1-006.追撃は簡単オートプレイ!(武器能力)
「お見事!足技だけで倒すとは面白い。さて、今度は俺の相手をしてもらおうか」
「お仲間ですか?」
「違う。私の名はジェイラスでギルドマスターをさせて貰っている。ただの興味本意だ」
「ウチはスピカ。大陸の端から来た」
ジェイラスは細身の長剣を引き抜いた。かなり光沢があり、刀身がオーラをまとっている。スピカは足が切断されるイメージしか浮かばない。
一方、スピカは今日の広大な荒原の全力疾走とワイバーン戦、先ほどの全方位に気を配りながら殺さないように手加減しながらの多人数戦で急に疲れが押し寄せてきていた。
頭の片隅ではもう休めと警告を発し、体が悲鳴を上げていた。
『あ、急に来た………やばい………もう休まないと動けない。まだ戦闘が続くとか失敗しちゃったなー。見せる戦いよりもっと効率を重視すべきだった』
スピカは反省する。
だが、試練の期間が短いので、ここは引き下がってはいけない重要なシチュエーションだと判断していた。
何より大事なのは、どんなにしんどくても体幹だけは維持しなければこの状況は乗り切れないであろうと頭の片隅で考える。
「あなただと余裕が無さそうなので、こちらも武器を使いますよ」
疲れていることを悟らせない表情で短剣を抜く。
見せ場は作らず、最短の手数で終わらせようと決意した。
しかし、瞼が重く、自然と目が閉じようとすることに抗えない。
スピカは正面だけの最小限の気配察知を維持したまま、目を閉じて夢を見始めていた。
―――<ジェイラス視点>―――
「目を閉じるとは心眼で戦うつもりか?」
「………」
お互い対峙している。
ジェイラスは大木のように静かに構えている。一方のスピカは風にそよぐ草のように体が揺らめいている。
風で木の葉が2人の間に舞い落ちてきた瞬間、突如ジェイラスから動いた!残像を残しながら刀身が円を描きながら打ちかかる。
木の葉はジェイラスの刀身の軌道に乗り、真っ二つになった。スピカは短剣で受け流す。
すぐに真横から反撃が来た。さらに途中から剣速が加速し、ジェイラスは冷や汗をかきながら受け流して後退する。
「ひゅー!これつはやべぇ」
ジェイラスは呟く。
冒険者の中で、間違いなく一番の逸材だ。
まるで冒険者に向かない小柄で華奢な体格ながら、重そうなブーツで足技中心とした未知の体術だと思ったら剣まで使いこなす。
ファイヤーボールを物理行為で反射するのを初めて見た時は、乾いた心が躍った。
他にも目立たない装備が非常に気になる。きっと全て伝説級アーティファクトだろうと見積もった。
戦闘力だけで言えば、おそらくギルドには一人もいない最高ランクの金剛石級ではないかと実力を推し量る。
ジェイラスでさえ次点の宝石級なのだ。ギルド権限で自分自身を金剛石級に格上げすることはいつでも出来るが、実力を偽りたくなかった。
もっとも、ジェイラス自身は自分に厳しい判断を下しているが、実力で言えばすでに金剛石級であった。
スピカからは一向に来ないので、ジェイラスから打ちにかかる。僅か一瞬の間に数回の激突のあと、ジェイラスが間合いから後退する。
『徒手空拳だけじゃないのか』
『これはもう剣聖同士の戦いだな』
ギャラリーが静かに呟く。
しばらくの間合いの後、もう一度打ちにかかるが、一瞬の激突で勝負が決まらない。
ジェイラスは後でなけなしのエリクサーの使用と専属回復術士に治療させるつもりで、戦いのギアを一段上げることにした。
そして、最速の突きでスピカの心臓を狙った。
だが、その瞬間スピカの膝が崩れ、ジェイラスの一撃は空を切る。
―――目を閉じたまま渾身の一撃まで避けられるのか?ジェイラスは驚いた。
実際はスピカの体力が一時的に切れて偶然避けた形になっただけなのだ。スピカは体勢が崩れたタイミングで意識をわずかに取り戻していた。
スピカに上体後ろ反らしで一撃を避けられた後、後転しながら剣を蹴り上げられる。
ジェイラスは衝撃で剣を手放しそうになるが、無理に引き戻そうとしたために腕を痛めてしまう。
その頃、スピカは後方宙返りによって気配察知の範囲が後方になった。ちょうど倒したはずのトリプルエックスの2名が意識を取り戻して逃走しようとしていたところをぎりぎり察知し、スタン効果の光球を二発撃った。
そんなジェイラスは自分に向けたどんな魔法攻撃かと一瞬警戒するが、ブラフだと判断する。
そしてスピカが後方宙返りで正面に戻るタイミングで、短剣の切っ先を下から上げるような挙動が見えたので、強引に剣を持った腕を引き下ろして迎え撃つ。
受け流したと思った瞬間、スピカの刀身が曲がって切っ先が伸び、金属が摩擦で滑る音を出しながらジェイラスの顎の下の手前で寸止めされていた。
「私の完敗だ」
ジェイラスは驚きの目で、スピカを見つめ、宣言した。
すると静まりかえっていた周囲に歓声があがり始めた。 グウィネスが輪の中に入っていく。
「ギルドマスター相手に強いですね。胸がきゅんとしちゃった。お待たせしました。カウンターへどうぞ。え~と、特例ですが大理石級の階級証をお渡し致します」
グウィネスは判断が誤っていないか、ちらちらとギルドマスターである自分の方に視線を向けながら、スピカに声を掛けた。
「いや、石英級がよい」
ジェイラスがグウィネスの決定に割り込むと、二段飛んだ階級に加えてさらに二段飛んだ決定に野次馬がどよめく。
カウンターに向かうスピカの回りに殺到し、ひしめき合う。 概ね称賛やらパーティの勧誘を受けているようだ。
『お前の剣凄いな!』
『あのジェイラスに勝てるとはな』
『無詠唱のマジックミサイルもすげぇ』
『ぜひメタリックに参加してくれ』
『だったら俺たちのリーダーにならないか?』
『あなたからは異質の何かを感じる。私たちと来ない?』
スピカは無言の笑みで答える。
「ボク、あなたが死んじゃうかと思ったよ」
アリシアが半泣きでスピカに声を掛ける。
「ウチは大丈夫だよ。幸運の女神が付いているからね」
スピカの異例の昇級結果について、新人への洗礼に参加していないトリプルエックスのメンバーからすぐ異議申し立てがギルドに申請された。
異議申し立ては、自他共に権利として行使できるが、他人の昇級審査に口を出すと後で揉め事になったり、いつか戦力で逆転して嫌がらせを受けて居辛くなるので、よほどのことが無ければ他のパーティには使われない。
そして、異議申し立てはジェイラスの一言ですぐ覆された。
「先ほどの乱闘で金属級が三人、大理石級が四人、岩石級が八人いて、実力はあっても素行の問題で昇級していないメンバーもいる中で、制圧することのできる者はどのクラスがふさわしいだろうな?」
多人数パーティである金属級クランのトリプルエックスは全員冒険者登録抹消とし、先ほど倒された十五名と戦闘に加わっていなかった二名を各種犯罪の嫌疑としてリスキャム騎士団に引き渡すことにした。
ジェイラスは心中で結論に付け加える。
『実績があれば金剛石級にしていたがな』
サブタイトルを視点単位で分けようかと思いましたが、戦闘のタイムラインを重視してまとめました。連続の戦闘は終わり、通常パートに入ります。
なお、ブックマーク頂いたり、高低にかかわらず星マークのご評価頂けると励みになります。ぜひともよろしくお願いします。