5.ダンカンの過去
ダンカンは、マヤに座るように促し、話し始めた。
ダンカンは1年前まで、アナルシア帝国の皇太子だった。1年前、皇弟殿下が謀反を起こし、当時の皇帝を手にかけた。
きっかけは色々あったのだろう。自分の父とはいえ、皇帝は身勝手な男だった。母である皇后もいつも嘆いていた。
国民を顧みることも無く、意見を言う臣下は罰するような愚かな男だった。
ダンカンは皇弟殿下と側妃のローラ妃がいつも離れた場所で、切ない眼差しを交わしていたことに気づいていた。二人は言葉を交わすことも無く、手を触れ合う事も無かった。ただ切なく眼差しを交わすだけ。
一度、母に聞いてみた事がある。母は決して父である皇帝にその話をしてはならないと言いながら、ダンカンに教えてくれた。二人は幼い頃からお互いに想い合う仲だったのだと。年頃になり美しく育ったローラ妃を父が無理やり奪ったのだと。
姿も良く、人望もある皇弟殿下を父は羨み、嫉み、貶めたいと願っていたのだと。
ローラ妃が突然亡くなり、その直後、皇弟殿下は謀反を起こした。当時、ダンカンは他国へ留学中だった。皇帝の死の報に、直ぐに帝国に向かった。
しかし、皇弟殿下の謀反は、筆頭大臣の謀反で上書きされていた。筆頭大臣は、この機とばかりに以前より用意した手勢を城に送り込み、皇弟殿下を討つと、新たに皇帝ハニエルと名乗りを上げた。
そこから前皇帝の血筋の虐殺が始まった。
城に残っていた弟は殺され、皇弟殿下の娘も殺された。息子はダンカン同様留学に出ていたので、何とか逃げたようだが、実際のところ、生死ははっきりしない。皇后はダンカンを誘き寄せる罠として塔に幽閉されているらしい。
「それで、ダンカンは何がしたいんだ?国を取り戻したいのか?それとも母上を取り戻したいのか?」
「母上も、そして、国もハニエルから解放したい。」
「ダンカンの父は悪い皇帝だったのだろう?ハニエルはどうなんだ?」
「もっと悪い。」
「悪いやつは良くないな。わかった。先ずは母上を助けに行こう。」
ダンカンは呆れた顔でマヤを見た。なんだかマヤが言うと、簡単な事のような気がしてくるから不思議だ。
「まず、生き残っているものを探したい。」
「誰を?」
「皇弟殿下の息子と、俺の妹。そして、俺の無二の友を。」
「どこから探す?」
そう、それが一番難しい。兵を率いてダンカンを倒しに来たザインは皇弟殿下の側近だった。何かしら三人の情報を持っていると考えた所に、昔作った暗号の呼びかけを見つけて近づいてしまった。あの暗号はザインがダンカンと皇弟の息子ラルク、友のマイクの三人に教えてくれたものだった。
「では、ラルクとマイクも暗号に騙される可能性はあるんじゃないか?」
「可能性はある。」
「なんだ。簡単じゃないか。ザインを倒しに行こう。」
その台詞にダンカンは慌てた。何を言ってるんだ。遊びに行くわけではないぞ。向こうも兵を揃えている。そんな所に行けば、飛んで火に入る夏の虫だ。無謀過ぎるだろう。
「手掛かりはそれだけだろう?他の二人はお前より慎重かもしれない。見つからないように様子を伺っているかもしれない。そうだろう?」
「大丈夫だ。私が見てきてやろう。私には塀などあって無きもの。お前はここで待て。二人の似顔絵は描けるか?」
マヤはニヤリと笑ってダンカンを見た。そうだった。いつかマヤにこの体術を習おうと思うダンカンだった。
「頼む。あ、だが、俺は絵が苦手で、似顔絵は……。」
「なんだ。仕方ない。特徴を口で言え。私が描いてやる。」
ダンカンは目を丸くした。マヤに出来ないことはあるのか?自分が適う事はあるのだろうか?段々、優秀と言われた自分に自信が持てなくなっていく気がする。