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第1章 依頼(3)

3.

−8月14日 18時30分

 夏場の日は長い。

東の空はすっかり暗くなっているが、西の空はまだオレンジ色に染まっている。

シルビアの助手席で羽矢人は、車内のデジタル時計に目をやった。

「6時30分過ぎか・・・タカよ。夏は日ぃ長いなあ」

シートの背もたれに寄りかかりながら、運転席の堯誠に声をかける。

「そうだな」

左手でハンドルを握り、右手で眼鏡のずれを直しながら堯誠は答えた。


 このシルビアは、6年ほど前に堯誠が知人から安値で譲って貰った物だ。

1988年から1993年にかけて生産されたS13という型で、かなり年季が入っているものの、

堯誠が大事に使っているおかげかまだしっかり走る。


「なんか、変な空やな。周りは真っ暗やのに、遠くの方だけまだ明るい・・・。なんか俺は、

 昔っからこの『夏の夕暮れ』が気に入らんのや。このあべこべな感じが」

羽矢人が両手を頭の後ろで組みながら、のんびりとした口調で言った。


「そうか?俺は大好きだぜ?この『夏の夕暮れ』。

 子供の頃からさ、夏場にこういう空になると高いとこ行ってじーっと、バカみたいに眺めてた。

 特に高校の頃なんかさ、俺が行ってた高校は夜景がキレイに見える場所にあったから、

 夏場は毎日帰りが夜になっちまってたよ」

堯誠は左手で空を指さすと、

「屋上で、こういう空見ながら校内の自販機で買ったフルーツ牛乳飲むのが、その頃の俺の楽しみでな」

と言った。

「うわー・・・・・イッタイわぁ〜・・・」

堯誠の言葉を聞いた羽矢人は、顔をしかめて隠すように右手で顔を覆った。

「んだよ?失礼な。どこがイタイッてんだよ」

堯誠が口を尖らせる。

「だって、見えるもん!お前がその屋上で、なーんか黄昏れながらフルーツ牛乳飲んでるの。

 しかもあれな。そん時に飲んでるのは『明治ブリック』のやつや。絶対、そうしとったやろ!

 お前!絶対に、カッコいいと思ってやっとったやろ」

羽矢人が半笑いで、呆れたように言った。

「別に、カッコはつけてねえよ!」

堯誠はまた口を尖らせて、反論した。

「いいや、お前はそう言う奴や。

 見てると、いつもちょっとした仕草にカッコつけるやんか。

 缶コーヒー飲む時とか、立って飲む時は必ずポケットに手ぇ突っ込むし、

 座ってる飲む時は必ず足組んで飲むやんか」

「違うって。たまたま、そうなってるだけだって。

 それに足組むのは俺の癖だし、お前だって座ってる時に足組むじゃんよ」

「俺はお前、普通に組んでるだけやんか。

 お前、人の目につくような方向に向かって組むやないか!まるでポーズでも取るみたいに。

 何やお前、どこのトクガワ先生や!」

「なにを言うんだ!それじゃ、『あの主題歌』にノって踊らなきゃならなくなるだろ!!」

羽矢人の言葉に堯誠がそう返すと羽矢人はけたけたと笑い、『例の主題歌』のメロディーを口ずさみだした。

やがて堯誠もそのメロディーにノリながら、『例の主題歌』を歌い出す。

羽矢人はますます面白がって、手拍子をし始めた。


そのまま堯誠は、『例の主題歌』の一番の歌詞を歌いきったが、羽矢人の方はまだ手拍子をやっているので、

「・・・・・・って、いつまでやらせんだよ!!」

と、ベシッと羽矢人に突っ込んだ。

羽矢人はまたも笑い転げると

「お前が自分でやったんやないか!っていうか、ちゃんとフルで歌わなあかんやん!」

堯誠にからかうように言った。

「俺は、一番しか歌えねえっつうの!」

と堯誠は言うと、シルビアのスピードを落とした。

前方に見える信号が、赤信号になったためだ。

自分達の前を走っている車が停止すると、堯誠も前方の車から少々車間距離を開けてシルビアを停止させた。

「なあ、タカ。クロスポイントはどこやったっけ?三田やっけ?」

羽矢人は、シートのヘッドレストに頭を載せながら尋ねる。

「ああ。三田国際ビルだってよ」

堯誠は、バックミラーで後方を確認しながら答えた。

「合流時間は、19時30分やったな」

再び、車内時計を見て羽矢人が言う。

「おう。連絡来た時に、長めに時間を取ってもらったからな。本当は、もっと短い時間で行けるんだけど」

「まあ、何があるか分からんしな。時間に追われると、ロクな事がないからな」

そう言いながら、羽矢人はジーンズのポケットから煙草『チェリー』の包みを取り出した。

「客人。すまねェが車内は禁煙だぜ」

堯誠は横目で羽矢人を見ながら、おどけた口調でとがめた。

「ん?あ、間違えた。こっちや」

手の中にあったチェリーの包みをポケットにしまうと、もう片方のポケットから

ガムの包みを取り出し、一枚口の中に放り込んだ。

「ハヤト。その煙草、いつ買ったヤツだ?」

「うん?これか?そやなあ・・・確か先週・・・いや、先々週やったかな」

「で、まだ吸い終わらねえの?」

「おう。まだ五・六本残っとる」

「省エネだな。お前さ、だったらいっそのこと煙草吸うの止めた方が良いんじゃねえか?」

堯誠がそう言った時、信号が青に変わった。

「ん?青だ」

前方に停止していた車が次々と、発進していくのに続いて堯誠もシルビアを動かした。

「そう言うわけにはいかんて。煙草は俺にとって、エンジン動かす為の『鍵』なんやから」

羽矢人は、もう一度ポケットの中からチェリーの包みを取りだして、堯誠に向かってかざしながら言った。

「へえー。『鍵ねえ』。俺は煙草吸った事ねえから、そう言う気持ちはわかんねえけど。

 でもお前さあ、オフィスにも煙草吸う人はいるけど、そういう人もお前の吸い方は変だって言ってんぞ?」

「しゃーないやろ。俺は『あん時』以外、吸う気が起こらんのや」

羽矢人は喫煙者であるが、ある事をする前にしか煙草を吸いたくならないという妙な体質の持ち主だった。


 二人を乗せたシルビアは、国会図書館を超えて国会議事堂前を疾走した。

やがて特許庁前の外堀通りとの合流地点に差し掛かると、堯誠は虎の門方面へシルビアを進める。

「今、虎の門か。タカ、国道一号入るん?」

羽矢人の問いに

「ああ。思ったより、道が空いてそうだしな。まあ、混んでいたとしても、ここまで来られれば十分時間までには着くだろ」

と、堯誠はのんびりした口調で答えた。

「今、何時や・・・?6時50分か。全然間に合うな。もし間に合わんでも、遅れるって連絡して時間延ばしてもらえば良いだけやしな」

国道一号線に入ると、車は多かったが混んでいるという程ではなかった。

これなら、スムーズに目的地の三田国際ビルまで行けそうだ。


「やっぱ、都心の夜景ってのはええな。大阪の夜景とはまた違った味がある」

ウインドウから外の景色を眺めながら、羽矢人が楽しそうに言った。

「まったくだな。この都心の夜景ってのは、ホントに良い娯楽だよ。

 何時間見ていても、飽きねえからな」

堯誠も弾んだ声で、同調した。

二人には、夜景を見るのが大好きだという共通の嗜好があるのだ。


「ところでタカよ、今回のコンテンツって『オニ』やったっけ?」

「ああ、田村さんはそんな風に言ってたけどな。

 ある程度、詳細も説明してくれたけど、携帯の電波が悪いみたいでよく分かんなかった」

「ま、それはこれからタムちゃんに、じっくり聞けばええやろ」

「んだな」

と言いながら、堯誠はシルビアのスピードを少し上げる。

 シルビアは国道一号線を順調に走り、ほどなく東京タワーを通り過ぎた。

「お、東京タワーや。やっぱ、ライトアップされとるとキレイやな〜」

「そういや、今日にもう『的』と面会しちゃうらしいぜ」

「え、ホンマに!?ってことは、今日からスタートか」

「そうなるな」

「余裕無いってことは、こりゃ相当追い詰められとるな」

「うん。多分な。性質の悪い『オニ』が、くっついてんだと思うぜ。おそらくは」

『オニ』とは、ストーカーを指すPPO共通の隠語である。


「ま、『オニ』は、みんな性質悪いけどな」

「確かに」

東京タワーを超え、赤羽橋の交差点を渡るとすぐ前方に高層ビルが現れた。

お目当ての三田国際ビルだ。

「お、着いたか」

と、言う羽矢人を横目に、堯誠はビル近くの脇道に入るとシルビアを道端に停車させた。

車内のデジタル時計は、『19時15分』と表示されている。

「ちょっと、田村さんに連絡取るわ」

そう言って、背広のポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛けた。

しばしの沈黙のあと、相手が出た。

「あ、田村チーフですか?辻内です。

 −お疲れ様です。今、着きました。

 ええ、今、ビルの近くに一旦車を停めてます。

 

  −ええ。

 ここって、地下駐車場がありますよね?そこは、外来が停めても良いんですか?

 あ、大丈夫ですか?じゃあ、そこに今から駐車します。

 それで、ええっと、場所は?

 

  −はい。

 地下一階のコーヒーショップ。

 駐車場内の入口の、すぐ近くなんですか?

 

  −はい。あ、そうですか。わっかりました。

 では、今から向かいますので。

 

 −はい。失礼します」

堯誠が電話を切ると

「タムちゃん何やて?」

と、羽矢人が尋ねた。

「ビルん中にある、地下一階のコーヒー屋にいるってさ」

堯誠は携帯をポケットにしまいながら答えると

「んじゃ、とりあえず行きますか」

と言って、シルビアを再びスタートさせた。


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