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第一章13 対話

 陽の差し込まない王城の地下。石壁に配置された燭台だけが、ぼんやりと空間を照らす。金属の擦れる音ばかりが反響する中、一人分の靴音が牢に近づく。見回りの衛兵だ。外套の胸元で装飾された紋章は、位の高さを表している。


「無様だね。牢獄生活は慣れたかい?」


 衛兵の男はそう吐き捨て、格子を握りしめた。中には、男二人が捕らわれている。見下すような物言いに苛立ちを隠さないカルウは、手錠に繋がる鎖をしならせ怒鳴った。


「そう思うなら早く出したらどうだ、あ⁉」

「ははは、せっかちだなぁ。どうせ出ても湿っぽい生き方しか出来ないでしょう?」


 嘲るような笑みを浮かべた衛兵。微塵も恐怖を抱いている様子はなく、カルウは舌を鳴らす。ヴィトは話す気力もないようで、壁に額を擦り付け唸っていた。 拷問による後遺症だろう。

 衛兵は、声を潜めながら物問う。


「出すだけなら出来るけれど、あの子(ネージュ)はどうするの? 捨て置く?」


 脳裏に浮かぶのはカルウの所有物。このまま逃がせば、保護下にいる奴隷はカルウの手元には戻らない。それをこの男が良しとするはずがなかった。


「良いわけねェだろうが。あのガキも回収するに決まってる」


 やはりだ。しかし、ネージュは今カレン宅で保護されているため、簡単に飲めるような要望ではない。


「なら、まだ動けないね」

「チッ。使えねェな」

「本当に単細胞だな。それにせっかちだ。君の良くないところだよ?」


 肩を竦め、軽く言い放つ。少女とは数回の面談をしたものの、未だ畏怖の視線を向けられている。「大人の男が怖い」という理由で疑われることはないが面倒なことには違いない。

 カレンから疑われ始めるのも、時間の問題か。それに、エレナという赤髪の女も厄介に思える。


「はぁ。奴隷の所在も分かっているし、近いうちに出してあげる。気長に待っていなよ」


 外套を翻し、牢に背を向けた。囚人たちの視線が衛兵を刺すが、平然とした様子で歩を止めない。


「流石、親友。期待してるぜ、レナトゥス」


 耳に届く狡猾な声を無視する。遠い故郷との繋がりを恨んだのは、生涯において初めてだった。


 ◇


 カレンの指導により、魔力の使い方を覚えてから三日ほどが経った。以降、特別な指導はなく「魔力を使う習慣をつけろ」という指示に従っている。

 今は、ネージュと共にベッドの上で、うさぎのぬいぐるみと対面していた。


「――ここで、魔力をぬいぐるみの手に弾いて上げると、万歳しているみたいで可愛いです」


 言うと同時に、ぬいぐるみの右手が跳ねる。放出した魔力が、ぶつかった結果らしい。その光景に思わず、エレナは感嘆の声を溢した。


「凄い凄い! 自分で動いてるみたい!」


 昔、フィデスやサナティオが似た使い方をして遊んでいた覚えがあるが、当時も「凄い!」としか言えなかった気がする。興奮するエレナとは反して、ネージュは控えめに目を細めた。


「上手な人なら、もっと自然に動かせるんですけど」

「えー、充分でしょ? あたしもやってみたい!」


 魔力の放ち方は覚えた。手をぬいぐるみに翳し、指先に意識を向ける。巡る熱が指に収束するのと同時に、放出。


「ぎゃっ⁉ 吹っ飛ばしちゃった!! ごめーん!」


 衝撃を与えられたぬいぐるみは、ベッドから離れ、壁に打ちつけられた。思い描いたようにはならず、肩を落とし脱力する。ネージュはシーツから身体を滑らせ、落下したぬいぐるみを拾い上げた。


「ふふ、優しくですよエレナ様」


 朗らかな表情で、愛でるようにぬいぐるみを撫でている。可愛いものが好きらしい。隣りに腰かけた少女の柔らかな髪に、指を通した。


「ネージュはすごいねえ。強さだけじゃなくて、コントロールも大事なんでしょ? あたしにはまだ難しいかな」

「……えへへ。カレン様みたいに教えることは出来ませんが、こういうお遊びはわたし、沢山知ってるんですよ」


 得意げなネージュが愛らしい。時々ではあるが、無邪気な子供らしい一面を見せることも増えた。特に、撫でられると嬉しいらしい。

 強請りこそはしないが、手を近づけると引き寄せられるようになった。まるで撫でられ待ちの小動物。黒猫は「撫でろ」とばかりに擦り寄るくせに、飽きたらどこかへ行ってしまうというのに正反対だ。


 少女からぬいぐるみを受け取り、もう一度魔力を使おうとする――その時だ。外から、力強いノックが響いた。返事をするより早く扉が開き、銀髪の女性カレンが現れる。


「ネージュ、レナトゥスが来た。顔だけでも見せな」


 レナトゥス――毎日陽が傾く時間になると、欠かさず来訪する男の名だ。窓に目を向けると、空は茜に染まっていた。

 ネージュは短く返事をし、カレンの横をすり抜け一階に降りていく。顔は伏せ気味だったが、垣間見えた表情から読み取れたのは怯え。


「あの子、レナトゥスさんが来たときは暗い顔になるね。……性格的に、嫌とは言わないけどさ」


 心中に漂う不安を口に出す。しかし、カレンの反応は至って淡泊なものだ。


アイツ(レナトゥス)はデカいからな。大人の男に慣れる機会を作ってるんだろ」

「なんかソレやだ。ネージュのための面談じゃないの?」


 問いに対し、カレンは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。その時、一階から男女の話し声が聞こえ始めた。同席するらしく、カレンは踵を返しドアノブに手をかけた。


「全員が全員、お前みたいに暇じゃないんだよ。もう手助けなく出来るんだから、飯の支度でもして待ってな」

「うーわ。冷たい大人」



 部屋を出るカレンに毒づけば、嘲笑の孕んだ軽快な笑い声が室外から響く。このモヤモヤとした感情を取り合う気はないらしい。


「安心しろ。流されやすいところはあるが、レナトゥスは悪い奴じゃあない。打ち解けるのも時間の問題だろ」

「ふうん。なら、いいんだけどさ」


 ◇


「……エレナ様、お待たせしました。お手伝いします」


 話し合いが終わったのか、ネージュがキッチンに入ってきた。浮かない顔色のまま袖を捲り、小鍋に手際よく水を汲み始める。


「疲れたでしょ? 待ってても良いよ」

「大丈夫です。わたし、スープ作りますね」


 魔道具のコンロに鍋を宛てがい、魔法石に手を触れる瞬間。エレナは思い出したように「あ!」と声を上げた。


「はいはい! あたし、火つけるのしたい!」

「分かりました、お願いします」


 まるで、玩具の遊び方を覚えた子どものようだ。魔法石に指先を触れ、魔力の流れを感受する。指先に熱を感じたと同時に、魔法石がぼんやりと淡い輝きを帯び始めた。

 ボッ、と音を立てコンロに点火する。


「ありがと。なんか、使い方をポロっと忘れちゃいそうでさ。まだ不安なんだよねえ」


 未だ、魔力の流れには慣れない。ふとした瞬間、全てを忘れてしまいそうな恐怖に近い感情は、失せそうになかった。魔道具が正常に作動したことで、安堵を覚える。


「エレナ様も、不安になるのですか?」

「なるなる。全然なるよー! だってまだ現実味ないもん。夢なんじゃないかなあって、何回も思うよ」


 眉尻を下げて、困ったような笑顔を浮かべた。


「あたしはまだまだ大人になりきれてないからさあ。不安なことばっかりだよ」

「……あんなに、強いのに?」

「そうだよ。友達とか、カレンさんとか、色んな人に助けられてばっかりだもん」


 言うと、丸い目を更に丸くする。深紅の瞳を泳がせるばかりで、返事はこない。ネージュにとって、それほどの衝撃があったようだ。エレナは返答を待たずに続ける。


「だからネージュが不安になっちゃう時は、あたしが助けてあげる。ま、大したこと出来ないけどさ」


 少女が呼吸を震わせる。涙を堪えたいのか、慌てて鍋に向き合い調味料を入れ始める。少しの間を作った後、ネージュは口を開いた。


「エレナ様は、充分なほど私を救って下さっていますよ」

「ふふ。まだまだ余力は有り余ってるよ?」

「……でしたら、今度またお話聞いてください」


 以前、浴室で言っていた「話さなくてはならないこと」が思い出される。――もしかすると、話す覚悟を決めたのかもしれない。

 今度がいつになるかは分からないが、急かすようなことはしない。フライパンに油を注ぎながら、エレナは口にする。

 

「勿論。何でも話して」

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