第九話四歳のシャニナリーア
ストックが尽きるまで一日一話更新の予定です
あたしは四才になった。
意識して歩く練習をしたせいか、もう足はしっかりしている。指も思うように動く。口もちゃんと回るようになって、カーサ母様ともまともな会話が出来るようになった。ちゃんと乳離れしてるしね。そりゃ、時々恋しくなるけど。
一才上のイッティ姉様よりしっかりしているとよく言われる。
のんびり屋のイッティ姉様はそうやって比べられても全然気にしないが、三才上のミトラ兄様は負けず嫌いなので、少し気を付けるようにしている。それでも結構、張り合ってくる。まあ、四歳のくせに体力とかミトラ兄様と並んでるしね。
五才上のナンカ姉様は帝都の貴族学校に入り、帝都のマンレオタ屋敷から通ってる。この国では八才で学校に入る。居たらうるさかっただろうな。
妹が二人増えた。イワーニャ母様の産んだ女の子でロコ、今二才の可愛い盛り。ステイが生まれたばかりの乳飲み子。
カーサ母様はその後、やはり子供は出来ない。ちゃんと可愛がって貰ってるみたいだけど。
サラダン父様ったらお盛んだね。くふ。
三才の時に書斎に入る事を許可された。この世界では本はとても貴重品らしい。だから幼児ごときにいたずらされては困るんだろう。いつも鍵がかってて入れなかったんだ。
カーサ母様に絵本の読み聞かせをされた時に、あたしは自分で読んでみせた事がある。アクシャナの時代と字体が違うのが随分あって、最初はなかなか読みこなせなかったけど、読み聞かせのおかげですぐに出来るようになった。
その時はちょっとした騒ぎになった。
「天才よ、やっぱりシャニは天才だわ!」カーサ母様が騒ぐ事、騒ぐ事。
この時はさすがにイワーニャ母様の「あー、はいはい」は出なかった。もの凄くため息をついて両手を万歳するばかり。
「シャニには家庭教師つけようか?」と、父様が言い出す。
げ。今更だ。既にあたしには前世の記憶がある。数学と科学については、はっきり言ってこの世界より進んでいる。足りないのはこの世界についてと魔法の知識だけだ。
「あたし、ご本が読めれば良いわ。家庭教師より父様の書斎、使って良い?」
上目遣いにおねだり調で頼んでみる。どうだ?
「シャニがそう言うなら、良いだろう。貴重な物だから大事にね」
「ありがとう、父様。大好き!」首に抱きついてやる。
ほい。ちょろいもんだ。顔が緩んでるよ、父様。
あー、やっぱり前世と人格隔絶してるよね。こんなじゃなかったような。悪女になったのかな、あたし。
ミトラ兄様は本当に何かにつけてあたしに張り合ってくる。
三才の頃から本を読み出したあたしは、既に読解力はミトラ兄様より遙かに勝っている。それが悔しくてたまらないんだろうな。
「ボクは大きくなったら帝都に行って騎士になるんだ。だから父様に稽古つけて貰ってるんだぞ」そう言って威張る。
「ああそう。良い心がけね」当たり障り無く返したつもりだけど、
「ボクの腕を見せてやる。シャニ、来い」
あたしの腕を引っ張って訓練場に連れ出した。あー、うざい。
仕方ないので適当に相手してやる事にし、木剣を取った。
で、ミトラ兄様の構えを見ると……何よ、隙だらけ。父様何を教えてるの。
あたしには前世が剣士ロデリックの記憶とスキルがある。四才のあたしにその全てを生かす体力や筋力は無いけど、少しは使える。半魔人だしね。
ミトラ兄様が脅かすように大振りで切り込んで来た所を、木剣で滑らすようにいなす。まともに受けるとミトラ兄様の方が力があるので、今のあたしじゃ受けきれないからね。そんな具合に大振りしてくるミトラ兄様の木剣を全て受け流す。
うわー、体幹ぶれぶれ。足捌きそんなんじゃ……と思っていたら、ばったりこけた。あたしが木剣を避けたはずみにバランスを崩し、足をもつれさせたのね。
あたしは側に寄って、木剣をミトラ兄様の首筋に当てる。
「ラッキー、何だか勝っちゃった」ここはてへぺろで穏やかに収めよう。
「い、今のは無しだ。もう一回!」ミトラ兄様が顔を真っ赤にして立ち上がる。
そこへ手をパンパン叩きながらカーサ母様が近づいてきた。あ、見られてたんだ。
「はいはい、そこまで。大人の居ない所でそんな事しちゃだめ」
ミトラ兄様は悔しそうに木剣を床へ叩きつけると、走り去って行った。あー、片付けて行きなさいよ。もう。
すると、カーサ母様がその木剣を拾ってあたしに向かって構えた。
え?何、何?母様、何なの?
「構えなさい、シャニ」
あたしは訳が分からず、構える。
そのまま無言でしばらく。母様、隙が無いというか、怖いよ。見ているだけで、剣先があたしを突き刺すみたいだ。
母様が構えを解いた。
「剣をどうやって覚えたの?」
さすが、帝国一の騎士と言われたカーサ母様。幼いあたしの剣筋を見極めたんだ。前世の剣士ロデリック。
「え……どうやってって、あの……記憶があるの」
やばい。あっさりミトラに負けてやれば良かったかな。でも痛いの嫌だし。
「分かってるわ。他にもあったのね……」
母様の目がすうっと細くなる。……何だか怖いよ。
すると、いきなり母様はしゃがんであたしを抱きしめた。
「こんなに小さいのに。シャニ、あなたが心配だわ。どこか遠くに行ってしまいそうな気がして」ぎえっ!母様、きつい、きつい。
「ご、ごめんなさい」つい、口に出た。
「謝る事じゃないわ。誇って良い事よ。あなたは才能に溢れている。溢れすぎてる。それが不安なの。でも、母様の取り越し苦労かもしれない」
「母様大好き。だからずーっと一緒」今はそうしか言えない。
あたしは母様の首に抱きついて頬ずりする。心配してくれる母様がすごく愛しい。
あたしは今の穏やかな暮らしが好きだ。素敵な家族が好きだ。あたしに激甘なカーサ母様が大好きだ。この生活、絶対、壊したくない。
夕食になって、珍しくミトラ兄様が居住まいを正した。
「カーサ母様、ボクに剣術を教えて下さい」
あたしをチラ見している。ははあ、昼間のあれか。
カーサ母様とイワーニャ母様が目線を合わせる。ミトラどうしたの、って感じ。
「良いけど。私は厳しいわよ」
「知ってる。でも、ボクは強くなりたい。自分がどれだけ弱いかって分かったんだ」
おおー、初めて聞いたミトラ兄様のまともな言葉。これまでは負けん気と勢いだけだったんだけど。これには父様も目を見開いている。
「イワーニャ、良いの?私は特別扱いはしない」
「知ってるわよ。ノドムが泣き入れてたものね。でも、おかげで貴族学校では敵無しよ。ミトラも勢いの他に力をつけるには良い機会かもね」
さすが実母。分かってらっしゃる。
「サラダン、それで良い?」二人の母様が父様に詰め寄る。
「あ、うん、良いんじゃ無いか?」
ま、ミトラの指南をやってた手前、形無しだけど。父様、逆らえないよね、二人には。
「それじゃ明日、予定表を渡すわ。午前は準備。午後は修練。明後日から開始ね」
「えー?ミトラ兄様、遊んでくれなくなっちゃうの?」イッティ姉様が泣き声を出す。
「シャニが相手してくれるでしょ?」イワーニャ母様があやす。でも、あたしがネタ?
「だって、シャニちゃんはご本ばっかり読んでるんだもの。つまんない」
あー、そうきたか。ここは少し妥協するか。イッティ姉様は可愛いし。
「あたしも遊ぶよ、イッティ姉様。ミトラ兄様が遊んでくれなくなるしね」
「ほんと?じゃあ、お姫様ごっこする?」
どういう遊びだ?
「良いよー、あたし王子様でも良いわ」乗りで答えておく。
「え?オージサマってなあに?」イッティ姉様が天然の笑みで聞き返す。
違うのか。いかん、あたしはこの世界に疎すぎる。
残念ながら我が家の書庫や書斎には、子供の遊びについての本が無い。
でも、大陸諸国についての本や、魔法についての本は結構揃ってるみたいだ。あたしが書庫や書斎で本を読む時、カーサ母様が大体一緒に居る。てか、ほとんどあたしを膝に抱いているんだけど。まあ、あたしに異存は無い。居心地最高だからさ。居ないのは教練や出動の時くらいで、ミトラ兄様やイッティ姉様、ロティがうらやましがる。イワーニャ母様は忙しいからね。
カーサ母様がいつも側に居るって、実は大きなメリットがあるんだ。本を読んでいると、やはり分からないこの世界の言葉が多い。聞くと母様は丁寧に教えてくれる。おかげでこの一年で分かった事が沢山ある。
あたしたちのマンレオタ領はライカリア帝国の中にある。領主は皇帝に任命されて着任するんだけど、大幅な自治権がある。
でも必ずしも世襲というわけじゃ無い。議会と皇帝のお目に叶わなければ別の人間が領主に任命される。帝国に負うのは十分の一税と兵役。当然、領をきちんと治めなければならない。
幸い、マンレオタは父様が先代を継いで領主になれた。先代ラカンテオ・マンレオタは他界しているけど、その夫人、つまりワズーラお祖母様は健在で、帝都のお屋敷に住んでいるそうだ。あたしが赤ん坊の頃、会った事があるようだけど、記憶に無い。貴族学校に通っている兄様や姉様に囲まれて満足しているらしい。
先代はギヌアードで魔物討伐中、部下を庇って亡くなったそうだ。当時、帝国騎士団の小隊長を勤めていた父様が急遽、後を継ぐことになった。議会も皇帝も異を唱えるどころか、むしろ、あまり興味がなかった父様を説得したらしい。
マンレオタは辺境だし、帝国騎士って帝国では憧れの的だものね。ミトラ兄様も帝国騎士になりたがってるくらいだ。
マンレオタ領は他に特殊な役割を担わされている。ギヌアードからの魔物の侵攻を防ぐ事。ギヌアードに接している十二の領は同じ義務を負っているそうだ。
その代わり、兵役は免除されてる。領民にとってはありがたいことで、おかげで領の人気は高い。
ただ、タークを大量に持っているのはマンレオタだけらしい。マンレオタにはタークを作れるロダ・バクミンという魔工技師がいて、先代に命を助けられた恩義から、絶対マンレオタを離れようとはしないそうだ。
実はこのタークを他領に売る事で莫大な利益を上げている。マンレオタは荒れ地が多く、ギヌアードが近いせいで農地が少ない。産業もめぼしい物が無い。
タークには魔物退治以外に大きな恩恵を受けてる訳なんだ。
ギヌアードに接している他の領は数少ないターク以外に飛竜を使っているという。
飛竜だって!
異世界のロマンよね。マンレオタにも居れば良いのに。
伝説に寄れば、この世界には八つの大陸があるらしい。
らしい、というのは他の大陸との交流が無いからだ。暗黒時代の四百年間に大陸へ航海する技術も、その情報も全て失われたしまったという。名前すら残っていない。
あたし達の住む大陸はハバータ大陸と呼ばれている。
その中に大きな国が三つと無数の小国――豪族、部族と言った方が良いか――がある。
大きな国のひとつはライカリア帝国。あたしたちの国だ。
約四百年前に小さな国として興った。
今は皇紀四百十六年。以後、徐々に廻りの小国を吸収しつつ、現在に至る。
面白いことに、その過程で大きな戦争はほとんど行っていない。小競り合いをしているうちに相手が自滅したり、降伏したりしている。
これは皇帝の『運命に干渉する力』のせいだと言われている。これも魔法の一種なんだろうか?
大国ツツ連合王国はその名の通り、いくつもの王国の連合体で、その中の一つが盟主をつとめている。
現在はサシャルリン王国。この王国は当初、無数の豪族が割拠していた。各々の豪族の内、強い者が他の豪族を征服し家臣団として従える。それが繰り返されていくつかのまとまった国になっていく。
約百五十年前、国々は無益な争乱を止め、1つの盟主国を筆頭に連合を組んだ。それぞれの国同士に支配、被支配の関係はない。ちょうど江戸時代の藩のようなもの、と思えばいい。
もうひとつの大国はクノート共和国。大陸の北東部に広がる山塊にあって、ほとんど無人だった一帯を開発しながら大きくなった。
この国には王は居ない。市民の合議制だ。ただし、奴隷制度がある。厳しい環境を切り開くためこういう方法を取ったんだろう。
この国はあまり廻りの国と戦争をしていない。まだ開発余地があるって事だろう。
この国に攻め入ろうとした王国もあったようだが、厳しい地形と環境に阻まれて失敗している。
とにかくハバータ大陸は広い。それに比べ、人々は少ない。
そうした人々を支えているのが魔法。主に魔道具だ。
魔鉱石は内部に魔素を吸着して蓄積する。見たところ何の変哲もない石。でも中には空気中の数千倍もの魔素が圧縮されている。
魔晶石はそこに刻み込まれた術式で、魔鉱石の中の魔素を励起して魔力に変える。この関係の発見は偶然だったらしい。
以後四百年、魔晶石に刻み込む術式は様々に工夫され、発展してきた。実際に魔晶石に術式を刻み込み、魔鉱石と様々な組み合わせを行う人々を魔工技師と呼んでいる。
書斎や書庫には、実際にこれまで作り上げられた術式を本にしたものが何冊も収まっている。見た目、非常に複雑な幾何学模様の組み合わせだ。魔法陣みたい。
また魔晶石のカットの仕方でも魔力の出方が違う。そういう組み合わせで、色々な用途の魔道具が実際に作られている。
ただし、魔道具の一つ一つは単用途。多機能な物を作るのは難しい。
一方で人が使う詠唱魔法は覚えれば覚えただけ多種多様に使える。ただ、魔道具は誰にでも使えるけど、詠唱魔法はある程度魔法力――体内魔素量――がある人でないと難しい。そして長期間の訓練が必要だ。だから詠唱魔法が使える人には年配者が多い。
帝国には魔道協会というのがあって、詠唱魔法の習得や魔道師の活動を支援している。
ここでは失伝した魔法の復元も研究しているらしい。貴族学校の魔法課程では魔道協会から派遣された魔道師が教鞭を取っている。
ただ、書斎にも書庫にも魔法とは何か、どういう仕組みで発動するのか、魔素とは何か、といった原理的な事を記した本は無かった。アクシャナの世代では解き明かされていたのかしら。
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