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その夜、カッパがボクの部屋を訪ねてきた

カッパのことが好き過ぎて、日々カッパのことを考えている大学生・二木あるは。彼の住むアパートにカッパがやってきた。そのカッパは、なにか頼みたい事があると言うのだけど……

 ボクはカッパが大好きだ!

 カッパ伝説で有名な土地に生まれて、子供の頃からカッパに親しんできた。地元に伝わるカッパが登場するおはなしはすべて何回も聞かせてもらった。カッパの登場するマンガやアニメは必ずチェックして、小説とかもできる限り読んでる。

「〇〇でカッパ発見!」なんてニュースが流れたら、すぐに現地に行って調査を……したいけど、全部はムリなので、行けるヤツは行く! ホントは全部行きたいんだけど。

 そして、カッパを愛するボクの熱いパッションを世界中に伝えたい。みんなにカッパの素晴らしさを知ってもらいたい。

……ということで、サイトを立ち上げた。


 『河童への愛を伝えたい僕たち』


というタイトルで。

 でも、閲覧数は伸びない……

 なぜだ! なんでみんなは、カッパの素晴らしさに目を向けようとしないんだ――と、苦悩しながらも、ボクがカッパの素晴らしさを世界の人々に伝えなければならないんだ! という強い使命感で日々頑張っている。


 その夜も自宅アパートのダイニングテーブルで、今度のサイトの更新はどんな話題にしようかと悩んでいると、眼の前の玄関のドアのチャイムが鳴った。誰だろう? 宅配とかが来る時間じゃあない。友人はよく訪ねてくるが、いつも事前に電話をくれる。

 少し警戒しながらも、立ち上がって玄関のドアを開けると……


 そこにカッパがいた。


 全身は緑色、頭は黒のざんばら髪で真ん中にまるいお皿が乗っている。手足の指は四本ずつで間に水かきがある。背中には甲羅をしょっていて、その下に短い尻尾。黄色いくちばしが少しだけ開いていて、夜の闇の中で光る瞳がボクを見つめていた。――ボクはその瞳を見つめ返すと、


「やったぁ~!!」


と、声を上げて、右手でガッツポーズをした。


「……あの、えーと、二木ふたつき あるはさん……ですよね?」


 カッパは戸惑った様子で、そう言った。


「こんな夜中に、突然おじゃまして申し訳ありません。どうしても二木さんとお話がしたくて……」


 カッパは遠慮がちな口調でそう言った。


 ボクはカッパを部屋に招き入れ、テーブルの向かいのイスに座ってもらった。そして、あらためてカッパの全身をジロジロと遠慮なく見た。本物だ! 作りものとかでは絶対にない。カッパ研究十数年のボクの眼に間違いなどあるはずない。本物のカッパがボクに会いに来てくれたんだ! もう一度、右のこぶしを握りしめてガッツポーズをした。


「二木さんがやっているウェブサイトの『河童を愛したい僕たち』、見させて頂いていますよ。本当にカッパへの理解が素晴しいですね」


 カッパがそう言った。


「ありがとうございます!」


 ボクは興奮気味にそう答えた。でも、『河童を愛したい僕たち』じゃなくて、『河童への愛を伝えたい僕たち』なんだけどな。まあ、そんなことはどうでもいい。少ない閲覧数の中に本物のカッパが一人いた! それだけで十分。いや、もう閲覧数などどうでもいい。


「それで、今日はどんなお話をされにいらっしゃったのですか? よろしければ、ボクの方からもいろいろお聞きしたいことが……」


 ボクが、生まれて初めて会えたカッパに質問しまくりたい気持ちを抑えながら、そう言うと、


「『あるは』ってステキなお名前ですよね。どんな意味なんですか?」


 と、カッパが質問を返してきた。


「あ~、それは、ギリシャ文字のアルファからです。一番になれ、とかそんな意味らしいです」


 ボクが「そんなことどうでもいい」と思いながら、そう答えると、


「へえ、なるほど。では、お願いなのですが、『あるはくん』と呼ばせていただいていいでしょうか? 若い方とはそんなカンジでお話をしたくってね」

「ええ、どうぞどうぞ。名前で呼んでもらえるのは嬉しいですよ」


 ボクは「好きに呼んでくれ」と思いながらそう答え、また何かカッパに訊かれる前にと、すぐに質問をした。


「あの~、本日は、どちらからいらっしゃったのですか?」

「あ! 私ね、あるはくんと、同郷なんですよ。あそこにはカッパの隠れ里がありましてね……」


 それ! そういうのだよ。質問とはちょっとズレている気がするけれど、そういうのを聞きたいの! と思いながら、カッパが話の続きをするのを待っていると、


「あ~あ、でも、今日はあるはくんにお願いがあって来たんでした。だから他の話は、まずそちらを済ませてからにしませんか?」

「お願い、ですか? それはいったいどんなことでしょう?」


 ボクは、とっても聞きたい話をぶった切られ、あせりながらそう言った。「お願い」があるなら、もう早く言って!


「あ~、う~んと、その前にですねぇ……、『彼女』のことを紹介させてもらって、いいでしょうか?」

「……ああ、はいはい、どうぞどうぞ」


 『彼女』というのは、カッパの隣に座っている女の子のことだろう。

 モシャモシャした短めの黒髪、地味めなTシャツにデニムのショートパンツ姿。なかなか可愛い女の子だと思う。でも、なんというか……影が薄い。

 その女の子は、最初から、カッパが部屋の前に現れたときから、その隣にいた。もちろん、ボクは彼女の存在を認識していたし、二人を部屋に招き入れ、イスに座るように勧めたのもボクだけど、その女の子とはまったく言葉を交わしていない。

 考えてみて欲しい。あなたの前にカッパ(本物)と女の子(可愛い)が現われました。どちらと話をしたいですか? そう訊かれて、女の子の方と話をしたい人なんているの? 断然、カッパでしょ? 当然だよね。

 もちろん、なんでカッパが女の子を連れているのかは気になっていた。でも、そんなの別にどうでもいい。他に訊きたいことはいくらでもあるのだから。


 カッパはイスから立ち上がると、女の子の後ろに立ち、やさしく両肩に手を置いた。カッパが大好きのボクがこんなことを言うのもなんだが、客観的に見て、その光景は、なんとも不釣り合いだった。


「さあ、ごあいさつをして、カノハ」


 カッパが優しい声でそう言うと、


亜麻月あまつきカノハ……です。よろしくお願いします」


 その女の子は、はじめて口を開き、そう言った。とても小さいけれど、心に沁みわたる雨音のような声で。

 

 そして――


「この子はね、私と同じカッパなんですよ」


 カッパの姿のカッパが、どう見ても人間にしか見えない女の子の肩に手を置いたまま、そう言った。


「えっ、そんなの……」

 

 ボクは、そのあとに「ウソでしょう」という言葉を続けそうになったが、あわてて口を閉じた。カッパ研究者として、これを簡単に否定してはいけない。カッパが人間の姿に化ける――というのは、よくある話だ。亜麻月カノハというこの女の子は、カッパが化けている? そういうことなのか? ボクがまじまじと彼女の姿を観察していると、


「ああ、しまった!」


 カッパが突然、声を上げたので、ボクは、カッパに視線を戻した。


「あの? どうかしたんですか?」

「私も、自己紹介がまだでしたね。〈この姿〉で人間と会うのは久しぶりなもので、どうも混乱してしまって……」


 そう言うと、水かきのある緑色の右手をボクに差し出した。

 「あ、握手か」。ボクはそう気づいて、あわててカッパの右手を握った。


「私は、亀ケ岡(かめがおか) 俊一郎(しゅんいちろう)といいます。カッパ・シンコーシンコー会の会長をしています。これからよろしくお願いしますね。二木あるはくん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 それは温かくて、人間の手よりもずっとしっとりとしていた。ボクは、はじめてカッパと握手できたことに大いに感激した。……だけど、その感触を、ボクははじめてのようには感じなかった。これは、ボクのカッパ研究の成果なのだろうか?

 ボクが考えていると、カッパ……じゃなくて、亀ケ岡さんが声をかけてきた。


「それでさ、あるはくん。キミにお願いしたいことについて説明するために、ちょっと準備が必要なんだよね。だから……、少しだけ、バスルームをお借りしたいんだけど、いいかい?」


 亀ケ岡さんはダイニングの隣にあるユニットバスの扉を手で指しながら、そう言った。


「はい、どうぞどうぞ」


 準備ってナニ? バスルームで一体なにをするの? とは思ったが、そんな細かいことまで気にしている場合じゃない。カッパだから頭の皿が乾く前にシャワーを浴びたい……とかだろう。


 カッパの亀ケ岡さんは、このアパートを訪ねてきたときに持っていたキャリーバッグを手に、バスルームに入っていった。なんでカッパがキャリーバッグを持って来たのかも気になってはいたし、中に何が入っているのかも気になる……それに、カッパシンコーシンコー会ってなんだ? 亀ケ岡俊一郎ってのも、なんでそんな人間みたいな名前なんだ? そういえば、亜麻月カノハってのも……あっ、そうだ!

 次々に押し寄せてくる疑問に混乱したボクだが、今、いちばん感心を持たなきゃいけないことに気がついた。

 テーブルの上に両手を突き、体を乗り出して、テーブルの向かいに座っている亜麻月カノハに顔を近づけた。


「カノハちゃん、あのさ……」


 ボクは、はじめて話す女の子をいきなり名前で呼んだ。亜麻月カノハは年下に見えたし、「この子はカッパなんですよ」と言われて、急速に興味……いや、親近感が湧いてきたのだ。


「……あ、はい、なんでしょうか?」


 カノハちゃんは、ボクの顔を不安そうに見上げた。


「キミがカッパだというのは本当なの?」


 ボクはなんの遠慮もなくそう訊いた。カッパのこととなると、遠慮なんてしてられない。


「はい、本当です……」


 カノハちゃんが顔を伏せ、子猫の鳴き声くらいの大きさでそう答えると、


「それじゃあさ、カッパになってみてくれない?」


 ボクはなんのためらいもなく、そう言った。


「え?」


 カノハちゃんは、驚いた様子で再び顔を上げた。


「ボクね、カッパになったカノハちゃんを見てみたいんだよ。だから、お願い」


 カノハちゃんが急に顔を上げたので、ボクとごく近い距離で眼が合った。カノハちゃんは慌てて眼をそらしながら、


「それは、無理です……」


と言った。


「なんで? カッパってすごく素敵じゃない。カノハちゃんがカッパになったところ、ぜひ見たいんだけど」


 ボクがそう言うと、カノハちゃんは感情のない瞳でボクを見て言った。


「わたしはカッパになれないので」


 え? どういうこと? カノハちゃんはカッパなんでしょ? なんでカッパになれないの? 亀ケ岡さんにダマされたってことかな? そう考えながら、カノハちゃんにもう少し訊いてみようとすると……ユニットバスの扉が開いた音がした。


「お待たせしたね、あるはくん」


 カッパの亀ケ岡さんの声がした。ボクはカノハちゃんに訊くよりも亀ケ岡さんに訊いてみようかと、バスルームの扉の方を見ると……


 そこにいたのは、カッパではなかった。人間。高そうなスーツを着てネクタイをきっちりと締めた美しめの青年。

 ボクはカッパが家を訪ねてきた時よりもはるかに驚いて、呆然と、人間の姿の亀ケ岡俊一郎氏を見た。

カッパが、人間の青年・亀ヶ岡俊一郎に姿を変えたことに驚き、カッパの姿を見られなくなったことに失望する二木あるはだったが、なんとか気を取り直し、亀ヶ岡と話を続ける。そして、頼まれたのは少し意外なことだった。

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