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黒髪の戦乙女  作者: ダイフク
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1.九番目の姫

一話毎の長さがマチマチですみません。よろしくお願いします。


「おぎゃー」


産まれたての赤子は真っ白な絹に包まれて、隣室に待つ藩主の元に運ばれた。


賢君と呼ばれる藩主は諦めの中に僅かばかりの期待を込めて、赤子を運んできた奥女中に尋ねた。


「どちらだ?」


奥女中は部屋の入口で足を止め、俯いたまま


「姫君にあらせられました。」


と、答えた。


「そうか。」


藩主はそれ以上何も言わず、赤子の顔を見る事も無く、部屋を後にした。

その夜産まれたのは九番目となる姫君だった。決して藩主が好色だったと言うことではなく、ただ、世継ぎの御子が未だ産まれていないだけのことだ。


正室とは仲睦まじく、腰入れてして間もなく身ごもったのは姫だった。翌年、翌翌年に産まれたのも同じく姫だった。

そこで家臣達は藩主に側室を持つことを勧め、渋る藩主に正室からの後押しもあって、側室を迎えたが、やはり産まれたのは姫だった。


その後、正室が一人、二人の側室が各々二人の姫を産むことになり、家臣一同は相手を慎重に選ぶことにした。

過去五代に渡り、娘の産まれていない家系の娘。そうして選ばれた娘は美人でも無く、愛嬌も無く、物静かな娘だった。

九番目の姫である麻耶姫の母は強いものに抗わぬ、大人しい娘だった。


麻耶姫の母は、期待された世継ぎを産むことができず、自ら宿下がりを願いでて、産後直ぐに城から去っていった。

実の所、彼女には思い合う男がおり、泣く泣く城に上がったのみ。城には何の未練も無く、好きでもない男との子供に愛着も湧かなかった。城を去る時の彼女の顔には今まで見たこともないような美しい笑顔があったと知るのは門番だけだったかもしれない。


麻耶姫の不幸は、翌日、正室の子が産まれた時から始まったと言ってもいい。

一日違いで産まれたのは、誰もが待ち望んでいた世継ぎの御子、それも愛する正室の産んだ男御子。

藩主も正室も待ち望んだ子供に歓喜し、前日に産まれた姫の事など顧みることも無かった。


世継ぎの為、急遽部屋割りを変え、広い部屋を用意した為、麻耶姫の為の部屋を用意できなくなった藩士は、藩主に伺いをたてた。奥に部屋が足らないと。しかし、普請は徳川将軍に睨まれることになる。

藩主は大人しく、決して逆らわない事で、将軍に睨まれることなく、次期若年寄候補とまで言われており、今、そのような事はできないのは誰の目にも明白だった。

藩主は城下に赴いた時に使う仮宿を姫の居室とするよう指示した。最近では使っていない仮宿だが以前使った時は中々に趣のある屋敷だったと思った。良かろうと。


別の藩士が家老に困り事を告げた。乳母が一人しか居ないと。

立て続けに姫の産まれたこの藩では、一人の乳母が複数の姫の面倒を見るのが常だったので、今回も一人しか手配していなかった。

しかし、世継ぎ君ともなれば、専任の乳母が必要となる。姫の乳母が足りない。また残念な事に、現在城中に乳母になれる女性が居なかった。

母も城下がりを願って認められてしまったので、乳を与える事ができるものが居ない。

困った家老はその藩士に自分で手配するよう指示をした。

結局困った藩士が手配できたのは、仮宿の近くに住む領民だけだった。


また守護の家臣さえ、人手が不足した。


「私が麻耶姫様の守護役を致しましょう。」


名乗り出てくれたのは、陰守の一族の先代だった。彼に任せれば安心と守護役は彼一人となった。


そうして、麻耶姫は陰守先代と、通いの乳母しか与えられること無く、城下の仮宿へと移り住むことになった。



陰守の先代、矢二郎は器用な男であった。彼は赤子の身の回りの世話から食事の世話まで一人でこなした。

勿論、元々一人で全てするつもりだった訳では無い。いずれ他のものも後から来ると思っていた。しかし、世継ぎで狂奔している城内の元たちは、誰も麻耶姫の事を思い出しもしなかったのか、一月たっても誰も仮宿に現れなかった。


矢二郎は赤子の麻耶姫を置いて城に行く事もできず、とりあえず届けられる食糧と産着等を使って凌ぐしか無かった。

城から姫の様子を見に来るものもなく、数年が経った。最近では金子以外届く事も無くなり、乳母が必要なくなった仮宿で暮らすのは姫と矢二郎のみとなっていた。


藩主の他の姫ほ正室も側室も美しかったからか、全員たいそう美しく育っていた。

そして、普通の顔立ちだった母から産まれた麻耶姫は、十になり、仮宿から一歩も出ることなく、また誰に会うことも無かった為、誰にも知られてはいなかったが、百人が百人見とれるほどの美少女に育っていた。


「爺。今日はクナイの使い方を教えてくれ。」


矢二郎は、姫がこのまま忘れられるのなら、忘れられるまま、一人で生きてゆけるように育ててきた。彼の育てかたは姫としては間違っているとわかっているが、ここまで顧みられない姫が不憫で、愛おしい。我が孫のように思う姫にどのようにも生きて行けるよう様々な事を教えた。


剣の使い方、馬の乗り方、体術、弓、算術を含めた勉強。城下の親しい花魁を招き、唄、踊り、鼓、琴、詩歌、書など。また、その置屋の料理人から料理も。彼らは口が堅いので、姫の事を誰にも言わずに面倒を見てくれた。閨事以外は全て教えたと言っても良いぐらい、矢二郎は姫に考えつく全てを教えた。



麻耶姫が十四になった年、その年は随分雪が多く、寒い年になった。矢二郎は既に70を越えた。頭も白く、今では走り回るのも億劫なこともある。彼の息子も、陰守の頭領をその息子に譲り、年をとった父を思い、お役御免を願い出て欲しいと再三言ってくるようになった。

それでも、ただ一人の家族のように自分を慕う麻耶姫が不憫で矢二郎は願い出ることができない。


「爺。顔色が悪い。風邪をひいたのではないか?卵酒を作るので、もう寝床に入って休め。」

「姫はお優しい。爺に卵酒を作って下さるのですか?」

「そうだ。爺直伝の卵酒だから、良く効くぞ。直ぐに作って参るゆえ、待っておれ。」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘え、爺は部屋に戻らせて頂きましょう。」

「うむ。そうせい。」


麻耶姫は矢二郎の顔色がいつになく悪く見え、気になったので、矢二郎の息子の正二郎に鳥に医者の手配をしてくれるよう言伝を託した。

そして、約束の卵酒を持って矢二郎の部屋に行くと、既に布団に入った矢二郎は眠っているようだった。


「爺。卵酒を持ってきたぞ。眠ってしまったのか?」


しかし、矢二郎からは何の返事もない。

まさかと、駆け寄った矢二郎は、既に物言わぬ姿になっていた。


「爺。まさか、私をおいて逝ってしまったのか?爺。爺!」


その後、正二郎が医者と来て、急に慌ただしくなった家の中から逃れるように裏庭に彷徨い出た麻耶姫は白白とした月を見上げながら、涙を流した。

自分を唯一愛おしんでくれた存在はもういない。どこにもいない。


「爺。そなたがいないこの世に私が生きて行く意味があるのだろうか?私もそなたを追っていっても良いか?一人で生きてゆくのは寂しすぎる。」


矢二郎はきっと自分の体に傷をつけるのを怒るだろう。ならば、せめて海で死のう。麻耶姫はそっと厩から馬を引き出し、峠まで馬を走らせ、崖から身を投げた。



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