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人間として上手に生きているらしいカッパと、不器用そうな、たぶんカッパの女の子のお話

亀ケ岡俊一郎と名乗ったカッパは、突然、人間に姿を変えた! カッパ大好き二木あるはは、驚愕するとともに、激しく落胆する。亀ケ岡俊一郎が二木あるはのもとを訪れた目的とは一体なんなのか?

 ほんの数分前までカッパだった、美しめの青年・亀ケ岡(かめがおか)俊一郎(しゅんいちろう)は、優雅といえる仕草で、先ほどまでカッパの姿で座っていたイスに座り直すと、カッパのくちばしではなく、人間の唇を開いて言った。


「ごめんね、あるはくん。私はキミを試したんだよ」


 ボク、二木(ふたつき)あるはは、カッパが人間に変わったことへの驚きがまだ抜けきらず、亀ケ岡氏の顔を見つめ、熱のこもらない声で言った。


「……試した、と言いますと?」

「うん、私の頼みごとは、心の底からカッパのことを理解してくれている人にしか頼めない。だから、いきなりカッパの姿で現れて、キミのことを試したんだ……ほんとうに、すまない」


 亀ケ岡氏は深々と頭を下げた。それに対しボクは、


「ああ、いいんですよ、そんなこと。全然気にしませんので」


 と、微笑みをつくって答えた。……本当に、そんなことどうでもいい。

 ほんの少し前まで、ボクはカッパと話をしていた。生まれてはじめての夢のような時間。それがまだまだ続く、と思っていたのに……今、眼の前にいるのは、服装といい態度といい、しっかりとした人間。ボクが今まで会った大人たちの中でも、上位に入る人間性を感じさせる人物だ。

 ぼんやりとそう考えるボクの目の前で、人間の青年・亀ケ岡俊一郎は上機嫌で話を続けていた。


「いやあ、私ね、あるはくんがやっているサイトの『河童を愛したい僕たち』を見てさ、『このサイトを作っている人なら……』って、思ったんだ。それで、大学でキミの名前と住所を訊いてね、いきなり訪ねて来ちゃった、ってわけなんだよ」


 それを聞いて、「どうしてここの住所がわかったんだろう?」という、ボクが抱いていた疑問のひとつが解けた。ボクのサイトは、大学のサーバー上で公開している。そして、信用のある企業・個人から、サイトの運営者について問い合わせがあれば、住所や連絡先などの個人情報を知らせるということも、事前に承諾済みだ。……つまり、眼の前にいる亀ケ岡俊一郎氏は、人間の社会でそれなりの地位と信用がある人物ということだ。

 きわめて現実的な答えに、ボクはまた少なからずガッカリした。「カッパの神通力でキミのことを見つけたんだよ」とか、できればカッパの姿のままで言って欲しかったな……。ちなみに、カッパは水神の使いなので、神通力が使えると言われている。


「あのォ、亀ケ岡さん」


 ボクは話し続けている亀ケ岡さんに声をかけた。


「うん? なんだい、あるはくん」

「『神通力』って使えますか?」

「ん? 神通力? なんのことだい?」


 ボクは大きくため息をつくと、すぐに話題を変えた。


「ボクのサイトの名前、『河童を愛したい僕たち』じゃなくて、『河童への愛を伝えたい僕たち』なんですけど……」


 ボクが乾いた声でそう言うと、亀ケ岡さんはあわてた様子で、


「え!? そうだっけ? それはすまなかったね、ついうっかりして」


 そう言うと、顔の前で両手を合わせ、ボクに許しを請う仕草をした。そして、合わせた手を少しだけ顔の前からずらすと、


「怒っているかい?」


 と、甘えるような顔でボクを見てきた。

 あー、美青年がやるとサマになるなぁ……。


「いや、怒ってはいませんけど……」

「そぉ? それは良かった。それなら、本題の話をしようか」

「……亀ケ岡さん、コーヒー飲みませんか?」

「コーヒー? そんな、気を使わなくてもいいよ」

「いや、ボクが飲みたいので……」

「そうか、それならいただこうかな」


 ボクはイスから立ち上がると、台所でコーヒーメーカーを取り出し、コーヒーをつくりはじめた。

 少し気持ちを整理しなきゃ。もっとカッパと話がしたかったのに、カッパが人間になってしまったのは残念でならない。だけど、あの亀ケ岡さんがカッパであることは間違いない。バスルームで入れ替わった、なんてことも考えられないわけじゃないが、わざわざそんなことをする理由がないし、あのカッパは絶対に本物だった。ならば、カッパである亀ケ岡さんからカッパの話を聞いて、カッパとの親交を深めるチャンスじゃないか。 

……あれ? 「カッパとのシンコー」って?


 そこまで考えたところで、コーヒーメーカーが出来上がりを知らせた。ボクは、亀ケ岡さんと、実はカッパなのだという女の子・亜麻月(あまつき)カノハの前にコーヒーのカップを置き、テーブルの上に砂糖とミルクを並べた。亀ケ岡さんは「ありがとう」と頭を下げ、亜麻月カノハはペコリと無言で頭を下げた。

 亀ケ岡さんはコーヒーになにも入れずに、ひと口ふた口すすってからカップを置き、内ポケットから名刺入れを取り出すと、ボクに名刺を一枚差し出した。


「あらためて自己紹介……というわけでもないんだが、私はこういう活動をやっていてね」


 その名刺にはこう書かれていた。


   河童親交振興会会長 亀ケ岡俊一郎


 ああ、これが「カッパシンコーシンコー会」か。ボクの疑問がまたひとつ解けた。


「河童親交振興会っていうのはさ、人間社会に住んでいるカッパがお互いに助け合っていこう、って会なんだよね」


 その言葉で、ボクのカッパへの探求心が少し復活し、思わず聞き返した。


「カッパって、人間社会にそんなにいるんですか?」

「ああ。カッパには人間の姿になれる者がけっこういる。私やカノハみたいにね。その中には、人間社会で生活している者も多くいて、人間の職業に就いてふつうに働いているよ、人間と一緒にね」


 なるほどなと、ボクは納得した。

 昔から、カッパが川魚を獲って人里に売りに来た、なんて話は多くあるし、人間の農作業を手伝ったとか、畑の開墾を一緒にやったとか、治水工事を指揮したなんて話もある。カッパが昔から人間の社会と関わってきたのは知っていたが、人に姿を変えて人間社会で生活する者もいたから、いろんな伝承が生まれたのだろう。

 ボクはさらに、亀ケ岡さんに尋ねた。


「人間に化けてる人間社会のカッパって、現代ではどのくらいいるんですか?」

「それはね、河童親交振興会の会員だけでも相当の数がいるし、会に加わっていないカッパも多くいるから、かなりの数だと思うよ」

「へえ、そうなんですね」


 そう言って、ボクは笑った。

 いい話だ。ボクのまわりにいるあの人も実はカッパかもしれない。そう考えるだけで、生きる希望が湧いてくる。


「でもね、あるはくん。カッパが『人間に化けてる』というのは、ちょっと正しくないんだよ。カッパはどんな人間の姿にもなれるわけじゃない。カッパひとりに、人間の姿もひとつだ。私はね、カッパが人間の姿になるのは、人間社会で生活するために適応したんだと思っているんだ。カッパの姿だと『清涼な水』が一定時間ごとに必要になる。それは人間社会では手に入るとは限らない。だけど、人間の姿になれば、かなり耐えられる。……それでもキツイことはキツイんだけどね」


 そう言うと、亀ケ岡さんはコーヒーをまたひと口すすった。

 そういえば、亜麻月カノハはコーヒーにいっさい手をつけていない。砂糖もミルクも用意したのにな。

 ……ああ、そうか! 「清涼な水」ね!

 ボクはキッチンからコップを二つ取ると、二人の前に置き、冷蔵庫から水のペットボトル取り出し、注いだ。


「どうぞ、この水、おいしいですよ」

「ああ、ありがとう。そんなつもりはなかったんだが……気を使わせちゃったね」


 亀ケ岡さんはそう言うと、おいしそうに水を飲んだ。

 亜麻月カノハも、おそるおそるというようすでコップに両手を伸ばし、両手で抱えるようにコップを傾けてコクコクと飲み始めた。

……なんだか、小動物みたいで可愛いな。ボクがその姿を見て、なごんでいると、


「あるはくん、もういろいろとわかってもらえたよね? とりあえず、『頼み』というのを話してもいいかな?」


 ボクは、慌てて亀ケ岡さんに目を向け、


「ああ、はい、どうぞ」


 と答えた。すると――


「この亜麻月カノハと、友達になって欲しいんだよ」


 亀ケ岡さんはそう言った。ボクは驚いて、「なんで?」と声を出しそうになったが、慌ててこらえた。

 いや、だってそうでしょ? 会ったこともないボクのところにわざわざやってきて、いきなり「友達になって欲しい」だなんて。そういうのは、まず知り合いに頼むものだと思うのだけれど。これは、なにか面倒な事情がありそうだな……。そう、考えながら、亀ケ岡さんの隣に静かに座っている亜麻月カノハを見た。

 ……ずるいなぁ、この状況で「友達にはなれない」なんて、言えるはずないじゃないか。ボクは、なるべく明るい声に聞こえるように気をつけながら答えた。


「ああ、もちろんいいですよ。カッパの友達は大歓迎です」


 そして、右手を亜麻月カノハの前に突き出すと、


「よろしくね、カノハちゃん」


 と、ニッコリ笑って言った。

 亜麻月カノハはおずおずとボクの右手を握ると、


「よろしくお願いします」


 と、静かだが心に染み入る声で言った。亜麻月カノハの手は冷たく、カサカサに乾燥していた。間違いなく人間の手だ。先ほど握手をした、カッパの亀ケ岡さんの手とは明らかに違う。


「いや、ありがとう。嬉しいなぁ、本当に助かるよ」


 亀ケ岡さんはそう言った。だが、少し間をおいてから、


「でさ、あるはくん。ひとつ訊いておきたいことがあるんだけど……」


 と、言った。


「え? なんでしょうか?」


 ボクがそう言うと、亀ケ岡さんは遠慮がちに、


「失礼だが、キミってさ、『カッパばか』とか言われていないかな?」


 と訊いてきた。


「ああ、よく言われますね」


 質問の意図はよくわからなかったが、そう即答した。ボクはカッパが好きであることに誇りをもっているので、「カッパばか」なんて言われたら、ホメ言葉にしか聞こえない。


「いや、あのさ、あるはくんが周囲の人間から浮いてないか、ちょっと心配でね……」


 亀ケ岡さんはそう言った。

 ああ、なるほど。ボクに友達がいないんじゃないかと心配しているのか。そういうのなら、子供の頃から、親からも、教師からも、さんざん言われてきている。


「大丈夫ですよ。ボクだってカッパの話ばっかりしているわけじゃない。そのへんは、ちゃんとわきまえていますし、友人は多い方だと思いますので、ご心配なく」


 ボクはそう言うと、コーヒーのカップを傾けていっきに飲み干した。

 なんと言っても、ボクにはカッパの素晴らしさを世界に知ってもらうという使命がある。そのためには、コネクションは大事だ。だからボクは、積極的に友達を増やすことに、子供の頃から励んでいる。


「ああ、そうなんだね。それは頼もしい。あるはくんの友人に、カノハのこと紹介してよ。カノハには人間の社会に馴染んで欲しいんだよね」


 亀ケ岡さんはそう言って笑うと、ほんの少しだけ淋しそうな顔をした。


「亀ケ岡さん、ボクもひとつ訊いていいですか?」


 ボクがそう言うと、


「ああ、もちろん。なにが訊きたいんだい?」


 亀ケ岡さんは明るく応じた。


「カノハちゃんが、『わたしはカッパになれない』って言っていたんですけれど、どうゆうことでしょうか?」


 ボクのその言葉に、亀ケ岡さんの表情が一瞬で曇った。


「ああ、そうか……、そのことも話しておかなきゃいけないよね。カノハはね、いつからか人間の姿からカッパになることができなくなった。理由はよくわからない。だけど、たぶんボクたち他のカッパのせいだ……」


 亀ケ岡さんが悲しげにそう言うと、


「そんなこと、ありません!」


 凛とした声が、それをさえぎった。声の主はカノハちゃんだ。


「わたしがカッパになれないのは、わたしがそうしたいからです。誰のせいでもありません!」


 それは大きな声ではなかった。だが、ハッキリとした意思を感じさせる響く声で、さきほどまでオドオドとしていた女の子のものとは思えなかった。

 ボクは、カノハちゃんのその声に驚き、さきほど、「カッパになってみてよ」などと、気軽に言った自分を恥じた。


 亀ケ岡さんは、


「そうか……、ごめんね、カノハ」


 と言ってからボクを見て、


「あるはくん、私はキミに、カノハが人間として生きていくのを手伝ってもらいたいんだ。カノハがそうしたいというのなら、もう、カッパに戻らなくても構わないとも思っている。だから、カノハがカッパになれないことは、もう、気にしないでくれないかな?」


 そう言われて、ボクはもう、うなづくしかなかった。やはり、面倒な事情があるんだな。カノハちゃんと友達になったんだから、カッパのことをいろいろと訊いてみようと思っていたけど、やめておいた方がよさそうだな。ボクの頭の中に、今のカノハちゃんの凛とした声がまだ響いていた。


 ……と、唐突に音楽が鳴った。たしか「ワルキューレの騎行」というやつだ。音楽にそう詳しくないボクでも知っている。スマホの着信音かな? もちろん、ボクのではないけど……

 眼の前の亀ケ岡さんが、あわててスーツのポケットに手をやると、スマホを取り出し、


「おいおい、なんだよこんな時間に。プライベートタイムだぞ!」


 と、スマホに向けて言い、ボクとカノハちゃんに手でわびる仕草をしてイスから立ち上がると、スマホの向こうの相手と話をはじめた。


「それは、君らの責任だろ? 自分たちでなんとかできる、って言っていたじゃないか! だから、いつも言っているんだ、デッドラインを逆算してスキームを組めと……」


 話は数分続き、ボクとカノハちゃんは、どうすることもできずに黙ってそれを見ていた。


「わかった、わかった。今から行くから。機嫌とって、しっかり引き留めといてくれよ」


 亀ケ岡さんは不機嫌なようすでスマホをポケットにしまうと、


「あるはくん、カノハ、すまない。仕事に戻らなきゃならなくなった」


 と、笑顔で言った。


「あ、はい、わかりました」


 ボクは適当に答えた。ほかにどうしようもない。


「カノハ、悪いけれど、ひとりで帰ってね」


 亀ケ岡さんは、せかせかと帰り支度をしながら、そう言った。

 え?! カノハちゃん連れて行かないの? 「ひとりで帰れ」って、もう夜中なんだけど……。そもそも、男の部屋に女の子をひとりで残していくのって、アリなの?


「はい、わかりました」


 カノハちゃんは、そう答えた。

 え?! いいの? カノハちゃんは適当に答えてないよね?


「あるはくん、何かあったら電話してね。番号はさっきの名刺に書いてあるからさ」

「あ、はい。わかりました」


 と答えたものの、他に言わなきゃならないことがいくつもある気がして、どうしようもない。だが、バタバタと帰り支度をする仕事モードの亀ケ岡さんに、なんて声をかけていいのか、わからない。

 ……あ、カノハちゃんは一緒に連れて行って。


 亀ケ岡さんは、キャリーバッグから高級そうな革靴を取り出すと、靴ベラも取り出した。さらに、紙袋を取り出して、テーブルの上に置いた。


「これ、使ってね」


 そう言うと、玄関で手早く靴を履き終え、


「それじゃあ、お先に」


 と言って、玄関のドアから飛び出していった。

 ボクはそれを呆然と見送った。カノハちゃんは落ち着いた顔で、特に慌てているようすはない。しかし、今日が初対面で、友達になったばかり、ほとんど話をしたこともないボクとカノハちゃんが、いきなり二人きりで残され、空気が重くならないハズもない。ボクのほうからなにか話をしなきゃ……とは思うが、さきほど興味本位で無神経にカノハちゃんに質問をした反省もあり、なかなか言葉が出てこない。

 

「ねぇ、カノハちゃん、亀ケ岡さんって、どんな仕事をしているの?」


 ようやく無難そうな質問が浮かんだので、とりあえず言ってみた。


「会長は、社長なんです」


 カノハちゃんは、短くそう答えた。

 ……なんだ?「会長は社長」って? ああそうか、「会長」というのは、河童親交振興会会長のことだな。カノハちゃんは亀ケ岡さんのことをそう呼んでいるのね。それで「社長」ということは、会社経営者なのか? ……カッパなのになぁ。だけど、まあ、さっきの電話で話す亀ケ岡さんを見ると、納得できるな。

 ボクは、もっと会話を続けなきゃと、カノハちゃんにもうひとつ訊いた。


「亀ケ岡さんって、どんな会社の社長なの?」


 カノハちゃんは、少し間をおいて考えてから、


「えーと、なんか……ひとにおカネを貸したり、投資とかをしたりする会社だって言ってましたけれど……」

 

 と、答えた。

 あー、うん。もしかして、これって無難な話題じゃなかったかな? これ以上、カノハちゃんに訊くのはまずいかもしれない……。ボクは言葉を続けられなくなり、沈黙が生まれた。

 しばらくして、カノハちゃんが、イスからスッと立ち上がり、


「わたし、帰りますね」


 と言った。ボクもあわてて立ち上がると、


「ああ、それじゃあ、送っていくよ」


 と言ったが、


「いえ、だいじょうぶです」


 と、カノハちゃんが言った。


「いや、ダメダメ。この辺は危ないからさ」


 この辺りは街灯も少ないし、夜おそくなると人通りもとだえる。女の子をひとりで帰らせるなんて、絶対にあり得ない。しかし……


「だいじょうぶ……ですので」


 カノハちゃんに、もう一度そう言われて、ボクは「だいじょうぶ」であることを疑うことができなくなった。「だいじょうぶ」という言葉がボクの心に沁み込んできて、確信になり、玄関で靴を履くカノハちゃんを黙ったままで見ていた。


「それじゃあ、おやすみなさい」


 カノハちゃんがそう言ってぺこりと頭を下げると、


「……ああ、おやすみ」


 と、ボクはぼんやりとあいさつを返し、カノハちゃんはドアから出ていった。

 ……ありえない。今からでもカノハちゃんを追いかけて、送っていくべきだ。いつものボクなら間違いなくそうしたはずだ。だけど、カラダが……いや、ココロが動かない。「だいじょうぶ」という言葉がココロに貼りついて、はがせない。


「なんなんだよ、もう!」


 ボクは、ひとり残された部屋でそう言うと、ブルブルと首をふった。

 今日は――いや、この夜のほんの短い時間なんだけど――いろいろなことがありすぎた。カッパの亀ケ岡俊一郎と、カッパになれないカッパの女の子・亜麻月カノハ。この二人に逢えた今日は、カッパが大好きなボクにとって、これまでの人生で最良の一日と言っていい……ハズなんだけど、よくわからないことが多すぎて、明日からどうすればいいのかわからずに、ボクは素直に喜べなかった。

 もう寝てしまおうかなと考えながら、イスから立ち上がると、テーブルの上に、亀ケ岡さんが「使ってね」と置いていった紙袋がある。なんだろう? 手に取って中をのぞきこむと……。

 おカネが入っていた。紙幣の束……札束が、無造作に投げ込んである。ホンモノだよな……いや、ニセモノだったら、もっと怖いけど。ボクは慌てて紙袋の口を閉じた。金額はいくらかなんて、考えたくない。


「本当に、なんなんだよ、もう!!」


 ボクは紙袋をわきに追いやり、テーブルの上で頭を抱えた。

亜麻月カノハの言葉の不思議なチカラと、カッパの亀ケ岡俊一郎が置いていった札束にとまどう二木あるは。小心者の彼に「明るい日」と書く明日はやってくるのかなぁ?

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