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黒髪の戦乙女  作者: ダイフク
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3.裏切り


ダンカンと麻耶は暗い山道をひたすら走った。ダンカンは麻耶が子どもだと思い、少しスピードを遅くしてくれているようだった。


「ダンカン、急ぐのだろう?もっと速く走って良い。」

「いいのか?ついてこれるか?」

「おそらく、私の方が速い。試してみるが良い。」

「わかった。」


ダンカンがスピードをあげたが、まだ人並程度の速さだ。麻耶は陰守である矢二郎に鍛えられている。麻耶が全速力で走れば、ダンカンはあっという間に離されるに違いない。

麻耶は風圧を避けるため、ダンカンの真後ろについて走った。


麻耶の前を走りながら、ダンカンは舌を巻いていた。自分は既にかなり呼吸が上がっている。しかし、背後からは息遣いも足音も聞こえてこない。

自分は本当に人間と一緒に居るのだろうか?もしや精霊か?この森は深い。時に人ならざるものも出たと言い伝えられている。今、自分はそれを体験しているのかもしれない。

それでも、今の彼の状況はかなり劣勢なのだ。味方も少ない。麻耶程強いものは貴重だ。たとえ、人ならざるものであろうと縋りたくなる。



森を駆け続けて二時間程経っただろうか。やっと目の前が開けてきた。そのまま走り続けようとするダンカンの服を無言で掴むと、麻耶はそのまま右手方向に投げ飛ばし、自分もその勢いのまま跳んだ。

彼らの居た場所には、今や無数の矢が刺さっていた。


「ダンカン様、もう逃げられません。」


姿を表した男を目にしたダンカンは、驚きと苦しさを滲ませながら男の名を口にした。


「ザイン、どうして……。」

「私も家長として一族を守らなければなりません。許して頂けるとは思いませんが。」

「信じていたのに……。お前だけはずっとと。」

「申し訳ございません。」


ダンカンの陰に隠れるように立つ麻耶はその光景をじっと見守っていた。


「ダンカン、殺しても良いか?」


麻耶の言葉に弾かれたように肩を揺らし、ダンカンは消えそうな声で答えた。


「駄目だ。殺さないでくれ。」

「そうか。」


自分は何を言っているのだろうと、ダンカンは思う。自分を殺しに来た人間の命乞いとは。それよりも相手は二十人はいる。こちらは二人だ。先程不思議な技で敵を倒した麻耶だとはいえ、相手が多すぎる。勝てるわけが無い。


麻耶はダンカンの体に紐を巻き付けると、煙幕を張ってその場から逃げ出した。枝から枝へ。道の無い所へ。

彼らを追えたものは誰も居なかった。



□□□



正二郎は一枚の紙を藩主に差し出した。紙には一言美しい筆跡で


『矢二郎と共に参ります』


と、短くしたためられていた。


「それで、行方は追えたのか?」

「姫様の馬が小仏峠にて見つかりました。」

「小仏峠?」

「はい。崖下には渦が巻いており、そこから落ちたものは屍も戻らないと言われております。」

「では、麻耶は。」

「おそらく。誠に申し訳ございません。私の落ち度でございます。」


藩主は、今、初めて麻耶の事を思った。


「そちのせいではない。儂は麻耶の事をずっと忘れておった。親だと言うのに。一度も思ったことが無かった。正二郎、あれはどの様な子であったのだろう。」

「武芸にも芸事にも優れ、お優しい、また、たいそう美しい姫様であられました。」

「そうか、親の愛の代わりに仏が哀れに思い、二物も三物も与えられたのか。」

「殿。」

「儂は、正月の集まりでも麻耶に一度もあった事が無かったな。何故麻耶は城に参らなかったのだろうか。」

「……、それは、麻耶姫様が城に参られる衣をお持ちで無かったからでございます。」

「何?」

「麻耶姫様にお仕えしていたのは、父、矢二郎のみでございました。女中の一人もなく、ただ二人でお暮らしであそばしました。城から頂く金子は食べて行くには困りませんでしたが、その生活は町民よりは豊かでも身につける衣は身綺麗な小袖が精一杯。贅沢のできる生活ではございませんでした。また、正月の集まりにも迎えの籠も無く、お城に参られるわけもございません。」

「まさか、……関口、どう言う事だ。」


藩主は余りの話に驚き、傍らに控える城代家老を見やった。


「申し訳ございません。」

「謝罪では無い。何故、そのような仕儀となったのか、説明せよ。」


城代家老の関口は平伏したまま、驚くべき事を藩主に告げた。


麻耶姫が産まれた半年後、関口は徳川家に麻耶姫誕生の届出がされていない事に気が付いた。しかし、既に半年。今更届出が出せるわけもない。そこで、藩主には隠したまま重臣達と麻耶姫の事を隠すことに決めた。

幸いにも姫は城で育っていない。腹を痛めて姫を産んだ女も既に居ない。ならば、誰にも思い出されないよう城に近づけなければいい。金も余り動かさず、生きていくのに困らないだけにしよう。殺すわけではない。それで良い、と。


「儂は、麻耶の顔を一度も見た事が無い。産まれた時すら見てやることが無かった。最低の親だ。儂は誰も咎めることはできない。」

「殿。」

「儂は麻耶と矢二郎の二人に何と……。」

「殿。」


藩主の目に一筋の涙が流れた。


「美しい字を書く。さぞ、矢二郎が慈しんでくれたのであろう。」

「はい。」

「正二郎、矢二郎の墓にこの文を一緒に。そして、二人分の花を供えてやって欲しい。今度、儂も墓に詣でよう。」

「はい。」


恭しく正二郎は麻耶姫の残した文を受け取った。余りにも短い生だったあの姫は、もし戦場に立てば、敵味方無く、全ての人間の心を鷲掴みにしただろう。良い縁さえあれば、一生愛される女性ともなっただろう。父、矢二郎はその晴れ姿を見たかったに違いない。

正二郎も、流れる涙を堪えることが出来なかった。


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