」

「ふん」


 呆気に取られるエレナを他所に、鼻を鳴らして腕を組む。


「ねえ、カレンさん。嫌がらせ以外に消した理由、話せる?」


 尋ねるも、カレンは頭を振った。


「いいや? なんの言い訳もないな。もういっぺんやってみろ」


 つまり、ただの嫌がらせだ。唇を尖らせ不満を主張しながら、エレナは戦斧を構えなおす。庭の草木に引火しないよう、狙いを定めもう一度呼吸を整える。


「もー……。じゃ、もう一回するからちゃんと見ててよ? せーの――」


 繰り返す魔力の巡る感覚。先程、脳に焼き付けた炎を空想しながら詠唱する。戦斧を熱する炎が、周囲の景色が歪んだ。――成功だ。

 乾いた拍手の音が、エレナの耳に届く。


「思ったよりも上達が早いな。これなら独学でも何とかなるんじゃないか?」


 顎に手を当て、感慨深そうに口を開く。憎まれ口ばかりのカレンからそんな言葉が出てくるとは思わず、エレナは「え⁉」と大袈裟な声を上げた。


「カレンさんって人を褒めれるんだね」

「今すぐ魔法の業火で焼いてやろうか」


 ひくり、と頬を引き攣らせ杖をこちらへ向ける。エレナの物言いが随分と気に食わなかったらしい。一歩一歩後退しながら、カレンと距離を取り思わず項垂れる。


「それは……あたしが死んじゃう」

「ふん。なら、口には気をつけろ。――魔力に余裕があるなら、もう少し練習しておくか?」

「いいの? じゃ、もうちょっと付き合って」



 幾度と詠唱を繰り返す。その度、感動と落胆を繰り返し試行錯誤する。分かったことと言えば、一度成功した魔法は繰り返し起こしやすいということだ。カレンが得意とする風属性は、何度唱えても起こせなかったが、火属性の魔法は成功しやすかった。

 これが、属性魔法に得手不得手が生まれる理由だそうだ。


「ならあたしは火が得意、ってことかな」

「頼むから、庭を燃やしてくれるなよ」

「……燃やさないもん」


 そんなにも気が回らないとでも思われているのだろうか。流石に心外だ。エレナは肩を落としつつ、得意だと理解した火属性の魔法を詠唱する――はずだった。

 馬の嘶きと、石畳の上を重いものが擦れる摩擦音。塀の外へ顔を覗かせると、一台の馬車が止まっていた。御者として手綱を引いていたのは、レナトゥス。衛兵隊の長であることを示す紋章が飾る外套を羽織っている。

 いつもの朗らかな印象はなく、むしろ緊迫した表情でレナトゥスは馬車から降りて来た。


「カレンさん! いますか?」

「なんだ、レナトゥス。まだ面談には早いだろ」


 カレンの疑問は当然。いつもカレン宅へ来るのは陽の傾く夕方頃。しかし、今は陽も高く昼食前だ。彼の顔色と、普段と違う来訪時間が異常を報せる。


「話は後! ネージュちゃんが危ないんです!」

「あ? なんでだ?」

「脱獄です。ネージュちゃんが狙われる!」


 捲し立てるようなレナトゥスに、カレンが自身の銀髪を右手で乱す。要領を得ない物言いに、


「お前……、一旦落ち着けよ」


 と、宥める。次に言葉を続けたのはエレナだった。「ネージュが狙われる」。「脱獄」。どれも、穏やかではいられない内容だ。今は家の中で掃除をしているネージュに思いを馳せながら、レナトゥスに尋ねた。


「ぜ、全然話が分かんないんですけど……! 保護するのはここじゃダメ? 正直、あたしがそばにいる方が安全だと思うんだけど……」

「カレンさんと君……エレナちゃんだっけか。二人には確保側にまわって欲しいんです。その……以前起こった事件のせいで、衛兵が足りなくて。宮廷魔術師にも要請を回しているんです」


 恐らく、前回に確保の手助けをしたことから、今回もということだろう。下層部の衛兵を一度に失ったことも考えれば、頼りたくなるのも分かる。

 だが、カレンは長期休暇中。エレナに関しては、外国から来た異邦人。捜索に関わっていいものかと頭を捻った。


「私は休暇中までだぞ……」


 一瞬頭を抱えたカレンだったが「あぁ、クソ」とぼやき、家の中に入っていく。数秒後に出てきた彼女は、仕事着である外套を羽織り、髪を一つに纏めていた。


「エレナ。私は先に出て詳しい話を聞いてくる。なにかあれば内線でもなんでも使え」

「え、ちょっと⁉ カレンさん?」


 静止も聞かず、庭から飛び出していく。カレンの後ろ姿を見届けた二人は、困ったように視線を絡ませた。


「その、ネージュ今中で掃除してるんですけど……その……」


 レナトゥスに対する怯えは無視できない。先程の剣幕で迫られれば、ネージュはまた怯えてしまうかも。そう考えると、快く家に入れる気にはなれなかった。


「僕のことが怖いんだろ? 見れば分かるよ。だから、エレナちゃんが説得してくれるかな?」

「あたしが?」

「頼むよ。一刻を争う」


 ◇


 室内にいたネージュは、レナトゥスの姿を見るとやはり身体を強張らせる。少女の足元には、不安を悟ったように黒猫が身体を擦り付けていた。


「ネージュ、落ち着いて聞いてほしいんだけど」


 おずおずと、レナトゥスが来た経緯を伝える。小さな手を絡ませ、顔を蒼褪めさせていくネージュ。泣き出しそうな表情のまま、必死に首を横に振る。


「……嫌です。わたし、ここを離れたくはありません」


 想定通りの反応だった。きっと、レナトゥスの面談を大人しく聞いていたのは近くにカレンやエレナが居たから。畏怖の対象である彼と二人きりの環境に、望んで向かうと思えない。

 

「うーん。やっぱり、そうだよねえ」


 やはり、二人でこの家にいるべきか。そう言いかけた時、レナトゥスは腰を屈めネージュと目線を合わせた。


「ネージュちゃん。僕たちは意地悪を言いに来たんじゃない。君を守るためなんだよ」


 口調は優しげだが、ネージュの行動を過ちだと言い放つような、 諭すような物言い。エレナが顔を顰める。


「エレナ様は強いです。エレナ様と一緒に居ます」

「エレナちゃんには強いからこそ、罪人の確保に回ってもらいたいんだ」

「ちょっと待ってください。話が進み過ぎてませんか⁉ あたしはまだ――」


 まだ、手伝うとは言っていない。思わず、不満をぶつけるがそれを止めたのは小さな冷たい手だった。

 エレナの指を摘まむように、ネージュの手が絡む。


「……行って、しまわれるのですか」

「ネージュ、あたしは――」

「僕が怖いのは分かる。でも、全て君の為なんだよ。君のために国が動いてる」


 レナトゥスが言葉を遮った。それほど必死なのだろう。理解は出来る分、歯痒さに下唇へ歯を立てる。


「エレナ様」


 か細い声が、名前を呼ぶ。不安に揺れる赤い瞳が濡れ始め、とうとうエレナの身体に腕を回した。顔を埋める胸元が、冷えていくのが分かった。ネージュの白髪に指を通し、片腕で抱き留める。


「わたしを、迎えに来てくださいますか?」

「うん、絶対」


 捕まえられるか、否か。いずれにせよ、必ず夜までにはネージュには会いに行くつもりだ。眠るときくらい、安心させてあげなくては。その思いから、固く頷いて見せる。


「……絶対に、わたしを見つけてくれますか」

「――え? それって、どういう」


 続くネージュの言葉に、エレナは目を見開いた。意味を問うより先に、ネージュの身体が遠ざかっていく。これ以上待てないと判断したのか、レナトゥスが急かすように肩を掴んだようだ。


「きゃっ」

「さぁ早く! 前に馬車をつけてあるから、行こう! エレナちゃんも、無理をしないように頼むね」


 慌ただしく、二人は家を出ていく。少女の影を追うように伸ばした腕は、ただ空虚を掴むばかり。王城にいれば安心。脳は理解しているが、どうにも心中に残る蟠り(わだかま)りは拭えずにいる。

 

「……頼まれたからにはあたしも探さないとな」


 何より、元凶を取り除いてやるのが、一番の解決ではないか? そう、無理やりに自身を納得させる。独り言として吐き出した声に呼応するように、黒猫が甲高く鳴き声を上げた。

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