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十六 実に惜しい ②

「私の口から説明するより、これをご覧いただいた方が早いでしょう」

 能登がスマートフォンを操作し、とある動画を再生させると高々と掲げてみせる。

「この美しい社長令嬢を射止めるのはいったい誰か。スマホもタブレットも使えない山奥で、十八人の男による仁義なき争いが今始まる!」

 鳴坂は息を呑んだ。一連の計画を練るに当たってヒントを得たのはこの恋愛リアリティ番組、正確に言えばそのコマーシャルに他ならない。だが能登も、自身と同じく地上波のテレビなど観ないと言っていたではないか。いったい何がきっかけで思いいたったのかが実に不思議だ。いや、何かの拍子に視界に入る可能性は十分にあった。コマーシャルが配信動画の合間に流れているからには、同じ発想に辿りついてもおかしなことはまったくない。

「この手口を使ったのでしょう。あなたは彼女たちをけしかけ、まさに互いを殺し合わせるべく〝仁義なき争い〟をさせたわけです。後から考えれば、ああいった番組を見るまでもなく私の方で思い至らなければいけないところでした。何しろ六名は、あなたとの真剣交際を熱望していたわけですから。

 しかも、こういった言い方は望ましくないとは思いますが──あの六名は遺影を見るかぎり、あなたのような華やかな男性とお付き合いできるだけの容姿の持ち主ではなかった。よほどの幸運に恵まれれば話は別ですが、もし男性と交際するとしてもあなたほどの相手は望めないでしょう。

 そこへあなたが現れた。またとないチャンスだ。人気声優との交際など夢物語と思っていたのに、もしかすると現実になるかも知れない。夢を叶えられるなら、人ひとり殺すくらい何ともない。そうした気持ちにさせるべく、飛ばしのスマートフォンで新百合ヶ丘駅ちかくからご丁寧にお一人、二度ずつ電話連絡を入れた。このことは通話履歴で確認ができています。それからおそらく六名と個別にお会いになってお食事などをし、相手が心を許した感触を掴んでやはり各々をホテルに呼び出した。

 ただしその際、あなたは全員に対して同じ言葉はかけなかった。もっと具体的に言えば、六名を二手に分けてそれぞれに違った誘い文句を用いた。やりとりもだいたい次のようなところでしょう。

 宇津木さん、川村さん、原田さんに対しては単純に『あなた一人と交際することに決めた。自分が指定するホテルで遭いたい。他の五人は了承している』などと性交渉を仄めかしておびき出した。

 いっぽう岸さん、山井さん、伊崎さんには少し複雑な指示を下した。『あなた一人と交際することに決め、ほか四人の了解は取りつけたが一人だけ猛反対している』と言い、その人物を訊かれると岸さんに対しては宇津木さん、山井さんに対しては川村さん、伊崎さんに対しては原田さんと答え、『自分にとっても邪魔だから殺してほしい。相手はどこそこのホテルにいる。その後で凶器類を回収するので指定の場所に来てほしい』と依頼した」

「そんな企みがうまくいくはずがない。僕と会うつもりだったのに、サークルの仲間が部屋に来たら絶対に怪しむはずだ」

「あなたはそれも承知で直接に手を下す三名にまた命令したのでしょう。『鳴坂はここに来るはずだったが、〝別のメンバー〟に拘束され、自分のところに助けが来た。曲がりなりにも最初、鳴坂を脅迫しているから警察には相談できない。一緒に行こう』。そう言って後ろを向いた隙にハンマーで撲殺するようにと。あなた自身がスタンガンを使ったのはこれが理由でもありますよね。岸さん、山井さん、伊崎さんが『先ほどまで自分がやってきたことをあなたにされないとも限らない』などと警戒感を抱いた場合でもしくじらないように、危害を加えるつもりがないという意思を示して油断を誘う狙いがあった。

 また他にも指示を取りつけていたはずです。血が飛び散るとまずいからハンマーに布を巻いておくようにとか、もし衣服に付着したらどこかに捨てるようにとか、意識を奪った後は何分間首を絞めておくように、変装してホテルの防犯カメラに映らないように、などと。事件発生直後、ホテルのカメラにあなたが映っていないのを見て捜査から外しかけたことがありました。その際、身長から明らかにあなたではない人物も映っていましたが、あれは今にして思えば彼女たちだったのです。そうでしょう?

 少し話がずれたので戻りますが、ともかくあなたとの交際に目が眩んだ岸さん、山井さん、伊崎さんはまんまと言いなりになった。六名に相互の連絡先を削除させたのは何といってもこのためです。あなたがいつ、誰をホテルに呼び出したかをカムフラージュし、互いを疑心暗鬼にさせる目的以上に、二枚舌ならぬ六枚舌を覚られないようにする狙いがあった。そしてそれぞれ他の三名を殺した岸さん、山井さん、伊崎さんをあなたが殺して回った。一晩で六名を亡きものにしたのも、他の誰かが殺されていることを覚られてはいけなかったからだ」

 その通りだ。付け加えるなら、三人を殺す前にそれぞれ指定した一人を始末してきたかを確認している。伊崎が「言われたとおりにしてきた」と口にしたのは「言われたとおりに殺してきた」という意味だ。そこで用が済んだのが分かったからこそ、直後に息の根を止めた。実のところ三人を殺した後、もっとも気がかかりだったのは本当に宇津木、川村、原田を絶命させたのかという点だったのだ。

 それにしてもなぜこの刑事は、能登はこうまで真相を言い当てられるのか、鳴坂は分からなかった。直接の物的証拠は残さなかったはずだ。

「だからといって彼女たちが殺し合いをするように仕向けたなんて、バカバカしい」

 鳴坂は喉のみならず、全身の皮膚が渇いていくのを感じていた。もはや冷や汗が額のみならず背中一面からも噴きあがり、滝のように腰から腿へと流れ落ちていた。

「そうです。用心深いあなたはそれだけでは安心しなかった。だからもう一つの別の方法でも六名を煽った。そのためにあなたは、彼女たちがサークル仲間であることを利用した。同一サークルのメンバーという点だけを見ると、彼女たちの結束は盤石なように思えます。ただし、それはあの六名が一枚岩であることを意味しません」

 よもやそこまで行きついていたか。鳴坂はほとんど気絶しかけていた。そう錯覚するほどに五感の神経が麻痺寸前にまで追いこまれていた。

「一つのサークルがあれば基本、みな仲良し。二人でも三人でもそれ以上の人数でも、共通の趣味目的をもって結成するもの。六人での同人活動は珍しい、けれどもまったくない話でもない。私もある時点までそう思いこんでいた。彼女たちがなぜサークル名を〈B.L.ワークス〉としていたのかにも注意を払わなかった。普通〝B.L.〟の部分はボーイズラブの略だと解釈するからです。

 しかし彼女たちのサークルはそうではなかった。あの六名は、いきなり一堂に会してサークルを結成したわけではなかったのです。はじめは岸さん、山井さん、伊崎さんの三名で構成される〈BELLA〉と、宇津木さん、川村さん、原田さんの三名で構成される〈LOVERS〉の二つのサークルが別個に存在していた。

 ところが、この二つのサークルが合併することになった。過去のSNSのやりとりを拝見したところ、あるアニメの同人誌を出すにあたり意気投合して元のサークル名のアルファベットの頭文字を付け、新しい一つのサークルを結成していました。それが〈B.L.ワークス〉だったというわけです。現に活動は好調だったようで、事件が起こるまでの四年間、夏冬のコミックマーケットだけでも計八回、参加しています。これら一連の経緯はサークルのホームページに記載されていますからもう間違いない」

「それがどうかしたか? 本当にそれが仲間割れを誘発させたとでも言うつもりか?」

「私の話はここからです。あなたは過去に起こった彼女たちの間で起こった争いを利用したのでしょう。

 前にも申しあげましたが、私はアニメやゲームの界隈にそれなりの知識がありまして、何がしかの作中で明言される人物関係に関してときに激しい論争が交わされることをよく存じております。彼女たちのような趣味の──もっと言えば乙女ゲームと呼ばれる成人女性向けの作品などを愛好する──方々も例外ではなく、キャラクター間のカップリングに強いこだわりをお持ちです。そのせいか自分たちが推すカップリング以外は断固として存在を認めず、中には大変に攻撃的な態度をとる方もいる。

 具体的な例を挙げれば、『武士のプリンスさま』になりますでしょうか。この作品も彼女たちの間で激しいカップリング論争を巻き起こしました。いちど鎮火しても何かのきっかけで再度、論争が勃発することはよくあります。そしてこの作品は近々、アニメ化が決まりブームが再燃しつつあった。

 いえ、たとえばの話ではありません。亡くなられた六名の方のお部屋を拝見させていただいたところ、そのうちの幾つかにグッズが確認できました。あなたは実際に『武士のプリンスさま』を巡る論争を利用したのだと私は見ています。この殺人で加害者側に回った三人が所属していた〈BELLA〉は主人公格のナガノブ・オリタとマルラン・モリオカを推し、いっぽう被害者側の元のサークル〈LOVERS〉ではナガノブ・オリタとイエトシ・マエノを推していた。

 これを知ったあなたは元〈BELLA〉所属の三人に、こんどアニメ化される『武士のプリンスさま』ではナガノブ・オリタとイエトシ・マエノのカップリングが公式化される、などといった敵愾心を煽る情報を流した。おそらくそれぞれと二度ほどお食事をされた際に、話題に出す形で。もう片方の〈LOVERS〉の推しを把握していない、あるいは忘れていることも想定し、そちらの情報も改めて伝えていたのでしょう。そうしてあなたは、少なくとも殺す側が殺される側に敵意を抱くようダメ押しをした。

 これは効果があったはずです。私、先ほどあなたが殺す側の三人に、殺される側の前でご自身が六名のうちの〝別のメンバー〟に拘束されたと嘘を言うように命令したと申しあげましたが、その際も個別に〝別のメンバー〟の名前を指定したのではないかと考えています。宇津木さんを殺す岸さんに対しては原田さんの、川村さんを殺す山井さんには宇津木さんの、原田さんを殺す伊崎さんには川村さんの名前をそれぞれ挙げるように、と。殺される側も元はと言えば別サークルの人物の名前が出たわけですから、さもありなんと思ったはずです。

 実は私、同じ警視庁の女性の警察官に、もしあの六名のような状況に陥った場合、殺人が選択肢に入るかどうか訊いて回りました。そうしたところ少ない割合ながら『はい』との回答があり、しかも憎い相手だった場合はその数が倍になることが確認できました。そこまでに至るのに大変な苦労をしたわけですが。

 いずれにせよ鳴坂さん、だいたいこのようなところでしょう」

「お前の苦労なんかどうでもいい!」

 鳴坂は怒りに任せて怒鳴り声をあげた。

 実際の手口は、一から十まで能登の言うとおりだった。あの六人を二手に分けて憎みあわせるという方法も、サークルが元は別々に分かれていた事実を知った後、はじめに会ったとき向かって右に伊崎、岸、山井が、その向かい側に宇津木、川村、原田が座っていたのを思い出して考えついたのだ。双方を焚きつけた際の感触でそれが当たっていたのが分かった。自身が幾つかのミスを犯したとはいえ、ここまで事実を言い当てるとはどんな捜査を行ったのだろうか。まったくもって想像もつかない。

 はじめ鳴坂は能登を侮っていた。それだけの根拠があった。見方を変えたのは前回、自宅に来たときだ。しかもそのときでさえ、自身の勝利は微塵も疑っていなかった。

 にも関わらず、最後には無残にも打ちのめされた。勝負のうえでは負けだ。挑戦状を突きつけておきながら口惜しいが、完全な敗北だ。鳴坂は己が力の限りを尽くした企みを解き明かした能登に対し、尊敬の念さえ抱いていた。

 ただし、こちらには未来がある。すでに萌と婚姻届を出す日取りまで決めているのだ。何より、この場を切り抜ける術も残している。ここで社会的な敗北まで受け入れる必要はない。それに気づいたときには、鳴坂は顔に笑みを取りもどしていた。

「刑事さん、長々とご高説、ご苦労さまでした。

 でも残念だったね。刑事さんのお話は一応、筋が通っているけど単なる推測だ。ああいう手段を取れば僕が犯罪を遂行することができた、と言っているに過ぎない」

 一切の物証がない。正解でも証明する手段がない。この推理の唯一にして最大の欠点だ。やがて鳴坂の笑みは目尻と口元が吊りあがるように、より強い攻撃を帯びるようになる。たじろぐ能登を目にすると、勝利の確信がますます高まっていった。

「それは、そうですが……お認めにならない?」

「認めるも何も、事実ではないうえにただの想像だ。空想の方が近いかも知れないね。いやあ、実にもったいない。刑事なんか辞めて、漫画かアニメの脚本家にでもなった方がいいのに。こんなことにならなければ、僕が推薦してあげたいくらいなんだけど」

「しかし」

「そこまで言うなら、証拠を出してくれ」

 証拠がなければ罪には問えない。捜査に関する詳細な知識のない鳴坂でも、それくらいは分かる。ましてや刑事ならなおのこと承知しているはずだ。

 その読みは当たっていたらしく、能登は目を閉じ、上を向いたあと小声で呟く。

「そうですか……そうでしたか」

 それから鳴坂を委縮させんばかりに発せられていた圧力も、霧のように消えていった。最初からから自白に頼るつもりだったか、あるいは今の話を叩きつければ罪を認めると踏んでいたのかも知れない。とにかく能登が勢いを失ったのは確実だった。

「今日はこのあたりで失礼しますが、またお邪魔させていただきます」

 言葉遣いこそ大きく変わらなかったが、明らかに落胆している様子が窺えた。声の調子からして、穏やかというより沈んでいるといった印象だ。推理では能登に譲ったものの、それ以外では自分の勝ちだ。もう揺るがない。

「勝手にしろ」

 鳴坂が突き放した答えを返すと、能登はそれ以上、何も言わずに後ろを振り向く。そしてそのまま靴を履き、部屋の外へと出ていった。

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