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第一章8 助けて

 あの荒ら家から救出された女児は四名。確保された男たちの証言から、衛兵の行った内線の多くが攪乱の為であることが判明した。入国者は金に困っている路上生活者、そして見回りの衛兵を中心に賄賂を流し、数か月身を隠していたようだ。加えて、奴隷として売れる幼児を引き渡した人間には、上乗せの硬貨を渡していたらしい。


「なにそれ、下衆野郎じゃん」

「あぁ、下衆だな。何より国賊共だ。誰一人異論を上げず、甘い蜜だけ啜るつもりだった馬鹿共。処分するには数が多すぎる。下層部に固まっていたのが幸いだった」

「へえ。偉い人も大変なんだね」


 治療を受けながら、エレナは他人事のように軽食を口に入れた。咀嚼する様を呆れるように見ながら、カレンは『回復魔法(フィリアーナ)』をかけた。エレナの肩が大きく跳ね、下瞼が小刻みに震えた。乾いて赤黒く変化した血液が沸々と湧き、皮膚と筋肉が緩やかに再生していく。


「ッ……あ……いったいんだけど」

「はあ。お前ほど痛覚が鈍化してるやつなんて中々いない。子どもにこの痛みを味わわせる気か?」

「そう、かもしれないけどッ……うッ」


 戦いに身を置いていたエレナでさえ、顔を歪ませる痛み。子どもには耐え難いはず。

 エレナは食で気を紛らわせながら、肩の刺傷と大蛙(グランフロッグ)との戦闘で負った火傷の治療を受けていた。


「わざわざナイフを受けるからこうなる。お前なら躱せたろう」

「人質がいたんだよ、あの時は。カレンさんたちが早く来てくれれば怪我もなかった」

「はいはい、悪かった」


 まるで反省の色がないが、エレナとて謝ってほしいわけではない。回復を終え、傷のない肌を取り戻す。痒みは残るが、皮膚の中であるため刺激を与えることは叶わず、不快感に眉を寄せた。

 書斎にはカレンと二人きり。山積みの魔導書に、始末書の束。流石に専門職には手を出すわけにはいかず、始末書には触れられない。これらはカレンの仕事だ。


「私は、魔法の研究がしたいだけだったのに……なんでこんなこと」

「愚痴?」

「この量は言いたくもなる。徹夜じゃないか」


 カレンは朱肉に印鑑を打ち付け、乱暴に始末書を彩る。眼光だけが、文章を追い幾つもの打音を響かせた。

 手透きとなったエレナは、近場の魔導書を手に取り窓際の(かまち)に腰かける。その時、複数の足音と共に微かな声が届いた。文字として聞き取れない音に、カレンが「なんだ?」と立ち上がる。


 スノーフレークが模様に描かれた戸が衝撃に揺れ、ノブが回された。外から飛び行ってきたのは、白髪が目を惹く小柄な少女。長い前髪が顔を隠し表情は伺えないが、混乱しているのは分かる。

 白のワンピースから伸びる細い四肢には生傷ばかりで、聞こえるのは吸ってばかりの呼吸と嗚咽ばかり。

 少女の頭がゆらりと動き、腰かけたエレナの姿を捉えた。その様子に確信する。戦闘時、人質にされていた子どもだ。


「ああ、あの時の」

「おいお前、まだ傷を治してもらってないのか? そんなに泣かなくても、ここの白魔法使いなら痛みなく――」

「ぅああああぁあぁっ!!」


 カレンの言葉を裂くように叫喚を上げ、素手であった掌に(ヴィト)の持っていたダガーナイフを『収納魔法(ストレイジ)』によって出現させる。思い切り地面を踏みつけ、絶叫と共にエレナの腹部を衝く。簡単に沈んだ切っ先は、さらに強く押し込まれ生暖かな液が少女の手を赤く変えた。


「あ、あなたが……! あなたのせいで、わた、わたし! おうちがなくなってっ、ご主人様もいなくなって、それで……!!」


 叫声にも似た訴え。遅れて数人の職員が入り込み、惨状に悲鳴を上げた。


「ど、どうやって生きていけば、いいんですか……! わたし、生き方わかんないのに……‼」

「やめなさい、離れなさい! 何をしているのか分かっているのかい!?」


 職員の一人が、強い言葉で咎める。


「うる、さいッ! うるさいうるさいッ! 助けてポイする癖に! 誰も、ほんとに助けてくれないのに……‼ 期待……ばっかり……う、うあぁぁあぁッ」


 振り乱した髪の隙間から、血を思わせるような紅い瞳が覗いた。先ほどのように涙で揺れていて、汚れた頬が(そぼ)つ。

 その様子を見ていると、中から響く痛みが何故か遠くに感じた。エレナは滂沱(ぼうだ)する少女の涙を指先で触れる。瞬間、少女は掠れるような声を溢し、エレナを瞠目した。


「……エレナ、大丈夫か」

「うん、これくらいなら」


 その返答に、カレンが「そうか」と呟く。職員を引き連れ、エレナたちから距離を取った。少女を刺激しない方向に切り替えたのだろう。

 大丈夫。とは言ったものの正直、戦闘中よりも冷静なせいか痛みは激しい。だが、それ以上に。


「分かんなかったんだよね」

「え」

()()()の言い方が」


 自身へ降り掛かる痛み以上に、こんなやり方でしか表現出来ない少女が、痛々しく見えて仕方がない。エレナは、腕をゆっくりと降ろし少女の腰に回し懐包した。

 エレナの鮮血が、白のワンピースに伝播する。


「あ、あぁ。ごめ……なさい。わたし……お腹……刺しちゃ……」

「あたしはね、大丈夫。だってここにいる人たちが治してくれるから。あなたも絶対に、大丈夫」


 必死に選んだ言葉を丁寧に綴っていく。

 徐々に少女の抵抗は薄れ、最後にはエレナの肩に頭を預けた。骨ばった背中を撫でてやれば「ごめんなさい」と、何度も繰り返す。


「……カレンさん、これ抜くから回復お願いできる?」

「丁度白魔法使いがいるじゃないか。早く治してやれ」

「勿論です。触れますね」


 カレンに促され、職員らしき人がエレナの背に触れた。血液で滑るナイフを引ん抜いた瞬間、背後から詠唱が聞こえ、歯噛みするような痛みが消え入る。


「――ほらね、治った」


 安心を与えるように、掌を少女の頬に宛がい微笑む。少女は雪白の睫毛を微かに震わせ、治療をした職員に小さく話しかけた。


「わ、たしもいい……んですか」

「ええ。痛くないからね」

「お、願い……します」


 職員に手を取られた少女が、躊躇いながらも部屋から連れ出される。その様子を見届けていたエレナたちであったが、戸が閉じた途端、緊張感が途絶えた。カレンが、血濡れたカーペットを見て溜息をつき、エレナは再度腰かける。


「よく立っていられたな。痛くなかったのか?」

「痛いに決まってんじゃん」


 カレンの軽口に、恨めしい視線を送った。そして、血の足りない身体を窓硝子に預け照明を仰ぐ。


「でも、あの子のほうが痛い」


 脱力した腕は、魔導書を掴む気にもさせない。あの不安げに揺れる瞳も、落涙した時の暖かさも、染みつくようにエレナの中で残っている。処罰を受けるはずの罪人たちに憎悪を覚えつつ、エレナは熱を吐き出した。


「報告に上がっている行方不明の子どもは三人。――それに、アルビノの容姿はこの国では目立つ。……が、情報のない子どもだった。大方、拘束された下衆どもに飼われていた……ってのが現在の推測だが」

「気分悪い、最悪。詳しい話はもういいよ」


 エレナは、悠然と清宵の空を眺める。騒動などなかったかのような静けさがエレナに沁み入り、秒針だけが、変わらない音を立てていた。


「カレンさんの家、空き部屋あるよね」

「――何が言いたい?」

「別に、聞いてみただけ」


 それが、少女の救いになるかなんて分からない。そもそも、不都合被るのはカレンだ。そんなことに気が付いた頃には、口をついていた。慌てて言葉を濁すも、カレンは意図を読んだようで。


「言葉には責任を持つこったな」


 そう吐き捨て、始末書に印鑑を叩きつけた。

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