拝啓先輩 来世でお待ちしております
重たく、気持ち悪い野崎の独白です。
ただただ自己満足です。
不快なお気持ちにさせてしまいましたら、申し訳ございません。
「都留岡さん、またお会いしましょうね!」
笑いながら言うのと同時に、彼女は走り出し、近くの窓から飛び降りた。
「野崎!!!!!待て!!!!!!!」
俺の叫び声は、本人に届いたのか、こちらを見て少し笑っているように見えた。
救急車のサイレンが鳴り響く。
飛び降りた彼女と最後に話した都留岡は呆然としていた。
飛び降りた彼女は、野崎遥香という入社から2年ほどの若手職員であり、都留岡の前部署の後輩であった。
彼女と都留岡は何か、個人的な深い関係性があったわけではない。ただの先輩後輩であった。
強いていうなら、彼女と都留岡のデスクが隣だったことぐらいだ。デスクが近いことで必然的に雑談もよくしていたが、それぐらいだ。
なぜ職場から飛び降りたのか、そしてなぜ飛び降り直前に都留岡の元を訪れ、声をかけてから飛び降りたのか。
混乱する職場で、都留岡は眩暈がした。
野崎遥香、今年で23歳。趣味はお茶を飲むこと。仕事は大変だが、やりがいを感じていた。
大好きな尊敬する先輩方と仕事ができていること、それもまた、やりがいにつながっていた。
そう、つながっていたはずだった。
新人で配属された部署は重要度の高い部署で、仕事内容も難しかった。だが、隣の席の先輩、都留岡薫は涼しい顔をしてなんでもないように淡々と仕事をする人だった。
誰に聞いてもイケメンだと言われるほどの整った顔、前述のとおり仕事もできる(若干手を抜いてるような気もするが)。会話をすれば、頭の回転の速さに驚かされるほど頭が良い。
新人の野崎にとっては、尊敬しないという選択肢が出ないほど、崇拝にも近い感情を抱いていた。別の部署の人間からはあんなにイケメンで仕事のできる人が同じ班にいると、正直恋愛感情を抱かないか、と聞かれたこともあった。
誓って言える。恋愛感情はなかった。都留岡が既婚で子持ちということを考えなかったとしても、野崎にとって都留岡に恋愛感情なんて抱く余地はなかった。
そんな下世話な感情を抱くことすら、己を許すことができないほど、それだけ特別な感情を抱いていた。
仕事が大変でも、指導担当の田中の行きすぎた指導があっても、歳の近い先輩から仲間外れにされても、たまにフォローをしてくれる都留岡の存在が、ただその存在だけが救いだった。
隣のデスクにいてくれるだけでいい、たまに雑談をできたらもっといい。少しだけ低い、都留岡の落ち着いた声を聞くことが好きだった。それだけで、パンクしそうな仕事も捌ける、そういう気持ちになった。
野崎にとっての初めての年度末がきた。異動の時だ。
既定路線だった。きっとそうなると思った。理解していたし、わかっていた。
都留岡が異動し、自分が残留することを。
どこに行っても都留岡さんならきっと仕事をぱぱっとするんだろうな、すごいな、都留岡さんにはなれなくても、私も少しでも近づけるようにしよう。そうやって思っていたはずだった。
都留岡の後任できた人間は、纏う空気がふんわりとした柔軟な考えの男性だった。都留岡のような、ずば抜けた能力はない。そもそも野崎が誰かを都留岡を比べることはない。
後任の彼は優しいし、きっとうまくいく。去年も大変だったけど、今年はより頑張ろう。きっと自分が頑張れば、厳しい指導担当の田中も認めてくれるだろう。仲間外れにしてくる先輩も変わっていってくれるだろう。そう思っていた。
いざ新年度の前日、都留岡は荷造りも尋常じゃなく早く、丁寧だった。
「じゃあ、俺いくわ。異動するけどすぐ近くだし、また来年度もよろしく。」
そう言って荷物と共に立ち上がった。
野崎はわかっていた。ちゃんとわかっていて気持ちも切り替えていた、そのはずだった。
都留岡が本当にいなくなる、それをはっきり視認してわかってしまったら、悲しさ苦しさ、言葉では説明できない感情に支配され、涙が込み上げた。
ここで泣いたら都留岡に気持ち悪がられる。
その気持ちでグッと堪えて、笑顔で都留岡を見送った。
野崎は、帰り道、自宅に着いてからも泣き続けた。
新年度は何事もなく始まった。
確かに都留岡は同じ階の、割と近くの部署に異動していた。
ただ、近いことへの嬉しさなんて、感じなかった。
なぜ、都留岡は自分の隣にいないのか。
全てわかって、頑張ろうと思ったはずだ。
頭では都留岡が別の部署にいることを理解していた。
そもそもずっと同じ班で仕事をし続けることこそ、あり得ないのだ。
いつかくることが今回だっただけだ。
だが、頭ではわかっていても、野崎の心は受け付けられなかった。
都留岡を見ることも、話すことも悲しく辛かった。
仕事で話をしに行ったら、ひどく動悸がした。当時は憧れの都留岡と久しぶりに話すことができて、緊張していると思っていた。
実際は、都留岡と自分が別の部署で働いていることを受け入れられないからだったのだが。
そして、昨年度末に期待した班内の状況はよくなるどころか、悪化した。
指導担当の田中は、2年目の職員に求めるレベルとは思えない仕事の仕上がりを求め、できなければ叱責。できたとしても、これが当たり前だ、調子に乗るんじゃないと言われ続けた。
年の近い先輩からの仲間外れも、変わることはなかった。
なんなら、都留岡がいなくなったことで悪化したようだった。
都留岡の後任の男性がいるときは仲間外れもなかったが、彼も多忙であり、離席していることが多かった。
叱責され、認められることもなく、仲間外れにされ、都留岡もいない。
自分はなにをしているのだろう?
良くない思考に苛まれるようになった。
自分がいるせいで指導担当の田中は常にイライラしているようだったし、仲間外れをしてくる先輩は、自分がいなければ他の人とだけでより楽しく過ごせるんだろうな、そんな気持ちになって言った。
辛く、悲しく、苦しい。
気分転換も、そんなことをする気分にもならなかった。
食事も喉を通らない。生きていく分だけの栄養を摂るだけの生活。
なんだこれ、生きている意味、あるのか。
野崎は思った。
死のうと。
死に方はなんでもよかった。
ただ、もう、この苦しく辛いだけの生活を終わりにしたかった。
そして、そこで思い出した。
大好きな尊敬する都留岡のことを。
大好きな都留岡を最後に見て、もしかしたら声も聞けて、死ねるかも。
最近の自分では考えられないほど、幸福感を感じた。
そして決行することに決めた。
都留岡と会った後にすぐ死ぬには、職場の窓から飛び降りるしかない。
都留岡の出勤日を確認し、換気と言って窓の鍵をあけ開いた状態にした。
幸いなことに都留岡とは部署が近い。
自然に仕事の話をするという体裁で、話しかけた。
自分のようなヒラ社員に話しかけられても席を立って話してくれる。
微笑みながら優しく受け答えをしてくれる。
ああ、なんて幸せなんだ。
そして私は言った。
「都留岡さん、またお会いしましょうね!」
言うのと同時に走り出し、躊躇することなく窓に足をかけた。
「野崎!!!!!待て!!!!!!!」
あぁ、最後に都留岡に自分の身を案じてもらえた。
ただそれだけで、こんなに幸福なものなのか。
焦った顔をする都留岡を視界に入れながら、飛び降りた。
人生の終わりに尊敬する好きな人の声を聞き、顔も見れた。
こんなに幸せなことはない。
心が満ち足りる、苦しいほどの嬉しさを感じた。
走馬灯のように都留岡と過ごした一年間を思い出しながら落ち続ける。
叶うことなら、都留岡とまた会えたら。
「都留岡さん、来世でお待ちしております。」
野崎はただ都留岡を尊敬して愛していただけで、恋愛感情等は抱いておりません。
死ぬほどか、なぜそんなに都留岡に執着しているのか、それは私にも正直わかりません。
駄文にお付き合いくださいまして、御礼申しあげます。