10.ラルクとサーシャ
ダンカンと麻耶がマイクの奪還をしている頃、ラルクは国の外れにいた。
彼は父親が謀反を起こした時に留学中だったが、慌てて国に戻ると、最初にダンカンの妹姫を訪ねたのだ。
妹姫のサーシャは治癒魔法の使い手として、各街の教会を回っていた。ダンカンは剣もたつ、頭も回る。しかし、か弱いサーシャを保護しなければ何が起きるか分からない。
それに、誰にも、友人のダンカンにさえ伝えていなかったが、ローラ妃似のサーシャをラルクは子どもの頃から思っていた。
しかし、彼女を見つけるのは思ったよりも難しかった。
教会も民も彼女をひたすらに守った。彼らの情報は速く、ラルクがサーシャの追っ手の情報を掴んだ時にはもう別の場所に移動しており、足取りが掴めない。
ここまで守られていれば大丈夫かとも思うのだが、せめて一目無事を確認したい。そうすれば安心してダンカンを探しにいけるだろう。
気持ちが焦れるままに何日も経った。
その内、ハニエルが皇帝になり、父と妹が殺され、自分の命も狙われだした。そんな時、ラルクはザインの暗号を目にした。
直感で罠だと感じた。昔から勘はいい。
これはダンカンを、そして、自分を誘き寄せる罠に違いない。もし、サーシャがこれに気づいたら?強請られてこの暗号をラルクはサーシャに昔教えた。
サーシャが今の安全な場所から出てしまうかもしれない。
それは余りにも危険な事だ。
ラルクは情報を集めているだけではサーシャは見つからないと考えた。ならば、人より優れた勘を頼りにしてみよう。
勘とは言うものの、ラルクのそれは、まるで魔法のような卓越したものだ。
ローラ妃を思いながら、父が結婚した相手は高位貴族にありながら、全く魔法を使えず、容貌も平凡な女性だった。
その為、嫁ぎ先もなく、結婚できないだろうと言われていた、父よりも五歳も年上の訳あり令嬢。
それでもこの結婚は父からの申し出であったと言う。
父は息子の目から見ても美丈夫だった。結婚の申し込みは降るほどあったらしい。ある日、二人は図書館で知り合った。その際、どのような出会いがなされたのかは知らないが、その出会いがあって、父は母に結婚の申し込みをしたそうだ。
勿論、世間は大騒ぎだったようだが、申し込んだ翌月、二人は婚姻の式を執り行った。皇帝も母の容貌に興味をひかれなかったのか、結婚の邪魔をする事は無かった。
妹を産んだ後、間もなく亡くなってしまった母だが、父は酷く悲しみ、暫くは塞ぎ込んでいた事を子供ごごろにも覚えている。
父は、ラルクと妹のケイトの頭を撫でながら、
「お前たちの母上が居てくれないから、私の心は軋んだままだ。どうか私の軋む心を癒しておくれ。」
と、囁いていた。
母はとても勘の良い人だった。人の心の機微に敏いだけでなく、勘の良さで、ラルクとケイトを怪我から護ってもくれていた。優しく、穏やかな包み込むような人だった。
ラルクの勘の良さと平凡な容姿は、母から受け継いだものだ。
ラルクは貴族服を着れば貴族に見えるが、平民の服を着れば平民に見える。とても身を隠すのに適した容姿だった。
逃亡中の今は旅人の姿をしている。
そして今、彼は帝都の外れの町に来ていた。ここはサーシャが逃亡の途中で立ち寄り、既に半月程前に立ち去った場所だった。
しかし、彼の勘は、ここにサーシャの手応えを感じていた。
最後に逃げ出した所から考えると離れすぎていて、考えられない場所だ。
旅人のフードを被って歩くラルクの前から、村人の姉妹が歩いてくる。妹は10歳位、姉は15位だろうか。お喋りな妹の話を姉はにこやかに笑いながら聞いている。どこにでもある風景。
ラルクはすれ違いざまに姉の腕を掴んだ。
「私だ。サー。」
腕を掴まれた姉は驚いてフードの中を覗き込んだ。少女はソバカスだらけの顔をした強ばらせ、妹はラルクを睨んでいる。
「無事で良かった。私は君がザインの罠にはまってしまったらと気が気でなかった。」
「どうしてわかったの?あなたの勘?」
「そうだね。ソバカス程度では私は騙せないよ。」
「あなただけよ。他の人なら分からないと思うわ。」
「おや、そうかな?褒め言葉だね。」
「ついてきて。ゆっくり話をしましょう。」
「ありがたい。ついでに食事も出してくれる?お腹が空いているんだよ。」
「良いわ。あなたの大好きなアップルパイもあるわよ。」
「それは素敵だ。温かい紅茶も入れて欲しいな。」
「良いわ。来て。」
ラルクはサーシャに導かれ、教会の裏の小さな家に向かった。