9.奪還
麻耶は真夜中に一人塔に向かった。今日は塔に小さな灯りが見える。ダンカンは一緒に来たいと言ったが、足でまといになるので、駄目だと告げ、一人で来た。
今夜は新月。ダンカンと出会ってひと月が経っていた。
身を隠しながら塔をよじ登る。石造りの塔は麻耶にとっては足場の多い登りやすい壁だ。漆喰の平面より登った跡も残らない。
スルスルと灯りの見える小窓まで近づいた。
次にダンカンと来る時は、ダンカンにもこの壁を登らせなくてはならない。塔の屋根から紐で吊るか?と考えた。しかし、それよりも眠り薬か?捕らえられている者の事を考えれば眠り薬が妥当かもしれない。
小窓の大きさは麻耶には問題無いが、ダンカンは入れないかもしれない。
そんな事を考えながら小窓からそっと中を伺った。
中には一人のダンカンと同年齢の男が鎖で囚われていた。蝋燭の仄かな灯りでも、夜目の効く麻耶には、その男がダンカンの言う親友のマイクだとわかった。
するりと部屋に滑り込むと、驚きで声をあげようとするマイクの口を塞ぎ、右手にダンカンから預かった三人の友情の印であるペンダントを目の前に差し出した。
「ダンカンの使いだ。声を出さないでくれ。お前はマイクだろう?ダンカンが救出の為にこの街に来ている。」
ダンカンがこの街へ?自分同様ザインに誘い出されたのか?ダンカンが危ない!マイクはザインの事を伝えなければと焦ったが、背後から彼の口を塞ぐものはそんなに力を入れているとも思えないのに、体を動かす事ができない。
「安心しろ。ザインの事は知っている。明日の夜、ダンカンがお前をここから救い出す。明日、夕食が終わったら、この丸薬を飲め。これを飲めば、明後日の朝まで決して眠る事が無い。良いか?明日の夜だ。」
マイクは素直に首を縦に振った。
口から手が離れたと気づいたマイクは慌てて後ろを振り向いたが、そこには誰も居なかった。
「ダンカン戻ったぞ。」
「マヤ、見つからなかったか?怪我は無いか?」
「大丈夫だ。問題無い。マイクを見つけたぞ。元気そうだった。」
「マイクが。そうか。」
「良かったな。明日の夜に奪還するぞ。マイクにもそう言ってきた。」
「おい、奪還って、まだ何の準備もしていないぞ。」
「奪還してから考えればいい。三人寄れば文殊の知恵と言うぞ。」
「三人?どう言う意味だ?聞いた事が無い。」
「そうか?とにかく明日の夜だ。眠り香を使う。」
「眠り香?眠り薬の様なものか?」
「そうだ。焚きしめるので広範囲に効果がある。」
「そんなもの持ってるのか?」
「勿論だ。」
どこがどう勿論なのだろう。良く分からない。
翌日、朝宿を立つと、二人は森の洞窟の荷物を動かした。街に戻るのは日が暮れてから。洞窟の中で武器の手入れを時間をかけてした。
ダンカンにとって、ここまでの戦いは逃げるばかりのものだった。初めてこちらから仕掛けることになる。興奮に体が震えるが、そんなダンカンに麻耶は冷えた声で一言、落ち着けと言った。その声で、気持ちが凪いでくるのがわかる。
日が傾き、夕日が地平に沈み、空が星に覆われる頃、二人は行動を開始した。
街に入ると建物の影を移動するように塔に近づく。麻耶が建物の周り、五箇所で香を焚いた。薄い煙がゆるゆると塔の周りを覆いながら、階段を上がってゆく。
警護の者は一人また一人と蹲り、寝息を立て始めた。
予め丸薬を飲んでいる二人には眠り香の効果は無い。
警備兵に触らないよう気をつけながら階段を登る。気を落ち着けて、かけ登らないよう、音を立てないよう、慎重に目的の扉までやって来た。
ダンカンは王家にのみ伝わる魔法が使える。それが解錠の魔法だ。右手をそっと鍵に触れる。扉は招き入れるように静かに内側に開いた。
そこにはやっと再会できた友がいた。少し窶れ、足は拘束されているが、ダンカンを見て、くしゃくしゃの笑顔で立つ男、マイク。
「助けに来たぞ。俺と行こう。」
「ああ。夢のようだ。」
ダンカンが手を触れれば、足枷はカランと音を立てて転がった。首輪も同様に外す。
三人は来た時同様、音に気づかいながら、塔を降りた。
あと少しと言う所で、先頭を進む摩耶が二人を制止した。
数人の人の声がする。
どうやら警備兵が倒れていることに気づかれたらしい。
「切り抜けるぞ。」
麻耶は両手にクナイを構え、ダンカンは剣を抜いた。
向かってきたのは十人。声を立てるまもなく五人がクナイで倒され、三人はダンカンの剣に倒された。そして、最後尾にいた二人はマイクの氷魔法で声を上げるまもなく固まった。
その後、三人は無事に街を脱出し、ザインがこの異変を知るのは翌朝、既に三人の足取りを追えなくなってからだった。